しおりん改造計画
(Kanon)
 第1話『しおりん、のけものになる』 
written by シルビア  2003.11-12 (Edited 2004.3)



---お昼休み


「相沢君、分かっていると思うけど」

「ああ、変な情けは無用だからな、香里」


その時、二人のいた教室に栞が入ってきた。


「祐一さ〜ん、お弁当もってきました〜♪ 一緒にたべましょう?」

「悪い、先約があるんだ。今日は昼は名雪と食べることになっててな」

「えぅー……祐一さん、酷いです」

栞はそれでもハーフサイズに変更した重箱を眺めながら、落ち込んだ。

「俺、最近胃を悪くして食欲がないんだよ。
 栞の弁当の量だと、食えないんだよ。
 それで今日は名雪に作ってもらったんだ」

「えぅー、そんな事いう祐一さん、嫌いです〜〜〜〜!」

「嫌いといわれてもな〜……とにかくそれじゃな」

これで連続5日、栞は祐一と一緒に弁当を食べて貰ってない。

それでも、栞の弁当に群がる北川をはじめとする男子生徒に消化されただけ、救いがあった。
アイス3個出せば食べるのに参加できる栞弁当のおかげで、売店のアイスは春なのに売り切れ気味なのだ。
やけぐい気分の栞がいつもの2倍食べたのも、いうまでもないだろう。

---放課後

「祐一さ〜ん、これからお買い物につき合ってくれませんか?」

「今日は図書室で勉強していくから、悪い、栞」

「相沢君、それじゃ行きましょうか」

「ああ。いつも悪いな、香里。栞、悪いわね」

「むー、そんな事いう祐一さんもお姉ちゃんも、大嫌いですよ〜〜〜〜だ!」

「栞〜、俺、一応は受験生なんだぜ? そうでなくても、成績がふるわないのに」

祐一と香里は並んで教室から出て行った。

---土曜(午前の授業後)

(今日こそは、絶対に祐一さんと一緒に過ごすんだから!)


「相沢君? あ〜、今さっき帰ったわよ。なんか待ち合わせだとかで。
 うーんと、ほら、あそこにいるわ」

香里は窓の外を見ると、栞に指さして教えた。


(あ〜〜〜〜〜〜〜!)


校門のところに祐一はいるにはいた。
だが、その両手に抱きついている女性が二人、そう、私服姿の佐祐理と舞がいた。
佐祐理と舞は卒業してからも、時々祐一に会いにきていた。
校門で待ち合わせた祐一は、二人に腕を組まれながら颯爽とその場を立ち去っていってしまった。

「あら、相沢君も見せつけてくれるわね。……栞、大丈夫なの?」

「えぅ〜、お姉ちゃん〜!」

「どうしたのよ、栞。泣くことないじゃない。
 第一、今は相沢君と栞がつき合っているわけでもないんでしょ」

「えぅ、えっぐ……確かに1週間だけって約束だったけど〜、」

「じゃ、もう一度アタックすればいいじゃない。泣くよりはましよ」

「……うん」

---土曜の夕方

(あ、祐一さん♪)

商店街で買い物をしていた栞の目線の先に、道の脇のベンチに一人で座っている祐一の姿があった。
栞は喜びながら、祐一の方へと近づいていった。

「祐一さん、お待たせしました。はい、ソフトクリーム」

思わず、栞はその場に佇んでしまった。

佐祐理が祐一に近づいて、ソフトクリームを手渡した。
二人は並んで座ると、ソフトクリームを食べ始めた。

「あらあら祐一さん、ほっぺにクリームがべったり付いてますよ。
 とってあげますね」

「さ、佐祐理さん……」

そういうと、佐祐理は祐一の頬にキスしながら、なめあげてしまった。
傍目からはどうみても、キスシーンにしか見えない。


「そんな事する祐一さんなんて……祐一さんなんて……大嫌いです〜!」


栞は思わず、祐一の前にででしまうと、嫌いと投げ捨ててその場を走り去ってしまった。


「あはは〜、少し、やりすぎました? 栞さんの姿を見かけたので、つい♪」

「佐祐理さん……キスはやりすぎです」

---土曜の夜


「う、うぅ、えぅ、えっぐ……」

「栞、入るわよ。あら、泣いてるの?」

「えぅ、えっぐ、お姉ちゃ〜ん。もう、私……私……だめだよう」

「一体どうしたのよ? 相沢君に振られたの?」

「えっぐ……祐一さんが、佐祐理さんとキスしてたの」

「は〜、そんなこと気にしてちゃ、相沢君とはつき合えないわよ。
 だいたい、何人の女の子が相沢君を狙っていると思ってるのよ」

「でも……」

「はいはい。ところで、明日私は水瀬家で相沢君達と勉強会なんだけど、
 栞はどうする? 一緒にくる?」

「行ってもいいの?」

「いいんじゃない。
 まあ、栞は学年が違うけど、栞も成績が悪いからね、一緒に面倒みてあげるわ。
 私が栞に教えてあげるなら構わないでしょ」

「嬉しいです♪ 祐一さんがいるなら、勉強でも何でもどーんと来いです!」

「現金ね〜。言っておくけど、アイスをたくさん持ち込まないようにね」

「え、ダメ?」

「当然よ。栞、あんたね〜、勉強しにくるの、それとも、アイス食べに来るの?」

「アイス……(げふんげふん)、いえ、"勉強しにいきます"」

「まあいいわ。じゃ、明日朝の10時に水瀬家だからね。
 栞は英語と数学の教材、もってくるのよ」

「はい♪」

栞はベッドに入ってにこにこしていた。

(あ〜、明日はやっと祐一さんといられる〜。……嬉しいな)

---日曜の夜

「おはようございます。香里です」

「おはようございます。栞です」

「あら、いらっしゃい、お二人とも。あがって、お茶でものんでくださいね」

「「はい」」


香里と栞はリビングに通された。
既に、名雪と祐一がお茶とケーキを食べながら、くつろいでいた。

「香里〜、おはよう」

「よ〜、香里に栞。まあ、ゆっくりしていってくれや」

「居候にしては態度がでかいわね。相沢君」

「いやはや……その……まあ、ここは自分の家のようだからな」

「祐一さん、家族にしか頼めない頼み事があるんですけど♪」

「あ、何ですか秋子さん?」

「ちょっとお米を切らしてしまって、13kg程買ってきてくれないかしら」

「いいですよ、秋子さん。じゃ、ひとっ走りしてきましょう」

「あ、祐一さん……私も行って良いですか?」

「栞? お米だし、栞が来ても役に立たないぞ? まあ、いいけど」

「いいんです♪」

(祐一さんとこうして歩くの、久しぶりです♪)

「栞、お前、何でついてきたんだ?」

10kgと3kgの米袋を抱えながら、祐一は栞に聞いた。

「なんとなくです♪」

「栞、お前、随分元気そうだな。なら、ちいさい方の米袋、持ってくれ!」

「えぅ〜、か弱い女の子にもたせるんですか〜。祐一さん、酷いです!
 でも、祐一さん、重そうだから持ってあげます」

よいっしょと、栞は3kgの米袋を持ちあげた……が、その足腰はふらふらだった。

「栞、俺が言うのも難だが……持てるのか?」

「大丈夫……です。これぐらい、乙女の根性でなんとか……なります……よね」

…………

「ついたぞ。あ〜、疲れた」

「着きました〜、はぁ〜」

「お疲れさま。
 あら、栞ちゃんも手伝ってくれたのね。
 それじゃ、アイスでもご馳走しましょう。早く上がっていらして」

「はい♪」

秋子手製のアイスクリームを頬張って、うれしそうにしている栞を見て、

「お前、アイスのためなら、地獄の果てにでも行きそうだな……」

「そんなこと言う祐一さん、嫌いですよ〜!」

「まあ、もうちょっと体力つけろや」

…………


ぐーーーーー、と気持ちいい寝息を立てて、机に突っ伏している栞。


「これじゃ、栞はとても勉強にならないわね」

「祐一〜、やっぱ栞ちゃんを虐めすぎたかな〜」

「仕方ないだろ?」

「そうね、仕方ないのよね……相沢君、次にやること分かっているわよね」

「ああ、ちょっとしんどいが、計画書通りにするよ」

「栞……私だって本当はこんなことしたくはないのよ」

「分かっているよ、香里。
 だけど、名雪も香里もうまく口裏合わせてくれよ。
 落ち込ませるだけ落ち込ませても、栞が奮発して貰わないと意味がないからな」

「分かっているわよ」

「香里、天野にもうまく伝えておいてくれないか。
 栞のクラスメートだし、彼女は勘がいいから計画を見抜かれてしまいかねん」

「それもそうね。私から伝えておくわ」

そんなやりとりがあったとは露知らず、栞はかわいい寝息を立ててすやすや寝ていた。

---翌週の金曜日


栞はすっかりふさぎ込んでいた。
今週の栞の祐一へのアタックはことごとく惨敗していたからだ。

昼休みは祐一と名雪がべったりで、会話の輪にすら入っていなかった。
弁当は量を半分以下にしても、祐一に食べてもらえず、ほとんど北川達の弁当に化けていた。

放課後、祐一は香里と図書室で勉強ばかりしているか、佐祐理達と商店街とかであそんでして、栞の誘いはほとんど受け容れてもらえなかった。

(もう、だめなんでしょうか……私の入る隙などないのでしょうか)

栞は学業復帰したものの友達はまだ少なく、一人で過ごす時間もながかった。
正直なところ、祐一がいると、人の輪もそれなりに広がって、栞としてはそれだけでも有り難かったぐらいなのだ。
今の友達も、なんらかの形で祐一と接点がある人が多かったのだ。

「栞さん、どうかしましたか? 元気ないですよ」

「あ、美汐さん。えーと……」

「悩みですか? 多分、相沢さんの事だとは思いますが」

「えぅ、そうなんです。最近、話すらほとんど出来なくて」

「は〜、好きなんですね、相沢さんのことが。
 なら、どうして、こんなところでしょんぼりしてるんです?
 栞さんから笑顔を取ったら何も残りませんよ」

「分かってるんだけど……でも、ダメなんです。最近は、話も聞いてくれなくて」

「それでは、場を作ってあげましょうか?」

「え? 美汐さんが?」

「ええ。相沢さんから佐祐理さんの誕生日プレゼントを選ぶ相談を受けてますから、その時なら、相沢さんとも話す時間があるでしょう。私と一緒にきません?」

「嬉しいです♪ 是非!」

「わかりました。今日の夕方、一緒に行きましょう」

美汐は栞を連れて、祐一と待ち合わせた校門のところにいった。
ただ、なにげに、美汐が祐一に合図していたことは栞はしらなかったのだが。
それから、3人は駅前のデパートに一緒に行った。

「相沢さん、佐祐理さんのプレゼント、何にするか大体決めたんですか?」

「そうだな……レポートばかり書いているから文具にしようとおもってんだけど、この万年筆と筆入れのどちらがいいと思う?」

「あ、こっちの筆入れ、可愛いです♪」

「栞〜、その筆入れ、やたらキャラが入ってないか? 一応、佐祐理は大学生なんだぞ」

「えぅ〜。じゃ、私に買ってくれません?」

「栞の誕生日は終わってるぞ?」

「快気祝いはまだです」

「はぁ〜、まあいいか。700円なら……」

「ありがとうございます」

「でも、それを栞が使っていると思うと……」

「思うと、何ですか?」

「栞って相変わらず子供……(げふんげふん)」

「祐一さん、今、酷いこと考えませんでした?」

「栞さん、ごめんなさい。私も考えてました」

「……・酷いです。じゃあ、いいです、要りません」

「拗ねるなよ。今度栞に似合いそうなやつを選んで買ってあげるから」

「祐一さん、本当ですね? 約束ですよ?」

「ああ。近々必ず」

栞は少し機嫌が直った。
あ〜、女というのは、モノを貰うのがそんなにうれしいのだろうか?

なんのかんのとプレゼントも決まり、買い物を終えて帰ろうとする祐一を、栞が引き留めた。

「祐一さん、もう帰っちゃうんですか。百花屋にでもいきましょうよ?」

「そうですよ、相沢さん。私達にお礼の一つもないんですか?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、金欠気味なんだよな〜、俺」

「祐一さん、それなら割り勘でもいいです」

「相沢さん、つき合うだけでもいいですよ。最近、つき合い悪いですよ、相沢さん」

「分かった分かった。割り勘でいいなら、行くよ」

「やりましたです♪ 祐一さん、ゲットです。さて〜、たっぷり訊問するのです」

「栞、訊問ってな〜」

「祐一さんが最近私に冷たいからいけないんです」

「……・」

3人はそれから百花屋に行った。
テーブルの上に並べた注文の品をたべながら、3人は久しぶりにゆっくりと話をしていた。まあ、祐一は受験生なので、忙しいのは仕方がなかったのだが、そんな理屈も下級生には通用しない。

「相沢さん、今、つき合っている人っているんですか? 彼女という存在ですが」

「いや、今はいないよ。なかなか決めかねているからね」

「祐一さん、酷いです。私との1週間の日々は遊びだったんですね……」

「おいおい、栞。あれは1週間だけ普通の女の子として扱う約束だったからだろ?
 それに、その時の栞は余生残り少ない女の子だったんだし、希望を叶えてあげたかったから、応じたんだし。
 それも、彼女というよりは、妹のような存在だったかな。
 俺には実の妹はいないから、なんとなく」

「祐一さん、酷いです。私と公園でキスしたじゃないですか。それを妹だなんて……」

「え? 栞さん、相沢さんとキスしたんですか?」

「ばらすなよ、栞。
 まあ、あれは……その瞬間だけは栞が妙に大人っぽくて綺麗にみえたんだよ。
 公園の噴水の雰囲気に釣られたともいえるんだけど」

「は〜、そうですか。相沢さんも案外、場の雰囲気に弱いんですね。
 でも、祐一さん、それはちょっと鈍感すぎますよ。
 相沢さんて、自分の好きな人とかタイプとか、真剣に考えたことすらないのでは?」

「いや、そんなことはないよ。俺にだって、好みのタイプというか理想とかはある」

「祐一さん、それって、どんなタイプです」

「やっぱ、言わなきゃいけないか?」

「「当然です♪」」

「わかったよ、言えばいいんだろ?
 ……頭がいいこと、そうだな、学年で50番目ぐらい。
 ……表情とか仕草とかは、大人っぽさと可愛らしさが両立するような感じ。
 ……スタイルは並かちょっといいぐらい。
 ……俺が料理下手で家事がダメな方だから、料理上手で家事上手な子がいいかな。
 ……普段はわがままをあまり言わないけど、時に俺を頼って甘えてくれる子。
 こんな感じかな」

「先輩達だと、誰が一番理想に近いですか?」

「そうだな……うーん、佐祐理と香里かな」

「祐一さん、私と美汐さんなら、どちらを彼女に選びますか?」

「言って良いのか、栞? ……どちらかと言われれば美汐かな」

「えぅー……
 それって私じゃ祐一さんの好みじゃないというんですか?
 私には望みもないんですか?」

栞は半分泣きべそをかいていた。
5項目のうち自分に当てはまるのは一つもない、その現実を突きつけられたようだったから。
学年順位は100番ぐらい、可愛い方だとは思うが子供っぽい、スタイルは胸がちょっと、料理はなんとかなっても家事はダメ、今までを振り返るとわがままばかり言っては祐一さんを困らせてばかりだったし……
これで普通の子なら、祐一に見向きされないというのも十分あり得る話であった。


「栞には栞の良さもあるし、頑張ればなんとかなりそうだけど……今の限りでは」

「酷いです、祐一さん!
 じゃ、私が祐一さんの好み通りに変われば祐一さんは相手してくれますか?」

それでも私はまだ祐一さんを諦めたくない、そんな気持ちの栞であった。
まだ16才、若い。いくらでも変わりようがある、そう思う栞であった。

「そりゃ、俺好みになるのは大歓迎だし、無論俺からおつきあい願うと思うよ。
 だが、栞には無理が有りすぎないか?」

「祐一さん、そんな事言う人〜、嫌いです!
 分かりました! 必ず見返してあげますからね、祐一さん」

「楽しみにしているよ」

「確かに約束しましたからね、二言はありませんよ。
 1項目でも祐一さん好みになったら、必ずデートして貰いますから」

「おお、いいぞ」

「じゃ、そろそろ、私、行きますね。……期待しててください」

栞は店を出て、家路を急いだ。
これからの事を考えたかったからだ。


だが、栞が去った後の祐一と美汐の会話を栞はこの時は知りようもなかった。

「相沢さん、なんとか上手くいったみたいですね」

「そのようだな。これで、なんとか栞も落ち込まずにすむだろ。
 悪かったな美汐、こんな事につき合わせてしまって」

「私は構いません。ですが、相沢さん、酷いですよ。
 ここまで栞さんを追いつめるなんてやりすぎでは?」

「それは香里とも話したさ。だけど、これぐらい徹底しないと、香里との約束もはたせないんだよ。それは美汐だってわかるだろ?」

「分からなくもないのですが……栞さんはその気になると案外強いですから。
 一度死にかけただけに失うものがないと、全力で物事を成し遂げるでしょうね」

「そうだろ? 美汐、これからも協力してくれ、な?」

「わかりました。祐一さんの気持ちは聞いてますから、それを信じて協力しましょう。
 でも、やりすぎるようでしたら、口を挟ませてもらいますね。
 私も栞さんの友達として、栞さんを大事にしたいので」

「ありがとう」

「そういえば、栞さんと私のどちらかという話、私を選びましたね?
 それは、この後、私とデートしてくれるという話とも受け取れますね?
 ならば、私は服を買いたいので、これから一緒に選んで下さいません?」

「美汐……お前もか……」

「あら、相沢さんを好きなのが栞さんだけだと思ってました?
 口裏合わせといっても嘘八百を並べるのはいけませんよね、相沢さん?」

「……・分かったよ。ただし1時間だけだぞ」

「ありがとうございます。では早速行きましょう」

 

(つづく)

後書き

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