<wind-a breath of heart- 春が来て>
「と、いうことでや」
「またか、相変わらず突然なやつだな」
「物語はいつでも突然始まんねん」
もはや何度聞いたことだかわからない。
こいつのボキャブラリーが疑われるくらい聞いたな、このセリフも。
いつものことなので特に気にすることでもないが。
それにしてもいきなり大声出すからクラスの連中の注目を浴びてるし。
こいつには羞恥心はないのかと疑いたくなるな。
「それで?一体何が言いたいのよ?」
さすがは紫光院。慣れてるな。
呆れてることには変わりないが。
「春。春といえば花見!これで決まりや!
今年はまだ一回もやっておらへんしな」
「花見か・・。勤にしてはまともだな。
それはいいが、どっかいいとこあるのか?」
「私のうちの桜なんてどうかしら?
場所の確保の必要もないし」
・・・さすがは紫光院家だ。
俺みたいな一般人からすれば自宅で花見なんて考えられないぞ。
ていうかそもそもマンションだし。
「よーっし。ほな真、ひなたちゃんも誘うんやで」
「わかってる。彩ちゃんとかみなもや望ちゃんたちも誘って平気か?」
「あったりまえやろ!わいは最初からそのつもりや!」
いや、お前には聞いてないし。
まあ紫光院も頷いてくれてるし、いいか。
しかしテンション高すぎるぞ、勤。
「桜に負けず劣らずのキレイどころが集まるんや。こら楽しみやでー。
もちろん、紫光院は別やがな」
「つーとーむー?」
うぉ、こええ・・・。
視線で人が殺せるなら勤のやつ絶対死んでるぞ。
「なんでもないわ...」
勤もこの視線には弱いな。
こうなるのがわかってるのに懲りないな・・・。
まあ、最近はこのやりとりを楽しんでやってるように思えるが。
「ほな、日曜の10時。紫光院の家に集合や」
「わかった。遅れるんじゃないぞ」
「すぐ隣の家なんやからそないなことあるかいな・・」
【丘野家】
その日の夜。俺は食卓にて学校での事を話していた。
ちなみに今日の夕食の当番は彩ちゃんだ。
当番制も三人になると随分楽なものだ。
「まあ、そんなわけで大丈夫か?」
「おーけーだよっ!」
「私も大丈夫です」
よし、予想通りだな。
ひなたなんて話してるときに目を輝かせてたし。
こいつはほんとわかりやすい性格をしてる。
「一緒にお弁当作ろうね、彩ちゃん!」
「そうですね、頑張りましょう」
こうして見てるとやっぱり三人で生活を始めてよかったと思うな。
ひなたも彩ちゃんも楽しそうでなによりだ。
彩ちゃんもこの生活に随分と慣れたし。
それでもひなたの宇宙人的思考にときどき戸惑ってるけど。
理解しろっていうほうが無理ってものなんだが・・・。
「よーっし。頑張るぞおー!」
ビシッ!
「うにゅっ」
「頑張るのはいいが、食事の時ぐらいもう少し大人しくしろ」
ぐっすんひなた。
「ほら彩ちゃんにも笑われてるぞ」
「うにゅ〜」
・・・・で、日曜日。
俺、ひなた、勤、紫光院、みなも、彩ちゃん、望ちゃん、わかばちゃんでの花見。
もはやすっかりお馴染みのメンバーだ。
今回も体育祭の時みたく、各自が弁当を作ってきている。
付け加えるなら今回は彩ちゃんの手料理が加わっている。
彩ちゃんの料理は概ね好評だった。
みなもの料理の腕もあれからさらに上がっていた。
もはや始めの頃とは比べ物にならない。
勤なんかはものすごい勢いで食べていた。
紫光院に意地汚いと言われて口論になったりしたが。
その勤は遠くの方で死んで・・・もとい眠ってる。
「花見と言ったらやっぱり酒やー!」
なんて言って一升瓶空けてたから酔いつぶれたんだろう。
高校生なんだが、いいんだろうか・・・・。
彩ちゃん以外は紫光院の案内で家を見て回ってるらしい。
まあ、結構な広さだから結構時間かかるだろう。
『ナー』
この地球上の生命体なのか怪しい鳴き声は・・・。
「お、フォルテじゃないか。久しぶりだなあ」
「フォルテ・・・。お久しぶりです」
彩ちゃんはフォルテを抱き上げると優しい笑みをこぼした。
フォルテもご主人との再会に喜んでるように見える。
紫光院の家にフォルテを預けて大分経つが相変わらず元気そうだ。
「ふふ、真さんに会えて嬉しそうですよ」
「そうなのか?」
と、フォルテに尋ねてみると一鳴きした。
やはり通じてるものなんだろうか。
まあ、彩ちゃんが言うならそうなのだろうが。
「元気にしてましたか?」
フォルテは肯定するようにナーと一鳴きした。
それから彩ちゃんとしばらくじゃれついていた。
その仕種はネコのそれなんだが・・・・。
やがて満足したのかフォルテはふらっとどこかへ行ってしまった。
ザァァァァ....
風が吹き、桜が舞う。
桜は散り際が一番いいと思う。
前の街でも見慣れたはずの桜も隣に彩ちゃんがいると違って見えた。
・・・最近、惚気がひどくなってきたかなと自分でも思う。
勤にも言われるくらいだしな。
「いいもんだな、こういうのも」
「そうですね」
春の気候は暖かい。
柔らかな光と風が俺達を包んでいた。
俺達はどちらともなく肩を寄せ合った。
桜の舞う下でキスを交す。
「好きですよ、真さん」
「俺もだよ彩ちゃん」
ザァァァァァ....
また風が桜を散らした。
風に舞い、太陽の光に照らされるその姿は風蛍のようだった。
そんな−4月の穏やかな午後の一時。
これから先も俺はずっと彩ちゃんと共にあるだろう。
そんな風に思わせるような一時だった。
【一方】
「うにゅ〜」
「出るに出られないわね」
家の中からその光景を見ていた一行はその雰囲気に出るに出られなかった。
「丘野先輩・・・」
「うらやましそうですわね。望ちゃん」
「な、何言ってるのよ!わかば!」
「ふふ、ごめんなさい」
「まこちゃん・・・・」
皆してため息をついていた。
やはりそうそう想いは断ち切れないものだ。
「(丘野君・・・お願い。早くこの空気をどうにかして)」
一人、紫光院は切にそう願った。