まばらに雲が散る空、そこから注ぐ陽光が眠気を誘う、そんなある日。
4人の少女(うち1人は幼女とも言う)は寮の近くの公園に来ていた。
ちなみに季節は春、その公園は桜の名所であり、その名に恥じぬだけの桜が咲き誇っている。
当然彼女らの目的は花見だ。
少女達の一人が得意の術で席取りをしていたため、場所は最高である。
四方を桜の大木が囲み、淡いピンク色の花を惜しげもなく咲かせている。
穏やかな風が木々を撫でる度に美しい花吹雪が起き、4人の少女はまるで1枚の絵であるかのように美しい。

「なかなかいい景色ですね」

そんな美しい絵の少女達の中でも、ひときわ可憐で可愛らしい少女、宮間夕菜は言った。
普通花見というと酔っ払った親父どもがうるさいばかりだが、今回は昼だし、なにやら魔法で色々下準備があったらしく、その周囲だけは人がいない。

「だから任せなさいって言ったでしょ、この玖里子様にかかればちょろいもんよ」

その場所取りの功労者、風椿玖里子である。たこさんウインナーをかじりながら言った。
彼女は花より団子らしく、来て間もないというのに幼女・栗丘舞穂の作った弁当をつまんでいる。

「あ、玖里子さん、飲み物でも買ってきましょうか?」

そう提案したのは何故か巫女服のような格好でいる少女、神城凜。
だがその妙な格好も桜吹雪の中だと様になっている。

「ああ、それなら私がちゃんと持ってきましたから、大丈夫ですよ凜さん」

夕菜がにこやかに言った。そしてバッグから飲み物を取り出し、玖里子たちに渡す。
緑茶やウーロン茶を筆頭に色々揃っている。

「舞穂は別のがいいなー。買ってきていい?」

だが今日の弁当の調理人、栗丘舞穂が難色を示す。
幼女でありながら彼女の料理の腕はなかなかのもので、1人で4人分の弁当を作ってきた。

「こんなにあるじゃないですか、それに舞穂ちゃんを1人で買いに行かせるのは不安です」
「えぇ、夕菜さん、舞穂大丈夫だよ?」
「まぁまぁ舞穂ちゃん、今回はこれで勘弁してください。先に選ばせてあげますから」
「はーい…」
「ああ、ならやはり私が買いに行きますよ」
「いいですよ、凜さんも舞穂ちゃんをあまり甘やかしちゃいけません」
「…そうですね」
「ねぇねぇ、そんなことどうでもいいじゃない。さっさと始めましょ」
「ええ、そうですね、始めましょう」

飲み物は皆に行き渡り、花見が本格的に始まった。
桜を肴に4人の少女は話を弾ませる。
人気グループの新曲がどうだとか、どこのクレープ屋がうまいとか、そんなたわいのない会話だ。

「ああ時に、式森は昼をどうしているのでしょう?」
「そうねぇ、ちょっくら行って見て来ようか?」
「駄目ですよ、玖里子さん。和樹さんは4人で楽しんで来てほしいって言っていたでしょう?」
「だから今和樹のところに戻るのはまずいって?まぁ、一理あるわね」
「では私が弁当だけでも…」
「凜さん、和樹さんなんて放って置きましょう」
「は、はい」

式森和樹、この4人の少女にめぐり合った幸運…な少年。
彼も当初は花見に参加するはずだったが、直前で大怪我をして、来れなくなってしまった。
しょうがないので4人で楽しんで来てほしい、彼はそう言って寮で寝ている。

「そういえばさぁ、お酒ある?」
「ありません。未成年が飲んじゃ駄目ですよ」
「舞穂も飲みたーい」
「舞穂ちゃんなんて未成年にもほどがあります。未成年過ぎてお酒も逃げちゃいますよ」
「夕菜さん、意味がわかりません。無論、未成年の飲酒などというだらしのないことは認めませんが」
「でもやっぱ花見にはお酒でしょう」
「うぅん、玖里子さんが言うとなんか親父くさいね」
「言うわねぇ、舞穂ちゃん」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないでちゃんと桜を楽しんでくださいね」

こうして和やかに進む会話にそって、食事も進んでいく。卵焼きにたこさんウィンナー、おにぎり数種類にから揚げと、典型的なお弁当だが、今はまた一味も二味も違って感じているのだろう。
普段からよく食べる玖里子だけでなく、凜や夕菜、舞穂もよく食べていて、料理は次々に消えていく。
たまに花びらが弁当箱に入ってくるが、それもまたいい話のスパイスになる。
そして、花見はとても微笑ましい光景を見せながら進行していった…








『桜華咲く乙女のえれじー』








白い雲がまるで嘲笑うかのように陽光の邪魔をする、そんなある日。
私は3人の間女(うち1人はロリ)と共に寮の近くの公園に来ている。
ちなみに季節は春、その公園は桜の名所であり、その名に恥じぬだけの桜がいまいましく咲いている。
当然私たちの目的は花見、表面上は。
3人の間女のうち、肉欲に頼って夫を誘惑する女が席取りをしていたため、場所は良い。
四方を桜の大木が囲み、恋する女性のように花を咲かせている。
風が撫でる度にその木々から花びらがこの中心へと舞い降り、まるで1人の男性…和樹さんを取り合うかのように感じる。

「なかなかいい景色ですね」

ぎすぎすした気持ちを悟られぬよう、正妻である私は言った。
普通花見というと酔っ払った中年サラリーマン達がうるさいばかりだが、今回は静かだ。
もしうるさければ怒りの矛先を向けてしまうかもしれないので助かった。敵はあくまで間女なのだから。

「だから任せなさいって言ったでしょ、この玖里子様にかかればちょろいもんよ」

その場所取りの功労者、肉欲魔神・玖里子さんが、たこさんウインナーをかじりながら言った。
玖里子さんは花より団子らしく、来て間もないというのに危険なロリ・舞穂ちゃんの作った弁当をつまんでいる。
確かにここは戦場としては申し分ない。元々私には相互監視なんて甘いもので終わらせる気は無いですし。

「あ、玖里子さん、飲み物でも買ってきましょうか?」

そう提案したのは何故か巫女服のような格好でいる少女、凜さん。
なるほど、自分で飲み物を持ってこなかったのはこのためですか。
1人抜け駆けをする気満々です。あなどれません。

「ああそれなら、私がちゃんと持ってきましたから大丈夫ですよ、凜さん」

私はにこやかな笑顔を作り、バッグから飲み物を取り出し、玖里子さん達に渡す。
こんなこともあろうかと用意は万全だ。何が起きてもこの私が抜け駆けなど許さない。

「舞穂は別のがいいなー。買ってきていい?」

だけど今日の弁当の調理人、舞穂ちゃんが難色を示した。
幼女のくせに今日の弁当作りを買って出た。ポイント稼ぎのつもりだろうか、やはりこの子が1番侮れない。
その上今度は買い物に行くと来た。どうせ凜さんと同じで、買い物と言って病床の和樹さんの所によるに決まっています。
断固阻止、がんばれ私。

「こんなにあるじゃないですか、それに舞穂ちゃんを1人で買いに行かせるのは不安です」
「えぇ、夕菜さん、舞穂大丈夫だよ?」

全然大丈夫じゃありません。幼女の魅力を惜しげもなく使うつもりです。

「まぁまぁ舞穂ちゃん、今回はこれで勘弁してください。先に選ばせてあげますから」
「はーい…」

よし、こういうところ舞穂ちゃんは押しが弱くて助かる。そんなところが憎めない…って敵に何を言っているんでしょう、私は。

「ああ、ならやはり私が買いに行きますよ」

っと、やはり凜さんがきましたか。凜さんは言動と行動が一致しないので油断なりませんね。
ちょっと寮に忘れ物を…とか言って和樹さんの所へ寄るつもりでしょうが、そうは問屋に卸させません。3倍値で買い取っちゃいますよ、駄目なら実力行使でもいいです。

「そんなこといいですよ。凜さんも、舞穂ちゃんをあまり甘やかしちゃいけません」
「…そうですね」

あきらめましたか、第1ラウンドは私の勝利ですね。

「ねぇねぇ、そんなことどうでもいいじゃない。さっさと始めましょ」

まだ大人しい玖里子さんが終了のゴングを鳴らしので、私は従うことにする。

「ええ、そうですね、始めましょう」

そして私は飲み物をみなさんに配り、花見を本格的に始めた。
…もちろん表面上は、です。第一ラウンドは防戦に終始しましたが、これからが私の時間ですから。
人気グループの新曲がどうだとか、どこのクレープ屋がうまいとか、そんなたわいのない会話でまずは場を和ませます。まずは雰囲気作りが大切ですから…フフッ。と、つい笑みが。

「ああ時に、式森は昼をどうしているのでしょう?」

と、私ががんばって雰囲気作りをしていたのに、凜さんがそれに逆らってきました。
昼を届けてやるのが武士の情けですか?どんなに取り繕っても魂胆は見え見えですよ。

「そうねぇ、ちょっくら行って見て来ようか?」

おやおや、とうとう玖里子さんも動きましたか。でもこの程度は予想の範疇です。

「駄目ですよ、玖里子さん。和樹さんは4人で楽しんで来てほしいって言っていたでしょう?」
「だから今和樹のところに戻るのはまずいって?まぁ、一理あるわね」

ほら、成功。和樹さんの所へ行けない様にする理由としては最高レベルの掘り出し物ですから。

「では私が弁当だけでも…」

やれやれ、凜さんは往生際が悪いですね。

「凜さん、和樹さんなんて放って置きましょう」

そうそう、放って置いて花見を楽しんでください。夫の看病は妻の役目ですから、皆さんが楽しんでいる間に行ってきます。まぁ、気にしようにもすぐに気に出来なくなるでしょうがね…

「は、はい」

いい返事です。和樹さんは渡しませんよ。

そう、和樹さん。私の夫。優柔不断で浮気物だけど大好きな人。
和樹さんも当初は花見に参加するはずだったけど、直前で大怪我をして、来れなくなってしまった。
凜さんのせいだ。和樹さんが凜さんに甘いものだからつい私が…。
しょうがないので4人で楽しんで来てほしい、和樹さんはそう言って寮で寝ている。
なんだか静かにさせてくれって感じを受けたので、みなさん和樹さんの意を汲み、1人で和樹さんの所へ行こうとしていた。
複数で行ったら絶対騒いでしまうし、2人きりになりたかったし。
だから、中止になる筈だった花見に来ることになったのだ。相互監視目的で。
1人が抜け出ようとしたら他の3人が止める。そうしてここまで来た。
でも、それもじきに終わる。無論私の勝利で、だ。だって準備は万端だから。
私の作戦はこうだ。
まずはみんなを花見の雰囲気に落とす。そのために持ってきた飲み物には少量のアルコールが混入してある。きっと今ごろ楽しくなってきた筈。
次にちょっと危ない薬のはいったお菓子を食べさせる。まぁ命に別状はありませんよ。ただし私が抜け出したことには気づかないでしょうね。すぐにでも食べさせたい所ですが、警戒されているうちは無理でしょう。

「そういえばさぁ、お酒ある?」

おやおや、もうアルコールが効いてきたんでしょうかね、玖里子さんがお酒を欲しがってます。
…玖里子さんの場合は素で欲しがりそうですが。まぁ、きっと私の作戦が功を奏したんでしょう。いい感じですね。
…アレ?何か忘れている気がします。
あ、まさかお酒を買いに行くための枕?危ない危ない、策士が策に溺れるところでした。

「ありません。未成年が飲んじゃ駄目ですよ」

飲みものに入ってるやつで我慢してください。

「舞穂も飲みたーい」

舞穂ちゃん、貴方もですか。って舞穂ちゃんは普通に飲んだらまずい気がします。

「舞穂ちゃんなんて未成年にもほどがあります。未成年過ぎてお酒も逃げちゃいますよ」
「夕菜さん、意味がわかりません。無論、未成年の飲酒などというだらしの無いことは認めませんが」
「でもやっぱ花見にはお酒でしょう」
「うぅん、玖里子さんが言うとなんか親父くさいね」
「言うわねぇ、舞穂ちゃん」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないでちゃんと桜を楽しんでくださいね」

今回も大丈夫でした。こうして一見和やかに食事も進んでいきます。卵焼きにたこさんウィンナー、おにぎり数種類にから揚げと、おいしそうなのですが、はやる気持ちが味音痴にさせてしまいました。


そして、そろそろ頃合です。お弁当はもうじき食べ終わりますから。私の第2ターンと言ったところでしょうか。
特製お菓子の出番です。

「お弁当がそろそろなくなりますね」
「あらそうね、結構早かったわ」
「こういう所で食べると食欲も増すものですから」
「まだ足りないね、舞穂もう少し作ってくれば良かったかな」
「いいえ、これで丁度いいですよ。こうなると思って私お菓子を持ってきたんです」
「え、お菓子?食べたい食べたい」

はいはい舞穂ちゃん、たんとお食べください。多少良心が痛みますが、妻は夫を守らなくてはいけないんです。

「ちょっと待ってくさいね、いま出しますから…」

さぁ出番です、私のお菓子達!
………あれ?
お菓子…?
そもそも私のバッグ…?
無い。
無い。バッグが無い!

「わ、私のバッグは一体どこへ!?」

さっきまですぐ隣にあったのに、どうしてこんな大事な時に!

「あ、夕菜ちゃん、あそこ!」

そういって玖里子さんが指をさす。
その先には…

「かぁーかぁー」

黒い悪魔が数体。その下には私のバッグが口を開けて落ちている。
…やられた。お菓子はことごとく食われている。

「にゃー…舞穂のお菓子…」
「この、向こうへ行けっ」
「あほーあほー」

凜さんが追い払うも、時既に遅し。カラスは腹を満たし、桜の向こうへ消えていった。

「あらまぁ、どうしよっか。これからの当てが無くなったわ」
「そうですね…」

もう、駄目だ。私の作戦がすべてぱぁ…このまま和樹さんは悪女の餌食になってしまうのだろうか。
ああ、和樹さん、頼り無い妻でごめんなさい。

「仕方ありませんね、買ってきましょう」
「そうですね…」

仕方ないのでここでお花見でもして時間を潰すしかないですよね…
せっかく紫乃先生にお願いして調合してもらったお薬なのに。

「ちょっと、夕菜ちゃん」
「ええ、そうですね…」

私は何て馬鹿なんでしょう。詰めが甘すぎます。きっとこんなんじゃ和樹さんにも捨てられてしまうに違いありません。あぁ…

「夕菜ちゃん?おーい」

ああ、和樹さん…愚かな私を捨てないで…
でもきっと舞穂ちゃん達と仲良くしちゃうんでしょうね…悲しすぎます。
あぁ…

「ちょっとっ!」
「はいっ!?」

気づけば玖里子さんが耳元で怒鳴っていた。

「…なんですか?」
「夕菜ちゃん、落ち込みすぎ」
「だって…」

玖里子さんには言えないけどあれは特別だったんです。

「あのねぇ、何をたくらんでたか知らないけどこのままじゃ本末転倒よ?」
「え?」
「夕菜さん、凜さん行っちゃったよ?」
「え?…あっ!」

しまった。やっぱり私は甘かった。とうとう凜さんを買い物へと行かせてしまったのだ。
ちょっとくらい不測の事態にあったからといって大切なことを忘ちゃいけなかったんです。
玖里子さん、ありがとうございます。大切なことに気付けました。
それにしてもライバルに塩を送ってくれるなんて、やっぱり玖里子さんはお姉さん役が板についてます。

「それでは私は行ってきます!」
「はいはい、がんばってね」
「いってらっしゃーい」

そして私は駆け出した。凜さん、貴方の思い通りにはさせません。

「やれやれ、甘いわね」

遠くで玖里子さんの声が聞こえた。そうです、貴方は甘いです。でもそんなところが好きですよ。
和樹さんのことは任せて二人で楽しんでいてください!

「凜さーん、待ってくださーい。私もご一緒しますからー」

私は凜さんを監視すべく、駆け足で凜さんの元へと行ったのであった。



そして商店街。
凜さんと、それに追いついた私は店をいくつか回り、花見のためのお菓子を買い込んでいる。

「…あ、夕菜さん。私はちょっと寄りたい店が…」
「駄目です」
「…」

さっきからずっとこんな感じです。凜さんはたびたび抜け駆けを試みる。
まぁどうせ凜さんは自分では抜け駆けだとは思ってないのでしょうけど。
だからついつい私のほうも白熱しがち。先ほどの花見のときのように穏やかに止めさせることが出来なくなってきている。凜さんはまったく厄介です。

「凜さん、私はちょっと疲れたので先に…」
「待ちますから一緒に帰りましょう」
「…」

…私も人のことは言えないのかも。でも私には妻の特権がありますから、いいんです。
はぁ、しかし先ほどの失態は痛かった。おかげで膠着状態にはいってしまいました。
ただ凜さんから離れようとしても絶対に無理だし、かといって実力行使してもこの凜さんの警戒態勢じゃ一発で決めることは不可能で、リスクも大きい。

「はぁ…」
「はぁ…」

溜息が、重なった。

「なんなんですか、凜さん」
「夕菜さんこそ」

私を撒けなくて困っているのだろうか。
ここは一つ妻としてガツンッと言って置いたほうが良いのかもしれない。

「凜さん、1つ言って置きますけどね、和樹さんは私の夫なんですら、私に断りも無く見舞いになんて言語道断ですよ」
「なっ!私は別に式森のことなど…。そ、それに何故夕菜さんの許可がいちいち必要なのですか?」
「だから、妻ですから」
「それは"自称"じゃないですか」
「なっ!?」

そんなことは無い。小さい頃約束したのだ。私は絶対に和樹さんの妻である。なのに、そんなことを言うなんて。

「そもそも夕菜さんは1学生としての自覚が足りません。清く健全な生活を送るべきなのに、妻などといって…」
「結婚することが不純だとでも言うんですか!?」
「そういうことじゃありません!」
「そういうことじゃないですか。妬けるからって妙なことを言わないで下さい!」
「わ、私が式森のことで妬いていると!?」
「あら、違うんですか?」
「そ、それは…」
「違うのなら私と和樹さんのことは放って置いてください。」
「そ、そういうことじゃないでしょう?そもそも式森は夕菜さんのものではない!」

な、なんてことを…今まで凜さんの所業にはある程度目を瞑ってきましたが、もう我慢なりません。
実力行使。何故今まで躊躇ってきたのか不思議になってきました。

「凜さん、もう怒りましたよ…」
「だとしたらなんだというのですか!?」
「今ここで決着をつけましょう!」
「望むところです!」
「そうですね、では先に花見場所に帰りついた方が勝ちです。いいですね?」
「構いません」
「ではスタートですっ!」




場所は商店街。
私は夕菜さんと共に花見のためのお菓子を買いにきている。
お菓子は大体揃ったのが、気になる事がある。
式森のことだ。いや、いやもちろん式森を個人として気にしているとかそういう意味ではなくてだ。
夕菜さんが精霊魔法で暴れるものだから大怪我をしてしまったのだ。責任の一端がある私としては看病の一つでもしてやりたい。
だが、夕菜さんがそれを許してくれない。
先程は夕菜さんが放心していてチャンスだった…いやただそのとき思い立っただけだが、式森の所へ行けそうだったのに、夕菜さんが復活してついてきてしまった。
それで、何故だか腹が立ってしまって、引っ込みがつかなくなってしまった。
くだらないと思うのだが、何度か抜け出そうとした。
が、さすがに夕菜さんは行かせてくれない。
それどころか自分が行こうとする始末だ。

「はぁ…」
「はぁ…」

溜息が、重なった。

「なんなんですか、凜さん」
「夕菜さんこそ」

夕菜さんは先ほどから不機嫌だ。私が抜け出そうとするのが気に入らないのだろう。
だが私とてここで引くことは出来ない。

「凜さん、1つ言って置きますけどね、和樹さんは私の夫なんですら、私に断りも無く見舞いになんて言語道断ですよ」
「なっ!私は別に式森のことなど…。そ、それに何故夕菜さんの許可がいちいち必要なのですか?」
「だから、妻ですから」

なんという理屈だろう。だからつい言ってしまう。

「それは"自称"じゃないですか」
「なっ!?」
「そもそも夕菜さんは一学生としての自覚が足りません。清く健全な生活を送るべきなのに、妻などといって…」
「結婚することが不純だとでも言うんですか!?」
「そういうことじゃありません!」
「そういうことじゃないですか。妬けるからって妙なことを言わないで下さい!」
「わ、私が式森のことで妬いていると!?」

わ、私が妬いている!?馬鹿なことを!ただ仁義の面から見て今日は見舞ってやるべきだと思っただけで…。決して式森が好きなどとは…い、いや、ともかく夕菜さんにとやかく言われる筋合いではない。

「あら、違うんですか?」
「そ、それは…」
「違うのなら私と和樹さんのことは放って置いてください。」

放って置けだと…?そんなこと…出来ない。

「そ、そういうことじゃないでしょう?そもそも式森は夕菜さんのものではない!」
「凜さん、もう怒りましたよ…」
「だとしたらなんだというのですか!?」
「今ここで決着をつけましょう!」
「望むところです!」
「そうですね、では先に花見場所に帰りついた方が勝ちです。いいですね?」
「構いません」
「ではスタートですっ!」

そう言うやいなや、夕菜さんは走り出す。私も負けじと走り出す。
この勝負、当然だがただのかけっこなどではない。
相手をいかに妨害するか、いや、倒すかが鍵だ。当然夕菜さんは得意の精霊魔法で来る筈。
私も剣鎧護法で防御するべく、魔法を使い始める。
最初はお互い牽制用の小さな魔法だ。
それを使いながら作戦を立て、走る。
しばらく走った末、先に動いたのは夕菜さんだ。

「和樹さんは渡しません!行け、ウンディーネ!!」
「そうはさせません!はぁっ!」

夕菜さんから放たれた精霊が水の刃を持って襲いかかってくる。
私の周りに散開し、時間差で仕掛けてくる。
が、走っている上に私の魔法を警戒したせいか、呪文が完全ではない。圧縮が不完全だから威力が低く、これなら私の護法で充分撃退できる。
上下左右と3次元的に攻撃を次々と加えてくるが、精霊は私の一振りで消えていく。

「この程度!」

私は次々と切り伏せていく。
しかし…簡単すぎる。そもそも一斉攻撃にしなかったのは何故だ?
嫌な予感がして、前を見てみると…夕菜さんの周りが、赤く光っていた。

「甘いですね、凜さん。それは囮です!行けっ、ザラマンダー!!」

そう言うやいなや巨大な炎の塊が目の前に迫る。まだ当たっていないのにチリチリと肌が焼けるような熱量だ。

「しまった…!」

今度の精霊は強力で、うまく避けられるものではない。かといって先ほどのウンディーネに対しての攻撃で弱まった護法ではこれを迎撃できまい。ただの呪文のための時間稼ぎではなく、それも計算にいれての囮だったのだ。
多少遅れてもきっちり避けるか、ダメージ覚悟で撃退するか…どちらも負けにつながる。

「こうなったら!」

私は突きの構えで精霊に突っ込む。そして目の前の炎の塊に全力で突進する。

「うおおぉ!!」

精霊に直進し、剣でムリヤリ穴をあける。鉄をも溶かす炎が吹きつけるが、構わず突き破る。
熱い、だがこれなら!

「な!?」

次の瞬間、私の剣は夕菜さんをとらえた。
ザラマンダーを突き破ったのだ。
夕菜さんは精霊を使役することに集中していたため、反応が遅れる。

「終わりです!」
「くっ!まだですよ!」

夕菜さんはそう叫ぶとボロボロになったザラマンダーを呼び戻す。
私は構わず剣を突き出す。

「はぁ!」
「ええぃ!」

カッと辺りを閃光が包んだ。
轟音が大地を揺らす。

そして、静寂…





で、時は戻って場所は公園。

「やれやれ、甘いわね」

私は夕菜ちゃんを見送りながら呟いた。

「お菓子?」
「んなわけないでしょ」
「にゃはは」

そう、甘い。夕菜ちゃんは。
どうして私たちを置いていくのだか。2人で図って和樹の所へ行けるのに。
今まで大人しくしていたご褒美だろうか。
まぁ私の誘導が効いたことにしておこう。

「あ、むこうカラスが墜落してるよ」
「本当だ…あれは死んでるわね。何かあるとは思っていたけど致死性の毒とはねぇ…。カラスに毒見させたのは正解だったわ」

夕菜ちゃんは良い子なのだが、和樹のこととなると周りが見えなくなる。
それが可愛いともいえるが、迷惑なことが多い。現に和樹はそれでボロボロになってしまった。
そして、泡を吹くカラスを遠目で見ながら考える。
さてこれからどうするか、と。舞穂ちゃんとなら静かに見舞いが出来る。
が…それはなんだか夕菜ちゃん達がかわいそうだ。
すると、ここは一つ流儀に倣って舞穂ちゃんを出し抜くしかあるまい。

「舞穂ちゃん、私夕菜ちゃん達が心配だから見てくるわね」
「いいけど舞穂、寂しいから和樹君の所へ行っちゃうかもしれないよ?」
「なるほど…、なかなかやるわね」
「えへへー」

舞穂ちゃんは無邪気で純粋だ。だからこそ厄介な敵になる。凜相手の方が楽だったかな。
すぐに第2手を打っても無駄だろうし、ここは夕菜ちゃんに習って雰囲気作りしますかね。

「じゃあ一緒にいるわ。もう毒料理は無いだろうし、楽しみましょ」
「うんっ」
「ああ、毒料理といえば凜ね…あの子は素で毒料理作るから困るわ」
「んにー毒を入れるの?」
「違うわよ、本人は真面目に作ってるつもりなんだろうけど、それが酷い出来なのよ。
まぁ、世の中には見た目は完璧だけど中身は致死性って料理を作る子もいるらしいから、見た目も酷い分それよりはマシね」
「うーん、見た目だけでもいい方がいいんじゃないかなぁ?」
「間違って食べちゃったら大変でしょ」
「あ、そっか」

凜にひどいことを言っているなぁと思いつつ、桜の木の下に広げたランチョンマットで二人、会話を楽しむ。
そんな時、ふと思った。

「そういえば紫乃先生がいないわね…」
「それがどうしたの?」
「桜といえば木の下の死体じゃない?」
「そうなんだ」
「ええ、だからてっきり紫乃先生がでしゃばってくると思ったけど…ま、平和でいっか」
「紫乃先生がいても楽しいよ」
「はは、あんたはそうかもねぇ」

そんな、何気ない会話を楽しんだ。
舞穂ちゃんと2人きりなどめったに無いから、結構面白かった。
やっぱり舞穂ちゃんと2人で見舞いに行こうかな?なんて思ったりもしたのであった。





「ちょっと御手洗いに行ってくるわ」

凜達が買い物に出て十数分後、玖里子が言った。

「んにー玖里子さん、露骨だよ」
「あはは、違うわよ。普通に行きたいの。舞穂ちゃんも一緒に行く?」
「うん、じゃあ行く」

そして、問題は、トイレから出た直後だった。

「なんか騒がしいわね…」
「夕菜さんたちが暴れてたりして」
「…間違いないわねぇ」

さっきから人々が遠くでざわめいている。
玖里子たちにはその原因が充分すぎるほどわかるので、頭が痛かった。

「まったく何やってるのかしら。ん…誰か走ってくる」

玖里子たちの前方数十メートルの地点にある大木の裏、そこに大きな気配がある。
それは次第に近づき、そしてついにそれらは大木の影から出てきた。…凛と夕菜である。

「ああ、やっぱり…って戦ってるし!」
「あぁ桜が散ってるぅ」

桜が水の精霊魔法やら剣鎧護法やらでどんどん破壊されている。花が散った程度なのは軽傷だ。

「あぁあ、また周りが見えてないわ」
「夕菜さんも凜さんも格好いいねぇ」
「はは…」

と、言った直後、夕菜がザラマンダーを放った。

「あ、あれはまずいんじゃ…」
「うにゃ?逃げたほうがいいのかな?」
「そ、そうね…」

が、その前にカッと閃光が2人の目を覆い、轟音が耳を劈く。
地面が揺れ動き、逃走に失敗する。激しい爆風が身体をゆすり、地面に倒れこむ。
そして、静寂…

しばらくして、反射的につぶっていた目を恐る恐る開けると、

「うっわぁ…いたた…」
「にゃー、ひどいぃ…」

飛び込んできた光景は、凄まじかった。

黒焦げた凜と夕菜を中心に、放射状に桜が倒れている。
玖里子たちの周囲の桜まで折れ、トイレは全壊だ。2人ともよく無事だったのもである。
だが被害はそれだけには留まらない。
かろうじて折れなかった桜も花が全て散り、樹皮も所々剥げ、まるで毛を刈られた羊状態。
遠くはなれた桜も酷いものである。
しかも…

「クッ…まだです!勝負はこれからですよ、凜さん!」
「ツゥ…もちろん…いざ、勝負!」

犯人グループはまだやるつもりでいる。
夕菜は頭上に巨大な火球を出現させ、凜も刀に魔法をかける。

「はぁ」

それを見て溜息をついたのは玖里子。疲れきったという表情だ。
そんな間にも激しいバトルで公園が破壊されていく。凜も夕菜ももうボロボロになってしまっている。

「舞穂ちゃん、後は任せたわ」
「え。玖里子さんはどうするの?」
「だって、今がチャンスじゃない?」
「ああ、そっか」
「ええ」
「舞穂も行きたいな」
「そうね、一緒に行きましょう」
「うんっ」

そんな会話がなされているとも知らず戦い続ける夕菜と凜。
戦いの余波で遠くにあった桜の枝が折れて玖里子の方まで飛んできた。

「ふぅ…。おーい、夕菜ちゃん、凜」

玖里子は戦う2人に呼びかける。

「玖里子さんは黙っててください!」
「今は取り込み中です!」

2人にはもちろんそんな呼びかけに答える余裕がない。

「ええ、それでいいわよ。じゃあ、舞穂ちゃん」
「うんっ」

「じゃ、私達は和樹のところへ行っているからー!」

「…」
「…」

2人の戦いはピタッと止まった。
目を合わせ、今聞こえた不可思議な言葉を反芻する。

「和樹さんの所へ…?」
「式森の所へ…?」

合わせた視線をその言葉がした方へと向けると、その先には仲良く歩く玖里子と舞穂。
先に状況を把握したのは凜だった。

「ちょっちょっと待ってください玖里子さん!一体どういうつもりですか!?」
「あ、そ、そうです!舞穂ちゃんまで!抜け駆けは許しません!」

1歩遅れて夕菜も事の重大さに気づく。

「それに2人一緒に行くってどういうつもりですか!?和樹さんは静かにして欲しいって、だから私が一人で!」
「違います!私が1人で行くんです!」

2人は激昂し、先ほどまで2人の戦闘で使っていたエネルギーを玖里子たちに向け始める。
そんな2人を玖里子は冷ややかに振り返る。

「あのね、私はあんた達と違って静かに出来るの。ちょっと和樹を襲うかもしれないだけよ」
「舞穂も静かにできるよ」
「お、襲う!?それが駄目なんですっ玖里子さんはっ!」
「そうですそんないかがわしいことを!」
「舞穂ちゃんだってきっと幼女の魅力で迫るに違いありません!」
「そ、そうです!だから断じて2人を行かせるわけには!」
「あのねぇ…」

玖里子はあきれた風に溜息をついた。そんな直後。

「どうしても行くというなら…ここで貴方達も倒して、屍を越えて私が行きます!」
「夕菜ちゃん、落ち着きなさいって」
「落ち着いてられますか!こうなったら夕菜さんも玖里子さんも私が!」
「あぁ、もう凜まで」
「いきます!」
「覚悟を!」

そして辺りはまたも閃光に包まれ、轟音が鳴り響いたのであった。







「はぁ」

私は目の前の光景に溜息を禁じ得なかった。
名所として名高い公園の桜はことごとく破壊され、2人の友人もボロボロになっている。
はっきりいて、もう疲れた。ここまで来たら意地を張っている場合ではにというのに。
ここで収めてやらないと大変なことになる。…やっぱり自分は姉御肌なのかなって、思った。
友人は損な役割を持つものだって誰かが言っていたけど、ここまで損しないといけないとはね。
…ふぅ、一肌脱ぎますか。

「舞穂ちゃん、後は任せたわ」
「え。玖里子さんはどうするの?」
「だって、今がチャンスじゃない?」

取り合えず2人の注意をひくことから始める。

「ああ、そっか」
「ええ」
「舞穂も行きたいな」

この返答は予測済み。

「そうね、一緒に行きましょう」
「うんっ」

舞穂ちゃんと一緒に立ち去ろうとすれば戦闘はまず止まるだろう。
問題はそこからだ。この策士・玖里子さんの腕の見せ所となる。
と、言っても2人とも単純だからたいしたことではない。
さて、夕菜ちゃんと凜はまだこの会話に気づいていない。もう少し大きな声で言わないと駄目かな。
そう思ったとき、戦いの余波で遠くにあった桜の枝が折れ、私の方まで飛んできた。
公園の被害はなおも拡大中…

「ふぅ…。おーい、夕菜ちゃん、凜」

玖里子は戦う2人に呼びかける。

「玖里子さんは黙っててください!」
「今は取り込み中です!」

2人にはもちろんそんな呼びかけに答える余裕がない。まぁ聞いていてくれさえすればいい。

「ええ、それでいいわよ。じゃあ、舞穂ちゃん」
「うんっ」

「じゃ、私達は和樹のところへ行っているからー!」

大声で言ってやった。これで聞こえて無かったらもう知らないってくらい。

「…」
「…」

予想通り、2人の戦いはピタッと止まった。
不思議そうに目を合わせている。状況が飲み込めてないのだろう。

「和樹さんの所へ…?」
「式森の所へ…?」

そんな2人を置いて舞穂ちゃんと歩き出す。
すぐに凜から声がかかるはず。夕菜ちゃんはすぐには動けまい。

「ちょっちょっと待ってください玖里子さん!一体どういうつもりですか!?」
「あ、そ、そうです!舞穂ちゃんまで!抜け駆けは許しません!」

ああ、予想通り。可愛い2人だ。さてここからが本番、うまくまとめなきゃね。

「それに2人一緒に行くってどういうつもりですか!?和樹さんは静かにして欲しいって、だから私が1人で!」
「違います!私が1人で行くんです!」

背中に大きなエネルギーを感じる。さっきまで使っていた力の矛先が変ったのだろう。
そんな2人を私はは冷ややかに振り返る。

「あのね、私はあんた達と違って静かに出来るの。ちょっと和樹を襲うかもしれないだけよ」

ここでわざと2人を怒らせる。

「あ、舞穂も静かにできるよ」
「お、襲う!?それが駄目なんですっ玖里子さんはっ!」
「そうですそんないかがわしいことを!」
「舞穂ちゃんだってきっと幼女の魅力で迫るに違いありません!」
「そ、そうです!だから断じて2人を行かせるわけには!」

そうそう、このままじゃ和樹を襲っちゃうわよってね。

「あのねぇ…」

私はあきれた風に溜息をつく。攻撃されるだろうなぁ…本当に損だ。

「どうしても行くというなら…ここで貴方達も倒して、屍を越えて私が行きます!」
「夕菜ちゃん、落ち着きなさいって」

一応落ち着かせる。

「落ち着いてられますか!こうなったら夕菜さんも玖里子さんも私が!」
「あぁ、もう凜まで」

和樹のこととなるとなんでそうわかりやすいのかしら。和樹のことを毛嫌いしていた頃が懐かしい。

「いきます!」
「覚悟!」

そして2人は同時に魔法を放つ。
辺りはまたも閃光に包まれ、轟音が鳴り響いた。

が、こちらには魔力吸収体質幼女・舞穂ちゃんがいるので、防御は自分の防壁と合わせて完璧。
舞穂ちゃんは自分の能力を完璧にコントロールできるわけではないが、ある程度私を優遇するくらいは出来るようだ。

「無駄よ、無駄。舞穂ちゃんが味方にいる限りね」
「くっ卑怯です!」
「そうです、そのような童女を人質に取るとは!」
「ふん、そのまま吠えてたら?」
「な、なんですって?」
「く、久里子さん…あなたという人は!」
「ふふ、私はこれから寮に帰って和樹を襲ってくるわね」
「そうはさせません!」
「じゃあどうするの?拳で来る?こっちには魔法があるのに?」
「うっ…」
「わ、私の剣なら…」
「舞穂ちゃんに当たったら大変ね」
「う…」
「言いたいことは終わり?じゃあもう行くわね」

そういって私は立ち去ろうとする。…ちょっと可哀想だったかな。

「ま、待ってください玖里子さん、襲っちゃ駄目です」
「玖里子さん、ずるいですよ」

攻撃の気配はやんだが、頬をぷくりと膨らませて、怒っている二人。トドメといきますか。

「あのさ、じゃあ私が襲わないようについてくればいいじゃない?」
「だ、だって和樹さんが静かにしてって…」
「そうです、式森は怪我で伏せっているんですから、静かにしないと」
「だからさぁ。静かにすればいいじゃない?もう意地張ってないでさ、みんなで行こうよ」
「え、だって…」
「そ、それは…」
「あんた達はさ、和樹のことが好きなんでしょ?だったら今みたいに喧嘩して和樹がこの桜みたいにボロボロになるのは嫌よね?だったら静かに出来るわよ」
「べ、別に式森が好きとかそういう問題ではなく…」
「はいはい、じゃあそれでもいいから、休戦して、みんなで行きましょ。みんな譲る気ないんだから、一人になるまで戦ってたらさ、家に帰るどころか一生和樹に会えないわよ。それにさ、和樹も今ごろ寂しがってると思わない?」
「わかりました…和樹さんのためなら…」
「はい…」

ようやく決着か。残念ながら桜はほぼ壊滅だけど、そのおかげで事態が収集したって面もあるし、いいか。やっぱり桜は散ってこそってね。
しかし和樹には悪かったかな。和樹のことだから今ごろ寂しがるどころか気を落ち着かせているだろうから。でもまぁ、ちょっと許してもらいましょうか。

「じゃ、その辺の折れた桜の枝でも持って、見舞いに行きましょう」

そうして、私達は寮へと戻っていった。





そして夕方、寮にて。

「みんなさ…今日はなんか大人しいね?」
「そりゃそうですよ、和樹さんの頼みですから」
「う、うん…そうなんだけどさ(なんか不気味だよ)」
「何か言いました?」
「い、いえ…」

一連の騒動の原因・式森和樹は布団に寝ながら困惑していた。
普段なら今ごろ凜と夕菜が戦いだし、その隙に玖里子さんと舞穂が和樹に近寄り、えらい事になるからだ。
でも何故か今日は大人しい。夕菜は本当に良妻のようだし、凜はまるでうやうやしい恋人のよう。玖里子も清純路線でいるらしい。

「あ、和樹くん、お見舞いの品だよ」

舞穂がそういって桜の枝を差し出した。

「ああ、綺麗だね。公園の桜?」
「うん」
「そっか、ありがとう」
「ふふ、私と凜さんで採ったんですよ」
「そうなんだ…って採っていいのかなぁ…」
「いいのいいの、細かいことは気にしちゃ駄目よ、和樹」
「う、うん…」

ちなみに和樹は夕菜と凜がボロボロであることに気づいている。原因は寮にも聞こえてきたので敢えて言及していないのだ。

「ところでさ、夕菜ちゃんに凜」
「なんですか?」
「今ここにこうしていられるのって私のおかげよね?」
「え、まぁそうですね」
「はい、多少は認めましょう」
「じゃあ当然役得はアリよね?」
「なんのことです?」
「感謝を示せということですか?」
「ん、まぁそんな感じ」

そういうと玖里子は突然寝ている和樹に近づく。

「ねぇ、和樹ぃ聞いてよ、今日は大変だったのよ?」

しなを作り、顔と顔を近づけて甘えた声を出す。

「ちょっ何やってるんですか」
「ん〜?何って役得にきまってるじゃない」

そういいながら手を和樹のパジャマに差し込み、耳に息を吹きかける。

「わわあ!ちょっと、玖里子さん、やめてください」
「そうです!」
「なんてふしだらな!」
「えぇ?だって和樹は嫌がってないわよ?」

実際に和樹は口では嫌がるが、行動で示していない。
そんな間にも玖里子は身体を撫で回し、開けた胸元を顔に近づけ、誘惑する。

「和樹さん!なんで抵抗しないんですか!?喜んじゃってるんですか!?」
「な、なんというやつだ!」
「ち、違う夕菜、凜ちゃん。だって僕は…」

―ギブスがついてて動けないんだよ!

そんなこと言う暇は当然なく、

「か、和樹さんの浮気者…!」
「…許せん!」

2人とも息をぴったりと合わせ、それぞれ得意の魔法をふりかざす。
それが放たれる直前、和樹は走馬灯を見た。

(ああ今思えば、こんなことばかりだったなぁ…)

「あぁあ、私は知ーらないっと」

そういって玖里子が逃げ出した次の瞬間、

――どっごーん

寮には今日最高の轟音が響いた。


そして、


枕もとに飾られた桜は、散ったそうな。