「・・・というわけで墓石はコンクリートに立ててはいけないという話だ。タメになっただろう?」
「くっ、なかなか実用的なネタだな」
「いや、実用的ではないと思うんだが・・・」

昼休み。
俺は机に腰掛け、いつもの通り山彦と熱い雑学バトルを繰り広げていた。

「次のテーマだ。『なぜ昭和43年の1円玉は存在しないか!!』だ」
「ねえねえ、なんの話してるの?」

やはり流れるパトスさえも拭わぬほどの熱弁にギャラリーがきてしまったか。

「まあ聞けマイハニー。こんな歴史に残るほどの熱弁を披露してるんだぞ。リンカーンも草葉の影で泣いてるっつの」
「ふーん・・・でさぁ、そんなことより」
「おぜうさんはアタシの話聞いてらっしゃるのカシラ?」

やはり我が彼女とやらはただものではない。

「ねぇ・・・明日暇?」
「ああ、星崎さんわざわざ聞かなくていいよ。こいつは星崎さんの為ならスケジュールすぐ空くから」
「そこ、だまらっしゃい」

・・・ここで反論できない自分が悔しい。キーッ!(←ハンケチ噛み締め)

「うん、わかってるけど一応ね」
「まあ、用件によっては空いてない事もない。なにせ秒刻みの生活もいいところだからな。ああっ!もうすぐバイオリン教室が!」
「んなモン持ってないだろがオマエ」

ちっ、これだから人のプライバシーを知ってる奴は。

「なーんだ。空いてないんだー・・・」
「い、いや、そんな事はないぞ。見なさい、我がスケジュール表は純白の雪景色に染まってるって!ホラ!」
「じゃあ暇なの?」
「もちろんですがな」
「じゃあ今日土曜日だから明日どっか遊びに行こうよ」
「喜んで行かせていただきます」
「うん♪じゃ、また後でね」
「へへー」

土下座で希望姫の出室を見送る。

「はぁ・・・なーんか尻に敷かれてんなぁ・・・」
「はっ、俺は今まで何を!?」











                                   indispensable

                             -Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore.-












「舞人君、一緒に帰ろっ♪」

ぐさっ、ぐさっとショットランスのように鋭い視線が全方位から浴びせられる。

「と、とっとと帰るぞ!」
「きゃっ!」

希望の腕をつかみ、早々に教室を出る。

「ちょ、ちょっと舞人君、腕痛いって」
「あ、悪ぃ・・・」
「もう・・・そんなに照れることないのに・・・」

いや、そういう問題でないのだよ☆崎殿。

「ところで希望」
「なに?」
「明日ってどこ行くんだ?」
「ああ、明日?」
「うむ」
「えーとね、ナイショ」
「・・・なぜに?」
「ナイショだから」
「理由になってねーだろが」
「うー・・・ともかくナイショなの!!」
「わ、わかったよ・・・」

そして希望と別れる道まで来る。

「じゃあ、私こっちだから」
「おう」
「明日忘れないでね」
「もちろん。・・・ていうより夜に電話してるじゃねーか」
「だね、えへへー」

そういって希望は歩いていった。

それはいつもどおりの事だけど。
明日また会えるとわかっているけど。
なんとなく心苦しい気持ちになった。

「あ、そうだ」

そういって希望は振り向きこっちに向かって歩いてきた。
そして、希望の顔が近づき、

「ん・・・」

次に眼を開けた時に顔を赤らめた希望がいた。

「えへへ・・・なんか急にキスしたくなっちゃった・・・」
「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」
「よかったー、じゃ明日ねー」

そういって恥ずかしさを振り払うように希望は走って行った。

ふと上を見上げる。
春を思わせる青と白の混じる澄んだ空。
そして頬を撫でる一陣の風。
街の雑踏に彩りをなす鳥のさえずり。

俺は思わず笑顔を抑える事ができなくて、

「よーし!今日はおもいきって大掃除でもするか」

駆け足で桜の花びらが舞う並木道を駆け出した。





そして、今日の夜。
いつも通り電話がかかってきて朝10時に駅のプロムナードで待ち合わせることが決まった。
そして最後に希望が残した言葉。

『舞人君・・・好きだよ』

電話を通して俺だけに送ってくれたメッセージ。
電話を切った後もその言葉が頭を駆け巡ってやまない。
照れりこ照れりこ。





「遅ーい!」
「まだ15分前なんですが」
「え・・・?そうなの?」
「貴様は時計の見方もわからなくなったのか。若年性アルツハイマーを齢若くして極めたか?」
「いいのっ!所詮時間なんて昔の人が勝手に決めたただの社会概念だもん!」
「いや、逆ギレ!?」
「さっ、行くよ♪」
「お、おお」

希望に腕を引っ張られ二人で歩く。

「で、どこ行くんだ?そろそろ教えてくれよ
「今日はたまには私がエスコートしたいなー、と思って」
「なんで?」
「いつもお世話になってるから、そのお礼かな?」
「・・・そうか」

言葉には出さないけど。
こうして希望がそばにいてくれることで一番助かっているのは俺なのに。
でもやっぱり言葉にするには恥ずかしくて。
今はただその好意を素直に受けていたい、と思った。



「ねえねえ、舞人君。宿題終わった?」
「なぬ?」
「数学の宿題。そーいや舞人君授業中寝てたから知らないっか」
「もちろんだ。数学の時間は俺にとってひとつのホメオスタシスとなりつつあるからな」
「・・・じゃあ手伝ってあげよっか」
「え、マジ?」
「今日のお昼御飯で許してあげる」
「馬鹿者。弱者を虐げるつもりか。自己顕示欲こそが世界を作るエレメントだと思うな。
人との相互扶助によって人間は初めて生きながらえる事ができるのだぞ。
エゴイズムの塊は21世紀の生活共同体にとって腫れ物以外の何者でもないわ。
喜べ、この桜坂ソーシャライズ・リーダー舞人ちゃんが貴様を第一種産業廃棄物に認定したぞ」

・・・。

「んで、手伝って欲しいの?」
「・・・お世話になります」

やはり弱者が権力者に勝つのは果てなく厳しい道のりだ。



それでもデートコースは普通といえるものだった。
普通に昼飯を食べ、普通に街を歩き、普通に話の花が咲く。
こんな当たり前のデートというのが俺たちにとってはすごく幸せだった。



そして、陽が落ちはじめたころ。
「ねえ、舞人君」
「あん?」
「ちょっと行きたいところがあるんだけど」
「どこ?」
「いいから」
「お、おい」

今日はやたらと希望に引っ張られるな・・・。
そして・・・。

「ここは・・・」

街を見渡せる小高い丘。
俺たちにとっては大切な場所だった。

「そう。私たちが初めて出会った場所。そして・・・」

風が吹いた。

「私たちの心が繋がった場所・・・」



夕焼けの風に揺れてそよぐ二本の桜。
風に乗って落ちてくる桜の花弁。
ゆっくりと色を変えていく世界。
俺たちは桜の根本に座りながらその情景を眺めていた。

「このだんだんと赤く染まっていく世界。
それはまるでノスタルジィを彷彿とさせるほどの狂わしい情熱のカタルシス。
なんてポエマーなんだ、俺ってばよ」
「どうせスペインなんて行った事ないくせに」
「う、うっちゃいよそこ」

希望がふふっ、と笑いながらつっこむ。

「私ここにいるとねー・・・」

希望が夕焼けに眼を向けたままつぶやく。

「なんか心が暖かくなるんだ」
「そっか」

一息置いた後、

「ずっと・・・二人だけでこうしていたいね」

俺の肩に頭を預けた。



ぶる。
しばらくじっとしていると希望が軽く震えた。

「えへへ・・・やっぱり春でもちょっと寒いね」
「そろそろ帰るか」
「そうだね」

そして、ふと希望の顔を見る。
桜舞う月明かりに照らされたそのときの顔は。
すごく綺麗で。
それでいて幻想的で。
おそらく一生この希望の姿を忘れる事はないだろう。



下を見下ろせば繁華街の眩い光。
空を見上げれば仄かに地を照らす星たち。
そして丘を優しく包む月明かり。

それはこの世界に俺たちしかいないような錯覚さえ覚えさせるほどだった。

「なあ、希望」
「なに?」

それだけ会話を交して、引き寄せられるようにお互いを抱きしめあった。
ただ愛する人のぬくもりを感じたくて。
ただこの腕の中の希望が愛しくて。
一緒にいたいと思う気持ちはきっと同じだから。



風が吹いた。

その風に乗って夜の丘にきらめく桜の花。

月に照らされ輝き続けるその光は消える事もなく。

彩りのオーケストラをただただ奏で続けていた。




たいせつなもの。

かけがえのないもの。

どんなことがあっても守っていきたい。

過去も、未来も。

全て君が感じた苦しみや喜びも。

全て受け止めてあげたい。



いままで、ありがとう。

そして、これからもずっと一緒に。