「先輩、お花見しましょうよ、お花見!」
いつものやかましい調子で話しかけてきたのは、俺の彼女。
ちなみに今は登校中。
さらに言うなら、さっきのが会って最初の発言だ。
とりあえず即答する。
「面倒くせえ」
「考える余地なし!?」
「いきなりなんなんだよ、花見なんて色気も食い気も無いこと言って」
「色気って…。季節は春、桜の季節ですよ!今しか出来ないんですよ!?お花見しましょうよ!是非するべきです!断固しましょう!」
「やかましい」
ビシィッ!
俺のチョップが、延髄にヒットする。
「ウガッ!?ガクッ、ぷるぷるぷるぷる…」
「お兄ちゃん、進藤さんにまだこれやってたんだね…」
「遅刻するといけないからな、急げよ雪希」
「う、うん…」
とりあえず、1日が始まる。
俺と彼女と桜の関係
「まったく、ひどいですよ!先輩も雪希ちゃんも置いてっちゃうんですから」
「いや、遅刻するわけにはいかないだろ?」
「私が遅刻したらどうするんですかっ!?」
「いや、俺はお前を信頼してるから」
「そんなところで信頼してくれなくても結構です!」
ったく、なんで放課後にまで朝のことを引っ張ってるんだ、コイツは。
「こうなったら、先輩がお花見を一緒にしてくれるまでは許しませんからね!」
で、結局そこに戻るのか。
「わかった。じゃ、今度の日曜に花見するか」
「それくらいじゃ許しま……て、え?いいんですか?」
「『いいんですか?』って、お前がしたいって言ったんじゃないか」
「え、ええ、そりゃそうですけど……」
「じゃ、いいじゃんか」
「はい、そうですよね!」
「ただし、場所取りはお前な」
「ハイ!……って、ええ!?わ、私がですかぁ!?」
「今、快く返事してくれたじゃないか。漢(おとこ)に二言は無いんだぞ」
「いえ、私は女なので、言い直したいかな〜なんて」
「まぁ、遠慮をするな」
「いや、遠慮じゃなくって、そんな若手か窓際のサラリーマンみたいなことを、女の子にさせるつもりなんですか?」
「ああ(キッパリ)」
「即答!?しかも断言された!!」
「てことで、OK?」
「いえ、ですから、嫌なんですってば」
「OK?」
「ううっ」
「OK!?」
「ああ、もう、わかりましたよ!私が場所取りをします!それで本当に一緒にお花見してくれるんですよね!?」
「ああ。モチロンだ。まぁ、一応俺も応援を派遣しておくから、ちゃんと場所取りをしておいてくれよ?」
こうして、俺たちは花見をすることになった。
彼女は、場所取りになった事を悲しみつつ、けれど楽しそうだった。
…俺も準備をしなきゃいかんな。
とりあえず菓子と酒と…あとは騒ぐ仲間を集めておくか…。
時は流れて日曜日。
桜が咲き乱れた今日。
太陽もご機嫌で実に花見日和である。
「南山先輩、随分大きいシートですね?」
「ん?これくらい必要だろ?」
「いえ、寧ろ小さいほうが都合がいいかな〜なんて」
「? 俺はそうは思わねぇけど…」
場所取りの応援として派遣されたのは、健二の親友の南山。
賭けで負けてここに来る事になった、とぼやいていた。
「お、けんのやつが来たみたいだな」
「え、先輩ですか?せんぱ〜い、こっちですよ〜……え?」
元気に振られていた手が、健二を、正確にはその後方を見て止まる。
「お〜、場所取りごくろ〜」
「おっはなみ、お花見〜♪」
「日和、頼むからせめて桜の下に着いてから騒いでよ。こんなところからだと目立ってしょうがないじゃない」
「しょうがないよ、清香さん。日和お姉ちゃん、今日をとっても楽しみにしてたんだもん」
「私も……楽しみにしていました」
「ひい、ふう……4人か。けんのやつ、随分連れてきたなぁ。それも女の子ばっか」
「ええ、そうですね……」
隣にいる少女の拳が僅かに震えていることに、南山は気づかなかった。
「それじゃ、乾杯!」
『かんぱ〜い!』
俺の音頭で、杯(コップ)が皆の頭上に掲げられる。
中身は普通の炭酸水(飲めないと言ったので、日和と先輩はオレンジジュース)。
日本酒(秘蔵の大吟醸)でするつもりで持ってきてはいるんだが、雪希に止められてしまった。
雪希だけなら押し切る自信はあったんだが、「めっ」と先輩に言われてはさすがに分が悪い。
なりゆきで飲める時になるまでは我慢しろ、ってことか。
それにしても、南山たちのお陰で、かなりいい場所がとれたな。
やはり、貸しは作っておくものだ。
「せんぱ…」
「桜がきれいだね、お兄ちゃん」
「本当だな、雪希。酒を飲みながらだともっとキレイだと思わないか?」
「お兄ちゃん、どうあっても飲みたいの…?」
「……」
ちっ、ガードが固い!
だが、俺はまだまだ諦めんぞ!!
次なる策を弄さなくては…。
「あのぉ、せんぱ…」
「健二、食べ物も持ってきたんでしょ、開けるわよ」
「なんだ、お子様はやっぱり花より団子か」
「誰がお子様ですってぇ〜!?」
「そうやってすぐに怒るうえに、リトルな体にビッグな風車のお前だ!」
「これはリボンよ!」
「どう見てもでかすぎだろうが!このチビっ子!」
「キィーッ!言わせておけばぁーー!!」
「やるか!?」
「やってやるわよ!!」
俺と清香の間に流れる空気が殺伐とする。
しかし、これこそが俺の狙い!
このまま勢いを利用して…
「けんちゃんも清香ちゃんもや〜め〜て〜」
などと考えていると、ぽんこつとした声に止められる。
「ええい、止めるな日和!これは漢と漢の戦いなんだ!」
「誰がオトコですってぇ!?」
「ケンカはだめだよ〜」
「だから止めるなって言ってるだろ、日和!俺はこのまま飲み勝負に持ち込まなくちゃいけないんだよ!」
「……飲み勝負ですって?」
「うっ」
「へえ、アンタ、お酒が飲みたいからアタシにからんできたわけ?」
く、清香のヤツ、流石に鋭い!
とりあえず、緊急回避!
「ええい、ぽんこつめ!お前のせいで計画が水の泡じゃないか!!」
「え、え?私のせい?」
「日和のせいにしてるんじゃないわよ!アンタが失礼な事を言ったんでしょうが!」
「事実しか言ってないだろうが!」
「あくまでアタシにケンカ売ろうっての?……あのことバラすわよ?」
「あ、あのこと…?」
「フフッ、『妹のさ・…」
「わぁーわぁーー!お前、人の弱みを突くなんて卑怯だぞ!!」
「人の気にしてることをわざと言ってくるアンタに言われたくないわよ!」
「清香さん、やっぱり気にしてたんだ……」
限りなくヒートアップしていく俺達。
はっきり言って、既に目的を見失っているんだが、引くに引けない。
「だから、ケンカはやめてってば〜」
「しかし、コイツが俺の弱みを!」
「アンタが悪口ばっか言うからでしょうが!!」
「なにをぅ!?」
「めぇーーーっ!!」
ビクン、と俺たちの動きが停止する。
鶴の一声、先輩の「めっ」。
「ケンカは、だめですよ」
「け、けど、先輩…」
「け、健二が悪いんですよ」
「めっ!…喧嘩両成敗です」
『……はい』
「うぅ〜、私も止めたのに〜」
なんでだろう、先輩の言葉は強い。
俺も清香も、完全に勢いを失してしまう。
一人黄昏てるぽんこつさんの言葉は、聞こえない。
「では、ケンカも終わったことですし、お団子を食べましょう」
ズガン!
先輩の言葉にこけ、ハデに桜で頭を打つ俺。
見ると清香もこけている。
日和はるんらら〜と団子を俺が持ってきた袋から出している。
「結局、日和も先輩も花より団子なのか?」
「いいえ」
俺の言葉を、きっぱりと拒否してみせる先輩。
「花よりおもち、です」
「…さいですか」
「はい」
「はい、先輩、お茶をどうぞ〜」
「早坂さん、ありがとうございます」
「いいえ。お団子、おいしいですよね〜」
「ええ、お花見には、やっぱりお団子です」
ほのぼのな二人。
名コンビ?
……とりあえず、酒を飲む機会はまたも潰された。
「おい、けん」
「なんだ、南山。俺は今、青春ならではの苦悩に打ちのめされているんだが」
「お前が楽しみにしてる酒が、無いぞ?」
「は?何言ってんだ、ちゃんと持ってきたぞ?」
「いや、けど、無いだろ?」
「……あれ?マジで無いな」
持って来るのを忘れた……っていうことはありえないな。
来たときに1度出してるし。
「雪希、隠したりしたか?」
「ううん、わたしは触ってないよ。日和お姉ちゃんは?」
「私もだよ。清香ちゃんは?」
「アタシだって知らないわよ。…知らないと思うけど、先輩は」
「残念ながら、知りません…」
ん〜、誰も知らないとはどういうことだ?
……あれ?全員には誰かが足りないような…。
さっきまでは声くらい聞こえていたはずの誰かが…。
「なぁ、進藤さんはけんの持ってきた酒を…」
「うがぁぁーーっ!!」
「ぐばはっ!?」
「南山!?」
南山の体が、見事に縦回転をして吹っ飛んだ。
犯人は明らかだ。
「し、進藤さん?」
「うわぁぁん!もうやってられませんよーーー!!」
南山をぶっ飛ばした怒りの表情から、一気に泣き。
左手には、一升瓶。
中身は、見た目にはカラ。
…グッバイ、おれのとっておき。
「とりあえず、落ち着け」
ずびしっ。
冴え渡る、俺のちょっぷ。
「はうっ。ぷるぷるぷる…」
「け、けんちゃん、進藤さん、震えてるよ?」
「まぁ、すぐに復活するだろうから大丈夫だ。それより、南山が大変だな…」
顔が見事に歪み、泡を吹いている南山。
普通の人間ならちょっとヤバい状態かもしれない。
まぁ、南山なら一晩寝れば回復してくれるだろうが。
「しょうがないわね。健二、アタシが南山君を家まで送っとくわ」
「悪いな、清香」
「気にしなくていいわよ。じゃ、悪いけどアタシは帰るわね。楽しかったわって、進藤さんに言っておいてね」
「南山さんと清香さんが帰るなら、お開きにしたほうがいいんじゃないかな?」
「せっかくのお花見日和なんだから、もうちょっと楽しんでいきなさいよ、雪希ちゃん。アタシたちのことは気にしないで、ね」
「…はい」
「素直でよろしい。じゃあ、また学校でね」
「ああ」
南山をズルズルと引き摺って行く清香。
南山の家を知ってるのが清香と俺だけとはいえ、あのチビっ子に任せたのは、人選ミスかも知れない。
などと少し後悔してたとき、人の動く気配。
「あ、進藤さん」
「本当に、大丈夫だったんですね」
「また延髄チョップ……」
「え?なにか言った、進藤さん?」
「おい…?」
「なんでいつもいつもチョップするんですか!信じられませんよ!私は先輩の彼女ですよ、彼女!
それなのに、ことあるごとにちょっぷチョップChop!!!
しかも普段は友達と変わらないような扱い!彼女に対する配慮が全然足りないですよ、先輩!!」
怒りと共に一気にまくしたてられる。
これは、再び黄金の右腕に頼るしかないか…?
「今日だって、先輩とお花見って、とっても楽しみにしてたんですよ!
それも、二人っきりでの!
小さいシートに座って、ちょっと肩が当たって恥ずかしかったりなんかしたりっていう、そんな恋人らしさを満喫したかったんです!
それなのに、先輩ったら、女の人をたくさん連れてきて、私のことを全然相手してくれなくて…!」
「……っ!」
「どうせ、先輩は、私のことなんて、私のことなんて…」
いつものマシンガンのような口調が、止まってしまう。
「…悪い」
俺は、結局、これしか出来ない。
スッ、と手刀を落とす。
「あっ……」
ガクリ、と俺の手の中に沈む彼女。
「お兄ちゃん…」
「けんちゃん…」
「健二さん……」
皆の視線が、俺に集中する。
「雪希、日和、先輩……すまん!埋め合わせは、必ず」
「ううん、充分楽しかったよ、お兄ちゃん」
「雪希…」
「彼女さんは、大事にしないと、めっ、ですよ?」
「先輩…」
「あ、でも、けんちゃんがどうしてもっていうなら、今度は海がいいかな〜」
「…日和」
「冗談だよ。あ、でも、やっぱり海にも行きたいかも」
「わかった、清香や南山も呼んでな」
「今度は、ちゃんと進藤さんに聞いてからにしてよ?」
「…重々気をつけます」
「よろしい」
「…はは」
「ふふふふ…」
「あはははははは…」
気まずい空気を、笑える空気にしてくれる、そんな皆がいることが、俺には嬉しかった。
暖かな春の日が傾いて、夜の帳が降り、周りも静かになってきた頃。
俺の眠り姫がやっと目を覚ます。
「う〜ん…………あ、あれ?ここは…私は…?」
「お、やっと起きたか」
「せ、先輩!?…あ、そうか、私、お花見に来てて…」
「いつもどおり、俺のチョップで眠ってたわけだ。酒を飲んだおかげか、夜になっちまったけどな」
「…あの、先輩……私が寝てる間、ずっと膝枕しててくれたんですか?」
「寝心地はよくなかったかも知れないけどな」
「…はい」
「おいおい、そこはそういう返事をするところかぁ?」
「いいんですよ、先輩はさんざん私のこといじめてるから、少し仕返しするんです。
結局、私があれだけ言ってもチョップをくれるし、本当に私が壊れちゃったらどうするつもりなんですか、まったく!」
「あ〜、どうにも俺は不器用でなぁ……壊れないように気遣ってはいるつもりなんだが…」
「そう思うんなら、最初っからチョップをしないでくださいよ」
「そうでもしないと、お前が止まらないんだろうが…それに」
「それに?」
「俺なりの愛情表現のつもりだったんだけどな」
「え?せ、先輩、今なんて…」
「愛情表現って言ったんだよ、俺なりの、な」
「先輩がそんなことを言ってくれるなんて、珍しいですね…」
「ああ、俺も言うつもりなんて無かった。……酔ってるのかもな」
「先輩は、一滴も飲んでないじゃないですか…」
「あ〜、そうだっけか。じゃあ、あれだ、あまりにも月と桜が綺麗なんで、それに酔っちまったんだ」
「今度はいつになくポエマーですね」
「俺は生まれながらにポエマーなんだよ」
「今まで聞いたことなかったですよ?」
「今、そう決まったからな」
「生まれながらじゃなかったんですか?」
「……ああ、もう四の五の言わずに桜を見ろ!夜桜も風流なもんだ!」
「命令口調だなんて、ムードが無いですね。もうちょっとムードも欲しいですよ」
「ポエマーには、そこまでの注文を受ける余裕は無い」
「ふふっ、なんですか、それ」
やっと、不満げだったり、怒ってたり、申しわけ無さそうだったりした顔を、笑顔にしてくれた彼女。
「でも、本当に、綺麗ですね、桜」
「ああ、綺麗だ」
―桜よりも、月に照らし出されたお前の顔が。
そんなことは、シラフでは流石に言えない。
だから、言ってやらない。
少なくとも、今は。
「くしゅん」
「…ずっと寝てたから、体が冷えちまったか?」
「そうみたいです」
「じゃあ、風邪を引かないうちに帰るか」
「…送ってくれますか?」
「彼女を送るのなんて当たり前だろ。くだらないこと聞くなよ、さつき」
「え?今、先輩、私のこと名前で…」
「ぼ〜っとしてると、置いてくぞ〜」
「あ、待ってくださいよ〜、送ってくれるって言ったじゃないですか、先に行ってどうするんですかぁ」
「それもそうか」
「どうせなら、手をつないで帰りません?」
「ダメだ」
「ええ〜っ?」
「…また、今度な」
そんな言葉が、桜の花びらと共に、風に消えた日のこと。
月より桜より綺麗で愛しいと思える彼女と、いずれは腕でも組んで歩くのもいいかなと、そんなことを思った、そんな日のこと。