神の気配が消え、力の波動も消えた。
辺りの雪も消え、残ったのは無音の静寂。
「なんだか終わってみるとあっけないね、カナタお姉さん………」
「そう………ね」
何分間、そうしていただろうか。
一体どれだけ戦ったのだろうか。
時間の経過はここでは分からない。
「………もう戦う相手はいない、帰ろう、カナタ」
「ええ、帰りましょう………みんなの居るところへ………」
ゆっくりと、その場を後にした。
光に包まれ、地上に戻る。
「………ねえ、カナタお姉さん。これで、災いが起こらなくなったんだよね?」
静かに彼方が頷く。
「もう終わったよ、ってちょっとお母さんに挨拶してくるから、ここで別れるね、カナタお姉さん………」
「ええ、後で寄るから」
彼方の背後からウリユが飛び去る。
「さて、じゃあ、リーリルにでも飛びますか………」
精神を集中し、リーリルまで飛ぶ。
町が活気づいていた。
どこから情報が流れたか分からないが、トカゲ人達が消えた事で人々が安堵をしている。
そんななか、クラート医院へ向かう。
「危険な敵が減っても、病気の治療はずっと僕の仕事さ」
クラートが笑いながら話していた。
「にしても、寝たまんまのエージスさんどうしよう………」
「まあ、結局私は殆ど何も出来なかったわね………」
笑いながらも、少し寂しそうな表情を浮かべるイシュテナ。
そんな二人に別れを告げ、町中を歩く。
「ワシの家具は役に立ったのか!? ん!?」
老人が彼方にくってかかる。
家具を奪った家の主である。
そんな老人を見て、
「ええ、魔王退治に」
さわやかに答え、老人が口を大きく開けている隙に転移でシイルへと飛んだ。
「お母さん、わたしね、カナタお姉さんのお手伝いをしたんだよ」
周辺で摘んできた花を道具屋跡に置き、静かに手を合わせる。
横でウリユが報告をしている。
「わたしもそろそろ、お母さんの所に行くからね………」
静かに、辺りに酒を蒔く。
「どうか、二人の母子が、安らかに眠れるように………」
そう呟いて、彼方はシイルを後にした。
サーショにたどり着く。
しかし、すぐに町を出る。
目指すは、
始まりの場所。
そう、私が、いろいろ考える事が出来たこの旅の、出発点。
森の中は静かだった。
静かに、光の珠が浮いている。
ゆっくりと、手を触れる。
辺りが白い光に包まれる。
「おかえりなさい、カナタさん………あなたのおかげで、無事災いは防がれました………」
白い光の中に、リクレールがいた。
「本当に、あなたには感謝しています………そしてクロウ、あなたもよく頑張ってくれました」
「それが我の使命だからな」
声が静かに響く。
「二人とも、今まで本当にありがとうございました………そしてカナタさん」
はじめから分かっていた結末を、
リクレールが口にする。
「世界が災いから守られた今、あなたの役目はこれで全て終わったのです………」
静かに、響く。
「あなたの身体はまもなく消滅し、その心は意識の海へと帰る事でしょう………」
彼方は、静かに頷いた。
「でも、その前に、カナタさんには、この世界に誰か一人でも別れを告げたい人はいますか?
もしよろしければ、カナタさんと親しい誰か一人だけに、別れを告げる事を許しましょう………」
どうしますか? という問いに、
「一人、いるわ。だから、行ってくるね」
「分かりました………では、その人に別れを告げる時間を差し上げましょう………」
世界がわずかに色を取り戻す。
「我は残るから、カナタとはここでお別れだな。今まで楽しかったぞ、彼方。また何時かどこかで、会えると良いな………
さあ、カナタの大事な者に別れを告げに行ってこい」
「それでは、いってらっしゃい、カナタさん………」
白かった世界が一瞬で色づき、元の森に戻る。
その光景に驚かず、彼方は走った。
別れを告げるために。
「カナタさん………どうしたんですか?」
目の前にはシンがいた。
「ええ。お別れを、言いに………」
シンが驚きに目を開く。
「えっ、お別れ………ですか? でもこんな小さな島ですから、また会えるんじゃ………」
その言葉に、何も言わない彼方。
「………もう二度と、会えないんですか?」
「残念だけど、もう二度と。私という存在が、ここから消えるから」
「そう、ですか………」
二人の間に、沈黙が走る。
「まだ、お礼もしていないのに………行ってしまうんですね、カナタさん」
その言葉に、首を振る彼方。
「ううん。あなたには、私が人に見せたくない部分を見せたから………
人の前で、しかも男の人の胸を借りて泣いたのって初めてだったんだから…………」
再び沈黙が走るも、今度はシンから、
「あの、カナタさん………」
「なに?」
「もう何度言ったか分かりませんが………」
そう、何度言ったか分からないその言葉を………
シルフェイド幻想譚 回顧録
「姉さんの事を、助けてくれて」
エピローグ1
「本当にありがとうございました………」
そう、何度も言われた言葉を。
「どういたしまして。じゃあ、元気でね」
それ以上、何も言わずに去る彼方。
「あ、言い忘れてた」
振り向き様に、
「私、あなたの事、結構好きだったよ」
そう呟いた。
それに反応するように大きな声で、シンが叫ぶ。
「僕、カナタさんのこと、決して忘れませんから…………!!!!」
風に耳を澄ませ、その声を聞く。身体はもう持ちそうにない。せめて、その言葉だけでも。
「絶対に、絶対に忘れませんから………!!!!!」
「また、いつか会えます………よね………?」
遙か彼方の世界まで、届くかの様に、
「ええ、きっと、きっと会える!!」
その言葉に、シンが答える。
「だから、今だけ………さようなら、カナタさん………」
「ありがとうね………シン」
歩き去って行く彼方の身体が、静かにかき消えた。
「カナタ………さん……………」
意識だけが世界を巡る。
平和になった世界を巡る。
これからこの世界から遙か彼方の世界へ帰る。
ふと、声が聞こえた。
――― カナタさん………僕、ずっと、ずっと待ってますから……… ―――
――― いつかまた、きっと帰ってきてくださいね……… ―――
彼の事だ、ずっと待つのだろう。
――― 約束………ですから……………… ―――
最後に聞こえた言葉に、
(ありがとう、シン)
そう思いつつ、意識を静かに閉ざした。
遙か彼方の世界から、果てのある夢を
幕間エピローグへ続く
あとがきもそのときにまとめて書きます。