―――意識の海に漂う、そこのあなた………―――
―――私の声が聞こえますか?―――
今思えば、
この一言が、
もっとも充実し、
もっとも恐怖を味わい、
そして二度と叶わない恋をした、
そんな、夏休みだった。
工藤 彼方
シルフェイド幻想譚 回顧録
プロローグ
初音島の桜が消え、もう一年近くになる。
最初の頃はさんざん話題になったが、人の噂は移ろうのが早く、そんなことを気にしている人はあまりいない。
まあ、そんな近況は置いといて………
現在は八月、いわゆる夏休みである。
そして今、ものすごく退屈している。
それはもう、暇に重さがあったら今寝ているベットが暇のせいでつぶれてしまいかねないくらい。
去年は親戚の叶ちゃんに恋人が出来たとかでさんざんからかって遊んでたから暇じゃなかったけど、
最近はそういうからかいもあっさりと流されちゃうからあんまりおもしろくない。
家で教わった長刀も、自分から始めた剣道も正直つまらなくなっている。
どこかにおもしろいことないかなぁ………
と、思った矢先、
ふっと身体から力が抜け、視界が黒に染まった。
―意識の海に漂う、そこのあなた………私の声が聞こえますか?―
真っ暗闇の中、女性の声が聞こえてきた。
―――あなた、誰?―――
―――私はリクレール………トーテムに呼び覚まされし全ての生命を導く者です………―――
―――トーテム? え? なにこれ?―――
目の前には暗闇が広がっていて、身体を動かそうにも全く反応しない。まるで身体など無い様に。
―――あなたがこの世界に降り立つ前に、いくつか教えて頂きたいことがあります………―――
―――へ? いったい何なの!?―――
―――まず、あなたの性別を教えてください。―――
―――え、………女、だけど…………?―――
―――あなたは女性なのですね………。―――
女だったらなにかいけないことでもあるのか? と聞こうとする前にリクレールと名乗った声が喋る。
―――次に、あなたの名前を教えてください………―――
―――彼方。彼方よ。―――
―――あなたの名前は彼方というのですね………―――
―――では彼方さん、次の質問です………。―――
―――これから始まる旅では、多くの戦いを切り抜けなければなりません………―――
あの? 話が全く見えないのですが………?
―――そこで、これからの旅を切り抜けるために、あなたを導く神獣『トーテム』の力を一つだけ授けましょう………。―――
―――あなたの求めるトーテムは次の家のどれに当たりますか………?―――
暗闇の中に三つの光が浮かぶ。
――― 一つは雄々しき白の光。獣を称えた狼の化身。―――
――― 一つは気高く輝く赤き光。翼を称えた鷲の化身。―――
――― 一つは優しさを持つ緑の光。海を称えた海蛇の化身。―――
―――この中だったら私は………―――
彼方は、白い光に向かって意識を向けた。
「我はそなたの力となりし者」
白い狼が一言呟くと、他の二つの光と共に消えていった。
―――わかりました………。あなたのトーテムはクロウですね………。―――
―――これで質問は終わりです………。―――
―――残りの説明はあなたが世界に降りてからにいたしましょう。―――
―――さあ、シルフェイドの世界へと降り立つ時が来ましたよ………。―――
その言葉と共に、意識が徐々に薄れていった。
続く。
後書きは一日目前編で。