ペタペタとスリッパの音だけが夜の家に響く。

 その音を出している張本人の名はリネット。

 髪の毛を整え、わざわざネグリジェにパジャマを着直し、枕を抱いてヴァインの寝ているであろう居間へ侵入するスニーキングミッションの真っ最中だ。

 間違ってもあのちゃらんぽらんな父だけは起こしてはならない。

 計画の破綻はおろか、何を言われるかたまったものじゃないからである。


 「うぅ……見せる為に買ったのは解ってるけど……恥ずかしすぎですよ、これ……」


 こんなの着て男の人の前に立ったら、抱いてくれと言ってる様なものじゃないですか。

 いえ、まぁ、目的はそうなんですけど……さすがにはしたない女の子と思われてしまうかも……


 悶々とそんな事を考えているうちに居間へとつくリネット。

 そこに至り、居間に入る前に一度大きく深呼吸をする。


 今、ヴァインさんは寝ているはず。

 先ずは静かに起こす。

 その後に、ヴァインさんに気持ちを聞く。

 そこから先は……ヴァインさんの返答次第。

 腹は決まりました、後は当たって砕けろです。


 勇気を出して、一歩、居間へと踏み入れる。

 居間は静まり返っており、静寂だけがそこにあった。


 「ヴァインさ〜ん」


 小声で彼を呼ぶがいつも寝ている場所に彼の姿は無い。

 代わりに机の上に、見覚えのあるものがあった。


 「製薬道具……?」


 どうして製薬道具が机にあるのか。

 答えは薬を作るからに決まっている。


 「ヴァインさん……」


 どうして?

 ヴァインさん、もう薬作らないって言ったじゃないですか……

 もう、そんな危険な事はしないって言ったじゃないですか……

 あの時っ、私がどんな想いで踊り続けていたと思っているんですかっ。

 私との約束はそんなに簡単に破れるものなんですか……?

 私の貴方への想いは届かなかったのですか……?


 「うっ……ふぇ……」


 声を出してはいけないと思いつつも、喉の奥から嗚咽がこみ上げる。

 ヴァインさんの中の私の存在というのはその程度のものでしかなかったんだ……


 「ヴァ、いん……さん」


 涙を流しながら彼の姿を求めた。

 だけど、彼の姿は無い。


 「どこ? ヴァインさん……どこにいるの? うぇ……ふぇぇん」


 涙を流しながら彼を求めるリネットの前に人影が現れる。


 「ふむ……これは予想外の展開だな」

 「お父さん……どうして……?」














 Secret medicine  【3:薬師 in 夜の街?】

















 「ヴァインに用事があったので話をしようと思って機を窺っていたら、娘の様子がおかしい、枕なんか持って居間へと向かっているではないか。これは好都合とばかりに後をつけたら案の定ヴァインに夜這いをかけようとしていた。違うか?」

 「よっ、夜這っ!?」

 「別段恥ずかしがることでもあるまい? むしろ遅すぎるくらいだ。これは見逃してはならぬと思い覗きに来て見れば、肝心のヴァインがいないときたもんだ、予想外の展開だな」

 「ヴァインさん、どこ行っちゃったの?」

 「なるほど、私が誘うまでもなく単身、夜の街へと繰り出したか、やるな」

 「……なんですって?」

 「そう驚く事でもあるまい。リネットの中でのヴァインはどうかは知らないが、ヴァインとて18の男だ。色々と事情があるのだろう」

 「そっ、そんなこと無いです。ヴァインさんはお父さんと違ってそんなこと……それにもしそうだとしても、それならそれで私の所に……」


 赤面しながら言うリネットとは対照的に、シコードの顔は真面目そのものだった。

 リネットもそれに気付いたのか、父に問うてみる。


 「お父さん……何か知ってるの?」

 「……むぅ……言っていいものかどうか……」

 「言わないとお小遣い永久にあげないからね」

 「実はヴァインは病を患っていてな、周期的に変になるらしい」


 金銭を人質に取られすぐさま息子の秘密を差し出すヴァインの父親シコード。

 ダメ親っぷりは健在である。


 「変?」

 「うむ、変になるらしい。なんでも薬師時代に飲み続けた薬の数々が非常に微妙にアレな感じで程よくサッパリと相互反応を起こし、変な病を持ってしまったのだ」

 「……なんだかよく解らないけど、昔飲んだ薬の所為でそうなっちゃったってこと?」

 「そうらしいな」

 「それで、変って……具体的にどういう風に変になるの?」


 リネットが核心をつく。

 シコードは少し言いよどんだが、財布を人質に取られているのであっけなく口を割った。






 「私もこの目で見たわけでは無いのでよく理解できないんだが…………何でもネコになるらしい」

 「……へ? ネコ?」



















 
















 なんだかよく解らないけど、とりあえずヴァインさんを探さないと……

 と、言うことで夜の街に出かけたシコードとリネット。

 いざ外に出てみると、結構露出の高い格好で女の人たちがそこかしこにたむろっている。


 「……あんな格好で恥ずかしく無いんでしょうか?」

 「恥ずかしい恥ずかしくない以前に、彼女らはそれが商売だからな。日が浅いならともかく、既にそういう感覚を持ち合わせてはいないだろう」

 「……信じられないです。私くらいの人もいますけど……私には絶対無理です」

 「そうか? さっきは今、外にいるものとは比較にならない位に扇情的な格好を先程見たような気がするのだがな」

 「〜〜っ!」


 言われた瞬間リンゴのように真っ赤になるリネット。

 よりにもよって一番見られたくない人物に見られたことに羞恥心も一層深い。


 「さて、恥ずかしがっているばかりではヴァインは見つかるまい、丁度いい、そこの女性に聞いてみよう」

 「えっ、ちょっと待っ……」


 リネットの返事もきかずに3・4人でたむろっている女性に向かって歩き始めるシコード。

 あわててリネットも渋々ついていく。

 相手も二人に気付いたのか、そちらを向く。


 「久しぶりだな」

 「あら、シコードさんじゃない。今日は親子で夜遊び?」


 女性の軽い冗談にクスクスと笑う女性達。

 誰が夜遊びなんか、とリネットは不快に思いながらもかろうじて愛想笑いを浮かべている。


 「夜遊びしたいのは山々なんだが、実は今日はヴァインを探している」

 「ヴァイン君? ……あー、そう言えばもうそろそろヴァイン君の日ね」

 「ヴァインさんの日?」

 「ほら、彼っていつもはそんな事に全然興味ない、って顔してるじゃない? だけど何十日かに一度、すごく乱れるのよねー」

 「みっ、乱れるっ!? 乱れるってどういうことですか!?」

 「んー、そうねー」


 女性は、んー、と人差し指を唇に当て何か思案しているようだったが、やがて口を開いた。


 「なんていうのかな、強いて言うなら……盛りのついた子猫? 完全に理性が奪われているんでしょうけど、仕種がもう可愛くって」

 「あー、その例えうまい! いつもと違うギャップが可愛いわよね」

 「特にあの娘来る前は、愛想笑いすら浮かべない子供だったしねぇー。そんな子が初めてここ来てあんな痴態を演じるなんて……もう、可愛すぎっ!」

 「あれ? でもシコードさんがここにヴァイン君探してるって事はヴァイン君ここに来てるのよね? それならすぐ情報が入ってくる筈なんだけど」

 「む……そうなのか?」

 「ええ、あの状態のヴァイン君はみんなの財産だから、ここら一帯の仲間は互いに報告しあう事になってるの」

 「みんなの財産って……」

 「ほら、ヴァイン君もみんなで相手してあげた方が喜ぶし……」

 「「…………」」

 「さてと、それじゃ私たちもヴァイン君探そうっと。またね」


 女性が投げキッスをしてキャイキャイ言いながら去っていく。

 その場から呆然として動けない二人は立ち尽くして呆けていた。


 「……ヴァインさんが……ヴァインさんが……あのヴァインさんがよりにもよって大勢の人達とだなんて……そんなに飢えてるならどうして私に……」

 「……よもやこの手のことで、まさか息子に遅れをとろうとは………………今度ヴァインにこっそり頼んでみよう」


 無意識ながらも不穏な事を言う父親をしっかりと蹴たぐりまわし、自分の中のヴァイン像が崩壊していくのを感じ取らずにはいられないリネットであった。





















 あとがき


 第3話、シコード&リネット夜の街に行くの巻w

 基本的にこの親子二人だけだとギャグにしかなりませんw

 まぁ、なにはともあれ、ヴァイン君の全体像が見え始めてきました。

 で、実際のヴァインは何処かと言うと……それは次の話で。

 まぁ、そんなこといっても、こんな駄文読んでる人なんて皆無なわけですが……

 あう、自分で言っててなんだけど、すごいダメージだ。 orz

 さて、傷心の秋明さんはこの辺で……

 それでは、また次話で。