しおりん改造計画
(Kanon)
 第5話『しおりん、メイドの星をめざす?』 
written by シルビア  2003.11-12 (Edited 2004.3)

 

「秋子さん、よろしくお願いします」

「了承。ですが、とても厳しいですよ、覚悟は出来ていますね?」

「乙女たるもの二言はありません。"メイドの星"を目指して家事の特訓に耐えます」

「では、その覚悟の程を見せていただきましょう。
 まずは、この服を着て下さい」

「ワンピースのドレス、それにこのエプロン、面白い形をしていますね?」

「これはエプロン・ドレスといいます。
 かのシェ○・クレールのリジ○ンヌさんも着用していたブルーのドレスで、格調高いメイド服なのです」

「秋子さんの着ているグリーンのドレスも同じものですか?」

「ええ、これはオ○ガの着用していたものです。
 ……さて、着替え終えましたね? では、商店街に買い物に行きましょうか」

「買い物はメイドの重要な仕事の一つです。
 それに、まずは、この姿で歩くことでメイドとしての誇りを養って頂きます」

「はい♪」

秋子は栞を連れて商店街を歩いた。
威風堂々とする秋子に比べて、栞は歩いている間中ずっと赤面していた。
なにせ、近世イギリスの時代のメイド服の二人は、目につくこと他ならない。

「さあ、まずは魚屋さんで値切り交渉、栞さんにして頂きましょうか」

「は、はい?」

「定価で買うのは普通、ですが、それでは商店街の店で買う意味はありません。
 主婦たるもの、値札からいかにおまけさせるか、その技に尽きます」

「は〜、そうなのですか?」

「そうです。
 例えば、お魚4匹を100円値引きさせたら、その分でカップ・アイスが1つ余計に買えると思えば納得しますか?」

「あ、そうですね」

「では、頑張ってください」

秋子は買い物メモを栞に渡して、栞に買いに行かせた。

「おじさん、この初鰹、いくらですか?」

「お嬢ちゃん、そこに値札で800円と書いてあるじゃないか?」

「おじさん、か弱き乙女に800円で買えなんて寂しいこと、言うのですか?
 ……そんなこと言うおじさま嫌いです〜……」(ウィンク)

若い栞が、エプロン・ドレスの姿でもじもじしながら拗ねると、さすがに頑固な魚屋の親父でも悩殺されてしまった。

「そうか? その格好をしているお嬢ちゃんに嫌われちゃ〜、商売あがったりだしな♪
 800円とはいえないが……じゃ、特別に700円でどうだ。
 それに、このサンマも1匹おまけしてやろう」

「そんな素敵なこと言うおじさま、大好きです〜♪
(わーい、本当にアイス1個分のお金が浮きました〜♪)」

頬に両手を当てて喜ぶ栞は、更に頑固な魚屋の親父を萌えさせた。

「そ、そうか……好かれちゃ仕方あるまい、アジも1匹おまけだ。
 もってけ〜ドロボ〜!……いや、可愛いお嬢ちゃん!」

「ありがとう、おじさま。また来ますね〜♪」

「お、お〜、いつでもおいで♪ 毎度あり〜!」

鼻の下がすっかり伸びきった魚屋の親父は、栞の笑顔に見とれていた。
栞の姿を見送った親父は、何か忘れているな〜、と一瞬思ったが終始ご機嫌だった。
買い物を終えた栞は、残ったお金がやけに多いな〜と思ったが、気にもとめずアイスを買って食べた。

「さすが栞ちゃん、飲み込みがいいわ。今度は家の掃除の仕方ね」

「はい♪」

「掃除ははたきの使い方とぞうきんの使い方がポイントよ。
 それに、高い所や狭いところから先に掃除していくと、大分楽にこなせるわ。
 えーと、それでは、リビングと祐一さんの部屋の掃除をお願いするわ」

「はい♪」

秋子はリビングの掃除の時は、栞にいろいろとアドバイスをしながら、栞の様子を眺めていた。
合格ですね、と栞の掃除の結果を見た秋子は、祐一の部屋の掃除を栞にお願いした。

(祐一さんの部屋……ちょっぴりドキドキします)

栞は祐一の部屋に何度か来たことがあるものの、やはり、男性の部屋に一人でいる事に終始ドキドキであった。

(あ……このベッド、あの時のままですね)

栞がまだ病弱だった頃、祐一と栞が1週間の恋人になっていた時のちょっと淡い恋のドキドキ感がふと栞の脳裏によぎった。
それは、ベッドの上で祐一の胸に抱かれた、懐かしい記憶だった。
あの頃みたいにもう一度祐一さんの胸に抱かれたい、栞はそう思った。

(私、頑張らないと……ね。さ〜、お掃除・お掃除〜!)

その時の栞の両目にはほんのりと涙が浮かんでいた。
……今の栞は、あの頃に比べれば、祐一に愛されている確信を無くしていたから。
しかし、もう一度祐一さんに愛される自分になりたい、そんな決意が栞の頬に浮かんだ笑顔にあったことには、栞は気が付いていなかった。

しんみりした気分で掃除をしていた栞は、高いところから順に掃除をしていった。
そして、タンスの上にあった、エロ本を見つけては激高して、そして落胆した。

(祐一さん、今でもこんな物を見ているのですか!
 ……でも、今の私が祐一さんに言えることでもないですね……)

そんな栞も、祐一の机の掃除をしているときに、思わず歓喜の声を出した。

「あ〜! 七景島のデートで撮った私と祐一さんの写真です〜!
 祐一さん……机に飾ってくれていたんだ……嬉しいです♪
 それに……私のあげたラブレター、こんなに取って置いてくれている……」

栞はほんのりと涙ぐんだ。
最近の祐一さんはなぜか栞に冷たいことが多い。
でも、こんな風に自分のことを考えていてくれた、そんな祐一の心遣いが、栞には何倍も嬉しく感じられたから。

(栞ちゃん、気付いてくれたかしら?)

秋子が掃除のご褒美とばかり、こっそり栞に与えたプレゼント……そう、祐一の栞への想いを示すアイテムは祐一の部屋にいくらでもある。
リビングで栞が戻るのを待つ秋子は、祐一の部屋でいろいろと葛藤するのであろう栞の様子を当然、察していたのだ。

(さて、そろそろ祐一さんも帰って来る頃ですね?……あら?)

「ただいま〜」

玄関先に祐一の姿が見えた。
秋子は祐一を出迎えると、栞ちゃんが来ていますよ、と伝えた。

「栞が?」

「はい。今、祐一さんの部屋を掃除していますよ。そろそろ終わる頃でしょう」

「えっ? 俺の部屋だって!」

祐一はあわてて二階に駆け上がり、自分の部屋の扉を開けた。
そこには栞の姿があった。

「あ……祐一さん♪ お帰りなさい。お邪魔しています」

「栞……それはいいけどさ、その格好といい、その表情といい……」

栞の姿はブルーのメイド服だった。
それに栞は掃除の間、泣いたり怒ったり笑ったりとあれこれと感情的になったせいか、
その顔はくしゃくしゃに近いものがあった。
栞はそのくしゃくしゃ顔に笑顔を浮かべて祐一の方を向いたのだから、祐一が驚くのも無理はなかった。

「え? 私、変ですか?……あ!」

栞は祐一の部屋にあった鏡をのぞき込み、自分の姿と表情を見て驚愕した。

「めちゃくちゃ……ですね、私」

「そんなことないさ、とても可愛いよ、栞。
 ……栞のそんな姿も表情も、初めて見た」

「祐一さ(うっ)……」

次の瞬間、栞の唇は祐一の唇にふさがれていた。
栞の体は祐一の胸の中で、最初はもがいていたが、やがて力がぬけるように祐一の体にもたれかかった。


(お掃除も大丈夫ですし、家事の心得も……合格ですね?
 好きな人に気持ちよく過ごして貰うのが家事の基本、もう分かってくれたでしょう。
 メイドの星にはまだほど遠いですけど、心得を会得しただけでOKとしましょうか。
 ふふ、それにしても祐一さん、墨におけませんね)

部屋の扉から部屋の様子を覗きみた秋子は、そう心でつぶやくと、うきうきルンルンとリビングに下りていった。

(でも、祐一さん、ダメですね〜。
 もっときちんとして頂かないと!
 まだ「しおりん改造計画」は終わってないのですよ?)


【祐一】

「香里、これで栞とデートしてもいいんだろ?」

「そうね。家の両親もとても感激していたわ。
 それで、両親が今回もデートの資金を特別に援助してくれたの。
 相沢君も受験生だし、お金の方も結構きついんでしょ?」

「おお、なんと〜、諭吉様〜! それも2枚も! ああ、有り難や〜」

栞〜、お前は最高だ〜!
これで憂いはないぞ、あとは栞と楽しむだけだ。

「最近ね、栞が家でも家事をきちんとするようになったって、両親は万々歳だわ。
 これも全て相沢君のおかげだってね。
変われば変わるものね、栞も」

「その割には香里はあまり嬉しくなさそうだが?」

「……うん。
 この計画を栞がクリアするのは、私にとっては、嬉しくもあり悲しくもあるのよ。
 いつかは相沢君もその事に気が付くと思うわ。
 鈍感な相沢君のこと、もしかしたら、気が付いてくれないかもしれないけどね」


(つづく)

後書き

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