「あ・・・」

それは、学校の帰り道で見つけた。
良く目を凝らさないと見えない程、小さかったけれど。
それでも、自分の心は嬉々とした物が広がっていた。

明日も来てみようか?

何となく、そんな事を思ってしまう。
一日二日で変わる訳でも無いし、
もう少し探せば、他にも一杯同じ物はあるだろう。
けれど・・・。

そうだな、明日も見に来よう

何か義務感がある訳でも無いのに、そう思ったのは初めてかもしれない。
端から見れば、何の変哲も無いただの一つにしか見えないと思うけど。
何故かそれは、自分にとってとても大切な物のように思えた。
だから、明日も・・・何て言う考えになったのかもしれない。

「それじゃ、帰りますか」

そう一人で呟いて・・・いや、それに向かって呟いて、
彼はそっと歩き出した。
何時もは賑やかな帰り道。
それに少し寂しさを感じていた自分は居なくなっていた。

偶には一人で帰るのもいいかもしれないな

そんな事を思いながら、帰路へと着いた。
ほんの少しの寄り道。
それが、心に暖かさを与えてくれた。

「明日も頑張るか」

そんな言葉が、自然に口から出てくるように・・・。

彼が見たのは、小さな小さな桜のつぼみ。
まだピンク色は少ししか出てないけれど、何時かは鮮やかな桜となるのだろう。


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「ちょっと、待ってよ〜」

「早くしろ〜」

私のずっと先を走っていく彼。
毎朝起こしてあげてるのに、いざ走る事になると置いていかれる。

「止まるなよ〜、走れ〜」

それでも、ちゃんと待っててくれるんだから優しいと思う。
…どうせなら、一緒に並んで走ればいいのに。
いや、その前に走らなきゃならない状況を何とかして欲しいかも。

「あ……」

ふと、目の前に広がった光景に足を止める。
何時もは通らない道だった所為か、こんな所にあるなんて知りもしなかった。
見上げれば所々に見えるピンク色。

「何やってんだよ…」

立ち止まった私を心配してか、彼が戻ってきた。
こうなった責任は自分にあるんだから、それ以上は言ってこないみたいだけど。

「ほら、見てよ。あれ」

そう言って、さっきまで自分が見ていた方を指差す。
彼もそれにつられて、上を見上げる。

「へぇ……こりゃ…」

キーンコーンカーンコーン

彼が何かを言う前に遠くから、学校のチャイムが聞こえてきた。
まだ予鈴ではあるが、ここからでは到底間に合わない。

「ヤバイっ…走るぞっ」

「あ、うん!」

もう少し見ていたかったが、そうも言っていられない。
思いっきり駆け出そうとするが、少し立ち止まったくらいの休憩じゃ体力の回復は望めなかった。

「だぁ〜…もう…! 」

グイッ

「えっ……きゃっ!? 」

気づいたら彼が私の手を取って走り出していた、自然と私も引っ張られる形になる。

「ほら、早く行くぞっ! 」

初めて彼から繋いでくれたその手を…。

「うん! 」

私はギュッと握り返した。

彼女達が見たのは、沢山の桜のつぼみ。
まだ花びらが出るにはまだ時間がかかるけど、きっと鮮やかな桜が咲き誇るだろう。


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「ふあぁ〜…」

大きな欠伸を一つ。
最近、幾ら寝ても寝たり無い気がする。

「ふふっ、眠そうだね」

隣に並んで歩きながら、微笑みを返された。
まだ少し…慣れないな。

「ま、まぁね…。もう春だし」

なるべくその顔を見ないように、当たり障りの無い事を言ってしまった。

「そうだよねぇ〜。やっぱり眠たくなっちゃうよね」

それでもちゃんと返してくる辺りが何か…良いなぁと思ってしまう。

「あっ、見てみてっ」

ぼーっと呆けていた僕に、彼女の声が響き渡った。
どうやら、何かを見つけたみたいだ。

「ん? 何かあったの? 」

少し先を行って立っていた彼女の横に並んで聞いてみる。

「あれだよっ。ほらっ」

そう言って指差した先には…。

「へぇ、もうそんな季節なんだよねぇ」

思わずそんな声を上げてしまう。
考えてみれば当たり前だと言うのに。

「あはは、さっきも『もう春だし』とか言ってたじゃない」

ご丁寧に僕の声を真似てさっき言ったばかりの言葉を繰り返す。

「うん…そうだよね…」

少しだけ恥ずかしくなった。

「今年も一杯になるといいなぁ〜」

昔を思い出すように周りを見渡した。
そして、懐かしむように目を閉じる。

「ここって、そんなに綺麗に咲くんだ……」

残念ながら、ここに来たのはつい最近で見た事は無かった。
どんな光景が広がるんだろうと、僕も彼女と一緒に目を閉じた。
目の前に広がるのは、満開に咲いた花とそれを見ながら微笑んでいる彼女の姿…。

「うんっ。今度一緒に見ようねっ」

目を開くと、想像していた時と同じように微笑んでいる彼女の姿が映った。
あぁ、やっぱり僕は…。

「そうだね。…とっても、楽しいんだろうなぁ」

「楽しいよ、絶対にっ」

「うん」

少し名残惜しいけど、その場から離れていく。
また、ここを通った時は満開の花が僕達を迎え入れてくれる事を思いながら。

彼らが見たのは、咲いたばかりの一つの花。
全てが咲くのに時間はかかるけど、もうすぐ鮮やかな桜が咲き乱れるだろう。


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「ほう…」

良くここまで咲いた物だ。
まだ自分が見た時にはつぼみしか見えなかったのに。
何時の間にか立派に桜の花びらが咲き誇っている。

「とりあえずは…まぁ、乾杯」

持ってきた酒を取り出して、タブを開けた。


「早く、早く〜」

「ちょっ、待てっての」

何時かとはまったく立場が逆になった状態だった。
それでも、お互いは笑顔のままではあったが。

「あれ? 先客かな? 」

彼女が、桜の木の下に一人。
男が居た。
年は同じくらいのようにも見える。

「だから言っただろ? どうするんだ? 」

彼はさり気無く別の場所を勧めたが、それよりも早く…。

「お一人ですか〜? 」

男に声をかけていた。


「晴れて良かったね」

「うんっ。でも、それより君と一緒に見れるのが嬉しいかな? 」

今日はとうとう約束していた日になった。
相変わらず、彼女は何時もの微笑を浮かべていた。
いや、今日は何時もよりも輝いているかもしれない。
僕はそう思った。

「あれ? 他にも人が居るよ…? 」

桜の木の下には少ないながらも人が居た。
失念していた訳じゃないけど、やっぱり少し残念だった。

「あれ? 珍しいね……けど、うん。大丈夫だよ。きっと皆良い人だからっ」

彼女が言うと、何故か本当にそう思えるから不思議だった。

「だったら…皆と一緒に今日は楽しもうか 」

「うんっ」

その笑顔は、僕が想像していた光景よりも…更に輝いて見えた。


「それにしても、不思議だな」

ふと、男は言った。

「何が? 」

既にタメで話をしていた。
それを咎める様子も無く。

「そりゃ、こうして仲良く桜を見てる事がだろ」

彼らは今日始めて、しかも一時間程前に会ったばかりだった。
なのに、数年来の友人にあったように感じる。

「そうですね…初めて会ったようには思えないです」

彼はこの町に来て間も無い。
友人と呼べる人も少なかったが、ここに来るとそんな気はまったくしなかった。

「それはですね…」

さっきから終始微笑みを浮かべていた彼女が口を開いた。
そこに居る皆が視線を向ける。

「きっと、この桜には不思議な力があるからですよっ」

その答えにその場に居た皆は微笑みを返した。

一つの桜の木の下で、彼らは日が暮れるまで話続けた。
不思議な力を持つ桜の木。
彼らが引き合わされたのは、偶然では無いのかもしれない。

――――――――――the next