料亭『ササラ』を後にした俺達を待っていたのは、見知った顔。


 「どうだった? お姉ちゃん?」

 「朋也くんもお疲れ様」


 椋……勝平……


 「あ、岡崎。ちょうどあんたの事で話が盛り上がってたところよ?」


 美佐枝さん……


 「ふうちゃん、岡崎さんはものにできた?」

 「岡崎……みんないい笑顔だ。これからもその笑顔を守って行く事こそが、お前の為すべきことだろう」


 公子さん、芳野さん……


 「さて、せっかくこうしてみんな集まった訳だし、何処かに寄っていくか?」

 「それでしたら、ウチに寄っていきますか? 大部屋も空いていますし」


 すかさずに宮沢が実家(料亭ササラ)を勧める。

 さすがは商売人だ。

 まぁ、久しぶりに宮沢のもてなしテクも体験してみたいし、異論は無い。

 ……と、いうわけで再び料亭ササラに戻っていくのであった。







 汐と愉快なお姉さん達     エピローグ









 転がる酒瓶。

 辺りを支配する酒気。

 乱舞するパン。

 空を飛ぶ春原。

 ヒトデを愛でる春原。

 そしてそのヒトデに愛を語る春原。


 「……って、何かさっきから語尾が僕ばっかりですよねぇ!?」

 「なんだよ、人の考えを読み取るなよ」

 「口に出てるよっ!」

 「あ、すまん、ワザとだ」

 「アンタ、そんなに僕を虐めたいんスかねぇ!?」

 「……? 何当たり前なこと言ってるんだよ?」

 「普通に即答する所じゃないですよねぇ!?」

 「ああ、もううるさい奴だな、これでも食ってろ」


 そう言って、手近にあったパンを一つ春原の口に捻り込む。


 パタ


 あの春原がノーリアクションで息絶えるほどの威力。

 さすがは早苗さんというべきか。


 さて、最初に言った転がる酒瓶とかの事は本当だ。

 今やこの部屋は地獄絵図。

 元々、アクの強い奴が揃っていたのだが、酒に酔った勢いでとどまる所を知らないようになっている。

 始まりは……







 『パパ』

 『ん? 何だ汐?』

 『このチャーハンおいしい』

 『そうだろう、何せ俺のチャーハンの師匠の宮沢のチャーハンだからな』


 元々は中華料理のメニューは無いのだが、汐が食べたいと言うので、宮沢に頼んでみたら作ってきてくれたのだ。

 何事も言ってみるものである。

 普段ならば、こういった事は言わないのだが、酒も飲んでおり相手が宮沢だということもあって頼んでみたのだ。


 『このチャーハン好き』

 『そうか、そんなに好きか』

 『まいにちこのチャーハンたべたい』

 『毎日、作ってもいいですよ?』

 『そうか、毎日作ってくれるか宮沢……って、え?』


 何故かシーンと静まり返る部屋。

 そこに至り、ようやく言葉の意図に気付く。

 男、岡崎朋也。 その言葉の意味に気付かないほどには鈍く出来てはいない。

 サー、と酔いが醒めていく。


 『いや、あの、今のは言葉の綾で……』

 『ダメ……でしょうか?』

 『いや、ダメとかじゃなくて……』

 『じゃあ、いいんですねっ♪』

 『ちょ……ちょっと待……』

 『ダメですっ! 汐ちゃんとついでに岡崎さんのご飯を作るのは風子ですっ!』

 『俺はついでか』

 『岡崎さんにはさっきの舐る様なキスの責任をとってもらうんですっ!』


 風子がそう宣言した瞬間、公子さんがやりましたね、ふうちゃん! と言わんばかりの笑顔になり、芳野さんが小さく「岡崎の義兄か…」と微妙な表情で呟くのが聞こえた。


 『え!? いや、あれ事故……』

 『ちょっと待ちなさいよ!』


 再び俺のセリフを遮ったのは杏。

 何故だか酒瓶を後生大事そうに抱えている仕草が板についている。

 よっぽど飲み慣れているのだろう。

 しかし、真っ赤な顔をしている事から酒には弱そうだと思われる。


 『私だってねぇ……ここに来る前に朋也にキスされたんだから! しかも舌入れられたし』

 『えっ! 本当なんですか岡崎くん!?』


 今度は椋が迫ってくる。

 椋は殆ど飲んでいないらしく、酔ってはいないようだ。


 『嘘だ! 冤罪だ! 舌なんて入れてねぇ!』

 『キスのこと自体は否定しないんですね』

 『いや、だから事故……』

 『甘いわね! 岡崎はことみちゃんを手篭めにしようとしたのよ!』


 今度は携帯を天高く掲げた美佐枝さん。

 最早、予想は出来ていても止める事ができない状況。

 やっぱりここでソレを使ってきたか美佐枝さん。


 『…………恥かしいの』

 『って、ことみっ! そんな反応したらますます誤解されるだろーが!』

 『ふむ……息子は思いの他モテるようだな。俺の心配も取り越し苦労だったようだ』

 『心配?』

 『ふむ……実は朋也がお見合いに失敗した時のことを考えて、芽衣ちゃんにお前の事をよろしくと頼んでおいたのだよ』

 『ええっ!? わ、私ですか!?』

 『なんか、本人も驚いているんだが……』

 『あ、でも、岡崎さんなら別にいいかな。お兄ちゃん程、世話かからなさそうだし』


 芽衣ちゃんも程よく酔っているらしい。


 『春原ほど世話かかったら俺は渚の下へ逝くぞ』

 『それ、どういう意味ッスかねぇ!?』

 『そういう意味に決まってんだろ?』

 『普通に肯定する箇所じゃないっすよねぇ!?』


 『では朋也さん、さっそく明日から作りに行きますね』

 『風子を汚した責任をとってもらいますっ!』

 『朋也〜よくも私にあんな恥かしいことしてくれたわねーっ!』

 『朋也…………くん』

 『えへへっ、岡崎さん、私が一番若いですよ?』


 宮沢……無邪気な笑顔がまぶしすぎるよ。

 風子……人聞きの悪いことは言わないでくれ。

 杏……だからアレは事故なんだって。

 ことみ……恥かしそうに俺の服の裾を掴まないでくれ、色々とヤバイ。

 芽衣ちゃん……実はかなり酔ってるだろ?


 ぎゃーぎゃーと喚く四人と静かに恥かしがってる一人は、のらりくらりとかわし続ける俺じゃ埒が明かないと踏んだのか、ターゲットを汐に変更する。


 まぁ、いくらあの五人でも、汐に変なことはしまい……しないはずだと信じて、その場を退避する。




 ……といった経緯だ。



 ちなみに退避先は男達の楽園。

 何か隅の方でちびちびと飲んでるオッサンと親父と芳野さんと勝平の所に突貫する。


 「おっ? なんだ小僧、早速尻に敷かれて逃げて来たのか?」

 「1対5じゃ勝ち目は無いんだ」

 「1対1でも負けてるように見えたが?」


 父親&義父の連携攻撃。

 的確に痛いところを突いてくるあたり、人生経験が豊富だ。

 もっとも、オッサンの方はそうも見えないんだけどな。


 「ふふっ、朋也くんも僕の仲間入りだね。僕も好きで女っぽかったり、尻に敷かれている訳じゃないんだ……それでもどうしてか……」


 勝平は何だか暗い表情でぶつぶつと愚痴をこぼしていた。

 それにしても、あの椋に尻に敷かれているなんて……そこまでくるとむしろ春原並みのヘタレだな。


 「岡崎……愛とは掛け替えの無いものだ。故に愛は少ない。だがお前の周りは愛に満ちている。そのことを肝に銘じて……」


 同じくぶつぶつと愛を語り続ける芳野さん。

 どうせなら、その満ち溢れた愛の対処法を教えてもらいたい。


 みんな好き勝手に飲んで騒いでる。

 こういうのも何だかいい気分だ。


 「お? 小僧、どうした嬉しそうな顔しやがって」

 「いや……こういうのもいいかなってな」

 「さっきまでヒィヒィ言ってた奴が悟ったような顔しやがって……気付くのが遅せーんだよ」

 「あーあー、悪ぅございましたね」

 「けっ、まぁ尻に敷かれて大変なら早苗のパンでも口に捩じ込めば大概の無茶は通るようになるぞ」


 ほら、とやけに嬉しそうに早苗さんのパンを渡してくるオッサン、ただ単に早苗さんのパンを処分したいだけにしか見えない。

 そしてそれは、オッサンにお酒を晩酌しようと近寄ってきていた早苗さんにも同じに見えるわけで……


 ゴトン


 え? って感じで振り向くオッサン。


 じわ…


 既に半泣きの早苗さん。


 「私の……私のパンは……」

 「ま、まて早苗っ! 誤解だぁ!?」

 「私のパンは人を脅すためのものだったんですねーーーっ!?」

 「く、くそっ!」


 オッサンは手元にあったパンを口に押し込み……


 「お、俺は好きだーー…………ぐはぁっ!?」


 そのまま、床に突っ伏した。

 あのオッサンが一撃で……一体、どんなパンなんだ!?


 「ふむ……実に興味深いパンだな」

 「いや、持たないでくれ、興味を……」


 変な所にしきりに関心する親父から視線をそらすと、壁に向かって愛を説き始める芳野さんと、部屋の隅で三角座りしながらぶつぶつと呟く勝平が見えた。


 「朋也……」


 そんな俺に声をかける者が一人。

 その人物は銀色の髪と着物という二つの似合わない要素を見事に融合させている人物……


 「智代?」

 「少し二人で話さないか?」










 部屋の外に出た俺達は何となく黙ったままだった。

 改めて智代を見ると、今更ながら凄い気合の入った格好だ。

 綺麗な銀色の髪。

 澄んだ蒼い瞳。

 均整のとれたスタイル。

 着こなされた着物。

 ……ハッキリ言おう。

 智代は綺麗だ。

 だからそれだけに不思議でならない。

 何故、そんな智代が俺なんかを……その、好きになったのだろうか?


 「なぁ……一つ聞いていいか?」

 「な、なんだ朋也? 私に答えられることなら全力で答えるぞ!?」


 いや、ちょっと声かけただけで、そんなに焦られても困るんだが。


 「その……なんで俺なんかを好きになってしまったんだ? 自分で言うのもなんだが……ハッキリ言って俺はいい人間でもないし突出して凄い何かを出来るわけでも持ってるわけでもないんだ」

 「そんなことは無い。朋也は私に安らぎを与えてくれる。それにそもそも……」


 言葉を途中で切って、智代が胸に飛び込んでくる。


 「理由が無ければ朋也を好きになってはいけないのか?」


 智代はそれだけを言うと、顔を胸に押し付ける。

 きっと、真っ赤な顔を見られたくないんだろう。

 対する俺はそれどころでは無かった。

 いや、だってあの智代が抱きついてきてるんだぜ?

 もう、何をしたらいいのかわからない。

 頭が職務を放棄したために、身体が勝手に自律行動を起こす。


 「智代……」


 智代の腰に回される俺の手。

 どうして女性の身体はこんなに柔らかいのだろう? と、どうでもいい疑問がすでに逝ってしまう寸前の脳ミソからかろうじて繰り出される。

 対する智代は、心底意外そうな顔をして……


 「朋也……私は自分で言うのもなんだが、融通の利かない女だ。それにきっと嫉妬深い。そんな私で……いいのか?」


 こちらの様子を怯えながら窺うような視線の智代。

 やられた。今度こそ完膚なきまでに。

 今の一撃で僅かばかり残ってた理性がご臨終した。

 こんなにいじらしくて、か弱くて、可愛い智代を見せられたら……もうダメだ。


 「智代……」

 「朋也……」


 どちらからともなく、瞳が閉じられ、顔が近づいていく。

 そろそろ、柔らかい感触が唇に感じられるだろうと思った瞬間。






 メキッ


 唇の代わりに後頭部に……そして柔らかい感触の代わりにとんでもない衝撃が俺を襲った。


 「と〜も〜や〜!? あんたなに智代といい雰囲気作ってんのよ!?」


 何かのどんぶりを構えた杏が俺の首根っこを掴んでずるずると引きずっていく。

 ……それを振り下ろしたんですか? 人の頭に?


 「殺す気か?」

 「殺す気は無かったけど、本気だったわ」


 それは殺意以外の何者でも無いんではなかろうか?

 一方の智代は何だかさびしそうな顔をしながら渋々後についてくる。


 「ところでさぁ、朋也って雰囲気に弱いのね」

 「いきなり何を……」

 「あ、気にしないで。多分、朋也に迷惑かけないから」


 いや、何だか凄く苦労しそうな気がするんだが。


 「それと、何だか死ぬほど頭が痛くて気を抜くと、気を失いそうなんだが?」

 「お酒の飲みすぎでしょ?」

 「多分、お前の殺人未遂が原因だと思うんだが……」


 なんか、やけに鈍い音だったし。

 あ、やばい、もうすぐ意識失いそう。


 「あれ? せんせー、パパどうしたの?」

 「汐……どうやら汐の新しいママが出来るのは無理みたいだ」

 「ううん。べつにいまはおねえさんたちがいるから、たのしい」

 「そうか……そりゃよかっ……ガク」


 そこで俺は力尽きた。

 何か遠くで「何寝たふりしてんのよ」とか「無理ではないぞ朋也、今からでも……」とか聞こえてきたが、きっちり聞き流した。

 まぁ、何にせよ言える事は、俺と汐と汐曰く楽しいお姉さん達がいるお陰で、これからとんでもない日々が続くことは間違いないんだろう。










 汐と愉快なお姉さん達 <完>












 あとがき


 どうも、今度こそ本当の最終回です。

 勢いから始まった「汐姉」ですが、ようやく終わりました。

 最初は5話くらいの予定だったんですが……いつの間にやら10話を超えてましたw

 さて、最後に色々と説明とかw




 『汐姉』について


 ネタから始まるストーリーw

 何事も勢いだけに任せてはいけませんといういい例。

 何となくクラナドSSを書いてみたくなったので、連載そっちのけで書いた一品w

 渚は好きですが、渚がいない世界も好きなんでこっちを選択。

 最初はお見合いを通じて、みんなが知り合っていく様を書ければそれでいいという考えで書いてました。

 まぁ、その目的は達成されたと思います(自分では)




 『汐姉 World errors』について


 これは続けますよ。

 まだ二人しか書いてないしw

 ……って言うか、本編が終わらないと意味不明なヤツもあるんで本編を先に終わらせました。

 そもそも、事の起こりは某チャットで某冷たそうな翼のお方に、チャットに入った瞬間、何の脈絡も無く…


 「クラナドの短編SS書いて」


 と言われ、何のことだか解らないままOKを出して書いた一品。

 なんたる適当さ。

 秋明っぽいと言われればそれまでですがw

 ちなみにこっちは、最低でもあと4つくらいは書きますw



 『キャラクターについて』


 一応、原作のままの雰囲気を出してるつもりですが、あくまでつもりなので何とも言えません(マテ

 途中で『椋』が『涼』になってるのを指摘されてペコペコ頭下げながらtaiさんに修正してもらったこともありますw

 あとは名前が無いけど智代ママ。

 知らない間に出てきたオリキャラw

 智代と弟……ちとさびしい……よし、ここは奮発してママをお付けしてなんと驚きのこのお値段!(w

 っていうノリで誕生。

 そういう意味不明なノリだけで生まれたキャラなわけですから、当然、ノリのいいキャラになりました。

 書いた後に、いいのかこれで? と一瞬だけ思ったけど思っただけでそのままスルーw

 あとは、朋也パパこと直幸も出しました。

 理由はやはりノリ(w

 いやーノリって怖いね?(棒読み

 まぁ、幸村を出さなかっただけマシか(w

 渚はサウンドオンリーで参戦w

 渚、出さないつもりだったのにね……

 あとは、秋明が一番書きやすいのは智代、アッキー、杏で、書きにくいのが風子、芽衣、春原だと言うことが判明。

 春原はネタが枯渇するので書きにくいですw ネタがあれば書きやすいのですがw

 難しいと思っていたことみが意外と書けたことにビックリ。

 まぁ、秋明は成績はよくないので、ことみん知識ネタは出せませんでしたがw



 まぁ、こんな所でしょうか?

 最後に、こんな駄作を置かせていただいてるtaiさんと、読んでくださった全ての方々に感謝とお礼を。

 どうも今まで読んでいただいてありがとうございましたっ。
















































 いや、まだWorld errorsとか続くから読んで欲しいんですけどね……と、最後をぶち壊して終わる秋明でした。