花見のピークも過ぎてしまい、ちょっとだけ寂しくなってしまった公園。

それでも桜は咲き誇り、人もまだいて楽しそうに笑ってます。

お花見。

春に桜を見ながらお酒を飲んだり美味しいものを食べたりする行事。

もちろん私もやりましたし、きちんと楽しみました。

そして今日は第2回お花見。

何回もやるものじゃないのかもしれませんけれど、構いません。

私こと倉田佐祐理と祐一さんだけの、2人きりのお花見なんですから。

言ってみれば2人の世界、愛の世界、めくるめく桜色むしろ桃色の世―――――聞かなかったことにしてくださいねーっ♪









愛し愛され、ちょこっと壊れて、でも純愛









桜の下にビニールシートを敷いて、ゆったりと座ります。

あはは、この間のお花見は賑やかで楽しかったけどちょっと狭かったですね。

さすがに10人を超えてしまうと大変。

祐一さんは私の恋人なのに、みなさん相変わらず祐一さん狙いなんですから。

牽制しようにも牽制に対してなんの反応もありませんし。

もう、どうしたらいいのか。

思わず溜息。

私だって溜息も吐きたくなります……思い出すのは私が色々と試してみた牽制の数々。

打つべし打つべしな感じで、お弁当箱の角を利用して頭を叩いてみたりとか。

痛いのはダメかなと思って逆転の発想、後ろから胸を揉んで気持ちよくさせてみたりとか。

そんな牽制をしたのに無反応なんてどういう神経してるんでしょうか。

あまつさえ色っぽい声で喘いでるんですから手に負えません。

効果ないばかりか、逆に利用して色気で祐一さんを惑わそうなんて思い出しただけでもゾッとします。

そう、アレは香里さんでした。























『ひゃ……あ、あん……や、せんぱぁい、や、やめて……くださ、ひ、はうん!!』























誰が先輩ですか、誰が!!

いつもは佐祐理さんって呼んでるじゃないですか!!

むー、あのメンバーの中なら色気で勝負できるのは香里さんだけですからね〜。

事実として香里さんの胸は中々に柔らかくて大き……じゃなくて祐一さんを惑わすには十分でした。

舞はスタイル抜群だけど演技力がない、名雪さんも演技力がない、他の方は根本的に色気が足りません。

ですから、こういった面では私の敵じゃありません。

私のスタイルを舐めてもらっては困ります、えぇ、ホントに脱いだら凄いんですっ!!

そして最大の敵、秋子さんなら可能であり同時に実行しそうですが違います。

あの方は演技などではなく本気でやる人ですから。

祐一さんから『朝、起きたら秋子さんがベッドにいた』って聞いたときはあまりの恐怖に戦慄したものです。

気持ち的には、こう、『お待ちになって、貴女の甥なのよ!? それがわかっていて!?』みたいな。

言葉遣いが変なのは気にしないで下さい。

要するにパニくったということですよ、ええ、それくらい動揺したんです!

蛇足ですが、やけにげっそりしてた祐一さんを問い詰めたのは言うまでもありません。

未遂だったようです……危ない危ない、悔しいですが秋子さんが持つ大人の色香には勝つ自信がイマイチです。

でも大丈夫。

きっと、きっと私だって女を磨いていつかあの領域にまで―――――!!



「どうした? 厳しい顔して。あー、俺、なんかしたか?」

「ふぇ!? ち、ちちち違います! みなさんとのお花見を思い出してたんですよーっ!」

「佐祐理さん……あのとき機嫌悪かったもんなぁ。いや、視線で殺されるかと思ったぞ?」

「そ、そんな怖い眼してないですよ!」



でも言われてみると祐一さんを思いっきり睨んでたような……いえいえ気のせいです。



可愛い女の子に言い寄られて顔を緩ませる祐一さんとか。

もう少し具体的に言うと普段は大人っぽい美汐さんが祐一さんに心底甘えてたりとか。



美人な女性に言い寄られて顔を緩ませる祐一さんとか。

もう少し具体的に言うとライバルな香里さんからディープなキスを迫られてたりとか。



私がすぐ隣りにいるのにあまり相手してくれない祐一さんとか。

もう少し具体的に言うと私そっちのけで他の女の子の相手ばかりをすることとか。



そんな光景、見た記憶ありません。

うん、アレはきっと幻。

あまりに幸せな私を戒めるために頼んでもないのに神様が見せてくれやがった哀しい夢。

次に見せられたら確実に神を討ちます……ええ、もう完膚なきまでに消し去ってくれましょう。

ぷぅ、と頬を膨らませちょっと拗ねてみたり。



「ヤキモチ?」



1秒で祐一さんに突っ込まれました。



「違いますっ!」

「そうか。ヤキモチ妬いてくれないのか。愛されてないなぁ、俺」

「え? え? その、祐一さん?」



寂しそうな顔。

捨てられた子犬のような瞳で、声色で、ぽつりと呟きます。



「俺、佐祐理さんと北川が喋ってるの見てすっごい悔しかったのになぁ」



はうっ。

そういえば祐一さんが相手してくれないから北川さんと喋ってた気が。



「久瀬のヤツにジュースなんて注いじゃってさ……俺にはしてくれなかったのに」



はうあっ。

そういえば祐一さんが相手してくれないから久瀬さんに付き合った気が。



「愛されてないなぁ、俺」



さきほど呟いた言葉を繰り返す姿が寂しげ。

ふ、ふぇぇ。

痛い……祐一さんの言葉が痛いよぅ。

なんて、言葉遣いがちょっと幼児退行してしまうくらい痛かったです。

そ、そうですよね。

祐一さんが私の相手をしてくれなかったのは事実ですけど。

逆に私も祐一さんの相手をしてなかったわけで。

えっと、よし。

心の中で『えいっ』っと気合を入れて―――――



「祐一さん! 今日は佐祐理に思い切り甘えてくだ「とりあえず酒でも飲むか」……ふぇ?」



―――――きれーいに流されちゃいました。

あぁもうっ、さっきとは違う意味で痛いです、祐一さんっ!!

気分は舞台の上で崩れ落ち、スポットライトを一身に浴びる悲劇のヒロインですよ。

ヒロインを助けて愛して幸せにするのは貴方のはずですのに、祐一さん!!

そんな心の涙を流す私をよそに、祐一さんは至極ご機嫌で荷物からお酒を……お酒……お酒?

お酒というとやはりアルコールのお酒?

ライブなんかのアンコールとは残念なことに一文字だけ違いますから、やっぱり酔っちゃうお酒?



「ってダメですダメです! お酒は二十歳になってからですよ!」

「いやー、この間は秋子さんに禁止されちゃったからなー」

「ふぇ!? もう飲んでる!?」



目にも止まらず早業?

あっという間に封を破った祐一さんは、コップから美味しそうにお酒を飲んでました。

えっと、ビールです。

ふぇぇぇぇぇ……秋子さんに知られたら怒られちゃいます。

主に私が。

祐一さんラブラブ溺愛過保護心配性と色々ある秋子さんですから……うぅ。

祐一さんには地平線の彼方まで優しく、祐一さんを甘やかし非行を止めない人には別銀河まで厳しく。

なんだかジャムなのに甘くなくて、苦くて辛くてでも無味という不思議なのを食べさせられそう。

アレ、美味しくないですよ……あまり好き嫌いしませんけれど、アレはダメです。

だからお酒は禁止ですっ!!

って言いたいところですが、周りの方々も飲んでますし無礼講ということにしましょうか。

後の事は後で考えて、切り抜けましょう。

私と祐一さんならきっと上手くいくはずです。

うふ、うふふふ……そうでも思わないとやってられないんですよ、祐一さんの恋人さんというのは。

悲壮な決意を胸に刻んだ私は、死ぬ時に後悔しないよう満面の笑みで声をかけます。



「祐一さん♪ 佐祐理にもくれますか?」

「お? 佐祐理さん反対じゃなかったのか? あんま無理して飲まんでもいいんだが」

「いえ、せっかくですから。ちょっとくらいはしゃいでもいいかな、って」

「それなら大歓迎大歓迎。美人で可愛い彼女と桜を見つつ飲めるとは最高だな」

「佐祐理も祐一さんみたいに優しくて、とっても素敵な男性と一緒に飲めて光栄ですよ〜」



はふぅ、と飲み干して一息。

ポイントはちょっと悩ましげな吐息を意識すること……なんですけど祐一さん無反応ですね。

魅力ないということはないはずです。

何故って、もし私に魅力がないのなら祐一さんは私を選んでくれなかったはずですから。

そういった意味では自分に自信もあります。

となるとそうですか、私よりもお酒のほうはお好みですか、そうですか。

今度『佐祐理さん……いい?』とか言ってきても『お酒でも飲んでなさい』って言いますよ?

なにが『いい?』なのかは秘密です黙秘です、きっとみなさんが思ってるとおりのことです。

恥ずかしいから言わないで下さい、といいますか言ったら笑顔で怒ります。

さて話を戻しまして。

実は私これでもけっこう飲めるほうです。

やっぱり幼い頃からパーティーとかで飲まされていたからでしょうかね〜?

そんなに強い、というわけでもないですけどお酒に飲まれるほど弱くはありません。

ビールくらいなら早々酔うことはないと思います。



「ふむ」

「どうかしましたか?」

「……いや、佐祐理さんと一緒だからか美味しいな、と思った。うん。美味しい」

「あ、あははーっ。きっと桜の魔力ですよ。ちょっと散ってますけどまだまだ綺麗ですから」



それは半分本心で、半分期待。

ここでドラマや映画なら『キミのほうが綺麗だよ』なーんて台詞が出てくるんですよね。

私も一度くらい体験してみたいなぁ……ううーん、ロマンチックなのもいいです。

ちょっとくらい夢を見たい。

変なことを考えてることに気付き、祐一さんに悟られないよう苦笑して―――――



「でも俺にとっては佐祐理さんのほうが綺麗だと思うし、何より大切だ」

「はぇ」

「そういう年上なのに年下みたいなとこも好きだよ」

「ふぇぇ」



撃ち抜かれました。

こう、ばきゅーんずぎゅーんどぎゅーん、って。

既に撃ち抜かれてる私のハートもとい祐一さんラブハートを再び撃ち抜かれました。

むしろ乱れ撃ち?

む、お姉さんの立場的にやられっぱなしではいられません……反撃、反撃です!

反撃の狼煙を上げるのです!

きりっと表情を引き締めて祐一さんに向き直ります。



「祐一さん」

「あ、年下みたいとか嫌だったか?」

「いえ、そんなことありません。そのですね……佐祐理、祐一さんのこと愛してます」

「俺も愛してるよ、佐祐理」



はうん!?

聞きましたか?

佐祐理です、佐祐理、呼び捨てです、佐祐理って呼ばれちゃいました、きゃあー!!

ってダメじゃないですか!!

私が恥ずかしいの我慢して愛してます、なんて言ったのに見事カウンター喰らって玉砕じゃないですか!!

あ、でも嬉しかったなぁ、愛してるって言われて……えへへ。

ってえへへじゃないです!!

最近になって判明したことですが、私は気分が昂揚すると言葉遣いがちょっと幼くなるみたい。

えへへ、なんて素の時じゃ絶対に言えません。



「はぁ……敵わないですね、祐一さんには」

「あはは、まあ俺に言葉で勝とうなんて10年早いって感じだな」

「女の子の扱いに慣れてるあたり、不満です。極自然に口説き文句じゃないですか〜」

「ジェントルマン検定1級だし、女性に優しい男性ただし相沢脳内ランキング首位独走だ」

「それは構わないですけど?」

「何か構わないのことでもあるのか?」



そこで私は『倉田佐祐理の笑顔100選 No.99 ジョーカー』を浮かべました。



「女の子の扱い<夜もしくはベッドバージョン>に慣れてたら容赦しません―――――よ?」

「うおあ!? こわ、怖いって!! その笑顔いやー!! 俺は佐祐理さんだけだからーーーー!!!」

「はい、是非とも佐祐理で満足しちゃってくださいねーっ♪」



酔いが一気に醒めてしまった、と嘆く祐一さん。

むむ、もう少し攻めておかないと……以降好機は訪れないかもしれませんし。



「それでは誓いを」

「……へ?」

「誓いですよ〜。祐一さんは佐祐理だけを求めるっていう誓いです」

「え、あ、ああ、なるほど」



桜の木からは残りも少ない桜の花びらが散っています。

地面には桜色。

視界を掠めるのも桜色。

そっと正面から抱き合い、今この時だけは周囲の世界のことを意識から切り離します。

誰が見ていても関係なく、ただ私と祐一さんのみが存在する世界。

近づくにつれ自然と閉じる瞼、最後に見えたのは花びらと同じく綺麗な桜色の唇……。



「ん……んぅ?」



あ……桜の花びら。

タイミング良くか悪くか、ちょうどキスの時に舞ってきたみたい。



「ふぁ!? んぁ、ん、んんーーー!?」



差し入れられる桜の花びら。

差し入れられる桜色の舌。

宝探しでもするかのように、祐一さんの舌は桜の花びら求めて私の中を這い回ってます。

ぞくぞくしちゃう感じ。

キスしてるだけなのに、それだけとは思えないほどに気持ちいい。

ああ、祐一さんの恋人になれてよかった……。



「佐祐理さん、美味しい……」

「ふぇ!? な、ななな何を言うんですか!! お、美味しいとか!!」

「なんか甘い」

「……はう」



なんだか嬉しいような困ったような恥ずかしいような不思議な気持ち。

むむ、褒めてもらえてるんだけど、なんとなくモノ扱いされてる気がしないこともないです。

美味しいよりも、こう、もう少し愛でてほしい。

俺は佐祐理さんが大切だよー、っていうのを表に出して私に伝えてほしいとでも言いましょうか。

具体的に言うとぎゅぎゅーって抱き締めてほしい気分です。

なんか味とか言われると倉田佐祐理という玩具を相手にしてるみたい。

うーん、玩具ですか。

玩具……お人形……着せ替え人形……等身大倉田佐祐理……祐一さんだけのお人形……祐一さんの思うが侭?



『佐祐理。今度はこの服に着替えるんだ』

『は、はい』



『ああ、汗をかいちゃったね。洗ってあげるからお風呂に行こうか』

『あ、その……わかりまし、た。お人形の佐祐理を、その、隅々まで綺麗にして……ください……』



『それじゃ寝ようか。佐祐理、隣りに』

『え、えと、えと! そ、その前にパジャマを着させてください……し、下着では恥ずかしいです……』



想像の中で繰り広げられるのは、なんとも言えない毎日。

祐一さんのお人形である私は逆らうことをしない。

なにかを命じられれば恥ずかしがりながらも喜んで従ってしまう。

あーんな命令もこーんな命令もそーんな命令も、全てはお人形の持ち主である祐一さんの一声で現実になる。

私を着替えさせるのは祐一さん、私を洗うのも祐一さん、私を抱いて寝るのも祐一さん。

その全てを私自身が心の底から拒んでいないのだから、むしろよろしくお願いしますという感…………………………はっ!?

おおおおお落ち着いてください私!!

ちょ、ちょっとそれもいいかなーなんて思ったりしてませんからね!?



「……佐祐理さん、体調悪いのか? 赤くなったり青くなったり白くなったり」

「白ってなんですか、白って」

「うーん、なんつーか過ちに気付いて真っ白になった感じかな」

「あぁ、なるほどそれは大当た―――――じゃなくてですね。きっと気のせいですよ、気のせい」

「そうかもな。ほら、酒も飲んでるし。酔ったかもしんない」



理性や自制心やその他諸々を総動員して、なんとか普通の返事を返します。

ここで慌てて何か口走ってしまうなんてことはできません。

倉田家の長女としてのプライドもあります。

それよりなにより、祐一さんの前で恥ずかしい失態はできないという乙女心が90%です。

あぁ、ごめんなさい倉田家。

愛する男性の前に家のことは霞んでしまいます。

はいはい、もう変なことを考えていたことは綺麗さっぱり忘れて仕切りなおしましょう、精神的に!

深呼吸です。

すぅーはぁーすぅーはぁー。

そっと深呼吸をして無事に落ち着いた私は、笑顔で祐一さんに話し掛けます。



「祐一さん、佐祐理のお弁当も食べてくださいね♪」



完璧です。

思わずガッツポーズをしたくなるくらいに完璧です。

もう誰が見てもいつもの倉田佐祐理以外の何者でもありません。

あははーっ、それにしても祐一さんにお弁当を食べてもらえるというのは幸せですね〜。

頑張って作った苦労が報われるという感じです。

でも苦労した、なんて一欠片も思ったことないんですけれど。

どうしてって?

愛する人のためにお料理するのが嫌だったり苦労だったりするわけないじゃないですか〜。

にこにこしながら祐一さんの感想を待ちます。

美味しくできたと思うんですけど……?



「おお、今日も今日とて美味そうだな。いやぁ、佐祐理さんの旦那が羨ましいぞ?」



…………………………えーっと?

そこはツッコミをするべきところなのか、怒るべきところなのか。

私の旦那様は祐一さんで、祐一さんの奥様は私の気がしていたんですけど。

素ですか?

祐一さん、それは酔ってしまっているからの言葉として受け止めますよ?

あ、でもやっぱり言っておかないと怖いから言っておきましょう。



「あははーっ。心配しなくても佐祐理の旦那様は祐一さんですよ〜」

「え、そうなの?」

「―――――違うのですか?」

「ちちちちちち違う!!」

「―――――違うのですね?」

「そそそそっちの違うじゃなくて!! 冗談、冗談で言ったんだって!!」



もう、性質の悪い冗談ですね、祐一さん。



「す、すまん佐祐理さん……ちょっと寝てもいいか? 疲れた……主に精神的に」



憔悴しきった顔で、といいますか私から顔を背けながら問いかける祐一さん。

えと、そんなに怖い笑顔を振り撒いてるんでしょうか。

ちょっと自己嫌悪です。

それは別として、うーん。

祐一さんが寝てしまいますと、私は暇ですることもなくなってしまうんですけど……。

かといって無理を言うのもアレです。

ここは休んでもらうべきか、わがままを言って付き合ってもらうか。



「むむむ」

「?」

「はい、わかりました。寝てもいいですよ〜。春の陽射しも心地いいですし」



結局、そう言いました。



「ありがと、佐祐理さん。30分くらいしたら起こしてくれていいから」

「了解です。それでは、佐祐理の膝にどうぞーっ」



膝を、差し出しました。



「…………………………?」

「…………………………♪」



ちなみに不思議そうなのが祐一さんで、嬉しそうなのが私です。



「えっと、それはアレか? 世間一般でいう膝枕?」

「少なくとも佐祐理は膝枕としての認識しかありません」

「いいの?」

「いいんです。むしろ、嬉しいです」



思案顔。

赤くなったり青くなったり困ってみたり自己嫌悪っぽい顔したり。

はぇ……ど、どんな葛藤があるんでしょうか。

恋人同士なわけですし、これといって問題はないと思うんですけど。

しいていうなら、周囲の人からの視線でしょうか。

でも私は気にしませんし、祐一さんもあまり気にしないタイプなはずです。

恥ずかしい……のでしょう。



「あー、それじゃ失礼して」

「えぇ、どうぞ」



うわ恥ず、とか呟きながら私の膝に頭を乗せる祐一さん。

あ、やっぱり恥ずかしかったんですね〜。

変なところで純情なんですから……私も恥ずかしくないわけではないですが。

正直、恥ずかしいんですけど嬉しさのほうが勝ってるだけ。

本当にこういう触れ合いは、温かい。



「―――――」

「祐一さん?」

「……なんでだろうか」

「はい?」

「なんで女の子の体ってさ、こんな柔らかいんだろ。すっげー気持ちいい」

「ふぇ」



かーっ、と頭に血が上ってくる感覚。



「しかも佐祐理さん、ミニスカートだから素足だし。すべすべであったかい」



ああああああああああ。

ぐるぐると視界が廻ります。



「ん……ごめん、もう眠い……」



すぅ、と寝入ってしまいました。

うぅ……私はもうなんか色々と大変だっていうのに、どうして祐一さんは、もう。

小さく溜息。

自分がミニスカートなことも忘れていました。

意識してしまうと恥ずかしいです……だって、その、あの、さすがに素肌はっ。

軽く深呼吸して、心を落ち着ける。

たぶんもう、平気。

改めて静かに寝ている祐一さんをのんびりと眺めてみます。



「子どもみたい。寝つきが良くて、寝顔も小さな子ども」



さらさらの髪に手を置きます。

ふぇぇ……女である私が嫉妬したくなるような髪質。

指で梳いてみると、たった1度の引っかかりもなく綺麗に通りました。

気持ちいい。

でも悔しい。

わ、私だって梳いたら綺麗に通るんですからねっ。

今度、祐一さんにやってもらおう。

きっとそれは気持ちいいに違いありません。



「あ」

「……ぅ」



ひら、と舞ってきた桜の花びら。

祐一さんの顔に落ち、それがくすぐったかったのか身じろぎます。

はう……その、あまり動かれると困るといいますか、その、察してください。

素肌なんですっ。

もし顔が下になって吐息でも吹きかけられようものなら……ああ、それはダメです。

思わず想像してしまい、頬を朱に染めながら私は軽く苦笑。

動かれないために、そっと花びらを手で払いました。

それからも舞い降る桜を、静かにゆっくりと指で摘みます。



「桜の下での膝枕は、退屈できませんね〜」



愛しい男性を起こさないよう。

自分の膝で気持ちよく眠れるよう。

努力でいっぱい。



「幸せ、ですね」



上を仰げば、綺麗な桜。

下を見れば、愛する彼。



「……紹介、してもらいたい、な……」

「はぇ?」



寝言……ですね。



「御両親に……さ」

「―――――」



紹介、してませんね。

娘である私が言うのもなんですが、古風なお父様ですから。

たぶんお母様は笑顔で迎えてくれると思いますけれど。

そんなですから、祐一さんのことは言っていません。



「報告……したいんだ……」

「そう、ですね」



少し陽射しが眩しくて、思わず目を細めました。

そろそろ、言うべきでしょうか。

季節は春。

桜の咲き誇る、温かく穏やかな季節。

節目でもありますから……タイミング的にもいいかもしれませんね。



「うん、祐一さんが起きたら言わないと。お父様とお母様と会ってくれませんか、って」



きっと祐一さんは驚いた後に、喜んでくれると思います。

お父様とお母様にはなんて言おうかな。



「佐祐理が愛する人です。佐祐理の大事な人です。佐祐理の旦那様です。佐祐理の道標です」



むむ、と首を捻ってしまいます。

なにか違う気がします……いえ、そうではなく何か足りない。

1人でしばらく悩んでみても結果として浮かぶのは同じ言葉ばかり。

困りました。

こういう時に、祐一さんに相談できればいいんですけどね〜。

そう思い祐一さんを見て、ああ、と思わず頷いてしまいました。

なにが足りていなかったのか、それがわかったんです。

私だけで考えてもわかりませんでしたが、祐一さんを見ただけでわかりました。

でも……いいんでしょうか、この言葉は。



「いいですよね? 祐一さん」



私は目を閉じ、その光景を思い浮かべます。

そして静かに言葉を風にのせました。



「相沢祐一さん。佐祐理が、心から愛する男性です」



ここまでは、さっき1人で考えついた言葉。

続く言葉は、祐一さんを見て気付いた言葉。



お父様とお母様の前で、

祐一さんに寄り添って、

優しい腕を抱き締めて、

すこしだけ照れながら、

それでも前だけ向いて、

仮面の笑顔は脱ぎ捨て、

本当の笑顔を咲かせて、



「そして―――――」



―――――佐祐理のことを、心から愛してくれる男性です。