「捕まえたのか、朋也っ!」


 意気込んで飛び込んでくる智代の声に我に返る。

 目の前には、きょとんとしている渚。

 落ち着け、冷静になれ俺。

 目の前に渚がいる。

 玄関前では智代らが待機している……が間もなく入ってくるだろう。

 それでこの状況をどう説明すればいい?

 というか、俺も全くどうしてここに渚がいるのかわかってない。

 いるとか言う以前に、渚は死んだはずだ、これは間違いない。

 でも、目の前にいるのは間違いなく渚だ、それも以前と寸分違わぬ容姿の。

 ああ、やっぱり渚って若いな、というか可愛いな――――ではなく、渚がここにいる理由だ。

 いやまぁ、明確な理由がわからないわけではあるが、おおよその事はわかる。

 つまりは――――

 ――――――――今日という摩訶不思議で激動の日の最後に、最大の隠し球があったってことだ。














 汐と愉快なお姉さん達 Operation World Errors その7 Mother or――――











 で、結局……


 『どうゆうこと?』

 『さぁ?』


 これ以上の会話はなかった。

 というか、どうゆうこと? さぁ? から先に進めないだけの事だ。

 狭いアパートの中を明らかに人口過多の状態にしつつ会議は踊る、されど進まず。

 というか、進めようがなかった。

 死人が生き返っているのだ。

 すでに、俺達の理解の範疇を超えている。

 で、同じくその理解の範疇を越えてるちびっこ三人組は行方不明。

 俺に寄生してもいない。

 まぁ、どこか近くにはいるんだろうが。

 どの辺りまでが活動範囲内なのかは知らないが。


 「とりあえず……復活おめでとう、渚ちゃん」

 「え? 何のことかよくわかりませんが、ありがとうございます」

 「そうだな……理由はよくわからないが、古河が生き返ってうれしいぞ」

 「はい、坂上さん、それはうれしいですけど――あの――」

 「でも、あなたが生き返ったからって、朋也のことは、はいそうですかって簡単には引かないからね」

 「朋也くん、私がいない間に何してたんですか――――ところで、その――――」

 「いや、言い訳がましいかもしれんが、いや、ほら、そのな?」

 「岡崎さん、それ言い訳にすらなってない気が……」

 「ところで――――その――――」

 「パパ、このひとだれ?」

 「ああ、汐、渚がお前の……」

 「あっ! あのっ!!! 朋也くん!」

 「な、なんだ? 大きな声上げて」


 渚は自分が大きな声を出したことに恐縮しながら、言いにくそうに切り出した。

 俺の方をまっすぐに見ながら。


 「その……私、死んでないです…………亡くなったのは朋也くんの筈です」

 『へ?』

 「ぱぱ、しんだの?」

 「汐には死んでるように見えるか?」

 「ううん」

 「あの雨の日…………朋也くんが仕事中、電柱から足を滑らせて落ちたって電話がかかってきて……私、雨の中を急いで病院に行きました。病院につくと病院の中に入るのが怖くて……手が自分のものじゃ無いみたいに震えて……それでも心配でいてもたってもいられなくて……病院の人に事情を話して朋也くんのいる所まで連れて行ってもらって……朋也くんが窓越しに見た事もない機械に囲まれて寝ているのが見えて……そこに行こうとしたら看護婦さんに止められて……見ていることしか出来なくて……そして――――」


 渚がそこで言葉を切る。

 そして、こっちを見たまま、俺達がここに来るまで泣いていたであろう真っ赤に泣きはらした目をこちらへ向けて、再び……否、幾度目か解らない涙をこぼし……


 「朋也くんは私の目の前で亡くなりました」

 「…………」

 「それから先はあんまり憶えてないんです……気がついたらお通夜とお葬式が終わってました。気がついたら涙が流れていて……自分でも何をしているのか憶えて無かったですけど、涙だけはいつも流れていて……朋也くんを……小さな四角い箱に入ってしまった朋也くんを見ていたら、また涙が出てきて……もう朋也くんに会えないって思ったら……私達はこれからだったのに……もっともっと朋也くんと一緒に生きて……お父さんとお母さんと他愛の無い話もして、ちょっとだけ朋也くんの自慢とかもしちゃって……もっと……もっと一緒に楽しいことを見つけて……一緒に生きて……でも、それがもう手の届かない場所にあって……どうしようもなくて……ただ泣いていました」


 渚は途中から、その小さい身体をさらに小さくしたかのように、目を逸らし俯きながら泣いていた。

 そして、再びこちらを見る。

 どこか怯えた風にこちらを見る。

 目の前の俺という存在が、まるで散りゆく花びらのように儚いものの様な視線で。

 目を離した隙に消えてしまっているのでは……怯えながら見る。


 「喪服のまま部屋でいて、やっぱり泣いていて……気がつけば眠っていて……西日が差し込む時間になっていて……もうそろそろ朋也くんが帰ってくるって思って、そこでもう帰って来ないことに気付いて……部屋の隅で泣いていました……そうしたら目の前に男の人がいて……暗くてよく見えなかったですけど、すぐに朋也くんだってわかりました。もう想像や夢の中でしか会えないと思っていた朋也くんがいました。もう何でもよかった、目の前に朋也くんがいる。それだけしか考えられなくて……もう言う事すらできない言いたかったことも、全部真っ白になって……ただ朋也くんがあの時……初めて会った頃の様に気がつけばそこにいて……私を導いてくれた朋也くんがいて……名前を呼ぶことしか出来ませんでした。今まで言いたかった事、全部、朋也くんが生きてることが……目の前にいることが、そんなもの全部後回しにしちゃっていました」


 どういうことだ? と冷静に考える俺と、渚がいるそれが全てでいい。と考える二つの自分がいる。

 前者は、明らかにこの渚は異常だ、警戒しろ、と冷徹な判断を下す。

 後者は理屈なんて全て吹き飛ばして、ただ渚があることだけを喜んでいた。

 そして、前者の俺の疑念に答えをくれそうな人物たちが非常識にもアパートの窓から入ってきた。


 「なるほど、そういう事じゃったか……よかったな朋也殿、お主は運が良い」

 「なるほどね……つまり、あっちの世界が根負けしたってことで……永遠の連鎖が断ち消え……私達の勝ちかな?」

 「うん、そうみたい。どうやらこの部屋だけ切り取られて来たみたいだよ」


 各々が納得しつつ、窓の辺りで話す寄生虫トリオに嘆息しながら言い放った。


 「いいから、さっさと入れ。浮いてるのを近所の人に見られたくないんでな。ついでに詳しく説明しろ」



















 その8に続く





 あとがき

 すいません、異様に遅れた汐姉OWE7話です。

 理由?

 そんなの、秋明さんが怠惰だからに決まって(ry

 いや、忙しかったのですよ? 色々と。理由は言えませんけど(逝け

 次は早く出しますw

 ではw