PM1:04 桜公園 中央のベンチ


「……」
「……」
公園のベンチに座り、並んでチョコバナナをほお張る男が二人。
「傍から見たら異様な光景だろうなぁ……」
「それを言うな。何か食おうと言い出したのはお前のほうじゃないか」
「……」

生暖かい春の風が、二人の間を過ぎて行く。
「朝倉、もう一度聞くが、何でお前がここにいるんだ?」
「何でって……、まぁちょっとした野暮用があってな」
「野暮用ねぇ……」
「そういう杉並こそ何でここにいるんだよ?しかも制服姿で」
「お前の言葉を借りるなら、俺も野暮用だ」
「……さいですか」

お互いに多くを語ろうとしない男二人。
二人とも、内心『何でコイツがここにいるんだよ』的な心境である事は間違いない。
「……」
「……」






 『『 コイツには、話せないよなぁ…… 』』
















D.C. 〜ダ・カーポ〜 SS

『だぶる・でぇと』
















AM10:00 朝倉家 リビング


「ぐぁ―――、かったりぃ――――」
日曜の朝。
いつもより遅めに起きた俺はいつものようにリビングのソファーに寝そべり、ぐでぇーとしていた。
「休日ゴロゴロサイコー」

ゴーロゴロ ゴーロゴロ

「何をそんなゴロゴロしてるんですか」
「いいじゃないか、たまの休みの日くらい」
「兄さんの場合、そうやって年中ゴロゴロしてる気がするんですけど」
「……」
否定できないな。
「とりあえずパンが焼けたから、朝ごはんにしよっか」
「ういー」
言ってる自分でもだらしないなと思うような返事をして、俺はキッチンへと向かった。


「音夢、マーガリンとって」
「はい、兄さん」
トーストにコーヒーと言う何ともアメリカン(?)なブレックファーストを食す。
「そういやインスタント味噌汁ってもうきれてたんだったっけ?」
「あ、うん。ちょうど昨日でなくなったはずだけど」
「そうか。買ってこないとな……」
「でもアレって高いよ?わざわざ買わなくてもいいと思うけど」
「日本人たるもの味噌汁を飲まずしてやってられるか。それに毎日トーストってのも飽きるだろ?」
「それはそうだけど……」
音夢の言う通り、確かにインスタント味噌汁は高い。
でも、基本的に和食好きな俺にとって、毎朝トーストって言うのは少々辛いものがある。
「兄さんそんなに味噌汁好きだったっけ?」
「まぁ極端に好きって訳じゃないけどな」
「ふーん。じゃあ私が作ろうか??」
「却下」
即答。
「な、何でそんないきなり言うのよ!!」
「お前……前に味噌汁だーって言ってお椀に水と味噌だけ入れたもの出してきたの忘れたのか?」
「うっ……、も、もうそんな間違いはしないって!」
「いや、そもそもお前が料理作ること事態が間違いだ」
「な、何ですって!!?」
こうして今日もにぎやかに過ぎていく朝倉家の食卓。




食後、先程同様ソファーでぐでーんとしていると、洗い物を終えた音夢が話しかけてきた。
「兄さん、今日これから暇?」
「ん?まぁこれと言って特に用事はないけど」
「そう?」
俺の返事に何故か嬉しそうな反応を見せる音夢。
「何かあるのか?」
「うん。これ」
そう言って差し出されたのは二枚の紙切れ。
とりあえず受け取って眺めてみる。
「……これって映画の券?」
「そう」
「どうしたんだよ、これ」
「あのね、昨日商店街に買い物に行った時福引セールをやってて、その時に当てたの」
「福引なんかやってたのか」
「うん。……それで、もし兄さんが暇なんだったら……その……」
券を握り締めながらもじもじしている音夢。
「……まぁ、お前の言わんとする事は大体想像つくけどな」
「うん……」
「分かったよ。金券ショップに行って現金にしてくればいいんだな?」
「そうそう、そのお金で今晩は店屋物でも取ろうかと……ってちがーう!!」
「ノリツッコミを会得したか……、さすがだな、音夢」
「全然嬉しくないっ!!」
恥ずかしそうに顔を赤くするマイシスター。
ものすごいノリノリだったくせに。
「そうじゃなくて、私が言いたいのは……」
「かったるいので却下」
全部言い終わる前に答えを返す。
「アレだろ、一緒に映画でも見に行こうって言うんだろ?」
「う、うん……そうなんだけど……」
「外とか出るのめんどくさいしさぁ」
「ひ、ひどい理由……」
「まぁそれ以上に二人っきりで行くわけだろ?何だ、その……は、恥ずかしいし」
正直、デートみたいで少々、いやかなり恥ずかしかったりする。
「そ、それは私だって同じだもん。でも、せっかくだしさ……」
先程みたいに赤くなってもじもじしながら上目遣いで懇願してくる音夢。
……常人なら確実に陥落している萌えシチュエーションだが、何とか俺の羞恥心の方が勝った。
「……却下」
「えー」
今度はふくれっ面して抗議してくる。
「私と行くのが嫌なの?」
「別に嫌なわけじゃないけど、やっぱりこっぱずかしくてなぁ……」
「むぅー……」
そう唸りながら考え込む音夢。
「……この手は使いたくなかったんだけど、しょうがないか」
「なんか言ったか?」
「いやいや、何でもないよ」
「?」
「話は変わるけど明日までの数学の宿題、兄さん覚えてる?」
「あーあれか、プリント10枚とかバカみたいな量出してきた奴だろ」
「うん。アレ、やってないのはもちろん正解半分以下だと追試だって」
「何っ!?クッ、ふざけやがって……、音夢はやってるのか?」
「もちろん」
「そうか、助かった!!じゃ、夜にでも見せて……」
「映画行ってくれたら見せてあげる」
「なっ……」
そう言って満面の笑み、いや魔性の笑みを浮かべる音夢。
「ひ、卑怯だぞ音夢!!」
「卑怯なんてことありませんよ?別に兄さんにおごれって言ってる訳じゃないんですし」
「そ、それでもなぁ……」
「追試の勉強は付き合ってあげますよ?」
「クッ……」
ここは兄としての威厳を保つためにも一言言ってやらないと……
「音夢っ!!」
「な、……何、兄さん急に大声出して……」
「……」
ここでガツンと……
「……映画行くか」
「うん!!」
……兄の威厳など追試に比べたら薄っぺらいモノよ。




部屋に戻り、着替えを済ませてから一階に降りてくる。
「あれ?」
リビングには、まったりと笑ってよいとも増刊号を見ている音夢の姿があった。
「音夢、準備できたのか?」
「まだ出来てないよ」
「何、まだ行かないのか?」
「まだ行かないと言うか……」
「?」
また少しうつむき加減で恥ずかしそうにする音夢。
「……たまには外で待ち合わせとか、しない?」
「ハァ?」
「だ、だってたまに二人でお出かけするんですから、いつもと違う感じで出かけたくて……」
「外で待ち合わせって、わざわざ同じ家に住んでるんだから一緒に出ればいいだろ」
「いっつもそうしてるからこそ、変わったことしたいの」
「ハァー、そんな事したらまるっきりデートじゃな……」
と言いかけて気が付いた。
そう言えば俺たち、これから二人で出かけるシチュエーションって、デートそのものじゃないか。
「……兄さん?」
「ななななんだ、音夢?」
「何か顔赤いよ?ひょっとして調子悪い?」
「そ、そんなことはないぞ」
……いかん、思いっきりこっ恥ずかしくなってる。
「は、話戻すが外じゃなくていいだろ、待ち合わせ場所」
「だけどぉ……、あ」
何かを思いついたような音夢の表情。
「そうしてくれないと、宿題見せてあげません」
「何ぃ!?」
ま、またか!!?
「だから、公園で一時に待ち合わせって事にしよ、ね?」
「く……」
音夢の奴、すっかりズルい女に育ってしまって……、お兄さんは悲しいよ。
「分かった分かった。なら先に出ておくな」
「うん。映画の券は私が持っておくね」
「あぁ」
そう言って俺は家を出た。
















AM10:00 風見学園 普通教棟3階廊下


日曜日の風見学園。
開け放たれた廊下の窓から、校内に柔らかい春の風が吹き抜けている。
校庭から聞こえてくる運動部の掛け声と、吹奏楽部の楽器の音色が、その風をよりいっそう優しいものに変えている気がした。

水越眞子も、そんな風を心地よく感じていた一人だった。
「うーん、いい風……」
そう言って体を伸ばす。
右手には、日の光に反射して銀色に輝くフルートが握られていた。
「それじゃ、練習始めよっかな」
そしてフルートに唇をつけようとしたその時……

「ぬぉっとぉ!!」
「キャッ!!?」

眞子の横を何かが走り抜けていった。
避けるのがあと一瞬遅かったら、確実にぶつかっていただろう。
「な、何……?」
何かが去っていった先を見つめるが、既に何も見えなくなっていた。
「人……だったような……」


「あ、水越センパーイ!!」
「ん?」
振り返ると、廊下をパタパタと走ってくる美春の姿があった。
「ゼェー、ゼェー……せ、先輩、おはようございます……」
「お、おはよう……、どうしたの?」
眞子の目の前で立ちどまった美春は、ゼェゼェと肩で息をしている状態だった。
「ちょっと走ってきたものですから……フゥ……」
「そりゃ見たら分かるけど、何をそんなに慌ててるの?」
「い、いえ……、ちょっと委員会活動で……」
「委員会?」
美春は確か風紀委員だったっけ……
そんなことを考えながら眞子は、美春の息の上がりが収まるのを待った。
「……落ち着いた?」
「は、はい」
「そう。で、どうしたのよ一体」
「えーとですね、風紀委員として校内を走り回ってたんですけど……あ!!」
何か思い出したかのように声を挙げる美春。
「先輩、さっきここを杉並先輩が走っていきませんでしたか!?」
「杉並が?」
ふと先程の事が思い出される。
「言われてみれば確かにあの声、杉並だったような……」
「見かけたんですね!で、どっちに行きましたか!?」
「どっちって、そのまま向こうに走ってったと思うけど」
「ご協力に感謝します!!」
「あ、ちょっと……」
眞子の制止も聞かず、軽く敬礼した美春は廊下の向こうに走り去っていった。
「何慌ててんだろう……?」




「まったくだ。今の若者は何を行き急いでるんだか」
「うん。……って、杉並!?」
いつの間にか眞子の隣に杉並が立っていた。
「よっ」
「あ、アンタ、いつの間に!?」
「フッ、いつだって俺は神出鬼没。付き合い長いんだから言われずとも分かっているだろう?」
「……あっそ」
コイツに回答を求める事事態が間違いだったなと軽くため息を付く眞子。
「それはそうとして、アンタ、またなんかやらかしたでしょ」
「何だ、またってのは?あたかも俺が犯罪常習者みたいな口ぶりだな」
「その通りじゃない」
「……間髪いれずに答えるか、普通」
「どうせまた非公式新聞部とか言って、来週のスポーツ大会で白煙でもばら撒こうと思って、いろいろ画策してるんでしょ」
「……この計画は極秘だったはずだが」
図星だったらしい。
「ま、無駄に付き合い長いわけだし、アンタの考えくらい想像つくわよ」
「ほぉ、それもこれも俺に対しての愛の成せる業…ぐぼぁ!!?」
眞子の拳が杉並のわき腹に見事炸裂。
「さーて、練習するかなぁー」
「ぐふ……、手加減と言う言葉を知らんのか、水越……」
「知らない方がよかった?」
「……」
杉並の頬を一筋の脂汗が流れた。
「ま、まぁ冗談はさておき、俺も部活動に戻るとするか」
「うん、さっさと向こう行った」
シッシッと野良犬を追い払うようなジェスチャー。
「……」
難しい表情を浮かべながら、杉並は美春が走っていったのとは逆方向へと去って行った。


ペラッ


「ん?」
去り行く杉並のズボンのポケットから、何か紙片が床に落ちる。
「杉並ー、何か落としたわよー」
その場に駆け寄り、紙片を拾い上げる眞子。
「……映画のチケット?」
「おぉ、そうか?俺とした事がまったく気付かなかったぞ」
呼びかけに応じ、杉並がもと来た道を引き返してくる。
「でもアンタが映画のチケットを持ち歩いてるなんて、何か意外ね」
「俺だって映画くらい見るぞ?オカルト映画なんか大好きだし」
「うぇ……、その心情理解できない……」
オカルトやホラーの類が苦手な眞子は、軽く肩をすくめた。
幸い、今手に持っているチケットは、眞子好みのハリウッド映画のものだったが。
「……まぁいいわ、ハイ。今度から落とさないように気をつけなさいよ?」
そう言ってチケットを差し出す眞子。だが、
「いや、いい」
何故か杉並は受け取りを拒否した。
「え?」
「一度は我が身を離れたものだし。いいよ、やるさ。水越に」
「はい?」
「遠慮する事は無いぞ?」
「いや、遠慮って言うか……、いきなりだし」
「別に構わんさ。だって」
制服のポケットから何かを取り出す杉並。
「もう一枚、同じの持ってるし」
その手には、眞子の持っているものと同じチケットが握られていた。
「そ、そうなんだ……」
「だからその券はやるよ。拾ってくれたお礼だ」
「え、あ……、じゃあありがたくもらっておくね?」
実は内心かなり喜んでいる眞子。
『この映画、前から見たかったのよねー』
「それじゃこの辺で」
「あ、うん。ありがとね杉並」
「まぁいいって事よ」
シュタッと片手を挙げて、杉並はまた去っていった。


……と思ったら
「あ、そうそう、言い忘れてた」
くるっと180度回転してまた戻ってきた。
「この映画、確か公開今日までだぞ」
「えっ!?」
「新聞に書いてたから間違いない」
「きょ、今日まで!?」
一瞬慌てる眞子だったが、落ち着いて今日のスケジュールを思い出してみると……
「……でも部活は午前中で終わるから問題ないわね」
「そうか」
ホッと一安心。
人間、落ち着くと他人を心配する心の余裕も生まれてくるものだ。
「そう言えばアンタはどうすんの?まだチケット持ってるって事は見てないのよね?」
「だな。俺も今日じゅうに行こうと思っている」
「そう。あ、午後って一番早いの何時からの上映だか知ってる?」
「確か1時45分だったな」
「1時45分……、うん、十分間に合う」
軽くガッツポーズする眞子。
「と言うか1時45分公開のやつでもう終わりだけどな」
「えっ?」
「もう午前の分は上映始まってるし、見るのならその時間しかないな」
「それじゃ、アンタもこの時間のを見に行くの……?」
「劇場で会おう、水越」
ニヤリと笑う杉並の前歯が輝く。
「……マジ?」
「おうっ」
「何でこうなるかなぁ……」
頭を抱える眞子。
「何だ、劇場の俺が嫌か?」
「い、嫌って言うわけじゃないけどさぁ……」

『何て言うか、わざわざ同じクラスの男子と同じ場所で同じ映画を……、嫌と言うか、何か気恥ずかしいし……』
『……でも、この映画前から見たい見たいって思ってたし……』
『でもやっぱり、恥ずかしいと言うか……』

度重なる脳内会議の結果、眞子が出した結論は、
「……それでも見に行こう」
だった。


「ま、まぁ映画館だって広いし、それに真っ暗になるからどこにアンタがいるかなんて判別できないわよね?」
「確かにそうだな」
「う、うん、そうよ。残念ね、杉並。劇場じゃ会えないかもね」
ぎこちない笑顔を作ってみせる眞子。
「ただ、ここでちょっと提案があるんだが……」
そう言って杉並は、チケットの下のほうを指差した。
「二名様以上でこのチケットで入場した場合、お一人様ドリンク1本サービスと書いてあるだろ」
「……確かに」
「せっかくだからドリンク飲まないか?眞子」
「それはつまり……、一緒に行けと?」
笑顔を見せる杉並。つまりそういう事らしい。
「そ、そんな、向こうで会うのすら恥ずかしいって言ってるのに、一緒に行くなんて……」
「映画館は広いし、真っ暗になるから誰が誰と一緒に行こうが全く分からないだろうな」
「うっ……」
今さっき自分の言った言葉を使われて、反論する術のない眞子。
「2時間もずっと座ってたら喉だって渇くだろ?だいたい映画館のドリンクは一本300円とかバカみたいに高いから、それが浮くと考えたら別に悪くない話だと思わんか?」
「……」
この時点で、眞子はうすうす感づいていた。
「本当なら朝倉とでも行こうと思っていたんだが、都合が付かなくてな……」
「ふぅ、そんな回りくどい言い方しなくてもいいのに」
そう言って軽く笑う眞子。
「な、何だ?」
「要するにデートのお誘い、って事でしょ?」
「なななななな何を言うかっ!?そそそそそそそそんな訳っ!!」
ここまで動揺している杉並の姿を見るのも珍しい。
「いや、決してそういう訳ではなくてだな……」
「ま、いいわ。お誘いに乗ってあげる」
「えっ」
「ど、どうせ映画館広いから誰にも気付かれないだろうし、それにドリンクも飲みたいしね」
「……だ、だからそういうものじゃなくて……」
「クスクスッ、ま、そういう事にしといてあげる」
何か杉並がかわいい奴に思えてきて、思わず笑みがこぼれてしまった。




「杉並先輩、見つけましたよ〜!!」


と、いきなり眞子の後ろの方から威勢のよい声が聞こえてきた。
「ゲッ!!風紀委員の犬め」
振り返ると大方の予想通り、美春が走ってきていた。
「いい加減お縄についてくださーい!!!」
「こっちもそう易々捕まる訳にも行かんのでなっ!!」
「あ、ちょっと杉並!!」
眞子の制止も聞かず、杉並は猛然と走り去っていった。
「ま、待ちなさーい!!!」
続けて美春が走り去っていく。


ドタバタドタバタ……


そして、廊下にさっきまでの静けさが戻ってきた。
「……杉並、映画行くってのに詳しいこと言わずに行っちゃって…、ん?」
何かメモ用紙のようなものが落ちていることに気付く眞子。
拾い上げてみると……
『午後1時、桜公園集合』
と書かれてあった。
「……クスクスッ」
そしてまた、自然と笑いが眞子の唇から漏れていたのだった。
















PM1:10 桜公園 中央ベンチ


チョコバナナも食べ終わり、再び気まずいと言うか何か妙な空気が流れるベンチ。
しかし、よりによって何でコイツがここにいるかなぁ……
「……何だ?」
「いや、何でもない」
俺の視線を感じたのか、杉並がこっちを振り向く。
慌てて俺は視線を腕時計に移した。
1時10分……
「何だ朝倉、時間なんか気にして」
「ん、あぁ……、ちょっと用事があってな」
用事と言うか音夢を待っているんだが、今来られたらそれはそれで困るんだが……
「そういうお前もさっきからちらちら時計を見てるな」
「まぁ、こっちもいろいろあるわけだ」
「いろいろねぇ……」
コイツの事だ、どうせロクでもないことだろう。




タッタッタッタッ……

「!」
誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。
『音夢か?』
でもアイツの足音にしたらやたら小気味よい感じがするし、てか今来てもらいたくないんだが……


「ゴメンゴメン、ちょっと遅れた」
そう声がする方を振り向くとそこには、
「部活片付けてる時後輩に捉まっちゃってさー……って、朝倉!?何でここに!?」
「ま、眞子!?」
制服姿の眞子がいた。
「ちょっと杉並、どういう事?朝倉は都合が付かないとか言ってたんじゃなかったの?」
「いや、違う違う。偶然ここに朝倉がいただけで」
何やらもめている模様のご両人。何か俺の名前が出てきてるけど……
「え?どういう事?」
「いや、俺に言われてもさっぱり分からないんだけど……」
って、何故に俺を睨む。
「じゃあ朝倉は何でここにいるの?」
「いや、まぁちょっと用事があってな……」
杉並だけならまだしも、何でここに眞子が現れるんだよ……
……ん?何で?
「そういう眞子も何でここに?」
「えっ」
「この公園、家とは反対方向だろ?」
「あ、いや、それは……」
急にバツが悪そうな表情になる眞子。その目線はちらりと杉並の方に向いていた。
「……お前ら、待ち合わせしてたのか?」
「えっ、そ、そんなことないよ?偶然通りがかっただけだって!」
「あ、あぁそうだ。偶然ばったり予定されていたように遭遇しただけだぞ?」
「……予定されていたように遭遇って」
よく分からんが……
「でも何で日曜に、何で眞子と杉並の二人が待ち合わせしてるんだ?」
「それは、その……」




「ゴメーン兄さん、ちょっと電話がかかってきてて遅れちゃった〜」


「ゲッ」
……何て最悪なタイミングに現れるんだ、妹よ。
「ただのセールスだったんだけど、ちょっと簡単に断れなくって……って、アレ?」
「音夢!?」
「朝倉妹?」
「眞子、それに杉並くんも、どうしてここに……?」
「それはこっちのセリフよ。何で音夢もここに?」
「え、いやそれは……」
「朝倉、お前らも待ち合わせか?」
「ま、待ち合わせと言うか何と言うか……、お前らって事は、杉並らもやっぱり待ち合わせなのか」
「うっ……」
しまった!って顔をしてる杉並。
「眞子が杉並くんと?」
「そ、そういう音夢も何でわざわざ待ち合わせなんかしてるのよ?」
「え、それは……」


ぺラッ

「あっ」
音夢のポケットから映画のチケットが落ちた。
慌てて拾い上げる音夢。
「えっ?」
それを見て非常に驚いた表情の眞子。
「……眞子?」
「ちょっとそれ見せて」
「あっ」
眞子は半ば無理矢理に音夢から映画のチケットを取り上げた。
「このチケット……」
そして眞子はおもむろにポケットから何かを取り出した。
「ちょっと眞子、何を……って、えっ!?」
「これ、同じチケット……」
眞子の手には何故か同じ映画のチケットが二枚握られていた。
「え、何で眞子がチケットを……?」
「だったら音夢もなんで持ってるの?」
「えーっと、それは……」
チラリと俺のほうを見る音夢。
「……兄さんと映画に行こうと思って」
そう真っ赤になりながら答えた。てか答えやがった。
「え、朝倉と二人っきりで映画?」
「う、うん……」
こちらを向く眞子。……見るなぁー、恥ずかしいー!!
「……じゃ、じゃあ何で眞子はそのチケットを持ってるんだ?」
「あ、そ、それは……」
そう聞いた途端、急に目を逸らす眞子。その視線の先には……
「杉並?」
「ぐっ……」
「もしや、お前もチケット持ってるとか……?」
「……あぁ、持ってる」
何か落胆した表情で、杉並はポケットから映画のチケットを取り出した。
「じゃあお前らも……」
「う、うん……」
……マジでか。








公園の出口へ向かう道を進む男女4人。
年中咲いてる桜の花だが、やはりこの陽気の中で咲いている姿は素直に綺麗だと思う。
その後、お互い映画に行く事になった経緯をいろいろと割愛しながら説明し、
「せ、せっかくだからみんなで行くか」
と苦し紛れで言った俺の発言が採用され、4人で映画館へ行く事になった。
俺の前を音夢と眞子が談笑しながら歩いていく。
そして俺の隣に並んで歩くは、
「……」
なかなかこちらに目を合わそうとしない杉並。
「しかしお前も思い切ったことしたなぁー」
「……ほっとけ」
杉並の方から眞子を誘うなんて、思ってもみなかった構図だからなぁ……
「それにアイツもよくOKしたもんだな」
前方で楽しそうに女の子同士の会話に花を咲かせている眞子を見てつぶやく。
「その辺は俺の完璧な策によってだな……」
「そう言っておきながらさっきから眞子、一切お前の相手してないな」
「むぐっ……」
言葉を詰まらせる杉並。
「俺の計画に抜かりは無かったんだが……ここでこいつ等と出会いさえしなければ……」
「杉並……、独り言怖いぞ」


「ほーら、そこの二人、急がないと上映始まっちゃう!」
「兄さんたちも急いでっ!」
「あー分かった分かった」
女性陣は女性陣でやたらとテンション高いし。
よっぽどこの映画を見たかったんだな、眞子は。
それにしても……あれほど『デート』と言う形にこだわってた音夢が、眞子と楽しくやっているのが謎だ。
まぁ……さすがのアイツも知り合いの前で堂々といちゃつける度胸はないか。
















PM1:30 映画館前


休日の映画館。
元々初音島の人口がそこまで多くないので、休日と言えどもそこまで客の入りは多い方ではなかった。
窓口で俺が代表して4人分のチケットを渡す。そして2階のスクリーンへ向かった。


入り口。
「そういやあのチケットでドリンクサービスが受けられるって受付の人が言ってたな」
「ま、あたしなんかそれ目当てで来た様なもんだからね」
「ハ、ハハッ……」
何故か苦笑いの杉並。
「確かこの半券をカウンターの方に持っていくんだっけ……」
「じゃあ、私行ってきますね」
率先してカウンターに向かおうとする音夢。
「あ、でも一人じゃジュース4本も持てないから兄さんもついてきて」
「俺?」
「あ、別にあたし行くわよ」
そう言って眞子が前に進み出る。が、
「大丈夫ですから。眞子と杉並くんは先に中で待ってて下さい」
「えっ?」
「じゃ、兄さん、こっちこっち」
「お、おい、引っ張るなって……」
半ば強制的に俺は音夢に引っ張られていった。
そんな俺たちの様子を、残された二人はぽかーんとした感じで眺めていた。




「お、おい、どこまで引っ張る気だよ」
カウンターより更に奥に進んだところで俺は開放された。
「カウンターこっちじゃないぞ?」
「いいのいいの」
「?」
何故かやたら楽しそうな音夢の表情。
「とりあえず二人っきりにしてあげませんとね」
「え?」
「眞子と杉並くん。眞子にその気があんまり無さそうだったから、こうして無理矢理にでも二人っきりにしてあげないと」
「あ、そういう事ね……」
ちゃんと考えてたのか、その辺の事……
「『デート』の邪魔しちゃ悪いですしね」
そう言って音夢は軽く微笑んだ。
「まぁな」
本人らはあくまで否定してるけど、この状況、れっきとした『デート』だよなぁ。
「それに……邪魔しちゃ悪いけど、邪魔もされたくないですし」
「え?」
「兄さんとの『で・ぇ・と』」
「うっ……」
上目遣いで楽しそうに話す音夢。……ちゃっかりしてるな、ホント。








「……」
朝倉兄妹が向かった方向を眺めている杉並と眞子。
「……遅いわね、あの二人。早くしないと上映始まっちゃうのに……」
「そうだな」
そう、どこか気恥ずかしそうに話す二人。
二人とも、音夢の思惑(二人っきり大作戦)についてはうすうす感づいていたが、

『……もう、変な事に気回さないでよ、まったく』
『朝倉妹、グッジョブ!!』

その受け取り方は正反対だった。
「こんな所で待っててもアレだ。中に入ってるか」
「えっ、でもそれじゃ飲み物どうするのよ?」
「取りに行ってくれたぐらいだ。席まで持ってきてくれるだろう」
「そうは思わないけどなぁ……」
「……ってのんびりしてる時間もないぞ。早く入らないと」
「え、あ、ちょっ、杉並!?」
そう言って杉並は眞子の手を取り、暗室の中へ連れて入っていく。
『少々強引だが、こういう強引さが無かったのかも知れんな、俺には』
そう自己分析しながら手を引く杉並に対し、
『……何かホントにデートらしくなってきたわね』
と、眞子は若干の気恥ずかしさを感じながらも、軽く笑みを浮かべながら連れられるがままに中に入っていった。




ちなみに……

「でもあいつら二人っきりにするのはいいけど、この飲み物はどうするんだ?」
「あ、考えてなかった」
「……をい。わざわざあいつらの席まで持って行ってやらなきゃならんのか?かったるいのに」
「そんな私たちが持って行ったら『一緒に見よう』って事になって、二人っきりにならないじゃない。それに上映始まったらどこに座ってるかなんて分かんなくなると思うけど」
「……じゃあこの4人分のコーラはどうしたらいいんだ?紙コップだから後で渡したんじゃ炭酸抜け切ってるし」
「兄さんが3人分飲んで」
「ハ、ハァ!?何無茶な事を言ってんだよ、せめて音夢も平等に二人分飲めよ!」
「そんないっぱい炭酸飲んじゃったら、上映中にげっぷが出ちゃうじゃない」
「3人分飲んだら俺なんか出まくりじゃねぇか」
「兄さんは男だから別にいいじゃない」
「よかねぇー!!」


……と、眞子たちの元に飲み物が届く事はなかった。
















PM4:02 映画館前


「あー面白かった。特に最後の女の子の気持ち、何か共感できたなぁー」
「ほぉ、水越でも女の気持ちが理解できると言うのぐばぁ!!」
「身体に銃弾受けまくった男の痛みを理解できるようにしてあげよっか?」
「ぐぁ……、ご、ごめんなさい……」
映画館の外で、さっきまで見ていた映画の話に花を咲かせる二人がいれば、
「……うぅー、胃がいやーな感じだ……」
「……私もちょっと辛い」
「お前、炭酸ダメなんだったら最初に言っとけよな……」
結局、一人2杯ずつコーラを飲んで、上映中はげっぷを抑えるのにただただ必死で内容どころじゃない二人もいた。
「それはそうと、二人とも大丈夫?」
「あ、あぁ……」
飲み物を持って行かなかった事を咎められるかと思ったが、その辺に関しては一切触れてこない二人。
こちらと言うか音夢の思惑が伝わっていたんだろうか。


「んじゃ、映画も見たしこれからどうしようか?」
まだ遊び足りないと言わんばかりに提案してくる眞子。
「うーん、ちょっと雲行きが怪しいからここらで解散って言う手もあるけど……ん?」

ピトッ。

手の甲に冷たい感触が走る。
「雨……?」
そう言った途端、

ザァー……

一気に視界が薄暗くなるほどの雨が降ってきた。
「うわっ、と、とりあえずどこか屋根の下に」
俺たち4人は映画館の入り口まで走って戻った。








「うわぁー、本格的に振ってきたわね」
どんよりと曇った空を見上げながら眞子がぼやく。
「……そう言えば確かテレビで午後からの降水確率は80%って言ってましたっけ」
「そか、なら無論雨具の用意はしてきたんだな、音夢?」
「それが……すっかり忘れてきちゃって」
「なぁー!!」
無常にも降り続く雨。一時間やそこらで止みそうな勢いではない。




「あぁー、ホントこれからどうしようかしら……」
「フフフ、案ずるな水越」
「ん?」
「こう言う事もあろうかと……」
そう言って杉並は学生服の中に手を突っ込み、何かを取り出した。
「ちゃーんと折り畳み傘を2本用意しておいたのだ」
「……アンタの制服はドラ○もんのポケットか」
「ほれ」
そう言って眞子に傘を一本手渡す杉並。
「あ、ありがと……」
傘を受け取った眞子だが、チラッと横の二人を見る。


「あー、そこのコンビニでビニール傘でも買って帰るか」
「確かに傘無しじゃちょっと厳しいですもんね」


「……」
「ん、どうした眞子?」
「朝倉たちはこれからどうするの?」
「ふぇ?」
急に話を振られて、驚いたように眞子の方を振り帰る。
「どうするって……、まぁこんな天気だから普通に帰ろうかなとは思ってるけど」
「この雨の中?」
「あー、とりあえずどこかで傘買って帰るさ」
「……これ、使う?」
「えっ?」
そう言って差し出されたのは、杉並の制服から出てきた折り畳み傘。
「え、でもこれ、杉並くんが眞子にって渡した分だし、悪いですよ」
「いいのいいの。どうせコイツとは帰る方向一緒なんだし」
「……へ?」
素っ頓狂な声を挙げる杉並。
「ア、アンタ達も帰る方向一緒なんだから一本あればいいよね?」
「え、それって……」
「あーもう、とりあえず受け取るのっ!!」
「お、おぅ……」
言われるがままに俺は眞子から折り畳み傘を受け取った。


「……じゃ、じゃあ行こ、杉並」
「え、あ、お、おう」
そう言って傘を広げる杉並。
「……そんな外に寄ってたら濡れるわよ?」
「き、気にするな。水も滴るなんとやらと言うではないか」
「あっそ。でもこれじゃ……何か私がアンタに傘さしてもらってるみたいじゃない」
「……だから気にするな」
「……」

俺たちはただそんな、去り行く杉並と眞子の『不器用な相合傘』を眺めていた。








「……なぁ音夢」
「はい?」
「普段はあんなんだけど、案外眞子って杉並の事……嫌ってないよな?」
「クスクスッ、そうですね」
二人の後ろ姿を見つめながら、そんな事を思ったりした。
嫌ってないというか……、ああ見えてなかなかいい二人なのかもな。
偶然とは言え、そんな二人の様子を見る事が出来て普通に良かったなと思う。




「……で、俺たちはどうする?」
「どうするって、帰るんでしょ?」
「いや、まぁそうだけど……」
手元の折り畳み傘に視線を落とす。
「……なぁ、ビニール傘買って行っていいか?」
「何バカなこと言ってるんですか。せっかく眞子が渡してくれたんだし、同じように一本の傘で……」
「……はぁ〜」
マジですか。
「……あ、でも別に傘買いたかったら買ってもいいですよ?」
「ホントかっ!?」
「でも、そのかわり追試頑張ってくださいね」
「な、なにぃ!?」
クッ……、この娘はホント、ズルい女から悪い女になってしまって……
「……じゃ、俺たちも行くか」
小さい折り畳み傘を開く。
「うんっ!!」
そう微笑んで、音夢は俺の隣に並んだ。