守って!守護精霊
(Kanon:)
 第1話「悲劇の少女」 
written by シルビア  2003.11-12 (Edited 2004.3)



倉田佐祐理14才、その弟倉田一弥8才。

佐祐理は心優しい女の子であり、年の離れた弟をとても可愛がっていた。
そして、弟もまた姉を慕っていた。

そんなある日のこと。

『願いにより、我の"嫌悪の矢"、かの者を貫きたまえ』

エロスの放った矢はある女性を射抜いた……が、女性の体を貫通し、その矢は直線上にいた一弥の心にまで達し、そして射抜いた。


(うっ……)
エロスの矢を受けた一弥はその場にうずくまった。

「一弥! どうしたの、大丈夫?」
佐祐理は一弥の様子が変わったことに気がつき、訊ねた。

「お姉さん……ううっ!!!(何だ、このドス黒いような気分は)」

心配そうにみつめる姉の方を見上げた一弥は、心に強烈な嫌悪感が走ったのを感じた。
そして、それは姉の佐祐理に対する嫌悪感となった。

「ボクの事は、放っておいてくれ。姉ちゃんなんて、嫌いだ!」
「一弥……」

呆然とする佐祐理を残し、一弥はその場を走り去った


『しまった。まさか矢が女を貫通するとは! かく上は……』

エロスは姿を急ぎ消し、ウィーナスの元に戻った。
エロスのその矢を受けると、最初に見た異性を嫌悪するのだ。
そして、その矢は神の言葉と同じく、絶対的な効力を持つ。


矢をうけた一弥は、最初にみた姉の佐祐理を嫌悪してしまう。

「一弥〜、一体どうしたの〜」

「あっち行ってろ! お前の顔なんて見たくない」

「一弥、お姉ちゃんと学校に行こう」

「一人でいけよ。俺はもう子供じゃない」

「一弥、食事出来たよ。お姉ちゃんと食べよう?」

「要らないよ。姉ちゃんの作ったモノなんて食えるか!」

(一弥……一体、お姉ちゃんの何が悪かったの)

佐祐理はすっかり落胆してしまった。
佐祐理は父親にこの事を相談した。

「反抗期かもしれないな、男の子にはそういう時期もあるから。
 しばらくそっとしておいてあげなさい、佐祐理」

「……はい、お父様」

佐祐理は父に相談したものの、事は全く改善されない。
いや、むしろ、悪化した。

嫌いな人間が側にいるという嫌悪感から、一弥の心は次第に閉ざされていた。
そして、それは一弥の健康までをも蝕んだ。
一弥は病弱となり、命までもが危機にさらされた。

「一弥、早く元気になって、お姉ちゃんと遊ぼう」

「……・」

「ほら、お菓子も一杯買ってきたんだよ、一緒に食べよ」

「……いらない」

「……一弥、お姉ちゃんの事、嫌いなの?」

「……・」

「(グスッ) ……お姉ちゃん、また来るね」


『かなり状況がまずいな。
 だが、貫通したためか、矢の効果の全てが現れてはいないようだ。
 なら、親愛の矢をもってすれば、なんとかなるかもしれない』

エロスは病室にいた二人の様子を眺めていたが、その手に親愛の矢を取り、一弥に狙いを定めて射った。


(うっ……)

「うっ……ううう」

「一弥!」

佐祐理は病室を出ようとしたが、一弥の苦しむ声に気づき踵を返して一弥を振り向いた。

「お姉ちゃん……ごめん、逆らってばかりで」

「いいのよ、一弥。お姉ちゃんは一弥の事好きだから!
 ……もう、いいの。
 お姉ちゃんこそ、もっと一弥の事を気遣ってあげればよかったのに。
 ……それよりも一弥、何か食べないと。お菓子でもいい?」

「うん」

「じゃ、お姉ちゃんも一緒に食べるね。いい? ぱくっ」

「ぱくっ……美味しいね」


(一弥……一弥……)

佐祐理は久しぶりに見る、自分に向けられた一弥の笑顔に思わず目頭が熱くなった。

『これで元にもどったかな?』

だが、運命は残酷だったのだ。
突然----- そう、突然に、一弥が嘔吐し、咳き込んだ。

「一弥! 一弥! 一弥〜〜〜〜!」

弟を抱きしめる姉の願いもむなしく、一弥はしばらくして息を引き取った。

『これは……』

エロスの矢の放った精神への影響、それも2本の背反する矢の影響に、幼く未成熟な一弥の精神力は耐えられなかったのだ。
エロスは急ぎ姿を消し、ウィーナスの元に戻った。


そんなエロスの悪戯など露ほどもしらない佐祐理は、弟の死因は自分が一弥に愛されない姉であったことだと誤解をしてしまい、自責の念に囚われた。

(一弥……私、ダメなお姉ちゃんだった……ゴメンね、一弥)

佐祐理は、その右手にカッターナイフを握り、それを左手にあてがって、引いた。
左手首から、鮮烈な血がゆっくりと流れ出す。

そして、佐祐理は意識を失った。


ふと、佐祐理は、自分の意識がはっきりしたかのような感覚に捕らわれた。

「佐祐理!佐祐理!息を吹き返せ、佐祐理。……」

「佐祐理〜、お母さんが悪かったのよ。帰ってきて。……」

手術室の扉の前の椅子に腰をかけて、泣きじゃくっている両親の姿があった。


少女は病院の手術室を斜め上から見下ろしていた。
手術着姿の医者らしき数人の姿が、手術台の上の少女の周りを取り囲んでいた。


その手術台にいたのは

(あれは……私?)

少し血の気の引いた顔をした、鏡に映した自分の顔のような顔をした少女が、手術台の上で横たわっていた。

(では、この私は一体?)

『少女よ』

……・突然の光が、少女佐祐理の体を包んだ。

『少女よ、こっちに来るがよい』

(誰?)

『私の名はハデス、少女よ、こっちに来るがよい』

『お姉ちゃん、来て!』

(ハデス? それに……一弥の声?)


佐祐理は自分が今どうなっているかすら理解できていなかった。
それでも、ただ自分が感じるまま、声のする方向へ自分の歩を進めた。

 

(つづく)

後書き

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