街外れにある森。そこの開けた場所に一本の大きな桜の木が在る。
ぽつんと木が開け、短い草だけが生えた自然の広場。
その中心に立つ桜はまるでこの森の主のように大きく、力強くその存在を誇示していた。
ずっと昔からそこに在り続けるその桜は街の並木道に並ぶ桜と比べてずっと美しい。
だが、たった一つだけ立つその桜はやはり孤独なのだろうか。
きっと誰もがそう思っただろう。
それでも私はその桜とずっと共に在り続けている。
まるで寄り添う親子のように私とこの桜は在り続けていた。
そして何度季節が廻ったとしても私はこの木と在り続けるだろう。
そう、いつまでも……いつまでも……
春の季節。
美しく咲き乱れた花々を見上げるのが私は好きだ。
一つ一つは小さくとも、重なり合い寄り添うように咲くそれは優しく力強い。
きっと皆に力を与える花だと私は思う。
確かに私は花を見るのが好きだ。
けど、私が本当に好きなのは別の時。
それは儚い静寂に支配されたひと時の雨だった。
その一瞬は見るもの全てを魅せる刹那の美。
それは季節の終わりを告げるもの。
それは季節の始まりを告げるもの。
流れ落ちるは寂しくも優しい桜雨。
舞い降り、重なり積もっていくそれを私は見上げ続ける。
きっと、散り落ちた花びらがここを埋め尽くす頃には季節も変わり始めているだろう。
私が少し苦手な雨の季節に。
夏の季節。
見上げた桜は春のあの頃とは姿を変え、青々とした葉をその身に宿していた。
それを見て思い返すのはあの頃の事。
私は暑いのは苦手だったけど、穏やかな風と時折差し込む木漏れ日を感じる事は好きだった。
それに、たしかにあの頃は苦手だったけれど、
今は……
遠くに感じるあの暑さ。
遠くなった耳障りなセミの声。
少し苦手だったそれらも、今は嫌いじゃない。
全ては私に時の流れを示してくれるから。
きっと夏は……春とは違った生に溢れているから。
だから私は夏も嫌いじゃない。
まあ、虫が多いのはどうかと思うけどね……
秋の季節。
見上げた先にあるのは全て紅やら黄色に身を染めた数多の葉。
それはどこか力なく、時折ふく風にゆれてはその身を空に放す。
舞っていく葉は私の上にも当然落ちてきたりする。
今思えば、舞い降りてくる落ち葉を眺めたり、少しだけ冷たい風を感じながら背を預けて本を読んだりするのが私は好きだった。
もっとも、今はただ穏やかな時を感じる方が好きだけど。
少なくなった葉の間から覗く空を見上げる。
冷たく澄んだ空気が空を高く遙か遠くに見せていた。
流れる雲の白と葉の紅と黄とのコントラストを素直に綺麗だと思う。
まったく、芸術の秋とはよく言ったものだ。
この桜から覗く世界だけでもこれだけ美しいのだから、世界はどれだけの美に溢れているのだろうか。
そう思うと少しだけ勿体ない気がしてくる。
それでも思うのはここから見た断片的な世界の芸術。
やっぱり私はここが好きだから。
そうそう、俗には食欲の秋とも言うけれど、私にはあまり関係ないんだよね。
冬の季節。
見上げた先にあるのは白い雪の結晶。
深々と降り続ける白は根元だけではなく木々の先に至るまで白く染めていく。
それまでとは対照的な生の無い静の世界がこの桜の周りに広がっていた。
静寂だけが支配する無音の世界。
私とこの桜以外は何も在りはしない。
だから私は身を寄せる。
このコの命の声を聞くために。
厳しい冬を越えて再び花開くための力を送る命の声を聞くために。
冬は我慢の季節だと私は思う。
やがて来る春のために、新しい命を蓄える我慢の季節。
私に出来ない事をこのコはやっている。
だから愛しく、尊い。
元気な蕾を作って――見せてほしい。
心からそう願う。
また綺麗な花を見たいから。
ずっと続いていく季節の螺旋。
全てが私とこのコの物語。
私と……
私が眠る土の上――そこに在るこの桜とのずっと続いていく物語。
それはきっと、これからも繰り返していくのだろう。
たとえ、そこに新しい発見なんて無かったとしても私はその物語を刻み続けよう。
だって、このコが生き続ける間は私は在り続けられると思うから。
それはきっと私が生きていた証になると思うから。
う〜ん、けどさ……
骸の上の桜は大きく綺麗に育つって言うのは本当なのかなぁ?
きっと呪いの桜っていうのは私たちみたいなのを言うんだろうけど……
だからこのコを見てくれる人がいないのかな?
はぁ、全然呪いなんてないのに……
ま、私みたいな現役の幽霊さんが言うような事じゃないけどね。