カチャ、ズズ…………もぐもぐ 「…………予想はしてたけど…………辛くないな、このカレー」 「私もそう思ったのですが…………栞さんが」 「た、たまには甘口もいいと思いますよ?」 「ああ、甘口だな。本当に甘いが」 停電回復から三十分後、ようやく食事が開始されていた。 本来ならば一通り騒ぎ終えた後(主に栞が祐一を責めていただけ)さあ食事、といくはずだったのだがそうならなかったのである。 理由は簡単。先程の停電の際の事件が尾を引いていたのである。 祐一は一人平然としていた、ように見せかけてかなり気まずかった。 栞は誤解は解けたものの祐一を睨んでいた。が、祐一に抱きついたことに内心は照れていた。 美汐は祐一と顔を合わせられなかった、が、正直祐一がどう思ったのか気になっていた。 以上の事柄が食事開始の遅れの原因といえた。 後輩二人と台風一夜 (後編) 「ご馳走様。まあ、カレーが甘かったのはちとマイナスだが美味かったぞ二人とも」 「えへへ、ありがとうございます。今度作るときはもっと美味しく作りますね」 「御粗末さまでした」 食事が終わり、マッタリとなる水瀬家リビング。 思えば水瀬家であるのに水瀬の苗字を持つ者がただ一人としていない状態というものおかしなものである。 まあ、親類の祐一がいるのだからそういうことは気にするものではないのかもしれないが。 「さて、それじゃあ食器を洗っちゃいますね」 「では私はお風呂の用意をしましょう」 「あ、二人とも、それについては問題ない。食器は俺が洗うし風呂の用意は既にしてある」 「え?祐一さんがそんなことしなくても…………」 「何時の間に…………」 それぞれ違った事情から戸惑う二人。 「まず食器についてだが、食事の用意をしてもらった以上その片づけを何もしてない俺がするのは当然だ。 次に風呂だが、これはお前らが客なんだから当たり前だろうが。 食事は流石に俺が出来んから頼んだが他のことまでさせる気はないぞ」 「でも、祐一さん」 「しかし…………」 「あー、もう俺がやるったらやるって決めたんだから良いんだよ。お前らは折角用意したんだから風呂にでも入って来い」 二人を追い立てるように食器を持って台所に移動していく祐一。 意思を曲げる気はないようだ。 まあ、祐一の言っていることは正論ではあるのだが。 「どうしますか、美汐さん」 「相沢さんがああ言ってらっしゃるのですからそうしましょうか。それに、ああなると相沢さんは譲ってくれなさそうですしね」 「ふふっ、そうですね。じゃあ折角ですし一緒に入りましょう」 「いいですね」 微笑みあう二人なのだった。 ちゃぷん 水瀬家のバスルームに水音が響く。 中にいるのは一糸纏わぬ二人の少女だった。 「はあ、家は違ってもお風呂はいいですね〜」 「ええ、身も心も暖まります」 くつろぐ二人。 と、栞の視線が美汐の体のある部分をじっと見つめる。 「…………じー」 「な、なんですか栞さん。私の胸なんか見て」 「いえ、気にしないで下さい。世の中捨てたもんじゃないと認識してる最中ですので」 「…………激しく酷なことを言われている気がするのですが、気のせいですか?」 「美坂香里を姉に持つ私の気持ちも察してください」 むくれた目で栞を睨む美汐だったが続けて栞の口から発せられた言葉にその視線を伏せて栞の胸を見る。 そして続けて自分の胸を見る。 最後に栞の姉、美坂香里の姿を思い浮かべる。 …………少し、悲しくなった。 「…………祐一さんは、胸は大きい女の子のほうが好みなんでしょうか」 「ど、どうしたんですか急に?」 突然出て来た想い人の名前にドギマギの美汐。 「いえ、私…………美汐さんもですが、けしてスタイルは悪くないと思うんですよ。 少なくとも日本の中では平均的ではあると思います」 「え、ええ、そうですね」 「ですが祐一さんの周りにいる人は皆そろいもそろってスタイル抜群な人ばかりです! 特にあの先輩―――――川澄先輩でしたか?あの人は反則ですよ。高校生であれはありえませんっ!」 ぐっ、と拳を握り締めて吼える栞。 美汐としては激しく同感ではあるがないものねだりは虚しくなるので相槌は打たないでおく。 「無論、祐一さんが人を外見で選ぶような人だとは思っていません。 ですが、ないよりはあったほうがいいと思ってしまうのは人の常、そう思いませんか、美汐さん!?」 「そ、それは確かに同感ですが…………」 語りが熱くなってきた栞。 風呂に入ったことで体温とともに思考も熱くなってきたのだろうか。 「ですから私は考えました、ならば他のことで秀でればいいと。 今回のこともそうです!ここにいない皆さんには申し訳ないですがこういうときにポイントを稼いでおきたいですし」 「は、はぁ」 「ですが普段はどうでしょう?スタイルは川澄先輩が、食に関しては前は倉田先輩が、今はお姉ちゃんがいます。 名雪さんや真琴さんは一緒に暮らしていますし、あゆさんは黄金の属性『幼なじみ』ですよ!?」 「そ、そうですね」 「このままではいけません、確実にまずいです!私たち二人だけやたら不利です、そうは思いませんかっ」 「ま、まあ確かに…………って栞さん、何故私まで数勘定に入っているのですか」 「今更しらばっくれる気ですか美汐さん。ネタはあがっているのですよ?」 「栞さん、刑事ドラマの見すぎです」 「ほっといて下さい。…………こほん、美汐さん。あなたは写真立ての裏にこっそり祐一さんの写真を挟んでますね?」 「―――――!?」 目に見えて美汐が固まった。 顔が赤いのはのぼせたせいではないことは間違いない。 驚愕に震えながら「な、何故それを…………」と声にならない声で栞に問い掛ける。 「情報源は真琴さんです。この間美汐さんの部屋に遊びに行った際、誤って写真立てを落としてそのことに気付いたそうです。 ああ、そのことを聞いたのは私だけですのでご心配なく。 真琴さんは祐一さんにも伝えようとしていたようですが食い止めておきました」 「そ、それはありがとうござ…………ではなくて。あ、あの…………」 「ふう、これで美汐さんも正式に私の恋敵の一人に登録されたのですね。 正直美汐さんを敵に回すのはかなりつらいのですが、同じ人に恋するもの同士、正々堂々やりましょう」 ぐ、と湯船の中の美汐の手を握ってにっこり微笑む栞。 一方、美汐はやや混乱気味の頭をフル回転させながら状況を分析していたりする。 「あ、あの…………そんなにあっさりと良いのですか?」 「まあ、薄々は美汐さんの気持ちには気がついてましたし…………美汐さんが私の大切な友達ということには変わりませんから」 「あ、ありがとうございます…………私、嬉しいです」 「ですが祐一さんに関しては譲りませんよ?」 「え、あ、はい…………こちらこそ」 「くすくす…………美汐さん、なんかおかしいですよ。それ」 「…………あ」 ますます赤くなって浴槽に縮こまる美汐。 そんな美汐を見ながら栞は微笑み、これからのことに想いを馳せるのだった。 一方、洗い物も終わりやることもないのでテレビを見ながらくつろいでいる祐一はというと。 「よく考えてたら次に俺があいつらの入った風呂に入るんだよな…………はっ、何を考えているんだ俺は。 いつもは真琴や名雪、それに秋子さんの後にでも平気で入ってるじゃないか! で、でも名雪たちは家族同然なわけだし、栞と美汐は後輩なわけで…………ぐあー、煩悩退散ー!!」 一人、悶え苦しんでいた。 どうやら一応意識はしているらしい。 名雪や真琴が哀れな気もしないこともないが………… そして二人が風呂からあがり、祐一のドキドキ入浴も終わり、夜も十一時を回った。 まだ三人とも起きてはいれるものの、就寝を考える時間である。 「そろそろ就寝時間でしょうか」 「えー、もうですか?」 残念そうにぼやく栞。 ちなみに栞と美汐は真琴のパジャマを拝借している。 栞が星柄、美汐がシンプルな緑色のパジャマである。 当初、自分のワイシャツでも貸そうかと思っていた祐一だったがそれはかなり(祐一的理性に)危ない気がしたのであえなく没。 名雪や秋子さんの部屋のタンスを勝手に探るわけにもいかなかったので良心が咎めない真琴のタンスから調達したわけである。 「それで相沢さん。私たちはどこで寝ればいいのでしょうか?」 「そうだな…………秋子さんや名雪の部屋はちょっとまずい気がするし、天野は真琴の部屋を使ってくれ。 天野なら真琴も文句は言わないだろ」 「では、私は?」 「栞は…………悪いが、俺の部屋で寝てくれ」 『ええっ!?』 はもる後輩コンビ。 顔は両者ともにお湯が沸かせる勢いに真っ赤である。 栞はぶんぶんと手を振りながら「で、でもですねっ」と焦り、 美汐は上目遣いで祐一を睨みまくる。 「こ、こら、早とちりするなっ!俺はリビングのソファーで寝るんだよ!」 「そ、そんな祐一さんから誘われるなんて…………って、え?」 「だから、俺はここで寝るからお前は一人で寝るんだよ」 「そ、そんなわけにはいきません!」 「そうですよ。それなら私がソファーで…………」 「さっきも言ったがお前らは客だ、そんな無下に扱えるか。 それに俺はこれでも一応男なんだからできるだけ離れた所で寝たほうがいいだろうが」 きっぱりと言い切る祐一に何も言い返せない二人。 女の子として気を使ってもらえるのは嬉しいところだが、祐一がソファーでは心苦しいのだ。 ふと、栞の頭に名案が浮かんだ。 「そうだ、なら祐一さんは真琴さんの部屋で寝て、私と美汐さんは二人で祐一さんの部屋にお泊りというのはどうでしょう?」 「…………は?」 「祐一さんは男の方ですからベッドは広いですよね?」 「ああ、まあな」 「なら私と美汐さんの二人が一緒に寝ても問題ないはずです。台風ですし…………一人ではちょっと怖いですしね」 ね?と美汐にアイコンタクトを送る栞。 美汐としてもその提案に異論はないので即行で頷いて肯定の意を示す。 ちなみに、祐一の部屋で眠れるということに心動かされた比率が高いのは内緒である。 「祐一さんも真琴さんの部屋でなら寝られるでしょう?」 「む、まあアイツの部屋なら気兼ねはしないが…………」 「このままでは私たちも心苦しいですし、ここは一つこれで手を打ちませんか?」 「…………うーん、まあそういうことなら」 少しばかり悩んだ末に頷く祐一。 やはりソファーというのは彼としてもできれば避けたかった模様なのでこれ以上反対する理由はなかった。 「わー、やっぱり広いですね。祐一さんのベッドって」 「栞さん、そんなに動くと落ちちゃいますよ」 何度か目にはしているものの直接寝るということは初めてなので好奇心旺盛にはしゃぐ栞。 美汐はそれを軽くたしなめるものの、自分も結構ドキドキしていたりする。 二人とも初めて入る男の子のベッドである、それも当然ではあるが。 「それでは明かりを消しますね」 「はい、それでは栞さん、おやすみなさい」 「おやすみなさい♪」 二人が入ってもなおスペースの余る祐一のベッドに身を埋めて眠りにつく二人。 眠る場所は好意を寄せる少年の寝床、今夜は良い夢が見れると思いつつ目を閉じる二人なのだった。 ―――――翌朝、あまりの寝心地のよさに二人が祐一に起こされるまで寝ていたのは、また別のお話。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき 後編は前編に比べてほのぼのといきました。 祐一目立ってない………… 当初は二人が眠ったあと、祐一が寝ぼけて二人の間に紛れ込んで寝るというハプニングを考えていたのですが………… いくらなんでもそれはないだろと思ってあえなく没。 個人的には面白そうなのでやりたかった気はしますが。いつかやろう………… しかしこのしおしおコンビは書きやすい…………名雪&香里、舞&佐祐理などと数あるコンビの中でも一番かもしれません。 個人的には茜&詩子のコンビ並にお気に入りになったかも。 あ、お風呂のシーンはあれが限界ですから「もっとお色気を!」とか思った方ごめんなさい(笑)