久しぶりに訪れた雪国
『相沢祐一』はそこで数多く美少女と
再会したり、出会ったりした。
美少女たちは、みんな祐一を愛しく想っていて
彼の隣に居たいと思っていた。
そんな中、祐一が選んだのは
みんなと同じように祐一を愛しく想っていたけれど
それを、あまり表に出さないで心の内に秘めていた。
過去に悲しい別れを体験した少女だった。
桜の幻、少女の願い
祐一は、右腕に心地良い温もりを感じながら
恋人である『天野美汐』の
恋人になってから知った、意外な一面を再確認していた。
祐一は思う。
『天野は甘えたがりだ』と
いや、甘えというか…『触れたがり』とも言えるかもしれないとも思う。
美汐は、よく祐一の体に触れたがる
二人っきりの時は、ずっと抱きついた体勢でいることも珍しくないし
外で一緒に歩いているときも、手をつないだり
今のように、腕を組んだりしてくる。
正直、これは『恋人』という関係になる前の美汐からは想像できないことだった。
言い方は悪いかもしれないが、美汐はどちらかというと消極的な少女だと祐一は思っていた。
他の少女たちが、祐一にアプローチをする中
美汐だけは、いつも一歩引いたような位置に居た。
だけど、祐一はそんな美汐をいつの間にか目で追っていた。
それこそ、自分でも気づかぬうちに…美汐の控えめともいえるような魅力に魅かれていった。
そして、祐一がその自分の気持ちに気づいた時
祐一は、積極的にアプローチしてくる他の少女たちと違い、美汐が自分に好意を持ってくれているとは思っていなかった。
そんな二人だったから、先に想いを伝えたのは祐一だったし
想いを伝えた祐一本人も、心のどこかで振られる事を覚悟していた。
繰り返すようだが、そんな美汐だから
祐一は『恋人』になってからの美汐の様子を
人一倍、驚いていた。
季節は春
4月も終わろうという時期に
祐一と美汐は桜咲く公園に来ていた。
4月末に桜といわれると不思議に思うかもしれないが
この地方では、今まさに桜の見ごろとも言える時期だった。
なんとなく、二人でいっしょに休日の街を歩いていた時にこの公園の桜が目に止まり
そして、その美しさに魅かれるように
二人の足が公園へと向いて
今、祐一と美汐はこの公園を歩いていた。
桃色の花びらが舞い
淡い香りが漂い
傍らには、好きな人の温もりがある。
(…悪くないな)
と、祐一は思った。
その時、風が吹いた。
「きゃっ!?」
急な突風に美汐が短い悲鳴をあげてとっさに髪をおさえる。
急なことに祐一も驚き…そして同時に瞬間、魅了される。
風で、桜が辺り一面に舞い散るその光景に…
風で、たくさんの桜の花びらが舞っている。
ただ、それだけの光景だったけど、それはどこか幻想的で美しかった。
その時、突風に驚いた美汐の手が咄嗟に祐一の腕から離れた。
祐一は、この光景に魅了されたまま
ふと、美汐をその視界に入れる。
瞬間、相沢祐一の体を動かす全ての電気信号は止まる。
桜吹雪の中に佇む少女…
相沢祐一はその少女の恋人のはずだった
よく知る少女のはずだった。
でも、桜吹雪の中に居る少女は
あまりにも美しくて
あまりにも幻想的で
まるで知らない少女のようで…
祐一は
(桜の妖精がいたらこんな感じなんだろうか…?)
なんて、いつもは冗談のように言うことを
がらにもなく本気で思ってしまった。
そして、その光景に魅入られるうち
どこか怖くなる。
まるで、本当に目の前のことが幻で
この桜吹雪がやんだら、目の前の少女が…美汐が消えてしまうような気がしたから
手を伸ばしても、触れることのできないどこかに行ってしまうような気がしたから
そう思ったら
祐一は、咄嗟に手を伸ばして
目の前の、その美しい桜の精をつかまえて
その胸の中で、抱きしめていた。
美汐を抱きしめるのは初めてではなかった。
そのはずだった。
でも、何度も抱きしめたことのあるはずのその体は
酷く華奢で
壊れてしまいそうで
消えてしまいそうで
祐一は自分でも気づかないうちに
より深くしっかりと美汐を抱きしめた。
「あ…相沢さん…?」
祐一の突然の抱擁に美汐は戸惑ったような声で呟く。
その呟きに祐一は夢の中から現実に引き戻されたように唐突に今、自分が何をやっているか気づく。
「あ…悪い、天野」
そう言って、美汐から手を離そうとする。
その時、美汐は祐一の背中に手を回した。
「あ…天野?」
祐一が驚いた表情で呟く。
美汐はその呟きを無視して
「どうしたのですか?相沢さん」
と問いかける。
その表情は
少しだけ悪戯っぽくて
それでいて、幸せそうに頬を桜色に染めながら微笑んでいて
とても穏やかに見えた。
「…なんでもない…」
祐一はそんな美汐の声を聞いて
それだけ答えると
離しかけた腕をもう一度、美汐に回した。
「そうですか」
美汐は祐一の言葉にそれだけ呟くと
穏やかで、幸せそうな微笑のまま
より深く祐一の胸に顔をうずめた。
二人は公園のベンチに座りながら桜を見ていた。
抱きしめあっていた時の空気そのままに
美汐は祐一の胸に体を預け
祐一は美汐の肩を抱いていた。
「ふふっ…」
美汐は小さく笑い、そして言った嬉しそうに
「今日はいつもと少し違いますね。相沢さん」
「そうか…」
「ええ、いつもは私が貴方に触れているのに…今日はなんか逆みたいです」
「あー、今日はなんかそんな気分なんだ」
『手を離すと天野が消えてしまいそうな気がする』
とは、何か子供っぽい気がして
馬鹿みたいな考えで
祐一は言い出せない。
「でも、私は嬉しいです。相沢さんが甘えてくれて」
今二人が見ている情景のような優しい声で美汐は言う。
「相沢さん、貴方を好きになって気づいたことがあるんです」
美汐はより深く、祐一の胸に顔をうずめる。
「私は、すごく臆病で寂しがりやなんだって」
祐一は美汐を何も言わずに見つめる…抱きしめながら
「貴方を好きになって、貴方が私を好きだと言ってくれて…嬉しくて、とても幸せでした。でも、それと同時に私は思いました。
貴方を離したくないって…あまりにも幸せで、こんな怖いぐらいに幸せだと逆に…
いつかこの幸せが消えてしまうような気がして……相沢さんが『あの子』のようにいつか消えてしまうような気がして…
いつも、そばにいて触れていないと、不安で
幸せを感じる片隅でいつも怖かった…」
美汐の突然の告白…
「…ふふっ、どうしてこんなことを言っているんでしょう私…」
美汐は少し自嘲気味に笑ってそんなことを言う。
美汐はぼんやりと思う。
こんなことを話してしまったのは、あまりにも穏やかで美しい桜とそれが生み出す雰囲気にあてられたせいかもしれないと
祐一は、その告白を聞いて
少し驚いて、笑った。
「どうして、笑うんですか!?相沢さん」
美汐が少し強い声音で、拗ねた様に言う。
「いや、悪い…天野もさっきの俺と同じようなこと思った事あったって知ったらついな」
「え…」
「さっき、桜吹雪の中にいた天野を見たら怖くなった…この桜吹雪がやんだら天野が消えちゃうような気がして…」
二人はお互いの顔を見つめて
そして、笑った。
「ふふっ、なんだかおかしいですね」
「そうだな、でも…分かったこともある」
「なんですか?」
美汐は、悪戯っぽい笑みで問いかける。
「俺は天野がそばにいないとだめってことだ」
そう言う、祐一の顔は赤くて照れているのが分かる。
「私も相沢さんがいないとだめです。ずっと前から…」
祐一は、肩に回した手に力を込める。
美汐も祐一に体を預けたまま、祐一の体を抱きしめた。
二人は微笑んでお互いの存在と温もりを存分に感じながら
桜を見つめていた。
そして願っていた。
『ずっと、一緒に…いられますように』