すごく弱かった子供の頃。
だから、大切なモノも大切なヒトも、何一つ守れなかったあの頃。
思い出す。
ムリョクな自分を。
純粋で、目の前にある全てを信じてて、だからこそ弱かった。
そんな小さな自分。
そして今。
今の自分に問い掛ける。
「俺って、少しは強くなったのかな?」
答えは無い。
その答えは自分では出せない。
だから、人と交わる事を求めたのかもしれない。
自分では絶対に出せるコトの無い答えを求めて――
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目の前には、癖っけのあるロングヘアー。
そして、その髪を赤く染める夕日。
「――起きたの?」
目の前の髪が俺に語りかけてくる。
そうして気づく、俺に背を向けながら彼女は話しかけているのだと。
「ああ、起きた」
俺の答えに満足したのか、彼女はそう、と一言だけ呟いて座っていた椅子から立ち上がる。
読んでいた本を片手に持ち、もう一方の手で眼鏡を外す彼女。
考えて見れば不思議だ。
どうして俺が夕暮れの教室で寝ているのか、とか。
どうして彼女はそんな俺を待っていてくれたのか、とか。
寝起きの頭で答えの出ない問答を繰り返す。
「ん〜〜」
苦悩を声にして、ぼうっとした思考を振り払う。
「……頭でも痛いの?」
そうして悩んでいると、彼女が俺の顔を覗きこんでいた。
――心臓に悪い。
有体に言ってしまえば、彼女は凛々しく、美人だ。
血のような夕日の光を浴びて陰影を帯びているその顔が、きめの細かささえ目視できる距離に肉薄している。
前よりは慣れたけれども、それでも自身の鼓動が彼女に聞こえていないか心配になるほど胸が高鳴っている。
彼女の茶に染まった髪は、血のような鮮色に染まり、俺の魂ごと喰らって逝きそう。
どこまでも穏やかな瞳と、その瞳を守る長く綺麗なまつげ、それに艶やかな唇は、俺の心臓を破裂させてしまえる呪いなのかも知れない。
――彼女の全てが狂いそうなほど愛おしく、大切。
いっそ、世界に二人だけならいいのにと、そう思う。
けれど、そんな事を彼女は望まないし、俺も闇に染まったその思考が、この一瞬の衝動だと分かっている。
だからこそ――その衝動に従うのが、この上なく甘美なモノに感じるのかもしれない。
「いや、頭は痛くない――けど、世界に俺と君だけならいいかなって考えてた」
今この一瞬に於いて、嘘は付きたくないと思ったので正直に話す。
それに、彼女に隠し事は俺にとって一番難しいと思える事の一つだから。
俺の零した言葉に、彼女は少しだけ思案に耽るような顔になって、一言。
「――そうね、私が今よりもっと無欲だったら、それもいいかもしれないわね」
そう言って彼女は、少し笑った。
少し憂いを帯びた笑顔で、彼女はもう一言続ける。
「――でも、私はアナタも知っての通り欲張りだから」
――だから、手に入れた貴方とその周りの世界を、手から滑り落とすことなんて、出来ない、と。
彼女はそう一言だけ告げて、脇に置いてあった自身の鞄を持ち上げた。
/
香里は強い。
俺なんかよりもずっと。
10年以上絶望に耐え、その眼を逸らしても、最後にはキチンと前を向いた。
そう俺は香里に告げた事がある。
「――ふふ、私から言わせれば、貴方の方がよっぽど強いわ」
そう笑って返したけれども、俺はやはり香里の方がよっぽど強いと思った。
だって今でも俺は、暗い感情に囚われて、香里が居なければ日々を生きていく事さえ難しいだろうから。
人の生き死にに、少しばかり耐性があるだけで、香里が一人の少女として唯一泣いたあの日だって、それを受け止めるだけで精一杯だったんだから。
そう、俺はただそこに『在る』事実を受け止めるだけ。
あゆが木から落ちたときも、真琴が姿を消したときも、秋子さんが事故に会った時も。
だから、傍から見れば、俺は強く見えるのだろう。
悲しみ、それでいて折れない。
そんな風に俺は見えるのだろうから。
でも、そんなのは強さじゃない。
絶望したっていい。泣いたって、喚いたっていい。
他人に弱さを曝け出して、全てを任せてしまってもいい。
そこから立ち上がる明日に繋げれるのならば、折れたっていいんだ。
けれど俺は、悲しむけど、折れず、倒れず、受け止める。
それが強さだと人は言うけれど、それじゃあ俺は『何処で成長するんだ?』
落ち込んで、なんとか立ち上がって、また前を向いて歩き出す。
それが成長するって事だろう?
けれど、俺にはそれがない。
――だったら、俺は。
きっといつまでもその場で足踏みしてるだけなんだ。
前を向いていると勘違いして、空に向かって手を伸ばし続けている。
いつまでも、とても愚かに。
だから、俺は弱い。
「――祐一?」
いつまでも立ち上がらない俺を訝しんで、香里が傍に寄って来る。
今考えていた事を、いっそのこと全部ぶちまけてやりたいと思う。
けれど、そんな事は出来ない。
嘘は付きたくないけれど、こればっかりは出来ない。
彼女は黙って聞いてくれて、俺を包み込んでくれるだろう。
けど、そんなことをしたっていつまでも俺は弱いまま。
――俺は少しでも強くなった?
否、俺は弱いままだ。
そうだ、俺は弱いから、全てを受け止めて欲しいと望む。
自分のずべてを受け止めて欲しいと。
けれど、それは駄目だ。
これ以上弱くなってしまったら、俺はきっと一人では立っていられないだろうから。
――だから俺は
「――――ン」
再び俺の顔を覗きこんできた香里の頭に手を回して、キスをする。
朱く、それでいて暗く染まった教室で二人、時間を止める。
香里が瞳で俺に問う。
どうしたの?、と。
でも俺は情熱的なキスでその疑問さえも、唇と共に封じてしまう。
「ん、はぁ……ん……」
自分の醜さを、弱さを、闇を知られたくなくて、でもほんとうは知って欲しくて。
そんなジレンマを抱えて、熱いキスを交わす。
きっかけは誤魔化す為、でも今は純粋に美坂香里という少女を貪りたくて、舌と舌を絡ます。
夕暮れの教室で二人、罪深き時間を止めて、日が落ちるまでその場所から動かなかった――
/
<side change>
帰り道。
日が落ちて、深淵とも呼べる帳が辺りに落ちるその時間に、二人で道を歩く。
私の隣には祐一がいて、手を繋いで二人で歩く。
車通りはほとんど無い道だけれど、祐一はいつも私を壁側に歩かせる。
そんな彼の優しさが嬉しくて、下校する時の帰り道はとても好きになった。
「ねぇ、祐一。今日はお父さんもお母さんも遅いんだけど、ご飯食べてかない?」
「ん〜、そうだなぁ。じゃあ、電話貸してくれよな、秋子さんに言っておかないとマズイだろうからさ」
「ん、了解。今日は栞も検査で居ないから、はりきっちゃうわよ」
「ん? そうなのか。……にしても、居ないから張り切っちゃうってのは、どうかと思うぞ?」
ははっと、祐一が私の台詞に苦笑する。
……まぁ、半分本気で半分冗談なのだけれど。
栞が居る場合、「普段お姉ちゃんは祐一さんと同じクラスでうはうはなんですから、たまの夕食ぐらい私に作らせてくださいっ!!」
ってコトになっちゃうから。
何がうはうはで、何処にそんな説得力があるのかは分からないけど、どうもあの勢いに私は弱いようだ。
それを以前祐一に話したら、嬉しそうに「香里は妹思いだから、それって良い事だよ」なんて言われて顔を真っ赤にした事を思い出す。
「ん? どうかしたか香里、顔赤いぞ?」
と、想いが顔に出ていたのか、祐一が私の顔を心配そうに覗きこんでくる。
まずい、ちょっとやそっとじゃ直りそうにないのに。
「な、なんでもないわよ。今日は寒いから、それでじゃない?」
「――む、確かに」
そう言って祐一は、私の誤魔化しから出た台詞を大真面目に捉えて、自分のマフラーを私の首に優しく掛けた。
――ってちょっとそれは。
「……祐一、マフラーを二本にしても意味があるようには思えないわよ」
「いいじゃないか、多少は暖かいだろうし、その方がカワイイぞ?」
確かにさっきよりは暖かいけど、首どころか口の辺りまでマフラーを巻いている姿は、かなり滑稽だと思う。
してやったりと面白そうに笑う彼の顔が少し癪だけれど、カワイイとまで言われてしまったからか、不思議と外す気にはなれなかった。
そうして、二人でじゃれあいながら、雪の積もった道を歩く。
こんな日常がとても幸せで、嬉しい。
相沢祐一と言う少年が傍に居なかったら、どうなっていただろうと思う。
そんな事に気づきもしなかっただろうか?
いや、きっと栞と向き会う事すら出来なかっただろう。
そんな、私を支えてくれた彼も、自分を弱いと卑下する事がある。
それを聞いた時、祐一は強いと、弱くなどないと心底思った。
栞の死を感じても、私の歪みと悲しみを受け止めて尚、祐一は折れず、負けず、立っていた。
それの何処が強くないのだと、その時は思った。
でも、今は少し違う。
ヒトは、誰しも弱い。
一人では強くなど成れない。
誰かの為に、何かの為に、強くなりたいと願う。
それがヒト。
そう、祐一は勘違いをしているのだ。
彼は自分を見て、自分自身は弱いと評する。
でもそうじゃない。
自分の強さを決めるのが自分ではないのなら、それと同じで、きっと弱さも自分で決める事じゃない。
そう、祐一を見て、祐一を知って、祐一を感じた私が、相沢祐一の事を強いと思うのなら――
――相沢祐一が自分の事を弱いと言うのなら、きっとそれは真実で、でも。美坂香里が相沢祐一を強いと思うのなら、きっとそれも事実なのだと。
/
雪の路をサクサクと鳴らしながら歩く。
私の隣には祐一が居て、祐一の隣には私が居る。
寒さは気にならない。
そんなことはどうでもいいのだ。
相手の体温を感じるだけで、鼓動を知るだけで、私の心は暖かくなれる。
相手を想う気持ちは、こんなにも大きい。
寒そうにニット帽のずれを直している祐一の顔を見ると、ドキドキする。
病気で言ったら、きっと医者にも匙を投げられてしまうほど――
私にとって祐一は、恋人で、大切で、そして一番強い――
強い?
そう、強い。
彼は、栞の事を知っても尚、受け止めて、私の涙も拭ってくれた。
だから強い――
そうじゃない。
強いだけの人間なんて存在しない、弱さも強さも、均等に抱えているのが人間なのだ。
ならば、相沢祐一という少年の弱さはどこにあるのか――?
そして、T字路に差し掛かる。
ここを曲がれば美坂家で、まっすぐ行くと水瀬家だ。
一度思考をクリアにして、美坂家への帰路を選択する。
だから私は、曲がろうと一歩を踏み出し――
――そして、眼前に迫ってくる巨大な鉄の塊を目にした。
/
<side change>
それは唐突だった。
気づくのが遅かった。
俺が気づいた時には、車が香里のすぐ手前まで迫っていた。
ライトが壊れているのか、付いていない。
一瞬で思考が切り替わる前に脚を動かして飛ぶ。
「香里っ!!」
「――え?」
間に合わない――
一瞬足りない。
ダメダダメダダメダ――!!
もう失いたくない。
誰も、何も――
「くそっ!!」
更に駆ける。
脚が千切れたって構わない。
奇跡の代償がいるのなら、何でも持って行けばいい。
――だから、だからもう二度と、俺の目の前から大切な人を攫って行かないでくれ!!
――キキィィイイイ!!
ギリギリのタイミングで、香里の腕を取って引っ張る。
一瞬前まで香里が居た空間を削り取って、車は走り去って行った。
「……は、ぁ」
無事だ。
彼女を助ける事が出来た。
今はそれだけでいい。
車の事なんてどうでもいい。
【俺は、あの時と同じ間違いを犯さずに済んだ】
そんな想いが、心の裡を占める。
安堵する。
俺の大切な人は、呆然と俺の腕の中に抱かれている。
「ゆういち――?」
香里が、とても不思議そうに俺の名を呼ぶ。
「ぇ、ぁ――?」
何がおかしいのかと自分の顔を触ると、生暖かいものが俺の頬を伝っている。
「泣いて、るの?」
「ぁ……」
そう言われて気づく。
――ああ、俺泣いてる。
すっげー、みっともないけど泣いてる。
だって嬉しいんだ。
強いとか、弱いとか、そんなのどうだっていい。
ここに現実として、現として彼女を助けられたっていう事実があればそれでいい。
その一つのほんとうだけが、相沢祐一にとってたまらなく嬉しい事なんだと。
――そう自覚した瞬間、知らずに彼女の体をきつく抱きしめていた。
「ありが、とう――」
「――ん」
俺が彼女を抱きしめながらお礼を言うと、彼女は一瞬戸惑ったが、すぐに笑って返してくれた。
だから、俺の裡を、全部打ち明けてもいいんじゃないかって、そう思ったんだ――
/
二人で道をゆっくりと歩きながら話す。
いや、俺が話し手で、彼女が聞き手だ。
手を繋いで、しっかりと手を繋いで話さないように歩いている。
彼女は体の震えが止まらず、俺は彼女という現実を離したくない。ただそれだけ。
だからしっかりと握る。
震えが止まるように、離さぬように。
香里は相変らずマフラーを二本巻いて、ちょっと怪しい格好だけどどこか可愛い、そんな姿で俺の隣を歩く。
これから話す事は、俺の全てで、とても勇気の居る事だから、話している間にも頭が冷えて冷静を保てるように、ぎゅっと強く手を握る。
「七年前、俺の目の前で息を引き取った少女が居たんだ――」
香里と繋ぎあっている右手に力を込めて、そう切り出す。
香里も強く握り返してくれて、俺は安心して話を続ける事が出来る。
「その娘とは知り合って一ヶ月ぐらいだったけど、いつも悲しそうな顔をしてる娘でさ、笑わせて上げたかった」
そうだ、あゆはいつも泣いていて、俺はそんなあゆを見て居られなかった。
「だから、色々なところに連れまわして、遊んで。――それで、少しあゆが笑うようになってくれた矢先の事だった」
そう、あの大木の下で、あゆは――
血に濡れた、助けられなかった、ムリョクだった。
回想する、思いだす、無力さを、無知さを噛み締め、思い知る。
――どれだけあの頃の俺は浅はかだったのか。
「俺達のガッコウ、森の中の大木の下。そこで遊んでた俺とあゆ――そして、あゆはその大木に登った」
黙って聞いてくれている香里。
握った手は離さずに、むしろ段々と力を込めて。
そんな彼女からの勇気を感じて、何とか話を続ける。
「そして、俺の目の前であゆはその木から落ちた。俺はそれを見ていたのに、助ける事は出来なかった――はは、足が竦んでたんだ。俺はその光景が信じられなくて、でも現実で、足が竦んじまってた」
そうだ、情けなくも、相沢祐一という少年は、目の前の命が無くなるっていう現実が怖くて、それから逃げて、ただあゆが地面に落ちるまでそこにつったってた。
「そして、あゆは俺の目の前でどんどんと冷たくなって行った。必死に運んだけど、俺の脚じゃ間に合うわけも無くて、あげくのはてに、意識がもうろうとして倒れこんで。……気が付いたら、病院のベットの上だったよ」
流れる涙は無い。
そうだ、これは俺の罪。
だから流していい涙なんてない。
俺が七年後にこっちに来て出会った羽の少女も消えてしまった。
あれがあゆ本人だと頭のどこかで分かっていたのに、俺が選んだのは香里だ。
――だから、流していい感傷の涙なんて、一つも無い。
「だから、俺は強くなんてない。――唯、人に生き死にってやつを見た事があるだけで、慣れてるだけで、肝心なところで足が竦むような、そんな男なんだ」
そう、こんな醜く汚い俺を、知られたくなかった。
こんな考え自体、闇に囚われて、きっと彼女を傷つける。
でも、知って欲しい。
俺の全てを知って欲しい。
どんなに弱く、汚い人間でも、美坂香里に愛して欲しいと、そう望む。
――何と身勝手な人間だろう。
俺は俺が許せなくて、それでも彼女の事が愛おしくて。
だから、こんなドロドロしたモノを香里にだけにはぶつけたくなかったんだ。
でも、もう一人の俺は、知って欲しいと。
――だから、話した。
「そう、ね。アナタは弱いわ」
数瞬の静寂の後、香里が紡いだ言葉はそれだった。
「――でも、人間なら誰だって弱い」
「え――?」
呆然とする俺の顔をしっかりと見据えながら言葉を続ける香里。
「私にとって、祐一はとても強い存在。死に行く人も、受け止められる、そんな人。でも、だったら、『どこに相沢祐一の弱さがあるの?』」
「俺の、弱さ――?」
「そう、だって祐一はさっき私を助けてくれた、それは強いって事?」
「あ、それ、は――」
「そして、祐一は私の無事を知って壊れそうな笑顔で泣いた、それは弱いって事なの?」
返事が出来ない。
――そうだ、俺、自分で思ったじゃないか。
強いとか、弱いとか、そんなの関係ないって。
ただ、助けられた、その事実がとてつもなく嬉しいんだって。
「で、も――さっきみたく助けれないかもしれない、香里がまた、あんな目にあったら次は――」
あの時は、咄嗟に脚が動いてくれたから。
今考えると、次も同じ事が出来るなんて、とてもじゃないけど言えない。
香里を失う恐怖で動けなくなる可能性のほうがずっと大きい気がする。
「そうね、でも、私だって祐一に守られるだけじゃないわ。逆に祐一を助ける事だって出来るかも知れない」
「――え?」
「私はアナタを残して死んだりなんかしない。確約はできないけれど、約束するわ」
そう言って香里は、すっかり震えの止まった手で俺の頬をさする。
「俺は、でも……こんな暗い感情で、香里を傷つけるかも――」
「暗くなんて無いわ、私も祐一を想うと、誰にも渡したくない、そんなことになるならいっそ――って思うもの」
そう言って笑った香里の顔は、とても強いものに見えた。
「私も弱い、貴方も弱い。けれど――お互いのためならどこまででも強くなれる」
「そう、か――」
「だから、一緒に歩いて行きましょう?」
そう、弱くたっていい。
強くあろうと、大切な人の為に強くあろうとすれば、それが強いって事なんだ。
助けれないかも知れない、失うかも知れない。
そんな事ばかり考えて、前に踏み出せないのなら――その時はきっと、本当に失ってしまうのだろう。
だから、だから俺は。
それを気づかせてくれた大切な人に、とても昔からの答えをくれた香里にお礼を言いたくて――
「香里」
「ん、どうしたの?」
隣を歩いている香里に声を掛ける。
「俺の――恋人で居てくれて、大切な人で在ってくれて、隣に居てくれて、俺に君を助けさせてくれて――――ほんとうにありがとう」
「――っ」
少しびっくりしたような、嬉しそうなそんな顔をして彼女は――
「――ええ、こちらこそありがとう祐一。アナタと、アナタと言う人に出会わせてくれたこの世界と――アナタの初恋の人に、感謝の気持ちを」
「は、初恋!?」
「ええ、今度彼女に報告にいかなくちゃ、祐一と出合わせてくれてありがとうって」
そう言って悪戯っぽい笑顔を浮かべる香里。
「ちょ――それは勘弁してくれよ!!」
そして走り出す。
「駄目よ――もう決めた事だし、それに――」
美坂家はすぐそこにあるのに、逃げ惑う香里を捕まえる為に躍起になって走る。
「負けないって、きっと祐一を私だけのモノにしてみせるって、宣戦布告しに行かなくちゃいけないんだから――!!」
そういった彼女の笑顔は、とても輝いていて――――ああ、俺が彼女だけのモノになる日も、遠くないかな、なんてぼんやりと思ってしまった――
あゆのお墓を訪ねるのは、すごく辛いかも知れないけど、でも彼女と一緒なら、きっと――
/
そしてその後。
事故後退院しても通院している秋子さんが、偶然病院で耳にした、『七年間眠り続けた少女』の話。
それを聞いて、とびあがるようにお見舞いに香里と一緒に行ったのは、春の桜が舞うある日の事だった――
「月宮あゆさん――?」
「うぐ? そうだけど、貴方は?」
「――私は美坂香里。相沢祐一という、貴方にとって大切な人の――」
桜舞い、春の陽光温まる一日。
病院に、歓喜と嘆きの声が一瞬で二度響き渡ったのは、また――別のお話。