「朋也か?」

 「あらまぁ、この人が…」

 「姉ちゃんの…」

 「小僧、遅いじゃねーか」

 「朋也さん、遅刻ですよ?」

 「岡崎さん、遅いです」

 「朋也さん、おまじないは巧くいきましたか?」

 「岡崎ぃ、僕が助けに来たからには安心してくれよなっ!」








 「え?」


 部屋には見覚えのある様な顔が所狭しと並んでいた。

 まぁ、智代はわかる。こういうホールインワンな可能性はあった。

 そして、その隣の母親と弟らしき人もわかる。

 店員である宮沢もわかる。料理を届けに来たのかもしれないし。

 まぁ、百歩譲って、オッサンと早苗さんも家族なわけだし、わからなくもない。

 春原はいつもおかしいので問題は無い。

 しかし、どう考えてもここにいる理由の無い奴がいるではないか。


 「おい、何で風子がここにいる?」

 「それは……」


 言いよどむ風子に詰め寄る。

 泰然自若、唯我独尊な所がある風子に珍しく、あちらこちらと視線を彷徨わせている。

 何なのだろうか?


 「おい、風k『朋也ぁぁぁっ!』」

 「岡崎さん、発見しました」


 バン! と障子を破壊しかねない勢いで開けて入ってきたのは杏。

 その後ろを心底愉快げに付いてきている芽衣ちゃん。


 「朋也、あんたねぇ、何で逃げんのよ!?」


 襟元をホールドしてガックンガックンと俺の頭をシェイクしてくる杏。

 口では一応、弁解を許されてるっぽいが、頭を揺すられていたら答える事が出来ないという、ごく一般的な常識が欠如しているらしい。

 ああ、揺すられすぎで何だか視界が白くなってきたぞ。

 あ、渚、そんなとこにいたのか。今、俺もそっちに……え? 来ちゃダメって、どうしてだよ。


 「ちょっと! 何とか言いなさいよ! アンタそうやって黙ってたら何とかなるって思ってたら大間違いよ!」

 「あ、あのぅ……もうそろそろ止めないと、岡崎さん大変なことになるんじゃあ……」

 「もう、すでに大変なことになってるみたいですね……」

 「あ……あはは……ちょ、ちょーっと力入りすぎちゃったかなぁ?」


 …………

 …………あれ? 渚は?

 えーっと、何してたんだっけ?

 そうだ、風子に話を聞いてて、杏に詰め寄られて……

 …と、そこまで思い出したところで、足がもつれる。脳シェイクの後遺症だ。


 「おわっ!?」

 「わ、岡崎さん、どいて下さい。プチ重いですっ」


 バランスを失った俺は反射的に手ごろな大きさのもの……即ち風子によりかかるが、風子が俺を支えられるはずもなく、風子を押し倒してしまう。

 しかしっ!


 「ふん!」


 何とか腕一つで身体を支える。

 そう何度も同じ過ちを繰り返さないのが俺だ。

 案の定、下を向くと風子の顔が正面に……腕で支えていなければ、杏の時の二の舞だっただろう。


 「ふっ……勝った」


 …と、思いきや、運命の神様は俺の事が嫌いだったらしい。


 「朋也くん、捕まえたのー♪」

 「ぐはぁ!?」


 俺もすっかり忘れていた、ことみがいつの間にか来ていて、入り口に背を向けている俺に後ろから飛びついてきた。

 それはそれは強烈な抱きつき……否、もはやタックルと言っても過言ではない一撃に腕一つで耐えられるはずも無く、無情にも俺の肘は曲がり……
















 汐と愉快なお姉さん達     最終話














 「ん……」

 「んんーっ!?」

 「……朋也……くん?」


 きっと、時が止まるって言うのは、今の状況の様な事を言うのだろう。

 そんな事を思いながら、ゆっくりと唇を離す。


 「……あ、俺、大事な用が有ったんだった」


 そう言って、この場から逃げ出そうとするが……


 がしっ! っとことみが後ろに張り付いたまま取れない。


 「朋也くん、酷いの……」

 「それはこっちのセリフ…痛っ!?」


 手に凄い圧力がかかる。

 手が紫色になるくらいに握り締めているのは風子。

 俯いており、表情は窺えない。


 「……さ」

 「さ?」

 「最悪ですっ!!!」

 「ぐあっ!?」

 「最悪です! 最悪です! 最悪ですっ!!! 岡崎さんに風子の初めてを貪られました」

 「人聞きの悪いことを……」

 「事実です。岡崎さんには、責任をとってもらいます」

 「ちょ、ちょっと待……」


 ピシッ


 どこからかそんな音がした。

 それは、そんなに大きな音では無かったが、不思議と部屋中に響き渡り、何となく緊張感が漂う雰囲気になった。


 ピシッ、ピシッ


 その音は断続的に発せられており、感覚も段々と短くなる。


 ピシッ、ピシッ


 その音は段々と大きくなってきている。

 何事?

 と思い、音源の方を見て絶句した。


 「朋也……」

 「とっ、智代さーーん!?」


 ひびっ!

 握り締めてる机にひび入ってますよっ!?


 「いや……その……智代さん?」

 「朋也……」


 それだけを呟き、すっ…と立ち上がる智代。

 長い銀色の髪をブラインドの様にして俯いたまま、近づいてくる。

 表情が伺えない所とかが死ぬほど怖いんですけど……


 「えー、あの、智代?」

 「私はっ!」


 もう、何を言っていいのか判らない俺に、智代は俺の襟元を掴んで、強引に立ち上がらせる。

 あまりの勢いに、張り付いていたことみが剥がれて、床にころんと転がる。


 「岡崎と会える事が出来るという事が……お見合いできるという事が……本当に嬉しかったんだぞっ!」


 髪を振り上げ、真っ直ぐにこちらを見て、叫ぶように智代は言った。

 久々に見る智代は、今でも真っ直ぐで……

 ただ、俺の知ってる智代と違う所もあって……

 智代は泣いていた。

 折れることなんて無いと思っていた智代が、真っ直ぐにこちらを見て、その蒼い瞳に俺の顔を映して涙していた。


 「多少、遅れたっていい。朋也が色んな人に好かれているのもわかる。だが……」


 …と、そこまで言って、再び顔を伏せる智代。

 そしてそのまま、搾り出すような声で彼女は呟くように言った。


 「想いを寄せている人が、目の前でキスをしている事に耐えられる程……私は強くないんだ」

 「智代……お前」


 きっと、智代が俺に想いを寄せていたって言うのは、本当のことなんだろう。

 そもそも、そうでなければ、お見合いなんかに智代が承諾する筈が無いのだ。

 それに、今改めて智代の姿を見ると、着物まで着ていて……きっと楽しみにしてくれていたんだろう。

 それなのに俺は、今まで不可抗力とはいえ、馬鹿な事ばっかりしてここまで来て、挙句の果てには見合い相手の目の前で風子とキスだ。

 本当に俺はどうしようも無い奴だ。


 「ずっと……ずっと、待っていたんだ。古河が亡くなった日から……ずっと」


 顔を背けながら、静かに告白する智代。

 その告白にはどれ程の想いが籠められているだろうか。

 きっと、慕情だけではない筈だ。


 「私は……嫌な女だ。古河の事は本当に友人だと思っていながら、古河が亡くなると、すぐに朋也の事を想ってしまった」


 やはり、智代にはそういう後ろめたさがあったのだ。

 それは智代の所為じゃないのに……それでも智代は背負ってしまう。


 「あの日……古河が亡くなって、落ち込んでいる朋也を見て、触れたら折れてしまいそうなお前を見て……朋也が立ち直る日まで待とうと思った」


 智代の言葉は、まるで懺悔だった。

 すでにそこに、昔の強かった智代は影も形も無かった。


 「朋也……私には、待ち続けることですら罪だったのか?」


 それは……何て悲しい言葉なんだろう。

 ただ、待っていた事ですら罪に感じてしまう程に智代は……

 そして、そんな智代にそこまで言われても、何かが引っかかって何も言えない俺は……




 何て愚かなんだろう。











 「かーっ、もう、見てらんねーぜ、小僧! お前は何様のつもりだ」

 「オッサン?」

 「ここまで言われて、うんともすんとも言えないで、お前はここに何をしに来たんだ? まぁ、言える訳ないよなぁ? お見合いをしに来たわけじゃないんだからな」

 「オッサン、何を……」

 「小僧。お前は誰かを渚以上に好きになれるか?」

 「そ……それは」


 目の前にいる智代の視線が突き刺さる。

 それ以外にも、あちらこちらからの妙に期待の籠もった視線が俺を射抜く。




 「それは……………………………………………………無理だと思う」


 きっと、無理。

 渚以上に、誰かを愛しろといわれても、きっとどこかでその人を渚と比べてしまう。

 そして、俺にとって渚以上の人物なんてこの世の何処を探したっていないんだ。


 「けっ、やっぱりな」

 「それでも、渚以上じゃなくても、人を好きになることだって……」

 「無理だ。すでに一番が決まっているようじゃ……一番に好きになる位に思えないようじゃ無理に決まってるだろうが」

 「オッサン……」


 どんよりと雰囲気が重くなって、オッサンの次の言葉を待つ俺達に、次の言葉は……


 「……って、何を俺は恥ずかしい事、言ってるんだー!?」


 がくがくっ。

 真剣モードの俺達が一斉に崩れる。

 さっきまでは、ことみや、あの春原ですら2,3年に一度くらいにシリアスはいっていたって言うのに……


 「秋生さん、格好よかったですよ」

 「ふっ、当たり前だろ」

 「……で? 結局、オッサンは何を言いたいんだ?」


 多少、腰砕けになりつつも、先を促す。


 「つまり、小僧はお見合いで嫁を探すんじゃなくて……」





 『この子の母親を探しに来たのだろう?』




 オッサンの言葉を遮るようにして、部屋に響き渡る低い声。

 俺にはこの声に聞き覚えがある。

 再び緊張感に包まれた部屋へと入ってきたのは……


 「親父……汐……」

 「パパ」


 トテトテと小走りで近寄ってくる我が愛娘の汐。


 「朋也……」


 親父はゆっくりと俺に近寄ってきて……

 あまりに自然な動作で……

 それでもしっかりと……

 俺の顔を殴った。


 ゴッ…と鈍い音がして俺は畳の上に倒れこんだ。

 他のメンツはいきなりの事にフリーズ状態だ。


 俺が親父に肩を壊されてから、一度も俺に手を上げなかった親父が俺を殴った。

 殴られた俺自身、何が起こったのかわからなかった。


 「朋也……お前は本当に俺に似ている」

 「親父、一体何を……」

 「汐ちゃんから話は聞いた。朋也……お前は今、とても失礼な事をしているのに気が付いていないのか?」

 「どういう……ことだ?」

 「お前は『妻』を探しに来たわけではなく、『娘の母』を探しに来たということだ」

 「…………」

 「朋也……どうして俺が後妻を娶らなかったか、わかるか? 亡き妻以上に愛する自信が無かったからだ、それではただの乳母やお手伝いさんと変わらないからだ。それはただ相手に生活の世話をしてもらうだけで失礼だろう」

 「それは……」

 「それと朋也……お前は勘違いをしている」

 「勘違い?」

 「お前は、娘が母を欲したから、お見合いの話を受けたのだろう?」

 「そうだ」

 「ならば、もう一度、汐ちゃんに聞いてみろ。どんな母親がいいか」


 俺は訳もわからないまま、起き上がって汐に聞いてみた。


 「汐……どんなママがいいんだ?」


 俺がそう聞くと、汐はキョトンとして、そして元気良く答えた。







 『やさしくて、だんごが好きなのがママじゃないの?』








 頭をハンマーで殴られたかのような衝撃。

 汐は母を求めていた訳ではなかったのだ。

 汐は……渚という母親を求めていたのだ。

 汐には、渚が死んだことはそれと無く教えていた。

 だが、汐はまだ5歳の子供なのだ。

 死というものを理解していなくても、それは仕方の無いことなのだ。




 「ねぇ、パパ。ママは?」

 「ママは……な」

 「ママは?」

 「それは……」


 部屋に響く声はただ、俺と汐の声だけ。

 俺はここでキチンと言わなければいけない。

 渚は死んだ事。

 死んだ者は帰って来ない事。

 ……二度と会えない事。


 今まで、ハッキリと言えなかった。

 ハッキリと言ってしまえば……

 汐に言ってしまったら……

 もう、渚は何処にもいないんだって事を認めてしまう事になるんだから。

 何処にもいなくなるのは……あまりにも悲しすぎるじゃないか。

 でも……それでも……本当に汐のことを思うのなら言わなければいけなかったんだ。

 5年間、汐を預けていたオッサンと早苗さんの二人はきっと、汐に教えている筈だ。

 それなのに、父親である俺が教えないでどうするんだ。

 俺は渚の夫だ。

 だが、同時に汐の父親だ。

 だから、言わないと……

 5年もの間、逃げていた事を……

 自らの口から……

 汐に伝えるんだ。


 「汐……」

 「なに? パパ」

 「ママは……いない」

 「ママもちこく?」

 「いや、ママは、もう来ないんだ」

 「つぎはいつママが来るの?」

 「次は無いんだ」

 「え? どうして」


 無邪気そうに聞き返してくる娘を抱き寄せて……今、5年間の決着をつける。









 「ママは…………もう、死んじゃってるから。もう、どこにもいないんだ。汐もパパもオッサンも早苗さんもみんな、もうママには会えないんだ」



















 どれ位、そうしていただろうか。

 1分程の様にも思えたし、1日そうしていたようにも思えた。


 「…………トイレには行かないのか?」

 「ここでいい」

 「そうだったな……」


 汐が泣くのは、トイレかパパの腕の中。

 オッサンと早苗さんの教育の賜物だ。

 二人には、本当に感謝してもしたりない。


 「ぐす……ぐしゅ……」


 腕の中で泣きじゃくる汐に伸ばされる一本の手。


 「ほーら、汐ちゃん。これからは先生も一緒にいてあげるから、早く泣き止もうねー」

 「杏……お前……」

 「ふん、勘違いしないでよね。朋也はともかく、汐ちゃんは可愛いからよ」


 「むっ? 汐ちゃんの母親になるのは風子です。汐ちゃんもそう思いますよね?」

 「風子……」


 「いいこ、いいこなの」

 「おい、ことみまで何を…」

 「汐ちゃん、いいこなの」


 「汐、こんな甲斐性なしの小僧なんかに愛想尽かしたら、いつでも戻って来い」

 「秋生さん、大丈夫ですよ、汐と朋也さんなら」


 「朋也さんには随分と甘えさせて頂きましたから、今度は私の番ですね」

 「宮沢……」


 「ほら、智代ちゃんも♪」

 「姉ちゃん」

 「ああ、わかっている」

 「智代……」

 「私は、欲張りなんだ。いつかこの娘も朋也も両方掴み取ってみせるさ」


 「ほら、私はあんまり関係ないけど、出来るだけ遊びに来ますから」

 「芽衣ちゃんまで……」

 「僕も出来るだけ一緒にいてあげてもいいよ。岡崎と古河の子供だからねっ」

 「……えっと、さっきから気になってたんだが……お前だれ?」

 「ここまで来て、僕オチ要員ッスかねぇ!?」

 「ああ、『はるはら』だっけ?」

 「それ、無理矢理間違ってますよねぇ!?」

 「だって、お前とシリアスなんて出来るはずも無いだろ?」

 「そこでさわやかに言い切るのは、僕にケンカ売ってますよねぇ!?」

 「えっ?」

 「そこ、ビックリする箇所じゃないッスよねぇ!?」

 「お前、さっきからツッコミっぱなしな?」

 「誰の所為だよっ!?」

 「俺の所為じゃないだろ?」

 「僕の所為なんですかねぇ!?」


 次々に差し伸べられる手。

 この手の全てが、俺と渚の築き上げてきた関係。

 もういない渚との接点。


 「朋也、お前は俺とは違う生き方が出来るさ」

 「親父……」

 「とりあえず、選り取りみどりだからって、浮気は程々にしておきなさい」

 「しねーての」


 みんなが一緒になって、だんごみたいに俺と汐を包んでくれている。

 それはきっと、とても平和な光景で……

 これをきっと幸せって呼ぶんだろうな。




 『はいっ、朋也くんも、しおちゃんも、お父さんも、お母さんも、みなさんも、ずっとずっと幸せです』




 何処からか、そんな声がしたような気がした。

 いかにも渚が言いそうなセリフだった。


 「なぁ岡崎……今、古河の声がしたような気がしたんだけど……」

 「えっ? お前もか?」


 他のメンツの方を見ると、皆、一斉にうなずいた。

 みんな、聞こえていたのか……


 「渚。今、俺達は幸せだ。……それと」




 『渚……俺はお前を心の底から愛していた』















 エピローグへ続く。










 あとがき


 どうもー、最終話という事もあって、いつもより長くなっております『汐と愉快なお姉さん達』

 さて、次は後日談。

 まぁ、そんなに長くなりませんし、すぐ更新されると思いますw

 それにしても、今回ばかりは本気でピンチでしたw

 何しろ、何を書いていいのかわからない(マテ

 最後の方を漠然としか考えていなかった者の末路ですw

 まぁ、今回はこの辺でw

 おそらく、すぐに次が出ますんでw(多分

 それではー