〜桜と貴女に微笑を〜





桜が舞っている。

この街に吹く静かな風にさらわれて。

風に舞う白い花弁の中、一人の少女が桜を眺めていた。

いつまでも、いつまでも。

その美しい、しかし何処か哀しい桜に魅了されたように。

 

月代神社の外れ、うっそうとした森の向こうにあるちょっとした公園くらいの草原。

その公園をこれでもかというくらいに生め尽くす白い桜。

花見なら市外にある市民公園でもよかったのだ。

皆考えることは一緒だったらしい。

(まあ、綺麗に咲いているのだし。)

当然だろうと考える。

(それでもあの人の多さは何とかして欲しいけど…)

普段では考えられないほど人で賑わう公園。

あれでは誰でも違う場所を探すのはしかたないことだろう。

騒ぐのであればそれでも良かったのだが、久しぶりに懐かしい面子が集まっての花見なのだ。

(それに、人ごみというものに慣れていない子もいるしね。

最も私もそうだけど。)

少し笑う。

そこでその少女の提案でこの市外から少し離れた少女の秘密の場所に案内してもらったのだ。

もっともこの生い茂った森の中では定番のバーベキューなどは危なくて出来ないだろうが。

(それくらいじゃこの場所の価値は変わらないだろうけど)

また少し笑う。

その少女は腰まで届こうかという長い栗色の髪を頭の後ろでまとめ、長いポニーテールにしている。

少女は目の前を散る桜の中、悲しくしかしどこか満足そうに桜をその瞳で写していた。

ひらひらと舞う白い花びらは少女の記憶の中の景色と似ていた。

もうすぐあれから1年という時が経ってしまうのだ。

彼と出会い初めて人を愛しいと思い、想いを告げられなかった季節から。

舞い散る桜を見つめている。

新芽の緑。木々の茶。そして空の蒼すらも染めてしまうように咲き乱れている桜を。

ただそれだけなのに不意に出てくる涙をこらえる。

 

久しぶりに懐かしい面子が集まる同窓会だ。

「……同窓会か。」

口に出したその響きが可笑しかった。

もう風音市は魔法使いの街ではなくなってしまったのだけど。

そんなことは些細な問題だ。

力が無くなってからもうすぐ1年だが、とりあえず不自由もなくすごせている。

まあ病は始めから無かったように消えてしまい、優しい妹に気をを使わせずに済んでいるのだけれども。

でも、やはり知らない所で自分のことを良く考えてくれているのだろう。

「姉に似ず良く出来た妹だものね」

病が存在にかかわらず私は生きていくのだろう。

今に然したる不満も無いというのはやはり幸せなことなのだろう。

 

「望ちゃーん。用意ができましたわよー。」

聞き慣れたしかし飽きない声。

「いそいでー。望ちゃん。」

これは従姉妹の

「望ちゃん。はやくはやくっ!]

これは彼の妹の

「望ちゃーん。準備できたでー。」

「あんたはなにもしてないでしょうがっ。」

いつものようにじゃれあう二人。

「望さーん。早く来てください。準備できましたよ。」

「望ちゃん。準備できたよ。」

これは彼と彼女の。

保護者たちは彼らの後ろで既に始めている。

藤宮望・わかばの父親と母親、鳴風みなもの父親。

彼らにとっても久しぶりの再会だからだろう、娘のことをほりだして騒ぐことにしたらしい。

 

呼ばれた少女は魔法を解かれたように

夢から覚めたように

ゆっくりと振り返り返事を返す。

「はーい。すぐ行くよ。わかば。みんなっ。」

そういえば。

ふと思い出す。「思いは≪ちから≫。」という言葉。

ということは、自分の病のことも誰かが祈ってくれたからだろうか?

あまりあまり良い思い出のない病のことを知って人間は少ない。

お父さん、お母さん、わかば、丘野先輩、身近にいる知っている人は自分も合わせてこの

5人くらいだろう。

そうだ、後でこの素敵な場所を教えてくれた彼女の顔も見てみよう。

愛しい彼の先輩を射止めた自分より1つ下の彼女を。

丘野先輩と彼女が一緒にいるのを見るのはまだ胸が痛いけど、それもきっと良い思い出に成るだろう。

彼女たちならそうしてくれるだろう。

という確信と共に。

彼女にこの言葉を贈ろう。

万感の思いを込めて「ありがとう。彩ちゃんっ。」と





爛々と、爛々と

白い花が咲いている

静かに、静かに

優しく吹く風に

ひらひらと、ひらひらと

舞い散る桜に

美しいダンスを躍りながら。

儚くされど力強く…





―――駆け出した脚を止め、彼女は振りかえる――

―――小さく桜に微笑んだ。

―――力強く咲く夢幻の桜。それに負けない微笑を。