しおりん改造計画
(Kanon)
 第8話『しおりん、祐一を誘惑できるか?』
(後編) 
written by シルビア  2003.11-12 (Edited 2004.3)



「祐一〜、電話だよ〜。栞ちゃんから」

……

『祐一さん? 今度の日曜日、空いていますか……』

「ああ。特に予定はないが?」

『それなら、私と一日付き合ってください』

「……いいよ」


……その一方


香里は公園のブランコに座り、夜空を一度見上げ、その視線をまっすぐに祐一に向けた。
そして、口を開いては、真剣な口調で話しはじめた。

「『しおりん改造計画』をなぜ私が作ったか、相沢君、分からなかったわね?
 その理由を話してあげる」


「……香里」

「相沢君、栞が病弱だったのは知っているわね? ……今は少しずつ回復したけどね」

「ああ」

「相沢君……栞のことで、いろんな事が有ったわね。
 私が栞なんて妹はいない、そんな風に振る舞っていたこともあったわ。
 覚えている、相沢君? 
 私、相沢君の胸の中で泣いてしまったこと、あったよね。
 あの時は、私、本当にあなたに救われたと思っているわ」

「そんな事も有ったな……」

「こうして、私や栞は相沢君と出会って付き合うようになった
 ……いえ、正確には、再会したといった方がいいわ。
 相沢君は覚えていないみたいだけど、私や栞が貴方に最初に会ったのは、
 実は、幼い頃、そう私が7才の時だったの。
 でも、相沢君は7年前、北の街から去ってしまったわ。
 たぶん、私達との思い出もその時、一緒に去ってしまったのかもしれないわね。
 あゆさんの間で起こった事故のため、あなたはふさぎ込んでしまったから」

「えっ?」

「つまり、私と栞、相沢君は皆、幼なじみだったのよ。
 栞は覚えていないかもしれないけど、私は相沢君とのことをよく覚えているわ。
 毎年、冬休みになると水瀬家に遊びにきて、私達は名雪を含めて一緒に遊んだわ」

「意外だな」

「水瀬秋子さんと私の母は高校時代からの親友で、かつては恋のライバルだったの。
 それで、水瀬家と美坂家はつき合いがあったわけなの。
 二人とも結婚して子供が出来た頃、二人は相沢君と私達姉妹がいつか結ばれたら素敵ね、そんな風に思っていたらしいわ。
 実際、相沢君と私達姉妹は仲がよくて、私達姉妹はいつか相沢君と結婚するんだ〜、 そんな風に言っていたわ。
 そんなことがあったなんてすっかり忘れているでしょうね、相沢君?」

「……あ、ああ」

「あゆちゃんの事故と栞の病気の事がなければ、私達姉妹と相沢君は今と違う関係に
 なっていたと思うわ。
 でも、皮肉なことに、私達姉妹は二人とも相沢君を好きになってしまったの」

「ちょっ、ちょっと待て、香里。二人ともって……まさか?」

「そうよ。私は相沢君のことが好きなの。
 ……言えなかったけど、幼い頃からね。
 2年の3学期に、再会した時は、とても恥ずかしくて言えなかったけど。
 名雪も相沢君のことを好きだったから、名雪の手前、言えなかったのもあるけど。
 私も、名雪と同じで、本当は7年前からずっと相沢君に会いたかったのよ」

「急にそう言われても……」

「そうね、相沢君は栞の事が好き、だから仕方がない……よね。
 それに、栞の相沢君への想い、姉として接していてもよくわかるの。
 だから……ずっと言えなかった……私の想い」

「そうか……」

「だから、一つ、賭けをしたのよ。
 栞が相沢君に相応しい女性になるなら、私は潔く身を引くと。
 それに、相沢君に想いを寄せる女性達を納得させる必要もあったわ。
 でも、春の頃の栞では、とてもあなたに相応しいとは思えなかったの。
 それに、だれも、二人の交際が相応しい、なんて思わないわ。……私もね」

「……納得」

「他にも理由はあったわ。
 栞の病気を治すために、美坂家の家計は火の車だった。
 お父さんもお母さんも、医療費の借金や私達の進学費用の捻出のために一生懸命働いているわ。
 私が受験生になって時間がとれなくなると、せめて栞が家事とかを手伝ってくれないととても手がまわらないのよ。
 でも、栞はまったく家事の能力はなかったし、相沢君との恋愛に全てのエネルギーを
注いでいて美坂家の現実をきちんと認識してなかった。
だから、姉として、妹を叱らないといけない状況だったのよ。
余談だけど、栞の弁当の材料費のために、美坂家のエンゲル係数が大分上がったなんてこともあったわ」

「……ごもっとも」

「こういう状況にあって、栞の気持ちを正せるのは、貴方しかいないのよ、相沢君。
 今の栞がどれだけいい娘になったか、相沢君ならわかるでしょう?
 【しおりん改造計画】の正当性を、相沢君も納得してくれるかしら?」

「栞にあれだけ効果があるとは思わなかったけどな」

「この計画は秋子さんも了承したわ。
 栞にとっても、美坂家にとっても必要だったから、その事情を汲んでくれたの。
 それに、名雪に天野さん、倉田さんも、栞次第では自分の気持ちをあきらめてもいいと協力してくれたの。
 そのために、三人にはかなり厳しい条件を付けられたわ。
 みんな、それが相沢君のためになるならと納得してくれた。
 ……そして、これが一番大切なんだけど、”相沢君が選んだなら”とね。
 私も……そうすることにしたわ。
 でも、相沢君の方はいろいろと迷っているのね?」

「……ああ」

「相沢君は優しすぎるのよ。でも、相沢君の恋人には誰か一人しかなれないのよ。
 当然、いつかは気持ちをはっきりしないといけない。
 相沢君の気持ちをそこまで振り向かせることができるなら、女の子の誰もが納得するの。
 だから、相沢君、【しおりん改造計画】はね、相沢君にとっても試練といえるの。
 分かるわね?」

「なんとなくだけど」

「もう答えを出す時期……そうなのよね、相沢君。
 栞もいよいよ最終決戦とばかり、あなたにアプローチするわよ。
 だから、【しおりん改造計画】の成否は貴方の判断で下すことになるわ。
 貴方が栞を望む、それなら誰も貴方達二人を否定しないわ」

「やはりな。薄々感じていたよ。そのために、俺を栞から遠ざけたのだろう?」

「そう、貴方に冷静に判断してもらうために。
 【しおりん改造計画】の遂行に必要な最小限のつき合いだけにしてもらったわ」

「いずれにしても、俺が栞との事に最後の判断を下す、そうすればいいんだろ?
 栞を受け容れて付き合うかどうかという判断を」

「そうよ、相沢君……だから、相沢君の気持ちが決まったなら……教えて」

「香里……お前もそれでいいのか?」

「相沢君、今は栞の事だけ考えてあげて……お願い。今は一人の姉に私をさせて。
 見送ってくれてありがとう……ここからは一人で帰るから。
 ……またね、相沢君」

「……ああ」


-----日曜日、祐一と栞のデート当日


「今日こそ、祐一さんのハートをゲットです」

この日のために用意した新品の服、下着もちょっぴり背伸びした大人のものを纏って、栞は化粧鏡の前に座った。

1年前より伸びた髪、栞はその髪にブラシを通しながら、後髪を肩から背にかけてすらっとしたストレートに伸ばし、耳もとを少し見せるようにサイドを少しアップにして後にウェーブさせた。

何度も練習した甲斐あってか、化粧をしていく手つきも様になってきた。
以前よりも健康的になって少し色が増したその肌に、栞はファンデーションをつけ、立体的な陰影と健康的な明るさを表すべく整えた。
まつ毛をカールして、気が付かない程度に薄目にマスカラを入れた。
リップに下地を塗ってから、その上にルージュを引き、唇を2度3度合わせてみた。

(もし、キスなんてされたら、どうしよう……わくわくします)

最後に、鏡に向かっていろんな表情のイメージ・トレーニングをして、にっこり微笑んだ。

「これでばっちりですね♪ 栞、ファイトです」

服に合わせた鞄を選び、携行する小物を入れた。
昨晩磨いておいたパンプスに足を通して、栞は玄関を出た。

(えぅ〜、やっぱりパンプスはまだ辛いです〜。
 でも、今日はやっぱり……これじゃないと)

祐一さんにキスされた時、できるだけ身長差がない方がキスしやすいかも……
そんなことを思い浮かべていた栞だった。
現実は……いつもよりも10分以上遅れて駅についた。

(はぁ〜、なんとか間に合いました。でも、やっぱり痛いですね)

タイトなスカートを着ている栞は、膝をゆっくりと折り、パンプスのかかとを少し撫でた。
確かに栞はヒールを履いて歩く練習をしたが、しかし、歩き方というのは一朝一夕で慣れるものではなかった。
ストッキングがあるとはいえ、やはり、かかとが擦れて痛んだ。
それに、ここまで歩いてくる時に感じていた周囲の視線がどうにも気になっていたのだ。

「パンプスはまだ履き慣れてないみたいだな、栞?」

「え、祐一さん? やだ、恥ずかしいです〜……こんな姿を見られてしまった」

「今日はいつもよりゆっくり歩いてあげるよ。でも、痛くなったら言えよ」

「はい♪」

「さて、これからどこに行くとしようか?
 今日は、栞の行きたいところならどこでも付き合うぞ。
 ただ、夕方の食事は、予約を入れた店があるから、そこで」

「今日は祐一さんの行きたいところ、どこにでもお供します。
 私の行きたいところですか……そうですね、映画がいいです。
 その後でちょっとだけ買い物に付き合ってくれると嬉しいです」

「映画と買い物? OK。それじゃ、行こう」

「はい♪」

「でも、栞……とてもよく似合っているよ、その服。
 今日の栞、とても大人びていているから、思わずどきどきしてしまうほどだ」

「本当ですか?
 でも、祐一さんにそう言って貰えると……なんだか嬉しいような
 恥ずかしいような……
 これ、佐祐理さんが私に選んでくれたんです」

「なるほどね。
 でも、さすが佐祐理さんだな。栞の良さをちゃんと分かって選んでくれている」

「ええ、佐祐理さんって、とてもセンスがいいですよね。
 でも、今日は……その……祐一さんの好みで、私の服を選んでくれませんか。
 恥ずかしいことに、私、まだ大人っぽい服は、この服しか持ってないのです。
 それに……祐一さんの好みの服を一度は着てみたいし」

「構わないよ。でも、珍しいよな、ストール娘が今日は羽織ってないのか」

「む〜、祐一さん酷いです。なんですか、ストール娘って」

「冗談だよ。どうも、栞のイメージにはストールが焼き付いているから」

「祐一さんがストールを好むなら、いつでも羽織ってあげます」


それから祐一と栞は二人で楽しい時を過ごした。
映画と買い物を済ませた二人は、ちょっと高級な店で夕食をとった。

「ここの料理、とても美味しいです」

「栞の味覚も随分とまともになったんだな。これ、結構辛いぞ?」

「えへっ♪ もう辛いものは悪魔の食べ物ではないんです」

「じゃ、今度は学食の辛いカレーに挑戦してみるか?」

「任せてください。
 でも、ちょっとだけ残念です。
 ここでは私が祐一さんに食べさせてあげるなんてこと、できませから」

「確かに……」

「ふふ。あっ……」

それまで上手に扱っていた栞はフォークを落としてしまった。
なれない素振りで栞も緊張していたのだろうか。

「おっちょこちょいで、ときどきドジなところは相変わらずだな、栞」

「も〜、祐一さんの……馬鹿」


だが、デートが終わりに近づくにつれ、祐一は言葉数が少なくなった。

「……いい女になったな、栞」

祐一の口からポツリと小声での言葉がこぼれた。

「えっ? 祐一さん、今、何て言ったんですか?」

「いや、何でもない……帰ろう、栞。家まで送るよ」

それから美坂家に向かう帰り道で、二人はほとんど会話が無かった。
もうすぐ家につく、そこまで来た時、栞は祐一に向かって言った。

「祐一さん、何も言ってくれないのですね。
 ……本当は、今日、私、祐一さんから彼女になってくれと言って欲しかったです。
 私、待っていたんですよ、ずっと……その言葉を。
 でも、今日は絶対に返事をもらうと覚悟を決めていました。
 だから、答えてください。
 祐一さん……私の彼氏になってくれますか?」

「……ごめん」

「えっ?」

「栞、俺は今お前とつき合えない。俺は栞にふさわしくないから」

栞はその場に立ちつくした。
祐一の口から話され自分が今聞いた事実、それを栞は信じることが出来なかった。
それは栞が一番聞きたくなかった返事だったから。

祐一は、栞をその場に残し、踵を返して水瀬家の方に向かって去っていった。

 

(つづく)

後書き

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