流れ、巡りゆく時間の中で人は未来を追いかける。
 
ただ、がむしゃらに未来を追いかけては、そのたびに過去の想いや言葉は薄れてゆく。
 
それでも、この想いをひとつひとつ残してくれているものはあるのだと。
 
彼は笑って言っていた。

 
 
桜と人の想いと………
 

 
桜、桜、ただ桜
 
視界一杯に広がる桜吹雪。
 
温かな風の中で舞う桜の花びらが今を春だと感じさせる。
 
この場所……正確にはこの初音島で桜が枯れることなどはなかい。
 
そのためか、桜の花だけでは今ひとつ春だと感じることができずにいた。
 
ワイワイガヤガヤと、お花見をしている友人達を遠目に見つつ少女は、コップを片手にある場所に向かっていた。
 
そこは、春だという唯一咲いていない巨大な桜がある、約束の場所。
 
「もう、春なんだ………」
 
樹齢何百年という老桜に背を預けながら呟いた。
 
今日の空は、春の陽気にふさわしい抜けるような青空。
 
その空を、桜の花びら達がゆっくりと薄紅色の世界に変えてゆく。
 
いい天気だと頭の片隅でぼんやり考えていても、目はどうしても桜を追ってしまい、ひとつ、またひとつと零れ落ちる花弁を少女は眺めていた。
 
「去年まではあいつと一緒だったのにな………」
 
少女がぽつりと漏らした。
 
少女の脳裏に浮かぶのは、自分より一つ年上の少年――相沢祐一。
 
優しいけど、どこか意地悪で……それでいてそばにいるだけで安心感が湧く、不思議な人
 
彼は今、初音島にはいない。とある理由で本州の北の町に行ってしまったのだ。
 
 
 
祐一がこの島を去る前日に、少女は彼に告白をした
 
「私は貴方が好き。だから、だから………」
 
彼女は、素直に包み隠さず気持ちを祐一にぶつけた。
 
最初、とまどったが少したってから言葉を選ぶように返事をした。
 
「……ありがとう。だけど、俺はこの島を離れるよ。確かに、お前の気持ちは嬉しい。だけれども、俺にはやらなきゃいけないことがある……そう、あいつみたいに………」
 
祐一の言葉から、何かを決意したとつもなく強い意志が感じられた。
 
彼女は知っていた。相沢祐一は一度決意したら、例えそれが茨の道へと進むことになろうと恐れずに向かっていくということ性格だと言うことを。
 
「………ふられたのかな?」
 
少女は涙を我慢しながら呟いた。
 
祐一はこの島を離れ本州に行ってしまう。おそらくはもう、この島には戻ってこないであろう……と彼女は考えていた。
 
実際、この島から出ていった物の大半はそのまま本州に帰化してしまう。また、帰化しないとしても、出稼ぎや大学などに行く場合はこの島を出なくてはならない。
 
泣きそうな彼女の姿に祐一は少し慌てながら、言葉を足した
 
「いや、そんな事はないさ。」
 
「……え?」
 
祐一は、彼女の瞳を見ながら微笑みを浮かべながら告げた。
 
「そうだな……来年の春頃、俺はこの島に帰ってくる。そのとき…答えを教えてあげるよ。」
 
そこで、祐一は不意に彼女の唇を奪った。
 
「きゃ………」
 
突然のことにパニックになる少女。
 
してやったりと言わんばかりの表情をする祐一。
 
「春まで楽しみにしておくんだね」
 
おそらく彼女はそのときの祐一の顔をぜったに忘れないだろう。
 
春風のようで爽やかで、まだどこか悪戯っ子のような無邪気な笑顔を……
 
 
 
 
「本当に戻ってくるよね」
 
ポソリと、呟く。
 
祐一は、絶対に約束事を守ってくれる。
 
彼女はそう、信じている。
 
だが、不安がないと言ったら嘘になってしまう。
 
人の想いや考えは、移り気で儚い物だ。
 
だから、彼の思いも変わってしまうかもしれない。
 
もしかしたら、北の町で他に好きな人ができてしまったのかもしれない
 
けれど―――
 
「信頼しているよ相沢……いや、祐一。」
 
少女の頬を桜の花びらがかすむ
 
サァ…………
 
揺れる木々、それは桜の声。
 
少女を励ますように揺れる。
 
桜の花びらは人の想い。
 
刹那に散りゆこうと、その思いは変わることなく。
 
春風が、花びらを空へと誘う。
 
少女の思いよ、綺麗な花びらとなりて少年の元へ届け………