手足を縛られているのに気付いた。

 どうして手足を縛られているのか思い出すまで少々の時間を要した。

 まだ状況が見えないが、これだけは言える。


 「今度も絶対厄介ごとなんだろうなぁ……」

 「む……気がついたか」


 覆面の男はそう言って顔をこちらへと向ける。

 顔の位置からして、僕はどうやら荷物よろしく肩に担がれているらしい。


 「……いくつか聞いてもいいですか?」

 「いいぞ」

 「とりあえず……僕、命は助かるんですか?」

 「言うこときいてたらな」

 「……ということは僕に何かさせたいんですか?」

 「その通りだ」

 「それと、貴方は何者ですか?」

 「……難しいな……まぁ、有り体に言えば盗賊だ」

 「なんか含みのある言い方ですね」

 「特に何も無いがな……それより、こちらからも一つ聞いてもいいか? 君に興味が湧いた」

 「なんです?」

 「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」

 「…………まぁ、慣れと諦観の境地に踏み入ってるんで」

 「……苦労人なんだな」

 「そりゃどうも……で、もう一つ聞きますけど、僕に何をさせるつもりなんです?」

 「……医者にさせることなんてそう多くは無いと思うんだが……」

 「なるほど」


 誘拐者と被誘拐者の会話は淡白に進んでいくのであった。












 Secret medicine  【4:薬師親分に会う】
















 「でも、それだと変じゃないですか?」

 「何がだ?」


 盗賊の男は歩を休めずにこちらを向いた。

 気を失ってる間、ずっと走り続けていたらしいのに、疲れを見せないのはすごいと思う。


 「おそらく誰か治して欲しい人がいるんでしょうけど、どうして普通に来ないんです? わざわざこんなに危険な方法とる必要……」

 「俺たちは盗賊だ、どんな事情があってもな。そんな俺たちが堂々とお金を払う気で行ってもやっぱり盗賊なんだ」

 「……つまり門前払いをされると?」

 「それもあるし、明るい内に堂々出歩いて、捕まりでもしたら間に合わなくなる」

 「……そういえば肝心な事聞いて無かったですね」

 「なんだ?」

 「……治したい人はどんな病気にかかっていて、今どんな状態なんです?」

 「……黄砂熱だ」

 「…………」

 「西の方じゃ不治の病とまで言われた病気だ」

 「……そうですね」

 「だからお前を攫った。この近辺でこれを治せるのはお前さんしかいないという話だしな」

 「治せる人なんてたくさんいますよ、あれくらいなら……」

 「沢山かどうか知らないが、いることはいるだろうな……ヘブンズゲートに」

 「…………」


 ヘブンズゲート。

 それは太古の昔からあり続ける理想郷へと続く扉。

 扉の向こうの世界には一つの国があり、その王族は天使だと言われている。

 天使の加護を受けた神聖なる国、人類の理想郷。その場所へと続く門。

 人はそれに憧れ、その場所を目指す。

 その扉は今ではこの世界の王家が管理しており、厳重に封印している。

 封印が解かれるのは、ヘブンズゲートを渡るに値する者が現れる時か、向こうからこちらへ来る時のみである。

 ヘブンズゲートを渡る資格とは、英雄になること。

 どんな事でもいい、ある程度、世界に影響を与えれる者が英雄と呼ばれ、ヘブンズゲートを目指す。

 才あるものは皆その場所を目指した。

 故にこちらの世界には才あるものは本当に少ないのである。


 「とにかく診てやってくれ。ちゃんと報酬も払おう。だから……頼む」

 「……頼むも何も……僕は言うこと聞くしか助かる道無いんだし……それに……」

 「それに?」

 「僕は医者ですから……そんなの放っておけるわけが無い」


 攫われているというのに、幾分かの笑顔と共にヴァインはそう答えた。





















 にゃにゃにゃ〜。

 み〜み〜み〜。

 うにゃにゃっ!


 程なく盗賊のアジトに着き、病に冒されているのが盗賊の親分だと聞き、とりあえず親分のいる部屋に入ってみると、そこには大量のネコがいた。

 皆、人間慣れしているらしく、初対面の僕にでも足元に擦り寄ってくる。


 「あの〜、親分の部屋っていうよりネコ御殿みたいな有様なんですが……」

 「気にしないでくれ」

 「無茶な……」

 「とにかく、ボスを一刻も早く治してくれ」

 「はぁ……解りましたよ」


 そう言ってネコで足の踏み場も無い部屋をネコを踏まないように慎重に進んでいき、この部屋の唯一の家具であるベッドの所に辿り着く。

 そして親分を見て驚いた。


 「……女の子?」


 褐色の肌に長い銀の髪。

 盗賊にしては袖が長くて動きにくそうな服装、頭には兎の耳を思わせるような長いリボンがついている。

 とてもじゃないけど、この娘が盗賊の親分には見えない。

 そんな盗賊少女は僕にカルチャーショックをあたえた事も知らずに、荒い息と大量の汗を出しながら魘されていた。


 「ぼーっとしてないで容態を診てやってはくれないか?」

 「えっ、ええ……」


 僕は自分に喝を入れて診察を始める。

 だが診察を進めるにつれて、段々と不機嫌になっていくのがわかる。


 「……よくもまぁ」

 「どうした?」

 「よくもまぁ、ここまで放っておきましたね……もう半日遅れていたら死んでますよ、これじゃあ」

 「…………」

 「どうしてもっと早く来なかったんですか! これはもう……」

 「……手遅れ……なのか?」


 男の盗賊は顔を隠し、目の部分しか外気に触れていない。

 だけど解ってしまった。目だけは見えているから。

 僕よりも大分年上だろうこの人の悲しみが。

 かつて母を失う直前の僕と同じ瞳をしていたから。


 この女盗賊はもう無理だ。

 そんなの診れば……いや見るだけで解っていた。

 どう考えても体力が足りない。

 黄砂熱の薬は、言わば毒を以って毒を制すタイプの薬だ。

 故に薬を飲む側に体力が残っていないと、薬の効果で死んでしまうのだ。

 もう無理。

 絶対無理。

 奇跡でも起きなきゃ無理。


 だけど……

 僕はかつて同じことを思ったんじゃないか?

 己の神霊術で母を癒そうとして……

 それでも駄目で。

 いくらやっても駄目で。

 奇跡でも起きないと駄目だと解って。

 自分じゃ奇跡を起こせない事を知っていても。

 それでも願ったんじゃないか?

 奇跡が起きる事を。

 自分には奇跡が起こせなかったから、今度は起こせるようにって神霊術を捨てて命削る薬学を習ったんじゃないのか?

 僕はもう薬師じゃない。

 だけど……神霊術にしても薬学にしても。


 「諦めていい命があるなんて僕は学んじゃいない!」


 もし僕がここで諦めてしまったら、きっと目の前の男の盗賊は道に誤って堕ちる。

 かつての僕みたいに。


 「薬の材料を……」

 「なに?」

 「薬の材料を持ってきてください、やるだけやってみますから」

 「薬……お前、神霊師じゃなかったのか?」

 「神霊師ですよ? ですが薬の作れる神霊師だと何か問題でも?」

 「わかった、ハッキリ言って薬の材料なんて殆ど無いだろうが持って来る」


 そう言って男盗賊が素早い動作で部屋から出て行く。

 それを見届けると、僕は十字を切る。

 神霊術の腕もそこそこには取り戻したつもりだ。

 問題はその神霊術でどこまで体力を取り戻せるか、その一点に尽きる。


 「う……ん」


 僕は魘されている銀の髪の少女に手をかざし、神霊術を試みた。


















 あとがき


 なんか新しい娘が出てきた4話です。

 ついでに何か変な設定も出てきましたw

 いや、まぁ、他の人のSS見てしみじみ思うわけなんですが……

 秋明さんのSS、すごい駄目SSよね。 ←今更

 それにしても、4話目にしてやっとまともなSS書けたかのような気分……

 あと、ROやりながらSSは書けないと思いました、まる

 次は5話、今度は町の様子の回ですw

 それではーw