「今日も来ない……」


 今宵もリネットは枕を抱いたまま扉の方を見ていた。

 その扉が開かれる事は今まで一度も無かった。

 こういう風に夜に枕を抱いて待ち続けている時、最初の頃は待ちながらも色んなことを考えていた。


 本当に来ちゃったらどうしよう?

 こんな夜遅くに来るってことは、きっとそういうことなんですよね。

 私はヴァインさん好きだけど、ヴァインさんは好きだって言ってくれて無い。

 だったら、そーゆーことはちゃんとそれを聞いてからで……

 ……って、私ってば何考えてるのっ!?

 駄目よ私。自分を安売りしちゃっ! 軽い女の子だって思われちゃうかもしれないし……

 でも、さっさとそーゆーことしないとあのライアとかいういきおくれに取られちゃうかも知れませんし。

 あーもう、そこのとこ、どうなんですかヴァインさん!

 さっさと私の所へ来て教えてください。

 でも、私に変な事教えるのはNGですからねっ、えっちなこと……例えば……

























 Secret medicine  【2:薬師攫われる】
















 ……と、まぁ、これ以上年頃な彼女の内情を晒すのも酷なので割愛するが、そういったことを考えていて、ちゃんと恋する乙女をしていたのだ。

 だが、一向に待ち人は来ず、次第に考えが変わってきた。


 どうしてあの人は来てくれないんでしょう?

 私はちゃんと好きだって伝えました。

 なのにどうしてあの人は返事をくれないのでしょう?

 他に好きな人がいるのでしょうか?

 そんな話聞いた事無い。

 二人でお買い物行った時だって、いっつも恋人同士に扱ってくれます。

 お父さんだって、私がヴァインさんのこと好きだって感ずいているみたいだし、それでからかってきたりもします。

 ライアでさえ私のことライバルだって言ってます。

 ヴァインさんだけが何も言ってくれない。

 好きだとも、嫌いだとも、何も。

 一番答えて欲しい人だけが何も言ってくれない。

 こんなに恋してるのに。

 こんなに好きなのに。

 こんなに愛してるのに。

 こんなに苦しいのに。

 こんなに切ないのに。

 こんなに悲しいのに。

 身も心もこんなに貴方を求めているのに……

 どうして見てくれないのですか?

 どうして来てくれないのですか?

 どうして答えてくれないのですか?

 どうして……何も言ってくれないのですか……


 リネットの心はまるで月。

 輝いていた満月の想いは光を失い、昏い想いがゆっくりと光を奪ってゆき新月へとなる。

 そして今宵、彼女の心は完全な新月になった。

 彼女は決意したのだ。


 「……ちょっとはしたないかも知れないけど……私がヴァインさんの所へ……」


 リネットの一大決心。

 女の恥も外聞も捨ててヴァインを落とす。

 手段なんて問うていられない。

 これ以上待たされるのも、これ以上苦しめられるのももう御免だった。

 最初の頃の彼女からは考えられない行動。

 待たされ、悩まされるほどに、想い募り焦がれていったことが、彼女の最初の淡い『好き』と言う感情を『どうしても手に入れるもの』にまで昇華されたのだ。

 今の彼女の心は新月。

 また光が満ちて満月となるのか、そのまま闇に落ちて光り輝く事が無くなるのか……

 それとも何事も無かったかのように再び満ち欠けを繰り返すのか……

 答えを持つ少年は居間にいる。


 「大丈夫、きっと大丈夫。きっとうまくいく。ヴァインさん優しいから私のこと見てくれる……」


 リネットはいそいそと、こんな事もあろうかと手痛い出費をおして買ったネグリジェと勝負ぱんつを漁りだしたのだった。


























 リネットが夜這い(本人は否定するだろうが)を決意する少し前。

 ヴァインはこそこそと薬を作っていた。


 「えっと……確かあれとそれとこれを……3:7:2だったっけ?」


 音を立てないようにゆっくりと磨り潰し調合していくヴァイン。

 彼の病は複雑で、色々な薬を飲んだ挙句にそれぞれが複雑に反応してできた病である。

 故に何種類もの薬を作り、さらにその薬同士をさらに調合し、さらに調合……と、ここ一週間それの繰り返しなのだ。


 「はぁ、気が滅入るなぁ……」


 椅子に背もたれにもたれかかり、首だけ後ろに倒すと逆さまになった窓と、その先に極限にまで細くなった月が雲に隠されようとしている。

 新月になるまであと1日程だろう、どれ位の誤差があるのか解らないが、近いうちに『あの衝動』が来るだろう。


 「よくよく考えるとコソコソと薬作る必要が無いんだよね……リネットさんが本気なら」


 チャラ、と音を立てて首にかかっていた銀十字を手に持って月に重ねる。

 神霊師の証である魔道媒体。

 これを触媒として神霊術を行使することが出来る。

 神霊師にとって命の次に大事なものであるが、ヴァインにはそれ以上に価値のあるものでもある。

 今は亡き母の形見。

 彼の母、トラス。

 彼女は彼に神霊術を教え、少年だったヴァインに幸せを教え、同時に傷を残し、この世を去った。

 彼の傷はまだまだ癒えてはいない。

 6年の歳月という傷は深いのだ。


 「母さん、僕はどうすればいいんだろう……」


 銀十字と消えかかっている月。

 銀十字は母トラス。

 月はリネットをイメージしてしまう。

 彼が初めてリネットに会った日は月が綺麗な雨の日だった。

 そのまるで月と共にあるのが当たり前のような美しさ、それがリネットの印象である。


 「なぁ? 僕は何処にいればいい?」


 自分の居場所は何処だろう?

 ここじゃないのだろうか?

 ここにいてもいいのか?

 わからないよ……


 「リネットさんが本気なら……本気で僕を受け止めてくれるというのなら……」


 僕の悩みは解決する。

 この困った状況も一発で改善される。

 『あの衝動』をリネットさんに向ければいいのだから。


 「行って……みよう。そして聞いてみよう。それで全てわかる」


 そう言って、手早く薬剤道具をなおしていくヴァイン。

 片付けながら、でもこれってもしかして、僕がリネットさんに夜這いをかけるとも取れるんじゃ……

 などと、らしくない事を考えていると、瞬間、背後に気配が生まれた。


 「っ!?」


 ヴァインが気配を察し、動こうとした時に既に決着はついていた。

 布で口を押さえられ、喉元に短剣が突きつけられていたのだ。


 「……声を出すな、今から言う質問に答えろ。イエスなら一度だけ頷け、ノーなら何もするな」

 「……」


 ヴァインはコクリと一度だけ頷いた。

 背後の……声からして男だろう者の正体がわからぬまま、ヴァインは従わざるをえなかった。


 「お前の名前はヴァインだな?」


 コクリ、と一度だけ頷いた。


 「貴様は医師で黄砂熱を治したと言うのは事実か?」


 再びコクリと頷く。

 後の男はその答えに満足いったのか「よし」と小さく呟いた。


 「……貴様には悪いが、少し我々に付き合ってもらうぞ」


 その言葉を聞き取れるかどうかというところで首に衝撃を受けてヴァインの意識は闇に飲まれた。

 男はヴァインを肩に担いで窓から出て行った。

 誰もいなくなった居間で薬を擂る為のバチがカランと音をたてて机から落ちた。













 あとがき


 どうも、作者の秋明さんです。

 第二話、サブタイ通りに薬師ヴァイン、あっけなく攫われましたw

 そして書けば書くほどアレな感じになっていくリネット。

 そのうち大変な事になりそうで怖いですw

 で、次は残された人達のお話です。

 相変わらず駄文ですが、長い目で見てやってくださいw

 ではーw