「おはよう、美坂さん」
「あら、おはよう」
自然に始まる朝の挨拶。
私はこの時間が好き。
外を見れば風に乗って流れる桜の花びら。
窓から差し込むやわらかな太陽の光を浴びながら椅子に座ってある方向を見る。
それは一個前の席。
--------相沢君の席。
「はあ・・・」
ため息をつく。
よりによって親友の想い人を好きになるとは思わなかった。
名雪はふりむいてもらおうと必死にアタックしている。
なんでも7年間ずっと想い続けていたのだとか。
相沢君を知っている時間は私には到底及ばない。
だけど・・・。
本当は私だって。
彼と過ごした時間は負けてるかもしれないけど。
彼を想う気持ちは私だって負けてると思わない。
それに今日は・・・。
「おはよう、香里ー」
「おはよう」
女友達と軽く挨拶を交わす。
「あれ」?香里、なんかソワソワしてない?
「えっ!?そ、そう?そんなことないわよ」
「そう?ならいいけど」
あぶなかった。
でも今日ばかりはいくら私でも落ち着いていられない。
だって私が相沢君に、
「告白しようって、決めた日だから・・・」
私がこの時間を好きな理由。
それは相沢君の慌てる姿を見れるから。
いつも私や北川君をからかったりしていつも余裕があるように見える相沢君が。
遅刻寸前に教室に入ってきたりして珍しく慌ててる時間帯。
私はその慌てて入ってくる相沢君を見ていつも笑ってしまう。
その様子がどこか可愛いのと、普段と違う一面を見れたっていう理由。
今日も、走ってくるのかな・・・?
「おはよう!美坂ぁ!」
「おはよう、北川君」
北川君が来た。
私は時々彼がうらやましくなる。
相沢君といつも一緒にいる北川君。
あの相沢君がそれだけ心を許してるってこと。
私にももちろん仲良くしてくれるけど。
それとは違う、なんていうか男の友情ってやつ。
簡単に割れたりしない固い友情がよくわかる。
「あれ?美坂、なんか落ち着かないな。どした?」
「そんなことないわよ」
「・・・声が震えてて全然説得力ないんだけど」
「あーっ!!もう!!緊張してるんだからちょっと黙っててよ!!」
「お、おう」
ほんとにヒヤッとさせられる。
うっかり失言が出なくて良かった。
北川君ってたまーに鋭いんだから・・・。
そして刻々と時間は過ぎ。
チャイムまであと1分。
まだ彼は来ない。
まあ、いつものこと。
どうせ原因は名雪だろうけど。
秒針はいまにも「12」にたどり着こうとしている。
そして、廊下を走る足音。
「おっ、やっと来たな相沢」
北川君もその足音の主が相沢君である、と確信しているようだ。
がらっ。
荒っぽく教室の扉が開いて、男子生徒と女子生徒の姿が現れる。
「はあはあ・・・」
かなり疲れ切ったような相沢君の顔。
なんだかいつも以上に疲れてるようだ。
「やっとついたよー」
「のんきな声出しやがって・・・朝ぐらい早く起きやがれ!」
「ひどいよ!睡眠は人間にとって大事なファクターなんだよ!」
「分量を考えろ!」
「うう・・・」
「まったく・・・昨日はあんまり寝てないっつーのに」
・・・?
どうして寝てないのかしら。
「おう、香里」
「おはよう、相沢君」
疲れ切ったような顔をしながらも私に笑顔で言ってくれた。
私はそんな相沢君に笑顔で答える。
すると、突然相沢君が顔を私の顔に近づけてきた。
・・・って、えっ?
なに?なんなの?
顔が熱くなっていくのが自分でも感じられた。
すると、そんな私の耳に相沢君はそっとつぶやいた。
「昼休みになったら一人で裏庭に来てくれないか?」
私はコクコク、とうなづくと彼はすぐに自分の席についた。
「あれ?香里なんか顔赤いよ」
「な、なんでもないわよ」
「そう?風邪には気を付けてね」
「ええ、ありがと」
私は名雪に返事をしていたものの、意識はまったく別のところにあった。
顔の熱さを押さえられないまま、私はボーッとしていた。
そして、ようやく意識が戻ったのはホームルームが終わった後だった。
授業が始まっても先生の言葉がもちろん頭に入るはずもなく。
たださっきの相沢君の言葉を頭の中で反芻していた。
『昼休みになったら一人で裏庭に来てくれないか?』
いったいどういうことなんだろう。
なにか私に言いたいことでもあるんだろうか。
でもまあ、私が彼を呼ぶ手間ははぶけたかな。
でも、本当になんだろう。
・・・ひょっとして私が授業中とかずっと相沢君を見ていたことがバレたかな?
「うっとうしい」とかいわれたらどうしよう・・・。
・・・やっと告白できる決心がついたのに。
そう思うと昼休みがきてほしくない。
ずっと授業が続けばいい。
そう思うしかなかった。
だけど、時間は待ってくれなくて。
私の願いもむなしくあっという間に昼休みがやってきた。
授業に終わりを告げる号令。
先生がいなくなり再び動き出す生徒たち。
そして同時に起こる喧騒。
すべてが遠い世界だった。
ふと前の席を見ると相沢君はもういない。
私も行かなければならない。
否定されることを想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
でも行かなければ前に進めない。
ゆっくりと廊下を歩く。
そして裏庭へ出るための小さな重い扉を開く。
扉を開けると目に飛び込んでくる大きな木。
そして風を感じて踊る眩い桜色の小さな花びら。
そんな桜舞う地の真ん中に彼はいた。
ずっとこっちを向いて立っている。
そして、私の姿を確認すると笑顔で、
「悪いな、いきなり呼び出しちまって」
そう言った。
「ううん、べつにいいわよ」
私は声が震えるのを無理矢理に抑えてそう答えるだけだった。
「ん?どした?香里」
「え?」
「なんかちょっと声が震えてるだから」
「な、なにが?」
「どうしたんだ?」
「あ、あのね!!」
「うぉっ!?」
「あっ、ごめんなさい・・・」
つい大声が出てしまったみたいだ。
「今日の香里ちょっと変だぞ・・・」
「・・・」
「なんか、あったのか?」
彼が少し不安げに聞く。
「うん・・・ちょっと相沢君に言いたいことがあって」
「え?俺?」
「そう・・・」
私は息を整える。
「今日朝からずっと決心してきたことがあるの」
「え?」
「だから・・・言います」
「・・・」
「私、は・・・相沢祐一君が・・・好きです」
「・・・」
彼は何も言わないでずっと黙っている。
私はその時間が永遠とも無限とも思えた。
「ふう」
彼はため息をもらした。
それがなんの意味かはそのときの私には分からなかった。
「はは」
その後、突然彼は笑い出した。
どうして・・・笑うの?
私は、真面目に言ったのに・・・。
そう思うと悲しくて涙が止められなかった。
「か、香里?」
「ぐすっ・・・バカっ!どうして笑うのよ!!」
「え?」
「私は・・・ずっと悩んでて・・・でも、ようやく・・・決心がついて・・・」
「・・・悪い」
「あやまら、ないでよ・・・」
「違うんだ・・・誤解しないでくれ」
相沢君は苦しげに言うと突然私を抱きしめた。
突然のことで私は何も言う事が出来なかった。
「先に、言われちまった、か・・・」
「え?」
今、なんて・・・?
「せっかく俺も覚悟きめて告白しようと思ってたのにな」
「・・・え?」
「おかげで寝てないんだぞ、こっちは」
「そ、れって・・・」
私を抱きしめていた相沢君は私の目を正面から見ると、
「好きだ」
また涙が溢れてきた。
「お、おい・・・泣くなって」
「・・・だ、だって・・・嬉しいんだもん・・・あなたが私のことを・・・私を好きって・・・言って・・・くれたから・・・」
私の目を見て、二人っきりで。
あなたは少し照れながら小さく笑う。
「・・・もう当分言わないからな」
「・・・ケチ」
でも、私はこの瞬間を忘れない。
真剣に私だけに向けた「好き」という言葉。
それはずっと聞きたかった言葉。
ずっと・・・ううん、一生聞けないかもしれないとさえ思っていた言葉。
私は想いと共に溢れ出す涙を止められなかった。
でも、あなたは私の頬に手をあて、親指で優しく私の涙をぬぐってくれた。
「・・・ありがと」
「おう」
「ねえ、相沢君」
「ん?」
「抱きしめてくれない?」
「ん」
あなたが私をそっと抱きしめる。
私が痛くないように軽く抱きしめてくれたみたいだけど・・・。
「もっとぎゅっ、てして」
「いいのか?」
「うん、お願い」
あなたの腕の力が少しだけ強まる。
少しだけ、ね。
「もっとお願い・・・」
「もっと、ってお前痛いだろうが」
「それでもいいから」
あなたは少し考えた後、ふっと笑って。
「ホント、変な奴」
あなたがわたしを少し痛いくらいに抱きしめる。
でも私にとってはその痛みさえ心地いい。
その中から出たくないから・・・この場所は私だけのものでありたいから。
だから・・・もっとね。
強く、抱きしめてほしい。
あなただけの・・・私でいられるように・・・。
私たちを包むこの桜の色を私はずっと忘れない。
青い空と白い雲。
そして宙を舞う桜色の春雪。
こんな彩りに溢れたこの世界で私たちは「そばにいよう」と強く誓った。
そして交わしたキスはすごく舞い散る桜の色のようにやさしかった。