「ゆう〜い〜ちさん♪」

 「ぬぉうっ!?」


 後ろからの奇襲攻撃にもんどりうって倒れそうになる俺。

 この年上のお嬢様は、意外に甘え上手だという事が最近判明したのだが、そのスキルはあははーっ♪ な笑顔と共に場所を選ばず発動しているようだ。

 俺の首に手を回し、後ろから張り付いているお嬢様と張り付かれている俺の姿が周囲から『じゃれついている恋人達』と見られているか『プリティーなおんぶオバケにとり憑かれている青年』と見られているかは微妙なラインである。

 何故ならおそらく今の俺の形相は、首を完全に極められてかなり凄い事になっているだろうから。

 前者と後者の割合は多分3:7ぐらいだろう。


 「さ、佐祐理さん、ギブギブ……」

 「あははーっ、祐一さんの背中は大きいですね〜」


 そう言って何が嬉しいのか、背中に顔を擦り付ける佐祐理さん。

 可愛いおんぶオバケは、俺の様な庶民の言葉には応じてくれないようだ。










 桜と紅葉が降る季節









 「……佐祐理いい加減にする」

 「あはっ♪」


 後ろにいたらしい舞の突っ込みチョップによって、佐祐理さんは笑顔のまま俺から離れた。

 少し残念なのは秘密である。


 「……ゲホゲホ、佐祐理さん、今日はいきなりどうしたんです?」

 「いえ、舞と商店街を歩いていたら祐一さんを見かけたので……つい」


 知り合いを見かけたら、『つい』で抱きつくのですかあなたは……

 少し想像してみよう……





 『お祖父様〜♪』

 『その声は佐祐……ぐふっ!』


 ギリギリギリギリ……


 『ぐぇ……さ…ゆ…』


 ポキン ←何か致命的な音


 『あははーっ、つい殺っちゃいました〜』

 『おっ、おじいさん!? 佐祐理、これは一体……』

 『あっ、お祖母様〜♪』

 『佐祐理!?』


 ギリギリ……ポキン


 『あははーっ、また殺っちゃいました〜』

 『さっ、佐祐理!? これはどういう事!?』

 『あははーっ、お母様、発見ですよ〜♪』




 (以下、家族全員が死ぬまでエンドレス)







 …………俺は舞に命を救われたのかも知れない。

 はっ!? まさか佐祐理さんの弟って、それが元で身体の調子が……なんということだ。


 「はえ? 祐一さん? なんで電信柱の影に隠れてこちらの様子を窺ってるんですか?」

 「……祐一はいつも何をするかわからない」

 「佐祐理さん、今ならまだ間に合う! 自首をするんだ、これ以上罪を重ねないでくれ!」


 俺は電信柱の影から、舞と一緒に俺の様子を窺っている佐祐理さんに説得を試みた。

 周りの人は何事かと俺たちを遠巻きに見ているが、気にしてはいけない。


 「ふえっ!? 佐祐理、何か悪い事しましたか?」

 「どうせまた、祐一がおかしな事を考えてるだけ」


 酷い言い草である。

 まぁ、実際、自分でも変な想像だとは思ったが。


 「……で、話が大幅に逸れたが、舞と佐祐理さんは買い物か?」

 「……祐一と話すといつも話が逸れる」

 「はいっ、今日はお休みですし、家でゴロゴロしていても良かったんですけど、お昼ご飯も兼ねて買い物です」

 「そっか」


 そう言って俺たちは三人並んで、商店街の銀杏並木を通り抜けていく。

 時々吹き抜ける秋風が気持ちいい。

 隣の二人も、気持ちよさそうに目を細めて、髪が風で乱れないように髪に手をあてている。

 そんな何気ない二人の仕種に、思わず見とれてしまっている自分に気付く。

 俺は本当にこの二人に魅かれている。

 この二人といると、何気ない仕種が脳内に焼きついて何物にも代え難い思い出になっていくのがわかる。


 たとえば冬、まだ二人が高校に通っていた頃の昼食の何でもないやりとり。

 たとえば春、計画通り二人でアパートに引っ越して、生活用品の買出しに付いていった時の幸せそうな笑顔。

 たとえば夏、アパートの前の庭に植えたヒマワリが花を咲かせた時のうれしそうな顔。

 そして今この秋、さらにこの二人に魅かれている自分。

 この二人は、どこまで俺を虜にすれば気が済むのだろう?

 二人は、俺が二人に会うたびに緊張してドキドキしているのを気付いているのだろうか?


 「はぇ? 祐一さん、顔が赤いですよ?」

 「……祐一、体調管理はキチンとする」

 「え? あ、いや、別に風邪じゃ……」

 「……祐一が寝込んだら看病は任せて」

 「あははーっ、舞は祐一さんが好きだもんね〜」

 「……そんなことない」


 ピシィ


 伝家の宝刀の舞チョップが佐祐理さんに決まる。

 このやりとりはどれだけ季節が変わっても、変わる事は無いのだろう。


 「赤いと言えば……もうそろそろ紅葉狩りの季節だな」

 「……そろそろじゃ無くて、真っ只中」

 「祐一さん、紅葉、見たいですか?」

 「え? いや、別に紅葉が赤かろうが、青かろうが、人の形に咲いていようが、俺はどうでも……」

 「いけませんっ!」

 「……佐祐理?」

 「佐祐理さん?」


 いきなり大声を出し、うつむいた佐祐理さんを、どうしたんだと見ている俺と舞。

 やがて、佐祐理さんは顔を上げた。


 「今から、紅葉狩りに行きましょう! 祐一さんに紅葉狩りの素晴らしさを教えて上げますよ〜」

 「さっ、佐祐理さん!? しかも今から!?」

 「……佐祐理」


 舞っ! 佐祐理さんに何とか言ってやるんだ!

 紅葉狩り自体に異論はないが、今からってのは急ぎすぎだと。


 「……ナイスアイディア」

 「なんでやねん!」

 「舞もそう思うよね〜♪」

 「……すぐに行く準備をする」

 「……はぁ」

 「あははーっ、これから祐一さんを、紅葉狩りマスターにしてあげますね〜♪」


 そんなこんなで、今日の俺のCDを漁りに行く予定は紅葉狩りに変更されるのだった。


























 佐祐理さんの車に揺られる事45分、俺たちは目的地である網野山のふもとに到着した。

 なんでも、前にTVで取り上げられた位の有名スポットらしい。


 「ここが紅葉狩りの聖地、網野山ですよ〜」

 「……あんまり大きくない」

 「近くにこんな場所があったんだなぁ……」


 祐ちゃんビックリである。

 ちなみに、この網野山とかいう山の名前が、身体に良さそうな気がして仕方ないのは、俺だけじゃないと思った。


 「じゃあ、紅葉を目指してれっつご〜です」

 「……いい場所をとる」

 「別にどこで見ても、紅葉は紅葉だと思うんだけどなぁ……」


 俺はござを担ぎ、舞は食べ物を、佐祐理さんが飲み物を持ちながら山を登っていく。

 佐祐理さんは、いつも通りにこにこと微笑みながら、周囲の景色を眺めながら登っている。

 舞は、身体全体でうずうずを表現しており、何にでも興味を示す子供の様な仕種で登っている。

 そして俺は、なんら周囲に興味を示すことなく、空に向かって欠伸をしながら登っている。

 ……なんか、ダメダメな父親と出来た母親、その子供……と言った感じだ。見た目に多大な無理があるが。


 「ふぁ〜〜あ……っんぁ?」

 「どうしました? 祐一さん?」


 俺の声の変化を聴いて、佐祐理さんが振り返る。

 舞も声こそ発しないものの、俺の方を振り返っている。


 「あ、いや、欠伸をしてたら、口の中に……」


 …とそこで言葉を切って口の中に入ったものをペッ、と吐き出す。

 紅葉だった。


 「はぇ〜、祐一さん、良かったですね〜」


 ……いいのか?

 それとも、佐祐理さんには紅葉を食べる癖でもあるのだろうか?


 「欠伸をして、口の中に紅葉が入ると、幸せになれるんですよ〜」

 「……知らなかった」

 「んな馬鹿な……」


 いや、俺が知らないだけで、実はそういう話があるのか?

 紅葉はおろか、植物のことなんて全く知らないから、真偽はわからんが。


 「いま佐祐理がそう決めました♪ ……って、ふぇ? どうしたんですか祐一さん? そんなに肩を落として」

 「何か、ドッ、っと疲れが……」

 「あははーっ」


 俺が肩を落としていると、何がおかしいのか、佐祐理さんは笑いながら歩幅を狭め、最後尾である俺の隣にまで下がって来た。

 何か話でもあるのか? と思ったが、佐祐理さんは何も言わずに俺の腕をとり、少しだけ恥ずかしそうに、その腕を自らの身体で包み込んだ。


 「さっ、佐祐理さん!?」

 「つ、疲れてるなら、佐祐理が支えてあげますね〜」


 支えてあげますね〜……と言いつつも支えるどころか、しなだれかかってきている佐祐理さん。

 ただ単に誰かに抱きつきたかったらしい。

 佐祐理さんは、こういう甘えん坊な所がある。

 おそらく、過去の反動だろうと俺は見ているのだが。

 しかし、甘えられるこちらはたまったものではない。

 佐祐理さんほどの綺麗で優しい人に甘えられるのは、年頃の男子学生の脆い理性にはとてつもない衝撃を与えるのだ。

 じゃあ、断れよ……と思うかもしれないが、佐祐理さんの甘えスキル(?)は伊達ではない。

 ある時は論理的に攻められ、またある時には雰囲気で絡め取り、またある時は佐祐理さん自身の魅力でもって甘えてくる。

 特に最後のが一番強烈だ。

 あの涙目で上目使いに俺の顔を覗き込みながら、小さく『ふぇ…』と呟く仕種は反則と言える。

 保護欲と愛情を足して二で割った様な感情を湧き起こさせるのである。

 無論、道を踏み外しかけた事は一度や二度ではない。

 しかしそういう時に限って、舞がどこからか覗いている事が多い。

 舞がいなかったら、佐祐理さんから『やりましたー♪ 三ヶ月ですって祐一さん♪』などと言われてもおかしくない状況になってたかも知れない。

 まぁ、舞がいても危なかった時もあるが……根性で堪えた。

 俺の根性が、あと一ミクロンでも足りなかったら、二人から三ヶ月告知を聞いていた羽目になったかも知れない時もあった。


 ……などと、己の幸せな様で幸せでないと思ったりもするがやっぱり幸せな境遇について考えていると、じーーっとこちらを見ている舞に気付く。


 「……佐祐理、ずるい」

 「ずるいって……」


 これがうらやましいのか?

 ……と言う前に、夜の校舎で鍛えられたスピードを生かして、すぐに俺の隣に来る。

 しかし、片手は佐祐理さんに抱かれ、片手はござを担いでいるので、俺の手はもうない。

 さて、どうする舞?


 「……しかた無いから」


 と言って今度は俺の背後に回る舞。

 そして、おもむろに後ろから首に手を回してくる。


 「また、おんぶかい……」


 今日はおんぶが流行しているようだ。

 ちなみに前回もそうだったのだが、今回も背中の感触が嬉しい。

 が、一日にそう何回も命の危機に晒される事は避けたい。


 「舞、いい子だから離してくれ」

 「……佐祐理には腕を組ませてるし、おんぶもした」


 おんぶはしたんじゃなくて、させられたと言うのが正しいと思うのは俺だけだろうか?


 「……佐祐理にはさせたくせに」

 「……」

 「……佐祐理には…」

 「わかった、わかった、そのままでいいって、舞と俺は相思相愛だからな〜」


 びしぃ


 「舞さんや、俺には冗談を言うことすら許されていないのか?」

 「……そういうことはもっと別の場所で言って欲しい」


 一日に二度も、プリティーなおんぶオバケにとり憑かれてる羽目に陥った俺は、空に向かって呟いた。


 「おお、神よ、何故、この様な試練を……んぇ!?」

 「あははーっ、祐一さんは今日で二回も紅葉が口の中に入って、だぶるハッピーですね〜♪」

 「……祐一は運がいい」


 神様と紅葉の事が少し嫌いになった紅葉狩りの行きしなの道だった。























 「祐一さん、ここなんてどうです?」

 「いいんじゃないか?」


 TVで紹介されるスポットだけあって、紅葉の木が生えている周辺には結構な人がいた。

 そこは広場になっていて、宴会している中年のおっちゃんの集団とか、縁側でお茶を啜っているのが似合いそうな老夫婦とか、若い親子連れ等がいた。

 そして俺はというと、紅葉の事などサッパリ解らないので、場所に関しては佐祐理さんに頷くのみである。


 「じゃあ祐一さん、ござをここに敷いてください」

 「了解」


 俺としても、今まで歩いてきて、さっさと座りたいので手早くござを展開、ござの四方に重りになるものを置いていく。

 佐祐理さんと舞は、ここに来るまでに買ってきていたお弁当と飲み物をござの上に置き、ちょこんと正座している。

 そして俺も二人に続き、ござの上に正座する。


 「さて、それでは『第一回、紅葉狩りマスターへの道会議』を始めますよ〜」

 「…………」

 「佐祐理さん、本気だったんですか? それに第一回って……」


 第二回、第三回があるんですか?

 そんなにその、紅葉狩りマスター、とやらは奥が深いんですか?


 「あははーっ、当然、第二回、第三回もありますよ〜、祐一さんと舞と佐祐理が生きてる限り無くなりません♪」

 「……当然」


 それは、毎年この時期になったら三人で紅葉狩りに行くということですか?

 そして、紅葉狩りの度に、この会議が発足して俺は紅葉狩りマスターとやらへなる為に洗脳されるわけか……

 すこし想像してみよう……





 『祐一さん、B地点で紅葉狩りをしている集団を感知しました〜』

 『……祐一、紅葉狩りマスターの使命を果たす』

 『おう! 行ってくるぜ!』


 バビューン ←空を飛ぶ音


 『社長、今年も紅葉がいい色になっていますなぁ』

 『まったくだな、部長』

 『待て! そんな紅葉狩りの仕方ではダメだっ!』

 『む? なんだね君は?』

 『俺か? 俺は紅葉狩りマスターだ! 気安くマスターと呼んでくれ』

 『マスター……ブランデーのロックだ』

 『お客さん、飲みすぎですぜ…………って、バーのマスターじゃねぇ!』

 『マスター、お部屋のお掃除、終わりました〜』

 『ごくろう、次は食事を…………って、そんな特殊な人種でもねぇ! って言うかおっさん声で女メイドちっくな声をだそうとするな、気持ち悪い』

 『では君は何をしに来たのかね?』

 『さぁ?』




 やはりろくでもない想像になった。

 最初から最後まで意味不明だった。


 「……あの顔はまた変なこと考えてる」

 「あははーっ、祐一さんは想像力豊かですから」


 しかも、ばっちりバレていた。

 せめて舞くらいのポーカーフェイスがあれば……

 そう思い、舞の顔をじーっ、と見る俺。


 「……何?」

 「きっと祐一さんは、舞の魅力にやられて告白するつもりなんですよ」

 「祐一に限ってそれはない」


 即答する舞。

 なんか、俺が告白することが出来ないヘタレ虫のように思われてるみたいで心外だ。

 ここは一つ男と言うものを見せようではないか。


 「舞……俺、舞と一緒にいるときずっと思ってた事がある。舞の純粋さは罪だと……思わず何もかも捨てて守りたくなる。舞の事が好きだから……だから結婚しよう、舞」

 「……祐一」

 「はえー、これで棒読みじゃなければ完璧なんですけどね〜」


 一瞬でバレた。

 しかも言った方がダメージがでかかった。

 やはり、勢いだけでものを言うべきでは無い、と思う俺なのでありました。



















 「佐祐理さんは、紅葉が好きなんだな」


 ご飯を食べた後、三人でござに寝転がっている時に、なんとなく気になったので聞いてみる。

 実際、いつもよりはしゃいでる様に思えた。


 「祐一さんは紅葉、嫌いですか?」

 「ん? 別に嫌いじゃないけど……俺は桜の方が好きかな?」

 「ふぇ? どうしてですか?」

 「んー、綺麗だったからかな……」


 今の言葉に嘘は無いが実は言葉が足りない。

 俺が綺麗だと思ったのは、卒業式の日に桜の木の下を二人で歩いていく、舞と佐祐理さんだ。

 俺は桜が舞い散る道を、二人が顔に大きな微笑と小さな微笑を浮かべて歩いていく姿に魅入ってしまった。

 あの日からだろうか……二人のことが親友としてではなく、女の子として見えるようになったのは。


 「祐一さんは桜派なんですね。舞は桜と紅葉のどっちが好き?」

 「……どっちも好き、でも強いて言うなら……」

 「強いて言うなら?」

 「……楽しく食べられればどちらでもいい」

 「桜派が一票、紅葉派も一票、花より団子派も一票……引き分けだな」

 「そうですね〜」


 そこで会話が止まった。

 遠くから聞こえてくるおっちゃんの集団のカラオケの音だけが場を支配する。

 カラオケはあまり上手くなかった。


 がさごそ


 目を瞑っているので見えないが、佐祐理さんが寝ている方向から何かが動く気配がする。


 「ゆう〜い〜ちさん♪」


 声と共に左腕に抱きつかれた。

 やわらかい……なんで女の子というのはこんなにやわらかいのだろう?


 「佐祐理さん、今回の理由はなんです?」

 「秋と言ってもやはり、外で寝るのは寒いですよね? だから祐一さんのぽかぽかエネルギーを奪いに来ました〜♪」


 確かに肌寒いような気がする。

 それに外で寝ると言えば冬の事を思い出す。名雪が二時間も遅れてきた時は新聞の三面記事に載るのではないかと危惧したものだ。


 「それに……」

 「ん?」

 「理由が無くっちゃ、抱きついちゃいけませんか?」


 俺個人としては何も問題ないのだが、お子様にお見せできない事情によって色々と拙いです。

 なんて思っていると右腕にも抱きつかれる。


 「……寒い」

 「はいはい……」


 決して嫌じゃないのでなすがままにされる俺。

 ここが外じゃなかったら、絶対に危ないことになっていたが。


 「祐一さんはあったかいですね〜」

 「……ぬくぬく」


 両腕に心地よい感触を感じながら俺はそのまま眠りについた。

 もう、カラオケの音は聞こえなくなっていた。




























 帰り道、夕日が俺たちを赤く照らす中、俺は行きと同じくござを担ぎ、舞と佐祐理さんはゴミを持ちながら山を下っていた。

 結局、紅葉を見て眠っただけだったが、佐祐理さんいわく……


 『それが紅葉狩りマスターへの第一歩ですよ〜』


 との事、まぁ、佐祐理さんは基本的に能天気な人だから佐祐理さんらしいと言えば、佐祐理さんらしかった。

 舞も舞でいつも通りのマイペースで、行きに見たはずの景色に色々と反応している。

 俺も相変わらずヒマそうに欠伸をしてるが……


 「そう言えば祐一さんは桜が好きなんですよね?」

 「え? ああ、そんな事も言ったっけ」


 厳密には違うのだが……と心の中で思う。


 「実は秋にも桜は咲くんですよ、祐一さん」

 「え?」


 秋に桜が咲いたなんて話、聞いた事無い……そう言えば、どこぞの島では一年中桜が咲いてるとか言う話だが、きっとデマだろう。

 ともかく、俺の知る限りではそんな桜は存在しない。


 「確か、もう少し先に咲いてましたよ」

 「ミステリーはそんなに身近にあるのか……」


 トコトコと歩いていく俺たち。

 少し歩いたところで佐祐理さんが声をあげた。


 「ほら、これですよ祐一さん」

 「……確かに似ているけど……草だな」


 佐祐理さんと舞は何か内緒話をすると、それぞれ、その桜(似)の花を赤と白の二本ずつ摘んで俺に差し出した。

 匂いでも嗅げというのだろうか?


 「祐一さん、これはコスモスの花です」

 「へー、これがコスモスか……それがなんで桜なんだ?」

 「……コスモスは漢字で、秋の桜と書く」

 「ほ〜、意外な豆知識を一つゲットだ」

 「……国語の漢字の問題でよく見かける」

 「あははーっ、祐一さん。ちゃんと勉強しないといけませんよ〜」


 くっ!? こんな所で勉強ができていない事を悟られるとは……やはりこの二人、侮れない!


 「そんな祐一さんに、この花をプレゼントです」

 「……受け取る」

 「お、おぅ……」


 戸惑う俺に、花を押し付けるようにして二人が渡してくる。

 戸惑ってる理由は、何故か妙に押しが強い。

 別に断る理由も無いので、素直に受け取った。


 「あははーっ、受け取りましたね、祐一さん♪」

 「な、なんだ!? やはり罠だったのか!?」

 「……『やはり』なんて失礼」


 片手にござ、もう片方の手には秋桜の無抵抗な俺にチョップをする舞。


 「じゃあ、罠じゃないのか?」

 「あ、あははーっ、罠と言えば罠ですね〜」

 「……で、どんな罠なんだ、佐祐理さん?」

 「祐一さんは、秋桜の花言葉を知ってますか?」

 「くっ!? 花言葉ネタかっ! きっと『社会の底辺』とか『間抜け』とか『ロリコン』とか……そんな花言葉なんだろう!?」

 「はぇっ? 祐一さんはロリコンだったのですか?」

 「違う……ってそうじゃないだろう」

 「……祐一はロリコンじゃない、一安心」


 なぜ安心なんだ?

 ロリコンじゃなかったら、いつ襲い掛かられるかもわからないのに……

 まぁ、舞と佐祐理さんに襲い掛かったら、舞に斬殺されるのでしたくても出来ないが……


 「祐一さん……秋桜の花言葉は『善行』、特に赤い花は『少女の真心』をさすんですよ」

 「真心……」

 「はい♪ 佐祐理と舞の真心は祐一さん一人にしか捧げませんよ」

 「祐一は幸せ者」


 二人はそう言って、今回は腕ではなく身体に抱きついてきた。

 いつもの甘えるような仕種とは違い、ただ腕を回して身体を寄せ合っているだけ。

 ……ただそれだけなのに……今までで一番ドキドキしている。


 ……これは遠まわしに告白でもされているのだろうか?

 いや、意識しすぎ?

 でも……と思い、考えを保留しておいて気になっている事を聞く。


 「じゃあさ……こっちの白い花は何をさしてるんだ?」

 「……知らない」

 「あ、あははーっ、えーっとそれはですねぇ……」


 ごにょごにょ……といいごもる佐祐理さん。舞は何も知らないようだが、佐祐理さんは知ってるみたいだ。

 だが、言う決心がついたのか、俺の身体から身を離す。

 少し残念なのは秘密だ。


 「今言いますから、ちょっと、待っててくださいね」


 そう言って佐祐理さんは近くにある紅葉の木の下に行った。

 何をするのだろうか? と舞と顔を見合わせていると、紅葉の木から一枚、ヒラヒラと紅葉の葉が落ちてきた。


 「えい!」


 っと、倉田さんちのお嬢様はジャンプ一番、紅葉の葉を口に咥えてそのままこちらに戻ってきた。

 やはり佐祐理さんには紅葉を食す習性が……などと思っていると、佐祐理さんはいつの間にかすぐ近くの正面に立っていて……

 佐祐理さんの手が俺の頭を引き寄せ……


 「……ん」

 「……んんっ!?」

 「佐祐理っ!?」


 佐祐理さんにキスされた。

 どさっ、とござが落ちる音がした。

 佐祐理さんの舌が紅葉を俺の口の中に押し込んでくる。

 紅葉が俺の口内に入ると、佐祐理さんは顔を離した。


 「コスモスの白い花が意味するのは『少女の純潔』……受け取っちゃったからには幸せにしてくださいね?」


 どうやら、紅葉の理由は幸せにしてください、というサインらしい。

 それはともかく、俺だって佐祐理さんのことは好きだ……舞のことも好きだ、でも断られた時のことを考えると言えなかった。

 今のままの三人の関係が好きだった。

 壊したくなかった。

 ずっと三人でいたかった。

 だから言えなかったのに……


 「佐祐理さんは、俺が断ったりした時の事を考えてないんだな……」

 「考えてますよ……こうしたら祐一さんは受け入れてくれるだろうなって思ったんです」

 「それでも、断ったりするかも知れないだろ?」

 「これで断られたら、もう打つ手なしですよ。これが佐祐理の精一杯ですから……」

 「佐祐理さ……ぐむぅ!?」

 「…ん」

 「ま、舞!?」


 今度は舞にキスされた。

 紅葉は入ってないようだった。きっと落ちてこないので痺れを切らしたんだろう。

 しばらくして唇を離すと、舞は小さく……


 「佐祐理だけずるい」


 と言って、夕日以外の要因で顔を赤く染めていた。


 「あははーっ、ごめんね、舞。じゃあ、今度は一緒に言おうね」

 「……はちみつくまさん」


 何やらまた二人で内緒話。

 大体、何を言っているか想像はつくが、それでも軽く疎外感を覚えるあたり、自分の中の二人の割合の大きさがわかる。

 お、作戦タイムは終わったようだ。


 「祐一」

 「祐一さん」

 「うん?」


 二人の不安を取り除くために、笑顔のつもりだが緊張してるため、笑顔でいれてるか疑問だ。

 そして二人は軽く視線を合わせて、同時に言った。




 『私たちとずっと一緒にいて愛してくれますか?』



 その問いに、俺は答えを一つしか持ち合わせてなかった。
































 三人で車のところまで来る頃には、もう陽が暮れていた。

 荷物を車に積み、車に乗り込む直前、俺は山の方を見て思った。


 俺たちは幸せになれるのだろうか?

 きっと世間からは白い目で見られるのだろう。

 日本じゃ重婚は認められてないので、結婚しないまま三人でいれば変な目で見られるだろう。

 俺はかまわないが、二人にそんな思いはさせたくは無い。

 これでよかったのだろうか?


 「なれますよ……幸せに……祐一さんさえ一緒にいてくれれば」

 「……はちみつくまさん」

 「……舞…佐祐理さん、なんで……」


 なんでわかったんですか? と聞く前に佐祐理さんはにっこりと笑い、舞は俺と佐祐理さんくらいにしか判らないほど微かに笑って、


 「大好きな祐一さんの事ですから」

 「祐一のことは何でもわかる」


 そう、誇らしげに言った。


 「それに……祐一さんは今日だけで紅葉を三つも口に入れました……だから、とりぷるハッピーになれます♪」

 「三人分の幸せがあるから大丈夫」

 「そっか、そうだな……」


 どうせ色々考えたところで、何も変わりゃしないんだし、案外、本当に紅葉を食ったやつは幸せになれるのかも知れない。


 「前向きにいくか〜」


 俺はう〜ん、と伸びをして、風に流されてきた紅葉の葉を取った。

 紅葉の葉が散り、また冬になる。そして春になり、夏が訪れ、秋の季節になる。

 でも、どれだけ季節が巡ろうとも紅葉を見るたびに今日の事を思い出すのだろう。

 それを思えば少し紅葉も好きになれるかもな……


 「ゆう〜い〜ちさん♪」


 本日三度目の後ろからの襲撃。

 犯人は能天気お嬢様と推察される。

 俺たちの関係は少し変わったが、甘えん坊な所は変わらないようだ。


 「佐祐理さん、今度はなんです?」

 「あははーっ、違いますよ祐一さん。これからは私のことは佐祐理って呼び捨てにしてください」

 「それは、何かちょっと恥ずかしい……ん?」


 何か佐祐理さんの言葉に違和感。

 ……………………………あれ? 今、佐祐理さん、自分の事を『私』って…


 「佐祐理さん?」

 「……」

 「佐祐理さ〜ん?」

 「……」


 呼んでも返事が無い。

 顔はこっちを見てむぅ〜、と脹れているので聞こえてないと言うことは無い。


 「…………」

 「…………」

 「佐祐理?」

 「はいっ♪ なんですか祐一さん♪」


 すっごく嬉しそうだ。

 隣で舞は構って貰えず、不服そうにしてたが。


 「今、自分の事、私って言ってましたよね?」

 「ええ、何故か舞と一緒に告白したときから言える様になっていました」

 「……そっか」

 「でも、佐祐理は自分の事を佐祐理って言ってる方がもう板につきましたから、多分変わらないと思いますけどね」

 「まぁ、呼び方に関しては……俺が佐祐理って言うんだから、当然、俺の事も祐一って呼んでもらわないと……」

 「ふぇ……そんなぁ、祐一さ〜ん」

 「…………」

 「ゆう〜い〜ちさ〜ん」

 「…………」

 「ゆ・う・い・ち・さん♪」

 「…………」

 「ふぇ……ゆ…祐一」

 「ん? 何かね? 佐祐理くん」

 「ふえぇぇぇっ! 恥ずかしくて呼べないですよ〜」


 ピシィ、ピシィ

 
 二人でいちゃついてると、チョップが二つ、舞だ。


 「二人ともずるい……」

 「ん〜、舞は元から呼び捨てだからな〜」

 「あははーっ、じゃあ舞は祐一さんのことを……そーですねー、祐ちゃんって呼んで見ましょう」

 「……祐ちゃん」

 「…………」

 「…………」

 「言った本人より、俺が痛いんだが……」

 「舞は今のままが一番素敵と言うことですね〜」

 「……そう」

 「んな強引にキレイにまとめて……」

 「それより祐一さん……実は……」

 「ん?」


 佐祐理さんが何やら恥ずかしそうに、もじもじしている……トイレ?


 ビシ


 「俺が何かしたか?」

 「また馬鹿なことを考えてた」


 どうやら俺は将来、浮気は出来ないらしい。する気も無いが。

 一方、佐祐理さんは、す〜は〜す〜は〜、と深呼吸をしてから俺に向き直った。


 「この近くに、いい温泉宿があるんですけど……その……一緒に行きませんか?」

 「今から……ですか?」

 「はい、今から……です」


 もう陽は落ちている。そんな時間から行くとなれば泊まりだろう。

 ……つーかそれって…


 「も、もう、覚悟は出来てますから」

 「はちみつくまさん」


 目の前に据え膳が二つもある。

 人として……否! 漢として食さねば失礼というものだろう。

 これは、ものを大事にする精神から来るものであって、決して醜い欲望ではない! ……多分。


 「あははーっ、良かったです。もう予約を取っていたので無駄にならずに済みました♪」

 「予約……」

 「はい♪」

 「……………………今日のはもしかして計画的犯行ですか?」

 「『少女の純潔』を受け取ったからには、ちゃんと本当に純潔を貰っていただきますね♪」

 「観念する」



 舞に引きずられながら車に乗る俺。

 車が発進して、来た道とは別の道に走り出す。

 俺は、車の中に飾られてある赤と白の秋桜をみて、覚悟を決めることしか出来なかった。

 最後のあがきで、携帯で水瀬家に連絡を取るも、秋子さんの口から聞こえてきたのは、避妊だけはして下さいね? と言う事だけだった。



 その夜、どこぞの温泉宿で俺たちは、色んな物を失って、色んな物を得た。


































 後日談



 「ただいま〜」

 「お帰り……わ、祐一、何でそんなゲッソリしてるの?」

 「何でもない……名雪……何でもないから何も聞かないでくれ……」


 祐一は本当に辛そうに階段を上がって行った。

 なぜか祐一が『底なし……』とかブツブツと言っていたけど、どういう意味なのかな?

 お母さんは祐一は北川君の家に泊まるって言ってたけど……違うのかな?

 う〜、何だかあやしいよ……



 ピンポーン



 うにゅ? お客さん?

 ガチャ、と扉を開けて外に出ると、祐一の知り合いの先輩がいた。

 たまに商店街で見かけるんだけど、今日はいつもより肌のツヤが良いような気がする。


 「あははーっ、祐一さんはいますか?」

 「いますけど……ちょっと疲れてたみたいだから、寝ていると思います」

 「……そう」

 「それじゃあ、祐一さんが起きたら、これを渡しておいてください」


 そう言って亜麻色の髪の先輩から渡されたのは携帯電話。


 「祐一さん、忘れていったみたいなので……お願いしますね」

 「はぁ……」


 思わず適当に返事をしたけど、どうしてこの人たちが祐一の携帯電話を持っていたのだろう?

 昨日、祐一は確かに携帯電話を持っていたはずである。

 祐一が出かけた直後、携帯電話を忘れたと言って家に取りに帰ってきたのだから。

 北川君に頼まれた?

 北川君は一応、二人のことを知ってるらしいけど、先輩に忘れ物を届けさせるだろうか?


 「あ、あのっ!」

 「……なに?」

 「あの……どうして祐一の携帯電話を持っていたんですか?」

 「……忘れてたから届けに来た」

 「どうして、祐一の忘れ物を持ってるんですか?」

 「……一緒にいたから」


 ピシ


 空間が凍りついた。


 「えっと……それはいつごろなのかな?」


 思わず敬語じゃなくなってしまう私。

 もう、なんとなく、げっそりしている祐一と肌のツヤが良くなってる二人の先輩を見て、全てが繋がっちゃったんだけど一応聞いてみる。


 「昨日のお昼ごろ……」

 「あ、何だ…お昼だったんだね……」


 う〜、深読みしすぎたのかな? と安堵のため息をついたけど、甘かった。


 「……から今朝まで」



 その言葉を聴いた瞬間、私の足は家に入り、階段を上り祐一の部屋まで一気に駆け上がった。














 『ゆういち〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!』

 『うん、何だ、疲れてるんだから寝かせてくれ…』

 『そんなことはどうでもいいんだよ! それより昨日、祐一の先輩と一緒にいたって言う話、本当なの!?』

 『げっ! どこでそれを…』

 『やっぱり本当だったんだ……私もう笑えないよ』

 『セリフだけ元気ないように言いながら、椅子を振り上げるなぁ!』

 『浮気は許さないんだよ!』

 『浮気もくそも、お前と俺は付き合ってないだろうが!』

 『酷い! 祐一に捨てられたよ』

 『人聞きの悪いことを大声で言うなぁ!』

 『こうなったら祐一を殺して、私も死ぬ〜!』

 『変なドラマの見すぎだ!』

 『覚悟するんだよ、祐一ぃ!』

 『待て待て、落ち着け、OK、まずは話し合おうじゃないか名雪、だからその刃物は仕舞おうな?』

 『祐一だけは許さないんだからっ!』

 『うわっ! 名雪、それキャラ違うから!』


 パリーン


 『おわっ! 俺のCDプレーヤーがっ!?』

 『祐一のバカっ! 二人同時なんて外道だよ!』

 『名雪!? 何故そんなことまで!?』

 『やっぱり二人同時だったんだ! この鬼畜!』



 私は祐一の部屋の窓から降ってくるCDプレーヤーとガラス片、それに祐一が従兄妹と言い争う声を聞きながら隣にいる親友に疑問をぶつけた。



 「……佐祐理」

 「なぁに、舞?」

 「宿から出る時、祐一は確かに携帯電話を持っていた」

 「はぇ〜、舞は祐一さんのことよく見てるんだね〜」

 「それからポケットに入れたまま取り出していなかった」

 「へ〜、そうなんだ〜」

 「でも、祐一と別れてから、なぜか佐祐理が持ってた」

 「あははーっ」

 「…………」

 「…………」

 「……佐祐理、ナイス」

 「あははーっ、祐一さんは舞と佐祐理以外の方には渡しませんよ〜」


 私は、佐祐理が親友でよかった、と心の底から安堵しつつ、これからの三人の生活について思いを巡らせた。

 思い巡らせた世界は中々に楽しい世界になった。

 でも佐祐理と祐一が一緒なら、私の乏しい世界観なんかよりも、もっと楽しい世界が待っているのだろう。




 幸せに……なれるかな?




 私は思い出にとっておいた紅葉を口の中に入れてみた。




 なんとなく、幸せの味がしたような気がした。



















   桜と紅葉が降る季節  終