行き成りだった。
彼の頭の内ではすでに決定しているかのようなもの言い。
それでも、だれも――少なくとも私は不快とは感じずにある種の心地良さを彼の
言葉から感じとっていた。
「決行は明日、場所は倉田家、各自いろいろ持参、以上解散」
彼はそう言い残すといちもくさんに走り去っていった。
彼は――相沢祐一はばか騒ぎが得意だ。ハチャメチャに騒ぐのが好きだ。
私は騒ぐのが好きなほうではない、けれど私――倉田佐祐理は騒いでる彼を
見るのが好きだった。
少年のように笑う彼を見ると微笑ましく思えた。
私は明日が楽しみで、いつのまにか頬が緩んでいた。
桜の花が舞う頃に
今は五月の初め、雪が融け、街に彩(いろ)が溢れていた。
長い冬から暖かな春へと変わってゆく北国に遅い桜前線が到達した。
桜前線は風とともに春の香を北国に届けた。
花が咲き、満開となり、見ごろを迎える。
そうして、お祭り騒ぎの好きな彼はこの桜の見て騒ぐと――花見をしようと言い出した。
一見、突拍子も無く奇抜なことばかりをしていたような彼が、あまりに国民的なイベン
トをしようと言ったので、私を含めた全員が固まってしまった。
良く言えば型破り、悪く言えば非常識な彼でも、少しは常識もあるのだな、と。
いつもの彼なら裏になにかありそうで、でもその話す顔が悪がきみたいに可愛いくて、
やんちゃな子どもみたいにはりきっていて、ついつい見入ってしまう。
私は彼を止めるべきだったのでしょうか?
私は彼の計画にのれば良かったのでしょうか?
私にはわかりません、でも少しほんの少し困っちゃいます。
当日、つまり今日はぞくぞくと人が私の家に集まってきました。
彼の友人、彼がアンテナと呼んでいる北川さんや彼の従姉妹である水瀬名雪さん。
その名雪さんの親友の美坂香里さん、香里さんの妹に栞さん。最近、考えが変わったらしい
久瀬さんや彼を含めた三人とよくいる斉藤さん。そして、私の親友の川澄舞が。
私を含めた八人が、ここ倉田の家の庭に集まっていた。ふと、気付く、なにかが
足りない何かがおかしい。そう、この場に主催者であり主役である彼が――いない、
相沢祐一がいないという事実だった。
「すまんすまん、遅れた」
悪びれながらも反省していないような、いつもの彼がそこに居た。
少しだけ、じっと睨んでみると彼は困ったように苦笑いして頬をかく。
そこで気付いた、彼が大きなビニール袋を持っていることに。
私は彼に、それは何ですか、とたづねてみると彼はやっぱり悪がきみたいな顔で。
「酒、それとつまみ」
そう断言すると、私に缶を一つ渡してきた。
ふ、ふぇ〜……発泡酒でもチューハイでもなくてビールですか〜。
私がしげしげとビールの缶を眺めていると、いや凝視していると、彼は全員に
缶ビールを渡していた。
私以外の女性陣は「なんで、ビールがあるのか」と、彼以外の男性陣は「これがな
きゃ、始まらない」と。
香里さんが、「あたしたちは未成年なのよ!?」と言っています。
それに対して、予想外に久瀬さんが「今日は花見だから、年に一度くらいハメを外そう」
と言って、北川さんや斉藤さんが「そうだそうだ」と久瀬さんの言葉にのり香里さんも
「それはそうね」と納得してしまいました。
あははーっ、佐祐理はてっきり祐一さんが言うと思ってましたよー。
「あいつらなら言ってくれると思ってたし、なにより佐祐理さんや舞にもハメ外して
貰いたいしね」
彼がそう言うのを聞いて私は少し困ります。
彼は主役で、舞はともかく私はエキストラにすぎないのですから……
「えーと、コホン、それじゃあ……かんぱーいっ!」
彼の声、彼の音頭により私は思考の世界より引き戻される。
彼をはじめ全員が缶ビールを持った手を空にむけて上げれいて、私は少し送れて手を
上げた。
なんとかつつなく乾杯の音頭が終わり、私が「ほっ」と一息ついていると、彼は
「じー」とこちらを見ていてあわてて視線を外した。
花見といいながら桜の花も見ず宴会が行われていた。
“私”以外の全員に適度にアルコールも入ってきたのか、普段とは違った一面が垣間見え
ています。
ケラケラと楽しそうに笑う舞や、その舞に泣きながらあやまっている久瀬さん。
笑い上戸泣き上戸怒り上戸……普段のイメージとは正反対ともいえるその光景を私は
少し離れたところで、最初に彼に渡された缶ビールをちびちび飲みながら眺めていました。
まるで舞台を見ているかのような気分、彼ら彼女らは出演者、私は唯一の観客。
多分、きっと、私一人だけが疎外感を感じている、なぜだかあの輪の中に入れなくて、
なんとなく私があの輪を乱してしまいそうで、だから観客に傍観者に徹するつもり
だった――そう、だったのだ。
「もしかして、今日つまらない?」
声と一緒に、影がかかる。
不意をつかれた私が「ふぇ?」と顔を上げると、そこにはビールを片手に持った
彼の姿があった。
その顔は眉尻を下げた、気まずそうな、申しわけなさそうな、弱気な顔。
ふ、ふぇ、そんなこと……ない……ですよー。
私は沈んだ気持ちがばれないように、精一杯明るく振舞おうとして、出来なかった。
それでも、彼にはそんな顔が似合わないと、してほしくないと思ったから――
彼には真面目な凛々しい顔が、ふざけている時の笑顔が似合うから……
「ごめん、佐祐理さん」
ふ、ふぇ?
私は、なぜ彼が私に対して謝るのかわからなかった。
彼に非はない、むしろ私のほうに非がありそうだというのに。
彼は私を気遣ってくれたのだろう、でもその気遣いがうれしくもありかなしくもあっ
た。
彼はこの花見という舞台の主役でなければならない。
私はその舞台で主役になれない脇役、もしくは脇役でもない観客。
あらためて自分にそう言い聞かせる。
舞を救ってくれた、他にも誰かを救っただろうし、ましてや私までも救ってくれた彼
には、幸せになってもらいたい。
しかし、彼の横に立つ権利は私には、ない。
おそらく、舞たちにはその権利は、ある。
それが私と舞たちを隔てる越えられないおおきな壁。
私は壁の向こう側の舞達が羨ましくて疎ましくて、そう思っている自分自身もまた、
みじめに感じていた。
多少とはいえアルコールをとったからか、楽しそうな舞たちを離れて眺めているからか、
陰鬱な気分におちいってしまう。
ぽん、と私の頭に手が置かた気がした。
沈んでいる私を彼が見かねたのだろうか――それこそ“まさか”だ。
頭に心地良い感触が広がる、その“まさか”で彼が私の頭を撫でていた。
「ほら、佐祐理さん、涙を拭いて」
彼の言葉に、私は「え?」と思った。
そのとき、自分が涙を流しているのに初めて気付いた――
手に持つ缶ビールはぬるくて、頬をつたう涙はつめたくて、私の頭を撫でる彼の手は
いやなことを忘れさせてくれるぐらいあたたかかった。
私は撫でられながら、ただただ泣いた……
「落ち着いた?」
彼の問いかけに私は「はい」となんとか言葉を紡ぐと、彼は安心したのか「にか」と
擬音のつくような笑顔を浮かべる。
それとともに、撫でることをやめ、手を私の頭から離す。
口にはしなかったが、私は少しだけそれが残念だった。
「横、座るよ」
そう言うと彼は私の返事も聞かずに、隣に座りこむ。
手に持つ缶ビールを一気にあおると、彼は急に真剣な表情をした。
「今日の花見は息抜きって言ったけど、おれ個人ではもう一つ意味があるんだ」
ぼそり、と彼は語りだした。
その言葉にちびちびとビールを飲みながら耳をかたむける。
「おれは今日、決心をつけたかった――いや、もう決心した」
はっきりと彼は、そう決意に満ちたようにそう言う。
アルコールの入った勢いを差し引いても、彼にはそれほどの決意がいる事なのだろう。
ふ、ふぇ? どうして、そのことを佐祐理に?
当たり前の疑問、それを私は彼に問うた。
彼は苦笑を浮かべたかとおもうと、いたずらっぽく私の唇に指をあて、片目を閉じる。
さすがに、私も――恐らく彼も――少し、恥ずかしい。
「あー、もう言おうというか言う。だから――よく聞いてほしい」
遠くで喧騒が聞えるだけで、私と彼の周囲は静かで、どことなく緊張感が私には感じられた。
私は胸の動悸が少し早まるのを頭で理解しながら、彼の言葉を待った。
「おれは佐祐理さんが好きだ、愛していると言ってもいい。だから、その……おれと
付き合って欲しい」
彼は、私を好きだと、私と付き合いたいと言った。
間違いなく言った、私の一番言って欲しくて一番言って欲しくなかった言葉を。
「……駄目なら、駄目で言って欲しい。すっぱり諦める」
どちらもなくうつむき、沈黙した重苦しい雰囲気。
私を気遣ったともとれる言葉をなんとか口にする。
嬉しいけれど後ろぐらい、そんな考えが頭に廻る。
でも、けれども私の答えは決まっている。
私も、彼を、好きなのだから――
あははーっ、諦めなくてもいいですよ祐一さん。
重い雰囲気を吹き飛ばそうと、明るめに言う。
彼ははっと、顔を上げる。
佐祐理も――私も祐一さんが好きです。愛しています。
はっきりと、決意を秘め、私は言った、言ってしまった。
彼も呆けたような顔をしたが、直ぐに笑みが広がる。
私もそれにつられて、顔をほころばす。
「じゃあ、恋人同士だしこれからは「さん」とか抜きで、佐祐理」
微妙に照れが含まれた彼の言葉。
「佐祐理」と敬称がないだけでいつもと変わらないはずなのに、なぜか私は頬を赤らめて
しまうのを感じている。
ふ、ふぇ〜、それもそうですね、ゆ……祐一。
恥ずかしさからか、照れからか、どもりながらもそう返した。
敬称がない、ただそれだけなのに、こんなにも新鮮で相手を身近に感じている。
私は今さらながら、彼と恋人同士なんだなぁと感じていた。
そして、どちらからともなく、私と彼は唇を重ねた。
軽くだが、しっかりと。
宴会のテンションが上がっていた。
原因は、彼の一言。
私と付き合うことを言ったら、私と彼は舞たちに荒々しく祝福された。
要するにもみくちゃにされたのだ、舞たちの手で。
その後、舞たちはより騒いだ、多分自棄酒。
私は少しはなれて、なぜかのびていた彼を膝枕していた。
「ん、うぅ……なんか頭が気持ちいい、ってうわっ!?」
目が覚めたのか、彼が跳ね起きる。
慌てているのか彼はしどろもどろになっている。
ふつつかものですがよろしくお願いしますね。
私は自分にできる、作り物じゃないとびきりの笑顔で言った。
「ぶっ、佐祐理さんそれは結婚とかの……」
顔を赤くした彼が慌てて私の台詞の訂正をしようとするが、最後まで言わせぬように
彼の口に私は手をあてた。
さん付けはだめですよ、祐一。
はっと、気がついたのか、彼は「あー」とか「うー」とか唸ると、何度か深呼吸をして。
「よろしく、佐祐理」
こうして、私たちははれて恋人同士になりました。
Fin