「なんだか、ここに来るのも久しぶりだよね。さて、藤林杏がどこかにいるはずなんだけど……」


 岡崎に何かあったらしいけど、何があったんだろう?

 とにかく、岡崎の親友としてはピンチには駆けつけないといけないよね?

 ……と、そんなことを考えながら、藤林杏を探すけど見つからない。

 人を呼び出しておいて……



 ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン



 『迷子のお知らせをします。春原陽平くん。保護者の方がお待ちです。至急、南改札口の方までお越しください』


 「……って、僕、いきなりこんな役どころなんすかねぇっ!?」











 汐と愉快なお姉さん達     その8














 「あっ、来た来た、こっちよ」

 「アンタ、人を呼び出しておいて、コレは無いんじゃないスかねぇっ!?」

 「さ、こんなとこでお喋りしている暇はないの。行くわよ」

 「僕の事、完全にスルーしてますよねぇっ!?」

 「ああ、もう、ごちゃごちゃうっさいわね! あんまりうるさいと、舌引っこ抜いて耳にねじ込むわよ?」


 平然と恐ろしいことを答える藤林杏。

 こいつ、学生の時の凶暴性を持ったままだよ。


 「とにかく詳しい話は行きながら話すわ」

 「行くってどこにだよ?」

 「『料亭ササラ』ってとこよ」

 「なんでそんなところに行くんだよ?」

 「それを行きながら話すって言ってんでしょ! アンタの頭は幼稚園の頃から進化してないわけ?」

 「僕、これでも社会人なんスけどねぇ!?」

 「いいから、行くわよ」


 そう言って、バイクに跨る藤林杏。

 僕も当然のようにその後ろに乗って……


 「って、何してんのよ!」


 バキッ!


 あぁ……僕、飛んでるよ。

 広辞苑を大遠投できるくらいだから、凄い力だろうなとは思ってたけど、この僕を飛ばすなんて凄いよね。


 「あんたねぇ……死ぬ? いっぺん本当に三途の川渡ってみる? あァ゛?」

 「ひぃっ! じゃ、じゃあ、僕はどうやって行けばいいんだよっ!」

 「どうやってって……アンタが走ってバイクについてくるに決まってるでしょ?」

 「アンタ無茶苦茶言ってますよねぇ!?」

 「アンタ、筋金入りのバカだし、自分の肉体の限界すら忘れるくらいの事も出来るんじゃないの?」

 「それって人間止めてますよねぇっ!?」

 「え? アンタ人間だったの?」

 「鬼っすねっ!?」

 「はぁ……とんだヘタレね」

 「今の出来ないとヘタレなんスかねぇ!?」

 「仕方ないわ、急いでいるし……」

 「え? なに? やっと乗せてくれる気になったの?」


 藤林杏がバイクの座席の下をゴソゴソと漁っている。

 きっと、ヘルメットを探してるんだろう。


 「ほら、これ腰に巻きつけて。あ、首でもいいわよ?」

 「え? ロープ?」


 なんで藤林杏のバイクにはこんな頑丈そうなロープがあるんだろう?

 とにかく、言われたとおりに腰に巻きつける。あとはヘルメットだけど……


 「これをバイクの後ろに巻き付けて……っと、準備完了」

 「ヘルメットは無いの?」

 「んなもんアンタには必要ないわよ」

 「まぁ、僕は別にいいけどね。ノーヘル二人乗りで点数引かれるのはアンタだし」

 「さてと、じゃあ行くわよ!」


 そう言ってエンジンをかけ始める藤林杏。


 「…って、僕まだ乗ってないんだけど?」

 「なんでアンタ乗せる必要があるのよ?」

 「え? そ、それってもしかして……」


 ……僕、何だか嫌な予感してきたよ。


 「Go!」

 「ちょっと待って、藤ばや……、う……うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」














 「ああん♪ 智代ちゃん、可愛いすぎー!」

 「やっ、やめろ母さん! 折角着つけた着物が乱れてしまう」


 朋也とのお見合い当日。

 母さんがこの日の為に着物を買ってきてくれたと言うことで、着物を着付けているところなのだが……

 私が帰ってきたのがよほど嬉しいのか、母さんは始終ハイテンションだ。

 ……常日頃からこのテンションだったような気もするが。


 私たち家族は一時、崩壊寸前だった。

 それを救ったのは弟だった。

 弟が身を挺して繋ぎとめたのだ。

 その頃からだろうか、母さんが殊更明るく振舞うようになったのは……

 今は家族全員、事も無く無事平穏だ。

 少々、母さんが元気すぎるが。


 「よいではないか、よいではないか」

 「母さん!」

 「ダメだよ、姉ちゃん。そういう場合は『あ〜れ〜』って言いながらくるくる回されなきゃ」

 「そうよ智代ちゃん? もし岡崎さんが勢い余って婚前交渉を仕掛けてきた時に、これが出来なきゃ興ざめよ?」

 「そ……そうなのか?」

 「そうよ〜、これが出来るかどうかが明暗を分けるんだから」

 「ほら、姉ちゃん」

 「あ……あ〜れ〜」

 「そうそう、ある程度回ったら目が回ったフリをして、岡崎さんの方にしなだれかかるのよ?」

 「母さん、姉ちゃん、お楽しみの所、悪いんだけど……もうそろそろ出ないと、時間が無いよ?」

 「あらら……折角、智代ちゃんを手篭めに出来るかと思ったのに」

 「母さん!」


 ……と、今は母さんを叱っている場合じゃない。

 早く着物を着なおして『料亭ササラ』に行かないと……

 私は手早く着物を着なおし、密かな自慢である銀色の長い髪を整えて、姿見の前で自分の姿をチェックする。

 うん、問題ない。

 きっと、古河と比べたって見劣りはしない筈だ。

 私はもう負けないと誓った。

 きっと朋也を振り向かせて見せる。


 「うふふ……気合十分ね、智代ちゃん」

 「姉ちゃん、車出して来たよ!」

 「よし、行こう!」


















 「……って、わけなの。わかった?」


 目的地に着いたので、バイクを止めつつ言った。

 一応、死なないように手加減はしたんだけど、アイツはピンピンしてる。


 「アンタ、それ本気で言ってますかねぇっ!?」

 「え? 幼稚園児でもわかるようにわかりやすく言ったつもりなんだけど?」

 「それ以前に、バイクで引きずられながらじゃ聞くヒマ無いんスけどねぇ!?」


 このヘタレを引きずること十数分。

 その間に現状をかいつまんで話したんだけど、聞いてなかったみたい。


 「だ〜か〜ら〜、坂上智代は憶えてるわよね?」

 「ああ、アイツね。もちろん憶えてるさ」

 「その智代が朋也とお見合いするのよ」

 「へぇ……岡崎がアイツとねぇ…………ってマジかよ!?」

 「マジよ。……ところで、ずいぶん昔のことだけど……」

 「何?」

 「椋から聞いたんだけど、智代のことを男じゃないか? って疑ってたことあったんだって?」

 「そういえば、そんなこともあったね。懐かしいね」

 「アンタ、本当に智代が女だって納得したわけ?」

 「え?」

 「確かめたの?」

 「え? でも岡崎は確かめてきて、ちゃんと『柔らかくて暖かかった。本物だった』って……」

 「…!?!? 朋也のヤツなんてこと……じゃなくて、アンタは確かめてないんでしょ? 朋也の嘘かもしれないのに」

 「え?」

 「ほら、朋也も智代に迫られて嘘を言えって脅されてたのかも知れないじゃない」

 「そ…そう言えば、あの時、どこと無く岡崎の言葉が嘘っぽかったような……」

 「もし、智代が男なら、朋也は男とお見合いする事になるのよ? そんな事になったら、後ろ指差されるなんてもんなんかじゃないわよ?」

 「た…確かに」

 「そして今! そのピンチを救えるのは、朋也の親友のアンタしかいないのよ!」

 「そうだよねっ! 僕が何とかしないとね」

 「さぁ、行くわよ!」

 「おうっ!」


 ……さすが春原、単純よね。













 「あ〜、もう、お母さん緊張してきちゃったわ」

 「なんで母さんが緊張するんだ」

 「だって、お母さん、写真は見たことあるんだけど、岡崎さんと直接会ったことないんだもの」


 そう言って、『朱の間』でそわそわと落ち着かない私の母。

 普通、立場が逆なのではないだろうか?

 私も緊張はしている。

 朋也に会うのは何年ぶりだろう?

 それでも、それほど緊張していないのは、緊張以上に期待と不安が心を占めているからだろう。


 「僕も岡崎さんのことは話では聞いたことはあるんだけど、実際、会ったことないし……どんな人なの、姉ちゃん?」

 「朋也は……」


 ……と、言おうとした所で、部屋の扉が開く。



 朋也。

 朋也と会える。

 久しぶりでどんな反応するかわからない。

 以前のように、微笑んでくれるだろうか?

 以前のように、暖かいままだろうか?

 私のことをちゃんと見てくれるだろうか?



 私のことを…………好きになってくれるだろうか?




 朋也っ!













 「岡崎ぃっ! 無事かっ!」

 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「岡崎……って、あれ? 岡崎は?」

 「それはこっちのセリフだ春原……」

 「……智代なのか? ふ、ふん! 僕は騙されないぞ! そんな格好しても無駄だ!」


 いきなり出てきて、わからないことを言っている春原。

 母さんたちは固まっている。


 「相変わらず、何が言いたいのかわからないぞ」

 「……実は僕、岡崎を探しに来たんだよね」

 「ん? そうなのか?」

 「ああ、ちょっと岡崎と話があったんだよね。それで、岡崎はここだって聞いたから」

 「それで?」

 「でも、岡崎を見つけるのにはおっぱいが必要なんだ。少しで良いからおっぱいを貸してくれ」

 「……ああ、わかった」

 「やっぱりっ!」


 私が答えると春原は鬼の首でも取ったかのような表情になる。


 「やっぱり、お前のおっぱいは取り外せるんだな! 僕の目には狂いは無かった」

 「……何を勘違いしてるのか手に取るように解るのがシャクだが、一応、説明してやろう。私がわかったのは、やはりお前は私の邪魔をしに来たというのがわかっただけだ」

 「なにぃ!」

 「そもそも……」

 「ひぃっ!」

 「おっぱいで人が探せるかっ!」


 どげしっ!


 渾身の力を込めて春原を蹴り飛ばす。

 壁にぶち当たって、ぱったりと倒れたかと思うと、またすぐ立ち上がってきた。


 「春原……私は今、凄く虫の居所が悪い。だから正直に答えろ……なんでこんな事をした?」

 「…た、確かめたかったんだ」

 「……何をだ?」

 「智代が本当に女かどうか」

 「………………」

 「………………」

 「学生の時に一度言ったはずだが、解っていなかったみたいなんで、もう一度言ってやろう」

 「な、何を?」


 「私は女だっ!」

 「ひぃっ!」


 どぐしっ! どぐしっ! どぐしっ!

 ドカーン!


 春原をサッカーボールのようにリフティングして、トドメとばかりに扉の方に叩きつけてやる。

 扉を破壊して春原がすっとんで行った先には、サングラスを掛けた妙な一団がいた。

 この人たちも岡崎、もしくは春原の関係者だろうか?

 私は確かめるために、そちらへと近づいていった。












 続く







 あとがき


 ……と言うわけで、『汐と愉快なお姉さん達』 その8でした。

 その8はその7のもう一つの顔になっております。

 そして、その9はさらにもう一つの顔になります。

 さて……準備はいいですか?

 次は奇襲かけますよ?(99%嘘)

 まぁ、もう読者の大抵の方は察しているでしょうが、次回は主人公ととあるキャラのお話(予定)

 今回の話に明らかに足りない面子が出てきます。

 次回にも出てこない面子は他にも役割があるって事でw

 ……まぁ、先は読めてますが楽しみにしててもらえると幸いです。

 それでは、また次回に会いましょう。