休憩(有紀寧、ことみの場合)


 「朋也くん……」

 「……ことみか、どうした?」


 頭をたれ、全身の筋肉を弛緩しきって体力の回復に努めている俺の前には、手にソフトクリームを持って俺の顔を覗き込んでいることみがいた。


 「一緒に食べよ?」


 そう言って微笑むことみに俺は……















 汐と愉快なお姉さん達 Opreration World Errors その5 遊園地は怖いところ? 後編














 「う……ことみ……顔近づけすぎ」

 「…………?」


 わからない、と首を傾げることみ。

 いや、だからそういう行動が危ないんだぞ。

 俺の顔は真っ赤だろう。

 今までの俺ならばこうはならなかっただろう。

 みんなが俺のことを好きだっていうことは知っていたが、だからといって俺がみんなのことを好きになるのはまた別問題で不等式だからだ。

 だが、今は違う。

 俺は変わってしまった。

 俺は知ってしまった。

 俺は思い出してしまった。

 あの三人が言うところの別世界……平行世界とか言っていたか……そこで俺は恋に落ちた。

 渚を愛して……

 渚が死に……

 汐が生まれ……

 汐を愛し……

 汐が死んでしまったその世界で共に生きた。

 そう、共に生きた。

 だからこそ……わかる。

 その世界で生きて……

 何を思いながら生きて……

 愛している理由も……

 愛される理由も……

 その全ての答えがでた世界で生きたからわかる。

 俺はきっと一人じゃ生きれない。

 誰だって一人じゃ生きれない。

 一人で生きている人だって、どこかしら他人に依存している部分はあるのだ。

 だから……共に生きたのだ。


 俺は他人がどうなろうとかまわないとは思わない。

 みんなが幸せで、世界中だれもが幸せになれればいいと、渇望とまでは言わないが、人並みくらいには思ってる。

 でも、俺はきっと人を幸せにするより人を踏みにじる事の方が多い星の元に生まれたんだろう。

 今だからわかる。

 あの記憶の俺はきっと、すごく幸せだった。

 渚を失っても、汐を失っても、それでもまだ隣に支えてくれる人がいたから。

 でもそれは、色んな人の想いを踏みにじった先にあった幸せ。


 そこに至るまでに、どれ程の痛みを与えたのだろうか?

 そこに至るまでに、どれ程の苦しみがあったのだろうか?

 そこに至るまでに、どれ程の想いの屍があったのだろうか?

 そこに至ったとき、どれ程の幸せがあったのだろうか?


 今、気付いたのだ。

 一つを選ぶという事は、その他を捨てること。

 はたして『ソレ』は幸運なることなのか、不幸なることなのか。

 一つを選べることが幸せだと喜ぶのか。

 他のものを捨てる事を悲しむのか。


 俺は幸せだった。

 捨てられていく想いが見えていなかったから。

 既に四度……同じ選択に迫られ、四度とも違うものを選んだ。

 そして四度……気付かなかった。

 五度目にして、ようやく見えた。

 ようやく気付いた。

 今の俺の現状に。

 周りの想いに。

 何のことは無い。

 見えて無かっただけで幸せはすぐそばにたくさんあったんだ。


 「朋也……くん?」

 「あ、いや……とにかく顔を近づけすぎないでくれ」


 そう言うと素直に顔を離すことみ。

 そして入れ替わるように顔前に差し出されるソフトクリーム。


 「はい、朋也くん」

 「さんきゅ」


 ソフトクリームを受け取り、ぺろっと一舐めする。

 それを見て、ことみは少し微笑んで隣に座る。


 「冷たいな」

 「あたりまえなの」


 そりゃそうだ、ほかほかのソフトクリームなんか聞いたこと無い。

 自分でも何を考えているのかわからないままソフトクリームを食べる。


 ああ、自分でも解る。

 何して良いのか解らないんだ。

 一度にたくさんの事を知りすぎた。

 正確には『思い出した』なのだが、実感が湧かない。

 いや、実感はあるのだが、突拍子も無いというか、おかしいというか……

 俺は狂ってしまったのかも知れない。

 いっそ狂っていた方がいい。

 これが真実なら汐はもうすぐ死んでしまう。

 が、今回もそうとは限らない。

 どうやら、今回の俺の人生……世界の書いたシナリオはイレギュラーな様だ。

 故に下手に手出しできないし、そもそもどうすれば良いのかがわからない。


 「朋也くん? さっきから様子……変なの」

 「え、あ、いや、何でもないぞ? それより……」


 ほれ……とソフトクリームをことみに差し出す。

 ことみは首を捻るばかり。


 「はんぶんこ……だろ?」


 ことみは目を丸くしてこちらを見たあと、微笑みながら今までのことみが擬態に思えるほど元気に……


 「うんっ!」


 と言って、ソフトクリームを舐めだした。















 で、ちょうどソフトクリームを食べきった頃に、見計らったかのように出てくる宮沢。


 「朋也さん♪」

 「げ……」

 「私が来たら『げ……』とか言うんですね」

 「いや、宮沢を見て言った訳じゃ無いからな?」


 その手に持ったソフトクリームを見てだ。


 「朋也さん、疲れてるみたいですから元気を出していただこうと思って来てみたんですけど……私はお邪魔のようですねっ」


 朋也さんなんて知りません、とばかりにプイッとそっぽを向く宮沢。

 一応、こちらを横目で伺っているのだが、その視線は氷点下だ。

 宮沢にそんな視線をさせる俺って……とかなり真剣に悩みそうになっていると……


 「一ノ瀬さんとは仲睦まじげに、ソフトクリームを一緒に食べれても、私とは食べれないって言うんですねっ」

 「いや、言ってないからな」

 「じゃあ、一緒に食べてください」

 「いや、宮沢……恥ずかしくないのか?」

 「何がですか?」

 「その……それを一緒に食べることが」

 「朋也さんは恥ずかしいんですか?」

 「そりゃ、恥ずかしいだろう。普通」


 と、この言葉に反応して宮沢が来てから無言だったことみが口を開いた。


 「朋也くん、恥ずかしかったの?」

 「いや、そんな事無いぞ?」

 「へぇ……一ノ瀬さんが相手だと『そんな事無いぞ?』なんですね?」

 「う……いや、それは」


 だって仕方ないじゃないか。

 こことは違う世界でそれこそ日常茶飯事だったんだから。

 ……とは、口に出しては言えないんだよなぁ。

 言っても信じてもらえなさそうだし、そもそも信じたら信じたでさらに機嫌が悪くなりそうだしな。


 「朋也くん……私のこと、嫌い?」

 「…って、どうしてそこでことみがそういう結論に行き着くんだ!」

 「だって……」



 ちなみにことみの思考回路はこうである。

 普通は恥ずかしがる→私は恥ずかしがられない→女としての魅力が無い→つまり朋也に相手にされていない。

 もっとも、朋也は気づけないわけだが。



 「朋也さんは私のこと嫌いなんですね……」

 「朋也くん……私のこと、嫌い?」


 しょんぼりと俯く宮沢とすでに半泣きのことみ。

 むしろ、泣きたいのはこっちだ。


 『お主は、本当に益体無しじゃのう……』


 おまけに脳内寄生虫にまで言われる俺。

 俺が悪いのか!?

 ええ? 俺が悪いって言うのかよう!


 「それは違うぞ二人とも……朋也は二人のことを嫌ってはいない」

 「……どこから出てきた、智代」

 「どこでもいいだろう?」


 実は俺は常に誰かしらに監視されているのではなかろうか?


 「とにかく、朋也がお前たちのことを嫌いになるはずがない。むしろそれが問題なのだ」

 「どういうことだ?」

 「……お前というやつは……私もそれほど聡い方ではないが朋也よりはマシだっていうことを実感したぞ」

 「失礼な」

 「……とにかく、これ以上愛想を振りまいてライバルを作らないでくれ」

 「わけがわからんぞ?」

 「お前はもう少し無愛想な方がいい。……いや、私にだけは無愛想でない方が好ましいのだが」

 「俺はどっちかというと、愛想がない方だがな」

 「私には常に愛想を振りまいているようにしか見えないぞ」

 「そりゃあ……」


 そりゃあ、愛想を振りまかないととんでもない目に遭いそうな事が多々あるからだ!

 ……とは、口に出して言えない俺。


 『なっさけなーい』


 うるさいぞ、ちびっこ。

 お前、早苗さんのパンを持って迫ってくる狂人×6の姿を見たことないからそんなこと言えるんだ。


 『ちょっとくらい、威厳もちなよ……』


 威厳を持つ代わりに死ぬぞ? 6回も。


 「それなら、いい方法がありますよ」

 「いや、宮沢、それは勘弁」


 どこからともなく『とっておきのおまじない百科』を取り出した宮沢に先手を打つ。

 もう、オチが見えている。


 「えーっと、たしか……ありました! 『浮気性の相手に自分との女の子との縁を断ち切るおまじない』です」

 「だからどうしてそんなに効果がピンポイントなんだよ!? っていうか、話を聞いてくれよ!?」

 「方法が…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「……朋也さん、この辺りでボラギ○ールってどこに売ってるんでしょうか?」

 「知るかぁ!? っていうか、何に使うんだ!?」

 「遊園地のすぐ隣に売ってたの……」

 「って、なんで知ってるんだよ!? っていうか教えるのか!?」

 「さっきから、ツッコミまくりだな、朋也。春原みたいだぞ?」

 「ぐあぁぁぁぁ!? なんで俺が春原扱いまでされないといけないんだぁ!?」

 「じゃあ、ちょっと買ってきますね?」

 「だから、痔の薬なんか何に使うんだよ!?」

 「だって、これが無いと、朋也さん、あとで困りますよ?」

 「何をされるんだよ!?」

 「そんなこと……私の口からは恥ずかしくて……」

 「どれどれ私も見てみよ……う? ……これは……すごいな」

 「痛そうなの……」

 「って、二人とも見た瞬間顔が真っ赤になるようなことが書かれてるのか!?」

 「……確かに……これならば浮気はできないだろう。これ程までの痴態をさらした相手を放置することは不可能だ」

 「過激なの」

 「それはおまじないっていうか、半物理的な問題じゃないのか!?」

 「あと、道具もそろえないといけませんね……えっと……注射器ってどこに……」

 「もう、勘弁してくれ……何が悲しくて遊園地で痔だの注射器だのの話をしないといけないんだ……」

 「わかりました。……ですけど、おまじないの代わりに一つお願いがあるんですけど」

 「……? なんだ? 昔みたいに頭、撫でて欲しいのか?」

 「それはそれで魅力的ですけど……私はもっと先のことがいいです」

 「先?」

 「……キス……してください」


 ……へ?

 どういうこと?

 俺が宮沢に?

 そりゃまぁ、俺だって男だし、したくないと言えば嘘になる。

 ましてや宮沢は贔屓目に見なくても可愛い方だろう。

 少し前だったらともかく、今は色々と心が揺れる要因があったりする。

 前世(?)の4つの記憶は、悲しいことがあったけど、とても楽しかった。

 すごく幸せだった。

 渚や汐はいなかったけど、代わりに支えてくれた人がいた。

 4度の人生を経て、4度とも『ああ、幸せは身近にたくさんあったんだ』……そう思った。

 だから、今度もそうなんじゃないか……そう思う。

 だから例えば、ここで宮沢にキスしたら今度は宮沢との新しい幸せな物語が紡ぎ出されるんじゃないかとも思う。


 「……朋也……まさかとは思うが、こんな公衆の前面でキスするのか?」

 「朋也くん、酷いの……」


 なるべく平静を装った二人の声が俺を止める。

 でも、装っているだけで、目は『私達の前でイチャつくなんて、ナメてんのか? ああん?』と言っている。

 宮沢との新しい物語は極端に短くなりそうだった。


 「あー……そう言えば汐のこと放ったらかしのままだった」


 とりあえず、三十六計逃げるに如かずということで逃げる俺だった。























 『ところで一つ頼みがあるんだけど……』

 ん? なんだ? 今は見ての通りあいつらから隠れていて暇だ。だから聞くぐらいはできるぞ。

 『その……私達も遊園地で遊びたいの』

 『うぐっ、ボクも!』

 『余も興味あるのじゃ。ここにはなにやら珍しいものが揃っておるしの』

 勝手に行けばいいだろ……って俺が近くにいないとだめだったんだっけな。

 『いや、この敷地内ならば行動は可能じゃ。ただ、一言ことわってから行くのが筋じゃろう』

 意外にマメな性格だな。いいぞ、行ってこいよ。

 そう、心の中で思うやいなや、我先にと俺の身体から光が出てきて、三人の身体が構成されていく。


 「じゃあ、行ってくるね」

 「ああ、行ってこい」

 「しかし、未来の遊戯場とは……長生きはしてみるものじゃ」

 「ほら、行くわよ二人とも! 神奈は羽しまって!」

 「うむ。これでよいか?」

 「ばっちり! さぁ、いこう!」


 キャイキャイ言いながら去っていく三人。

 何かとんでもないことやらかさなきゃいいんだが……














 願いなんていうものは儚いものであるわけで。

 全身が非常識で出来てるようなあの三人に常識的行動が望めるわけもなく。


 「えーっとね、その……あはは」

 「うぐぅ……悪気はなかったんだよ?」

 「あの『ぴえろ』とかいうのがいけないんじゃ! かようにお手玉を回しているのを見れば如何様な技術で回しているのかを知りたくなるのは道理なのじゃ!」


 三人は捕まったまま俺に言い訳した。


 「……で? 朋也……この三人とどういう経緯で知り合ったのかしら? 答えに拠っては人間がどの程度まで衝撃に耐えれるか身を以って確かめる羽目になるわよ」


 すっかり忘れてたが、杏や他のやつらもこの三人の存在をしっていたんだった。

 なんでも、ピエロに魅入っていた三人は後ろからその姿を見つけた杏に気付くことなくお縄にかかったらしい。


 「さぁ、キリキリ白状しなさい。何故一緒に寝てたのか! どうしてここにいるのか! そして朋也がここに隠れていたのを知ってる訳も!」

 「いや、そのな? なんて言ったらいいものか……口で説明できないって言うか、俺も未だに信じられないっていうか……」

 「い・い・か・ら!」

 「あー…………アディオス!」


 片手をシュバっと上げて走り去る俺。

 脳内会議の結果、信じられようが信じられまいが血みどろになる結果しか出てこなかった。

 実際、浮気(?)みたいなことしてるわけだしなぁ……


 「あっ! こら待ちなさいよ!」

 「わ、私達を見捨てる気!?」

 「自業自得だ」


 脱兎の如く逃げ出す俺の横を何かがビュンと通り抜けていった。

 通り抜けていったソレは近くにあった看板にめり込み、看板を根元からへし折る。

 通り過ぎる時に横目でソレを見た。

 電話帳だった。


 「…………まぁ、ワンパターンからの脱却はいいことだ」


 俺自身なんだか解らない感想を述べつつ、その場をあとにする俺だった。

























 しっかし、どうしてこうなるのだろうか?

 俺は普通に汐と遊園地で遊ぶために来たのだが……

 いつの間にやら毎度毎度の逃亡生活だ。

 杏から逃げてたはずなのに、いつの間にやら他の面子まで追いかけてきてるし……俺が何をした!?

 ……いや、まぁ、色々したような気もするが。

 それはともかく、捕まると007もビックリなくらい死ななければならなさそうだ。

 ここは一つ我が酷使されている身体を労わる為にも逃げおおさねばなるまい。

 前を見れば都合がいいように、まだ客の入りの時間じゃないのか観覧車の乗り場がガランガランだった。


 「朋也ぁっ!」


 ズドン!


 掛け声(?)と共に撃ち出された何かが近くの壁にめり込む……ってどんな威力だ!?

 見れば壁に星型の穴が開いている。

 どうやら、砲撃主:杏 弾:ヒトデ のようだ。

 っていうか、マジ死にますから勘弁してくれ。

 曲がり角を曲がり、追撃者達からは見えないように素早く観覧車の乗り場に近づく。


 「金は後で払う!」

 「あっ! ちょっとお客さ……」


 そして素早く中にもぐりこんだ。

 店員には悪いことをしたが、こちらにも色々と命に関わりかねない事情があるのだ。

 後で誠心誠意あやまろう。


 「ふぅ……まったく……あいつらの相手は疲れるな……」


 何しろ命がけだしな!

 観覧車の窓からなるべく隠れるようにして外の様子を伺う。

 下には俺を探す一行が見えた。

 店員さんも観覧車を止める事はしないようで、順調に上に向かってる。

 店員さんはいい人だったようだ。


 「はぁ……スフトクリームだけでお昼も食い損ねたし……かといってのうのうと出て行くわけにもなぁ……」

 「朋也さん、お腹がすいてるんですか?」

 「ええ、もうあいつ等のせいで踏んだり蹴ったりですよ」


 観覧車内でも堂々と外の景色も見れないくらいにな。


 「でも、朋也さん、楽しそうですよ」

 「……まぁ、楽しいことには楽しいですよ? 身体の損傷率とか考えなかったら」

 「みんな朋也さんに甘えたいんですよ」

 「もうちょっと穏やかな愛情表現じゃないと身体がもたないんですが……」

 「みんな元気いっぱいですねっ」

 「……で、どうして早苗さんがこんな所にいるんです?」


 俺は外に向けていた顔を、横でニコニコと楽しそうに微笑んでいるであろう早苗さんに向けた。

 早苗さんの方へ向き直ると、予想通りニコニコとした顔で俺の方を見ていた。


 「あら? 朋也さんが入ってきたんですよ?」

 「まぁ……事情は察してください」

 「人気者ですねっ」


 全然察してはいなかった。

 それはそうと、おっさんの姿が見えないが……まさか一人?


 「あの……おっさんは……」

 「秋生さんですか? 秋生さんなら……ほら、あそこで……」

 「ぐぁ……」


 おっさんは既に智代たちに捕まっていた。

 っていうか、なんで一緒に乗ってないんだよ!?


 「秋生さん、高いところ苦手ですから」

 「そうなんですか? 何ていうか意外ですね」


 高いところとか好きそうだし。

 煙と何とかは高いところ好きだし。

 イメージ的には『いやっほーい!』とか言いながらバンジーしてそうなんだけどな……








 「ちっくしょー! 俺が高い所が平気だったらみすみす早苗を……うおーー!」

 「朋也……これで何か間違いがあった日には……ふ……ふふふ……」

 「あのー……いくらなんでも岡崎さんに限って義母にまで手を出すでしょうか……」

 「芽衣ちゃん、一ついいことを教えてあげよっか?」

 「え? なんです?」

 「朋也はねぇ……雰囲気に流されやすいのよ……そして今、狙ったかのように義母と二人っきりっていう微妙に背徳感漂うシチュエーションなの」

 「それについては私も同意見だな」

 「そうですね、朋也さん、後先考えないところとかありますから……」

 「岡崎さんは浮気性ですっ! ぷち最悪ですっ!」

 「朋也くん、昔からモテモテだったの……」

 「小僧〜〜! 早苗に手を出して見やがれ、その時は早苗のパンを気絶するまで口にねじ込んでやるからなー!?」

 「アッキー、だいじょうぶ。パパさなえさんのことすきで、さなえさんもパパがすきっていってた」

 「ぐおおおぉぉぉ!? 全然大丈夫じゃねぇぇ!?」

 「あ、あはは……岡崎さん、変なところで信頼度抜群なんですね……」

 「まったく……なんで岡崎がこんなにモテるのか僕には理解できないよ」

 「まぁ、春原には一生理解できないだろうな……」

 「どう頑張ってもモテる要素ないし」

 「くそー!? 俺と岡崎のどこが違うんだー!?」

 「馬鹿さ加減でしょ?」


 「どうしたのじゃ? 二人とも?」

 「な、なんだか……」

 「うぐぅ……デジャビュが……」

 「……?」







 「ところで朋也さん、お腹が空いてらっしゃるんですよねっ」

 「はぁ、まぁ…………って、いえいえ! 全然空いてないですよ!?」

 「空いてるんでしたら……」


 いやーん。 この奥さん全然聞いてないですよ!?

 っていうか、何故俺は早苗さんの前でお腹が空いたなんて禁句を!?

 お願いですからそのごそごそと漁ってる鞄の中からアレだけは……


 「お弁当用に新しくパンを焼いてみたんですが、お昼になると秋生さん、迷子になってしまって食べ損ねていたんです」

 「そ……そうですか……」


 ガックリと頭を垂れる俺に早苗さんはにっこりと微笑みながらパンを差し出す。

 きっとおっさん、必死で迷子になったんだろうなぁ……

 出来ることなら俺も今すぐ迷子になりたい。


 「さぁ、朋也さん、どうぞ」

 「いや……あの……」


 俺がパンを手に取ることを躊躇しているとだんだんと早苗さんの表情が曇ってくる。

 すぐに瞳にじわぁと涙が溜まっていく。

 涙を溜めたダムの決壊は時間の問題だった。


 「わたしの……わたしのパンは……」

 「い、頂きます! いや、おっさんのを貰ってもいいものかどうか迷ってただけですよ!?」

 「もちろん貰ってもいいんですよ。私達は家族なんですから」


 早苗さんの優しい笑顔が俺の心を癒してくれる。

 その手にあるパンがその全てを打ち消してくれている。

 どうにも嫌な状況だった。

 最早、禍々しささえ感じ取れるパンを受け取り、俺は覚悟を決めるのであった。

















 「はぁ、もうすぐ下りて来ますけど……ああ、確かあのゴンドラだったような」

 「あれね!」


 今にも噛み付きそうな態度で店員に不審な男が入って来なかったかを聞いた杏が、店員の答えを聞いて飛び出していく。

 その後を、それぞれの面々がそれぞれの思惑を抱きつつ、それぞれの表情でついていく。

 いったい何なんだろう? と思いつつも顔には出さず見送る店員は勝手に入っていくお客を咎めない。

 何故なら怖かったから。

 第六感というやつなのだろうか、一見普通に見えなくもないこの一行から得体の知れないオーラの様なものを感じ取っていたのだ。

 店員は近寄ることも出来ず、成り行きを遠くから見守るだけだった。


 さっき食って掛かってきた女性が扉を開ける。

 すると、ごろんと何かが転がって地面に落ちた。

 それが人だという事を理解するまで、少々時間がかかった。

 何故なら身動き一つしない人物だったから。




 ゴロン、とまるで夜九時から始まるサスペンスで最初に殺されるキャラクターみたいな帰還を成した朋也に皆が絶句する。

 そしてその後からニコニコ顔で出てくるパン屋の妻。


 「…………」


 最早、あの密閉空間で何もなかった……否、惨劇が起こってしまったことは朋也の姿を見れば明白だった。

 その観覧車という名の密閉空間を朋也はどう思っただろうか?

 さながら動く監獄くらいには思っていただろう、少なくとも先程までは。


 「すごいんですよ、朋也さん。アッと言う間に私のパンを全部食べてくれたんです。そんなに急いで食べなくてもよかったのに」

 「…………」


 多分、アッと言う間しか意識を保てなかったんだろうな……と言葉の脳内補完を果たす一同。


 「食べるなりすぐに、お腹がいっぱいになったから寝るって言って、すぐに寝ちゃったんです」


 きっと、それは寝たんじゃなくて気絶したんだと変換する。

 気絶している朋也を汐が心配そうに揺すっているが一向に起きる気配はなかった。


 「せっかくだから、寝かせてあげましょう。朋也さんもお疲れでしょうから」

 「そうだな……確かに小僧も『色々』と疲れてるみたいだしな……」


 と、自分の身代わりになった朋也を哀れに思ってか、秋生が朋也を担ぎ上げる。

 その光景を見た店員は後にこう語る。


 まるで戦死した仲間を担いでる戦士のようだった、と。









 「あの……先程から気になっているんですけど、あの娘たちは新しいお友達なんですか?」


 早苗の言葉に杏が最初の目的を思い出す。

 そして後ろを歩いているはずの三人に向かって問い詰める。


 「そう言えば、あんた達……って、あれ?」


 振り向いた先には誰もいなかった。

 後ろを歩いていた家族連れが驚いた表情でこちらを見ているだけだった。


 「おっかしいわね……そんなに目を離していなかったのに」


 職業柄、無意識に連れや子供の行動には敏感な杏が首を捻る。

 たしかに混んでいるとはいえ、一瞬そこらで見逃すはずもない。

 しかし、確かに混んでいることも事実。

 人ごみに紛れる事が出来ないこともない。


 「まぁいいじゃないか。朋也が目を覚ました時に朋也自身から聞けばいい」

 「それもそうね」


 岡崎朋也、安住の地は夢の中くらいしかないような男だった。






 その6に続く











 あとがき


 皆様、大変お待たせしました。(待ってません

 ようやく汐姉5話です。

 某赤い大佐ばりに容量がいつもの3倍でお送りしますw

 中身は相変わらず駄作ですがw

 ようやく5話が書けたので、ようやく6話に移行します。

 まぁ、今回は蝶・難産だったので当分は難産は来ないだろうと思いつつここいらで失礼いたします。

 それではーw