夢。
 

夢を見ている。
 

悲しい夢。
 

救えなかったみんなの夢。
 

何も出来なかった無力な自分の夢。
 

「ごめんね、祐一・・・。」
 

「ボクの事、忘れてください」
 

「あぅ・・・。」
 

「さようなら・・・祐一さん。」
 

「・・・・・・ずっと私の思い出が・・・・・・佐祐理や、祐一とともにありますように。」
 

そして・・・
 

「この街を逃げ出すの。・・・この・・・いくじなし。」
 

最悪の別れ。
 
俺のRegret(リグレット)はまだ終わっていない・・・。
 


桜の下でのRegret
 


祐一「また・・・あの夢か・・・。」

 
俺はいつの間にか流していた涙を拭って目を覚ます。名雪やあゆや栞との永遠の別れからもう3ヶ月になるが、見る夢はこんな夢ばかりだ。
 
そう思いながら、4月の暖かい空気を浴びながらベッドから出て着替える。
 
そして、クローゼットのハンガーに掛かっている白い制服を見て呟いた。
 
祐一「明日から・・・白陵柊に通うんだよな。」
 
そう。秋子さんが事故に遭ったが結局助からず、それが元で名雪も自殺した事で俺はあの街を引っ越す事になった。そして、親族会議の結果、俺は高校入学までよく遊びに行っていた母さんの姉である涼宮さんの所に住む事になり、2年の三学期終了と同時に涼宮家に引っ越した。
 
あの街から引っ越すとみんなに言った時は天野や佐祐理さんには泣かれ、香里には頬を叩かれた。でも、北川や久瀬等の男連中は喜んでいたな・・・。まあ、当然の事かもしれないが。でも・・・みんなは今・・・どうしているのかな?あれから一週間経つが全然連絡が来ない・・・。
 
俺があの街で起こった事を思い出していたその時だった・・・。
 
??「おはよう。祐。」
 
ドアには・・・茜が立っていた。
 
祐一「ああ・・・おはよう。茜。」
 
俺も茜に挨拶をした。
 
すずみやあかね
涼宮茜。名雪と同じく俺の従姉妹でここ涼宮家の娘さんだ。俺が明日から通う白陵柊の生徒で水泳部のエースでもある。そして・・・。
 
茜「・・・祐。又、夜遅くまで勉強してたの?目・・・赤いよ。」
 
茜は俺の顔を見て言う。
 
祐一「ああ。・・・ゴメン。心配かけて。」
 
茜「名雪達の事・・・まだ引きずっているんだね。」
 
祐一「いや・・・その事はもう大丈夫だから。」
 
俺がそう言うと茜は黙るが・・・。
 
茜「そう・・・。でも、困った時があったら相談してね。父さんや母さんもいるんだし。」
 
そう言って茜はキッチンへと向かう。
 
俺もそれに続いてキッチンへと歩いた。
 

キッチンには茜以外にも叔父さんと叔母さんがいた。
 
祐一「おはようございます。」
 
俺は叔父さんと叔母さんに挨拶をする。
 
涼宮父「ああ、おはよう。祐一くん。」
 
涼宮母「あら、祐一くんもういいの?」
 
祐一「ええ。なんか目が覚めちゃいまして。」
 
はは。と苦笑いしながら俺は自分のテーブルの席に着く。
 
涼宮母「祐一くんは朝食ご飯かパンどちらがいい?」
 
叔母さんは笑顔で聞く。
 
祐一「パンでいいです。」
 
そして、暫くしてパンが焼けて食べる事にした。
 

その時だった。
 
涼宮父「祐一くん。ここに来てから一週間経つが、ここでの暮らしにはもう慣れたかね。」
 
叔父さんが俺に質問をした。
 
祐一「ええ。何とか慣れました。」
 
俺は精一杯の笑顔で答えたが・・・。
 
涼宮父「そうか・・・。それならいいのだが・・・。あの街であんな事が起こった後だから心配だったんだ・・・。」
 
祐一「いいえ・・・もう大丈夫です。それに・・・俺、全然無理なんかしてませんよ。」
 
涼宮母「でも・・・困った事があったら遠慮せずに言ってね。」
 
祐一「・・・はい。ありがとうございます。」
 
俺はそう言ってコーヒーを飲む。そんな時だった。
 
涼宮父「それと・・・。」
 
祐一「はい。」
 
涼宮父「茜の事をよろしく頼んだよ・・・。」
 
祐一「・・・。」
 
俺は叔父さんのその言葉にどう答えれば良いのか分からず、何も言えなかった。
 

それから暫くして・・・
 
祐一「・・・ごちそうさまでした。」
 
そう言ってキッチンをあとにした。
 

その日は・・・茜と一緒に病院に行った。
 
病院にいる遙さんに引越しの挨拶をする為だ。
 
本当はもっと早く会いたかったが、叔父さん達がなかなか許してくれなかったので、この街に引っ越してから一週間後になってしまった。
 

遙さんは何も変わっていなかった。三年前に事故に遭ってからまだ眠ったままだった。でも、あゆや秋子さんと違ってまだ生きているから希望はあるが。でも、俺の前ではそんな事は茜も叔父さんも叔母さんも一言も言わない。そう。俺の前では・・・。
 
祐一「遙さん・・・お久し振りです。そして・・・ただいま。」
 
だが、遙さんは答えなかった。
 
茜「お姉ちゃん。今日は祐も一緒だよ。」
 
茜の言葉も届かない。
 
そして・・・俺達は夜になるまでずっと病室にいた。その間俺は遙さんにあの街で出会った人の事や楽しかった事、そして・・・悲しい別れ・・・全て話した。
 
祐一「それでは遙さん。又、来ます。」
 
茜「またね、お姉ちゃん。」
 
そして、全てを話し終えた後、俺達はそう言って遙さんの病室をあとにした。
俺達が病院を出たその時俺は一人になりたかったので茜と別れる事にした。
 
祐一「茜。ちょっとコンビニ行って来るから先に帰っててくれ。」
 
茜「分かった。お母さんにその事を伝えておくよ。」
 
祐一「ああ。頼む。」
 
俺はそう言って茜と別れた。そして、コンビニではなく・・・病院の庭まで走った。
 
もう夜だが、病院の庭の桜は満開でとても綺麗だった。俗に言う夜桜というやつだ。
 
そして、とある一本の桜に触れて今までの事を思い出す。
 
 
 
本当に・・・何もかも変わった。
 
俺は大切な人達を守れなかった為に笑顔を失い、茜は遥さんの事故が原因で笑顔を失った。
 
昔は俺も茜ももっと笑えたのに・・・。
 
どうしてこうなってしまったんだろう。
 
俺達は・・・。
 
それに・・・俺は泣けなくなった。
 
それは・・・
 
祐一「泣ける訳ないだろ・・・。茜達の前で・・・。」
 
その時だった。
 
茜「・・・やっぱり。」
 
その声に反応して振り向くと其処には・・・茜がいた。
 
祐一「・・・茜。もう帰ったんじゃなかったのか・・・。」
 
茜はそれを聞いて横に首を振った。
 
茜「うん。祐の事がどうしても気になったから・・・。」
 
祐一「・・・。」
 
茜「やっぱり・・・まだ、応えてるんだね。名雪達の事が・・・。」
 
茜は心配した顔で言う。
 
祐一「いや・・・その事はもう吹っ切れ・・・。」
 
茜「嘘だよ・・・。」
 
茜は悲しげな顔で言う。
 
茜「本当に吹っ切れているのならそんな悲しい眼はしないよ。ちゃんと笑えてるよ。」
 
祐一「・・・。」
 
その言葉に俺は何も言えなかった。
 
茜「祐・・・素直になってよ。悲しい時は悲しいって言ってもいいんだよ。確かに私達もお姉ちゃんの事があるけど、遠慮する必要なんか全然ないんだよ。祐の方が私達よりもずっと辛い想いをしているんだから。」
 
 
 
分かってる。でも・・・言えない。
 
俺には・・・誰かに甘える資格なんて無いのだから。
 
それに・・・茜達なら尚更だ。茜も遙さんの事故でとても苦しんだ。そんな茜に素直に「悲しい」なんて言えない。いや、言う訳にはいかない。言ったら・・・もっと茜を苦しめる事になるから。
 
 
 
祐一「・・・茜、俺は・・・大丈夫だから・・・。だから、心配しないでくれ。」
 
だから嘘をついた。しかし・・・。
 
 
 
茜「できないよ・・・。そんなの・・・無理だよ。」
 
俺は茜の顔を見る。彼女の顔は・・・涙で濡れていた。
 
茜「今の祐は・・・三年前の鳴海さんと同じだから・・・。」
 
祐一「えっ・・・。孝之さんと・・・。」
 
茜「うん。あの時の鳴海さんは姉さんの事故は自分の所為だと言っていつも自分を責めていた。でも、私はそんな鳴海さんに憎むだけで何もしてあげれなかった。支えたかったけど、支えてあげられなかった。だから・・・放っとけないよ。」
 
茜は更に続ける。
 
茜「それに・・・祐は三年前のあの日お姉ちゃんの事故が原因で塞ぎこんでいた私を救ってくれた。助けてくれた。だから、今度は私が祐を助けたい・・・。支えてあげたい・・・。」
 

ギュッ!!
 

茜はそう言って俺を抱きしめる。
 
祐一「なっ・・・あ・・・茜。」
 
茜「だから・・・素直になってよ。一人で背負わないでよ・・・。一人で悲しまないでよ・・・。笑顔から遠ざからないでよ・・・。名雪達が死んだのは、貴方の所為じゃないんだから・・・。」
 
そして、茜は涙を流しながらも腕にもっと力を込めて、強く強く俺を抱きしめる。
 

俺は茜のその言葉を・・・優しい言葉を聞いて・・・気が付いたら泣いていた。
 
祐一「うわっ・・・うわああああああああん!!」
 
俺は茜の腕の中で泣き続けた。
 
茜「祐・・・私じゃ駄目かな?私じゃ名雪やあゆちゃんの代わりにはなれないのかな?」
 
祐一「・・・。」
 
俺は茜のその言葉にどう答えればいいのか分からなかった。そして・・・
 
茜「名雪達が死んでから言うのはズルイと思うけど、私・・・三年前のあの時から・・・祐の事が・・・貴方の事が・・・ずっと好きだったんだ・・・。だから・・・。」
 
突然の告白。そして、茜はそう言うと俺の唇にキスをした。
 
祐一「えっ・・・。」
 
茜「だから、祐・・・。又、始めよう。ここから、二人で・・・。この桜の木の下から・・・。」
 
俺は茜のその言葉を聞いて・・・
 
祐一「茜・・・ありがとう。」
 
と茜に礼を言った。
 
その時、俺は・・・・・・自分は一人ぼっちでは無いという事、俺には茜がいるという事に気付いた・・・。
 
そして・・・俺と茜はここから再び歩き始めた。この桜の木の下から・・・。俺のリグレットの終焉と共に・・・。
 

そして・・・数年後の春
 
此処はあの街の病院・・・美坂香里は妹栞の死から医師を志し医大に入り、医師になった。今は、仕事に追われて忙しい毎日を過ごしている。だが・・・
 
??「み、みさ・・・(ドゴッ)」
 
香里「あたしに金色アンテナの知り合いはいないわ。全く、いい加減つきまとうのをやめて欲しいわ。」
 
そう言って今も自分に付きまとっている北川潤をぶっ飛ばす。
 
それを見て看護婦は・・・
 
看護婦「先生、また付きまとわされていたんですか・・・?」
 
香里「ええ。本当にいい迷惑だわ。今度警察を呼んだほうがいいわね。」
 
看護婦「そうですね。」
 
そう。彼女は今も自分に惚れている北川潤に付きまとわれて困っていた。ちなみに北川は祐一が転校した後、それをチャンスにと香里にアプローチを繰り返しているが、全然効果はなかった。そして現在でもそれは続いており、看護婦や同僚の医師も困っている。
 
看護婦「あ、言い忘れていましたが・・・。」
 
香里「何?」
 
看護婦「相沢さんって方から手紙が来ていますが・・・。」
 

香里(相沢くんから? あの日の最悪の別れから全然会ってなかったけど、今頃なんだろう。あの日最後にあった日に叩いた事は今でも後悔してるけど・・・。謝りたいと思うけど・・・。)
 

そう思うと香里は看護婦から祐一からの手紙を受け取り、一人で手紙を読む為に病院の庭に出る。
 
庭は桜が咲き誇っていてとても綺麗だった。
 
そして、その中で手紙の封を切り手紙を読む。
 
その手紙にはこう書かれていた。

『結婚しました』
相沢祐一・相沢茜

手紙に添えられていた写真に祐一と茜が心からの笑顔を浮かべながら写っていた。
 
香里「相沢くん・・・いま・・・幸せなのね。」

その写真を見て香里は・・・ぽろぽろと涙を流した。でもそれは嬉し涙。
 

そして・・・それと同時に彼女のリグレットも長い時間をかけてやっと終焉を迎えた。
 

〜Fin〜