守って!守護精霊
(Kanon:) |
第4話「矢・矢・矢!」
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written by シルビア
2003.11-12 (Edited 2004.3)
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朝。
「……祐一お兄ちゃん、祐一お兄ちゃん、起きて……お兄ちゃん!」
「うーん……むにゃむにゃ」
「では仕方ありませんね。ちょっと強引ですが私の唇で……」
ちゅっ……ちゅーーーーー…………
「う……う……うは〜、はあはあ、何だ何が起こったんだ?」
可憐は祐一が目覚めたのを確認すると、唇を離した。
「おはようございます、祐一お兄ちゃん♪」
「可憐、お前、なにげに凄いことしてなかったか?」
「い〜え♪ でも、気持ち良いことはしましたけど?」
「死ぬかとおもったぞ!」
全国のよい子はこういう起こし方をしてはいけませんよ〜!
マジで辛いんですから。
「とにかく祐一お兄ちゃん、起きてください。今日はお出かけですなんですから」
「あ〜、可憐の楽しみにしている遊園地か。動物園も併設されているという」
「動物さんを見るのも楽しみなんです♪
うさぎさん、クマさん、ネコさん……可憐、楽しみです♪」
「はいはい。はぁ〜……起きるか」
祐一達は朝食を済ませると、出かける準備をして家を出た。
「祐一くーーーーん♪」
(あゆか……)
祐一は不意にあゆのタックルを食らい、その場に倒れ込んだ。
「いてて……だいたい、何でお前はまともに挨拶できないんだ?」
「だって♪ 嬉しいんだもん」
「嬉しいと人にタックルするのか、お前は!」
「祐一君だけ特別♪」
「おいおい、朝から漫才か?」
「北川、そういうお前こそ、何でそのどでかい荷物を抱えてるんだ?」
「デジカメだろ、ビデオだろ、情報誌に、あゆの弁当だろう……」
「分かった、もう言わなくて良い。あゆの弁当と聞いただけで胸焼けがするから」
「酷いよ〜、祐一君! これでも、今日の朝早くから頑張って作ったんだよ」
「無理して作らなくても……」
「ね〜、祐一君。それってどういう意味かな?」
それから、しばらくの間、祐一はあゆに殺されそうな目に遭ったのは言うまでもない。
祐一の横で佐祐理と可憐が笑いながら、その様子を見ていた。
(こんな目にあっても助けてもらえないなんて、俺は守護精霊にまで見放されたか〜)
祐一はそう思っていた。
--------北武動物公園(遊園地側)
「北川、どうしてこいつら、こんなに元気があるんだ?」
「相沢、そいつを俺に聞くなよ」
ジェットコースターに味を占めた佐祐理、
可愛いゴンドラや観覧車やゴーカードに目がない可憐、
フライング・パイレーツとかの重力モノが好きなあゆ、
祐一と北川はその度につき合わされ精根尽き果てていた。
午前中だけで10以上のアトラクションを回ったのだった。
それも同じものに数回乗ることもあった。
「佐祐理、あのスピード感がたまりません」
「どうして、こう可愛い乗り物ばかりなんでしょう。観覧車の景色も最高です♪」
「ボク、あの落ちる瞬間の重力の感じがたまらないよ!」
(あゆ、お前は木から落ちたくせにそれでも懲りないのか?)
祐一は森の学校のあゆの落下事件を思い出しては、苦笑いをしていた。
(確かに、あの時は佐祐理さんが助けてくれたからな。
体が急に止まって地面にふわっと落ちた、そんな経験をしたら、
重力落下系統の乗り物が面白くなっても不思議ではないけどな。
でも、見ている俺の方は毎度、あのシーンを思い出して心臓が止まりそうだ)
--------北武動物公園(動物園側)
祐一達は昼食を食べていた。
北武動物公園には400平方Mもある大きな芝生の広場があったので、そこで、祐一達は昼食を取ることにした。
ゆうに10人前はある弁当箱の前に、5人のメンバーは無謀なまでの戦いを挑んだが、なんとか概ね、かたずいたようだ。
……この時、
「ふふふ、山田太郎、この時を待っていた。
さあ、いざ出陣! 目標はあの弁当箱の残り……佐祐理さんの手作り弁当!
いざ……」
『セレブレート……』……佐祐理は杖を出して詠唱を始めた。
杖の描いた残光の中心から、光に包まれた体格のいい男が現れた。
その手にもっていた棍棒が振り下ろされ、山田は容赦なく地面にたたきつけられた。
オリオンは獲物を一瞥すると、やがて姿を消した。
「なあ、この弁当の残り、どうするんだ?」
「可憐、また、池の錦鯉さんにあげたいです♪」
「おう、そうしようか」
「相沢、そういえば、あの池、めちゃくちゃな数の錦鯉がいたよな。
えさをあげたら、水面が錦鯉の口で埋め尽くされるぐらいに。
俺、あの光景がちょっと怖かったよ」
「そうですか?
必死にえさを求めるあたり、佐祐理は錦鯉がとても可愛いと思いましたけど?」
「そうですよ、祐一お兄ちゃん。なんかこう慈しんであげたくなりません?」
「は〜? あれが可愛い?
まったく、どう形容したら、あれが可愛いと言えるのやら……
むしろ、錦鯉のハングリーさが怖いぐらいだよ」
「北川さん、可憐、お猿さんを見に行きたいです。一緒にいきませんか?」
食事を先にすませた北川は可憐に誘われた。
「可憐ちゃん♪ そんな嬉しいこと言ってくれるんだね。
いいぞ、男・北川、大好きな可憐ちゃんの頼みとあれば、猿の1匹や2匹いくらでも見に行ってしんぜよう」
可憐にしてみれば、お兄ちゃんが仲良くしてやってくれというから声をかけただけだが、
これほどまでに喜んでもらえるとまんざら悪い気はしないものであった。
北川は、可憐ちゃんに腕を引っ張られながら、幸せそうに猿の王国を見に行った。
「幸せそうですね」
「ああ、そうだな。北川にとっては今が至福の時間だろうよ。
でも、珍しく今日はフリーズしてないな。あいつも慣れたのかな?」
「可憐の方もまんざらでもないようですよ。
北川さんってとっても優しいんですよ、なんて言ってましたから」
「妖精といっても、やっぱり女の子なんだな。可憐って」
「それをいうなら、佐祐理だって女の子ですよ、祐一様」
「ふふ、そういうものか」
祐一とあゆ、佐祐理の3人が、この場に残っていた。
「あ〜、食った、食った」
「祐一様、今、お飲物を出しますね」
佐祐理はポットから持ってきたコーヒーをカップに注ごうとした。
「あれ、もう残ってませんね」
「そうか……じゃ、缶コーヒーでも買いに行ってこようか」
「あ、祐一様、佐祐理が行ってきます。ここでちょっと待っていてください」
佐祐理はにこにこしながら、自動販売機のある方角へ走っていった。
「……祐一君、最近、佐祐理さんと仲がいいね」
「あゆ、そんな事言ってもな〜」
「祐一君、佐祐理さんと可憐さんのどちらを彼女にしたいとおもっていない?」
「彼女っていわれてもな〜。第一、あの二人は守護精霊と妖精だぞ?」
「じゃ、ボクのこと彼女にしてくれる?」
「あゆ……子供の出番はないぞ?」
「酷いよ〜、祐一君、私だって……祐一君のこと、好きなんだよ?」
あゆは祐一に抱きついて、不満をぶちまけた。
……そんな時、不可解な羽をしょった赤ん坊ライクな存在が二人のことを眺めていた。
しかし、あゆと祐一の二人はその姿を見ることはできなかった。
『えーと、今回のイベントはと……この2人を恋仲にすることだったな。
さーて、"恋の矢"を祐一に射ってと……』
森永マークのような姿の存在は、弓を引き、矢を祐一めがけて射った。
その矢は祐一の胸をめがけて飛んでいく。
『……そして、あゆという少女を見つめれば、ミッション・コンプリート……』
しかし次の瞬間、悲劇とも喜劇ともわからない現象が起きた。
「祐一さま〜」
「おう、佐祐理、遅かったじゃないか?」
射った矢は佐祐理を突き抜け、あゆの背中を抜け、祐一の胸に刺さった。
佐祐理とあゆの二人も矢の効果を受けてしまう。
(え……ああ……)
(うぐぅ!、何……)
(痛ぇ〜、なんだこりゃ……)
矢はゆっくりと祐一の心を支配していく、矢を受けてすぐに見た異性の女性に恋をする、その効果が祐一を捉えていく。
佐祐理もあゆも、祐一ほどではないが、次第に矢の効果に心を飲まれていった。
祐一は自分に抱きついているあゆの肩越しに、佐祐理を視界に捉えた。
佐祐理の視線の先にも、祐一がいた。
(暖かいな……)
祐一は心に暖かいモノを感じていた。
(この気持ちは……え、恋?)
佐祐理は突然わき起こった自分の感情にとまどった。
心を落ち着けて、佐祐理は祐一に言った。
「……自動販売機のコーヒーが売り切れていて、売店に行ってきました」
「ありがとう、佐祐理さん」
祐一は知らず知らず、恋人に向けるような満面の笑顔を佐祐理に向けていた。
佐祐理は驚いて、でも、一瞬で祐一に惹かれた気持ちを隠すように慌てた。
好きな人の言葉に照れてしまう、そんな自分を感じていた佐祐理であった。
思わず手にもっていた缶を落としそうになるほど。
『なに〜!』
驚愕したキャラメル箱のマークのような存在は、自分の矢を射った経過と、祐一の見つめた先を見て驚愕した。
守護精霊とて、きまぐれな恋の天使の射った矢に気が付くわけがない。
これはまったくの偶然だった。
(うーん……祐一君)
あゆは祐一の胸を離れ、祐一を見上げた。
そして、祐一を恋した
……皮肉にも、矢の効果は、あゆの元々の気持ちもあって、より強力にあゆを捉えた。
『……守護精霊さゆり……まずい、これはまずいぞ〜。
……それに、少女あゆも祐一に恋してしまった』
自分の射った矢が、守護精霊とその召喚者を相思相愛の恋仲にさせてしまった……
しかも、祐一の恋する相手である佐祐理はかつて自分の矢で運命を変えた少女であり、守護精霊だったのだから、驚きを隠せない。
あゆは、囚われた感情のまま、祐一を抱き寄せて、祐一にキスをした。
(あれ、ボク、どうして……でも、嬉しいよ)
「あ、あゆ……」
「祐一君、ボク、祐一君が……好き……だから……」
「祐一様!」
あゆと祐一のキスシーンを目撃した佐祐理は、心の動揺を隠せず、思わず叫んでしまった。
「あゆ、俺は佐祐理の事が好きなんだ。あゆ、ごめん」
「え……祐一様?」(ポッ)
「祐一君! 酷いよ!」
祐一の言葉にショックをうけたあゆはその場から、泣きながら走り去ってしまった。
走り去るあゆを遠くで見た北川と可憐は、驚いて佐祐理の方に駆け寄ってきた。
「何か、あったのか?」
「佐祐理お姉様、どうしたんです、そんな所でぼーっとして」
祐一は呆然としていたし、佐祐理は顔がすっかり赤面していた。
北川と可憐は、二人の表情からなんとなく事態を把握したかのようだったが、時はすでに遅し、そういう感じがして、何とも声をかけられなかった。
『……失敗……ということ』
羽つきキューピーのような存在は、その背中の羽がすっかり震えていた。
お仕置きでも恐れていたのだろうか。
だが、諦めたかのようにウィーナスの元に帰るべく、光の中にその姿を消した。
ある意味で迷惑極まりない、無責任なところがあるのだな。
矢の意味するもの、それは神の言葉、ゆえに守護精霊とて例外ではなかった。
祐一はさゆりに恋をし、佐祐理は祐一に恋をし、あゆは祐一に恋をした。
しかし、守護精霊が召喚者と恋をするということ、それは著しい問題を引き起こしかねない。
そして、可憐は佐祐理の心の変化を見抜いてしまった。
「佐祐理姉さん……ひょっとして、祐一お兄ちゃんの事……」
「ええ、可憐。佐祐理は祐一様の事が……たぶん、好きです」
「でも……それって……」
「ええ、祐一様の側にはもう居られません。
守護精霊はご主人様に仕える身の上、それに人間ではないのです。
人間はいつかは生を全うする身の上、でも、私達の命は尽きません。
ご主人様に恋の感情を抱いて一緒に側にいるなら、それは、やがて悲しい別れをもたらすことになります。
だから、私達精霊は人を心から愛してはならないのです」
「でも、私達は女の子の感情を持って生まれたのですよ。
恋をしてはいけないのですか?
その気持ちを打ち明けてはいけないのですか?」
「ええ、私達の使命は純粋な心の純粋な気持ち、その記憶をウィーナスに届けること。
でも、人を愛しては純粋な気持ちを持ち続けることは……難しいの」
「佐祐理姉さん、何故です?
純粋な気持ちで人を愛することって難しいのですか?」
「可憐、それはとても難しいです。
人を愛すれば、その人と全ての気持ちを一つに溶かしていきたい感情に囚われる。
そのために、相手の気持ちを求めるあまり、純粋な気持ちだけでなく、時には相手を
傷つけてまでも相手の全てを求めてしまうことがあるの。
そして、召喚者が純粋な気持ちを失った時……守護精霊は役目を終えてしまう」
「そんな……。でも、でも、お互いの気持ちを知ってもなお、純粋な気持ちを持ち続けられないんですか……人を好きになるって純粋でなくなることなんですか?」
「純粋な気持ちを必ずしも失うわけではないわ。
だけど、互いに純粋な気持ちを失わずにいることはとても難しいこと」
「佐祐理姉さん……いいんですか、今のままで?」
「このままでは、いつか佐祐理は祐一様を守護できなくなります。
だから、佐祐理は
でもお別れの時には、必ず佐祐理の気持ちを告げます。
それが佐祐理にできる全てのことです」
「それでは、佐祐理姉さんはいつも別れの寂しい記憶だけを抱えるじゃないですか」
「これでいいのよ。
それが佐祐理の運命だから……
それが守護精霊・佐祐理の運命だから……可憐、ありがとう」
「……佐祐理姉さん」
「でも、今は……佐祐理は人形の中に戻ります。
この気持ちのままでは、祐一様を守護できないから」
『セレブレート……』……佐祐理は杖を出して詠唱を始めた。
佐祐理の姿がその場から消えた。
「あゆ〜、あゆ〜、どこ行った〜!」
「相沢、見つかったか?」
「いや、どこにいったんだか、さっぱり分からない」
「そうか……」
「祐一お兄ちゃん、ちょっと待っててね。可憐、空から探してみるから」
そういうと可憐は上空高く舞い上がり、地上のあちこちを見て探した。
そして、その視線の先に、あゆの姿を捉えた。
それから地上に舞い戻り、祐一に話しかけた。
「祐一お兄ちゃん、あゆちゃんは動物園の入り口の近くにいました」
「そうか、じゃ、みんなでそっちの方に行くぞ」
祐一・北川・可憐の3人は動物園の入り口の方に走っていった。
やがて、祐一は視線の先にあゆの姿を捉えた。
「あゆ〜、待てよ、あゆ〜〜!」
「来ないで〜!」
あゆはその場に立ち止まり、祐一達もその場に立ちすくんだ。
「あゆ〜、俺の話もきけよ〜」
「嫌だよ!聞きたくないよ!
祐一君の口から嫌いだなんて言われたくないんだよ〜!」
「嫌いだなんて言ってないだろ?」
「さっき、言ったもん。佐祐理さんの事好きだって!」
あゆは踵を返して、再び走り去ろうとした。
「あゆ、待てよ〜!」
祐一もあゆを追う。
いつのまにか、あゆと祐一は動物園の出口を抜けて、公道の付近にまで来ていた。
そして……
------キキー、ガン
その時、駐車場から出ようとする車が祐一の体を弾き飛ばした。
祐一の体は宙を舞い、5M程離れた場所に、背中から強く落ちた。
その音にあゆも気が付き、振り返った。
そしてあゆは悲鳴をあげて、祐一の方に駆け寄って、祐一の体を抱き上げた。
「あゆ……ごめんな」
「ううん……そんな事はいいんだよ。もういいんだよ。
それより、祐一君の方が心配だよ」
「……多分……俺はもうダメだろうな」
「ダメだよ、祐一君、気を確かに持って!」
「おおーい、あゆ、祐一!」
「祐一お兄ちゃん!」
祐一達を追っておいついた、北川と可憐であった。
だが、祐一の様子をみた二人はすぐに驚愕の表情を浮かべる。
「祐一お兄ちゃん〜〜〜〜、しっかりして!」
「……可憐か……佐祐理さんは?」
「お姉ちゃんは人形の中だよ〜。
祐一お兄ちゃん、佐祐理さんをすぐに呼んで。
祐一お兄ちゃんが呼ばないと佐祐理お姉様は戻ってこれないから」
「そうか……(佐祐理さん……)」
その時、祐一の人形の入っていたポケットから光が放たれた。
そして、佐祐理が祐一の側に現れた。
だが、事態を知った佐祐理の表情も、大きく揺らいだ。
「ごめんなさい、祐一様!
佐祐理がいなかったばかりに……」
「……そんなことないさ……佐祐理さん。……」
そう言うと、祐一の両目は力を無くしたように閉じた。
(つづく)