「えーと、明日の昼にトニーさんが来て、それ以外は誰も来ないのね?」
おかあさんが私に聞く。
「うん………トニーさんは、結婚が取り消されないかどうかを聞きに来るみたい。
他には、あさってまでお客さんも相談したいっていう人も誰も来ないよ」
ちょっと残念そうな顔をするおかあさん。
「わかったわ、それじゃあ今日はもうお店を閉めても大丈夫なのね………」
この後に来るおかあさんの一言もわかる。
「………何だかいつも悪いわね、ウリユ」
「えっ、そんなことないよ………だってわたし、目が見えないから店番も出来ないし……
だから、ちょっとでもおかあさんの役に立ちたいし………」
「もう、この子ったら………とりあえず、今日誰も来ないなら、お店を閉めてくるわね」
そう言って、おかあさんは出て行った。
静かな部屋の中、外から聞こえる音を聞く。
風の音。
人の話し声。
ドアの開く音。
そして、
私の知らない誰かが入ってくる音。
シルフェイド幻想譚 回顧録 〜二冊目入りました〜
一日目後編−3 予言者の娘
「おっ、旅人が来るなんて珍しいなあ、もしかして予言者に会いに来たのかい?」
サーショの隣町、シイルに来た瞬間、そんな事を言われた。
「予言者?」
「ああ、すぐそこの薬屋に居るんだ。会いに来る人がわかるみたいで、何も言わずにすぐ会わせてくれるさ」
「ふぅん。じゃあ、行ってみるよ」
純一が道具屋に足を向ける。
「ごめんくださーい」
「………えっ?」
店長と思われる人が奥から出てきた瞬間、不思議そうな顔をする。
「あ、いらっしゃいませー。お待たせしてごめんなさいね」
それからカウンターに行くも、ずっと疑問顔をうかべていた。
「そ、それにしても西の橋が直ってないのに旅の人が来るなんて………一体どうやってきたんですか?」
当然の疑問に純一は、
「ええ、川を泳いで」
正直に答えた。
「………え? 泳いで、ですか?」
「ええ、ちょっとばかりしんどかったですが」
そう言うと店長さんは純一の格好をしげしげと見つめ、
「そ、それは命がけでしたね………」
「あ、ところで予言者って言うのに会いたいんだけど………」
「予言者………あ、はい、娘のウリユの事ですね? 向こうの部屋におりますので、お話はどうぞご自由に…」
「ありがとうございます」
純一は礼を言うとすぐに奥の部屋に入る。
「こんにちわ」
ベットに座っている女の子に挨拶をする。
その瞬間、こっちを向き、
「………えっ?」
表情を硬直させる。
そして、沈黙が訪れる。
「あの………誰?」
一言だけ発せられた言葉が再び沈黙を呼ぶ。
「…………………お、お母さ〜ん………」
その一言に店長が部屋まで来る。
「どうしたの、ウリユ?」
「こ、この人、誰………?」
どこか恐怖を隠した声でウリユがお母さんに聞く。
「えっ? 人と会う時はいつもあう前から名前が分かってるじゃない」
「わ、分からないの………どうしよう………」
ウリユのお母さんの顔に笑顔が灯る。
「まあ、ウリユに分からないことがあるなんて………あの、失礼ですけれどあなたのお名前は?」
「朝倉純一、純一で呼び捨ててもかまわないです」
「ジュンイチさん、ですか?」
名前を聞いた後、ウリユの方を見つめて、
「それで………ウリユ、ジュンイチさんが誰だか分かる?」
と問いかけた。
「………やっぱり分からないみたい」
ウリユのお母さんは少々複雑な表情をしながら、そう………と返した。
「あ、あの、ジュンイチさんってお兄さんなの? お姉さんなの?」
「ジュンイチお兄さん、ですよね?」
「ああ、れっきとした男だ。ウリユちゃん」
優しく名前を呼ぶと、嬉しそうな微笑みを称えていた。
「じゃ、じゃあ、ジュンイチお兄さん………ちょっとだけで良いから、お話ししたいの………ダメかな?」
数秒考え込み、
「おっけー。幾らでも話してあげよう」
「えっ、ホント?」
「嘘じゃない、マジだ」
途端にウリユの顔が完全に緩んだ。
「娘のわがままに付き合わせてしまって、なんだか申し訳ないですけど………」
純一はいえいえ、おかまいなくと返すと、
「………じゃあ、せめてお茶でも用意してきますね」
ウリユのお母さんはそう言って、厨房へ向かった。
二人きりになり、会話が途絶えて数秒、
「あ、あのね………聞いていい?」
「どうぞ、出来る限り答えるよ」
じゃあ、と前置きして、
「ジュンイチお兄さんって『どこからやってきた』の?」
一瞬身がこわばる。
「『どこからやってきたか』ですか………なんと答えましょう?」
(………そうだな、こんな感じで)
「この世界の外から」
ウリユの顔が一瞬厳しくなる。
「やっぱりそうなんだ………ジュンイチお兄さんが来るのが見えなかったから、一体どこから来たのかなって思って………」
「いつの間にかここに来たといった表現が一番かな」
少々照れくさそうに頭をかいた。
「あの………旅のお話とか、聞いていい? 予知って言うけどね、私のは自分の周りの子だけしか分からなくってね………
だから、わたしの知らないお話、いっぱい教えて欲しいな………って」
そう、ウリユが告白している時、
「はい、お茶が入りましたよカナタさん」
と、ウリユのお母さんが入ってきた。
それからしばらくの間………
カナタは旅のことや日常の話などウリユとたわいのない話をした。
そんな中、
「そう言えば、ジュンイチお兄さんってどうしてここに来たの?」
と質問された。
「ただ何となく。とりあえずここに来て話を聞いたから来ただけ」
「そうなんだ………予言して欲しいって言われたらどうしようかと思っちゃったから………」
「それは何故なんだ?」
うん、と頷き、ウリユの目がこちらを向く。
「あのね、わたし、ジュンイチお兄さんの未来がこれからどうなるか全然わからないの………他の人がどんな未来なのかは分かるし、絶対当たるんだけど………」
ジュンイチお兄さんってなんだか特別みたい、と笑いながら言った。
「あの、大分話し込んでますけど、旅の方はいいんですか?」
すっかり忘れていた。と彼方は思った。
「あっ、そっか………ジュンイチお兄さんもやる事があるんだよね。じゃあ、今日はこの辺でお別れだね………」
席を立ち、身だしなみを揃えている最中、
「あの………今日はありがとう、ジュンイチお兄さん。明日も来てくれたら嬉しいな………」
その一言を背に、部屋を去っていった。
「それで、この後どうするんですか、朝倉様?」
「疲れたから寝る。それから夜にここを一旦出る」
「何故に強行軍なんですか?」
「決まってる。世界一周を明日までに達成するためだ!」
スケイルは深いため息をついた。
続く
というわけで、まだまだ続く一日目後半!
次回はちょっとした神秘ですよ〜!