「よっ! ほっ! ……と、難しすぎるぞこれ!」
俺は先程の50回転で目が回っている状態でスプーンにボールを乗せて『朱の間』を目指しているのだが……
これがかなり難しい、足元が覚束ない状態でスプーンにボール。
凶悪無比なおまじないにはそれ相応の労力がいるということだろうか?
そんなことより何より、先程から思っていることがある。
「……俺、こんなところでなにやってんだろうなぁ……」
心の叫びだった。
汐と愉快なお姉さん達 その6
「あ、朱の間は何処だ……」
あっちにフラフラ、こっちにフラフラしながら俺は悪態をついた。
さっきから一般客と店員の視線が痛い。
なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ?
先程の50回転の威力はもう無いが、スプーンとボールは健在だ。
はっきり言って、かなり面倒くさい。
「わーい!」
ドン!
「おわっ!?」
そろそろと歩いていた俺に突如、子供がぶつかってきた。
な、何しやがる! と言う暇も無く子供は去っていく。
ついでに俺は大ピンチ。さっきの衝撃でボールが落ちそうだ。
「こ、ここまできて落としてたまるかーーっ!」
落とせばここまで後ろ指差されまくった行為が無駄になる。
もはや意地だけでボールを落とさないようにバランスをとろうとするが、思うようにいかない。
「おっとっと……こなくそっ! ……どわっ!」
前に前にと逃げようとするボール。
バランスをとるのに必死で前を見ていなかったのが災いした。
眼前にはやたら立派な障子。
「んげっ!」
そのことに驚いてさらに前のめりにバランスを崩す。
俺はスプーンを放り出して、その高級そうな障子を傷つけないようにとっさに障子を開いて倒れこんだ。
「ぐおぁー!」
転んだ拍子に何かの角に頭をぶつけたらしい。死ぬほど痛い。
90度ほど回転した視界からは開け放たれた障子が見える。
どうやらどこかの部屋の中に入っているようだ。
しかも、客のいる部屋に。
どういう転び方をしたのか、俺の上に誰か乗っかっている。
「す、すみません!」
と言って、乗りかかっている人の顔を見た。
……知り合いにそっくりな顔だった。
子供っぽい髪留めに少し紫がかった黒髪、整った顔立ちに紫色の瞳、そして無邪気な雰囲気……
「ことみ……?」
「朋也……くん? 朋也くん? 朋也くん!」
そう言って恥ずかしげも無く抱きついてくることみ。
間違いなくこの人物は一ノ瀬ことみのようだ。
「お久しぶりなの、元気だった?」
「ああ、元気元気、だからそのー……そろそろ離すか扉を閉めてもらえると嬉しいんだが……」
俺がそう言うと目の前の扉がピシャンと閉まる。
「これでいい? いやー久々に会ったらモテモテねー岡崎」
「え? あ、美佐枝さん?」
これまた意外なところで会ったものだ。
目の前の障子を閉めてくれたのは、学生時代、春原の学生寮の寮母の美佐枝さんだった。
こちらを見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「こ、ことみ? そろそろ再会の抱擁も終わりにしないか?」
「嫌なの。もう少しこのままでいるの」
あふん!
なんでそんなに積極的ですか?
そういうキャラじゃなかっただろう?
「『ことみ』ねぇ……ずいぶん親しそうじゃない岡崎」
「いや、これは……」
瞬間、弁明しようとしている俺の頭が持ち上げられて、いつの間にか体勢を戻していたことみの膝の上に下ろされる。
え? なんでこんなことになってますか俺?
「ことみちゃん膝枕なの。たぶん気持ちいいの」
「うぇ? あ、う……」
やばい、気持ちいいぞ。
スカートの布越しだが柔らかい感触が後頭部を包み込んでいる。
これで布越しじゃなくて生だったらさらにうれし……げふんげふん、もとい大変だ。
うぅ……ごめんよぅ渚、正直、渚よりほんのちょっとだけ気持ちいいとか思ってしまったぞ。
「……気持ちいい?」
「…………」
「気持ちいい?」
「…………」
「気持ちいい?」
「…………」
「気持ちいい?」
「…………」
「気持ちいい?」
お願いだことみ、俺の顔が赤いことから察してくれ。
見ろ、美佐枝さんなんか今にもふきだしそうな顔じゃないか。
いいかげん勘弁してください、ことみさん。
あぁ、それでもここから顔を動かせない自分が情けない。
「気持ち……よくないの?」
「…………気持ちいい」
「よかったの」
俺がそう言うと嬉しそうに微笑むことみ。
そんなに嬉しいことなのだろうか?
ちなみにすぐ近くからクスクスと聞こえてくる声は無視だ。
俺にとっては生き地獄のような天国のような訳のわからない時間をしばし過ごしていると、ことみが話しかけてきた。
「朋也くん。おなか空いてる?」
「ん? んー、まぁ、もう昼だし減ってると言えば減ってる」
「じゃあ、はんぶんこなの」
何が半分? という素朴な疑問をよそに俺の頭をんしょっと持ち上げて膝枕から開放される。
ようやく視点が高くなって初めて気付いたのだが、テーブルの上にはかなり豪華な料理が並んでいた。
そしてことみは箸で、その中の里芋の煮付けらしきものをとってこちらに差し出した。
「あ〜ん」
……なんなんだ?
さっきからこれは新手の精神攻撃かなんかなのか?
「……とりあえず、あー、そこの寮母さん。肩震わせながら俯かないでください。気持ちはわかるけど怖い」
「だって、これが学生時代、不良で通っていた岡崎かと思うとねぇ……ぷくく」
「ぷぅ、早くあ〜ん、して欲しいの」
「ほら、姫がお待ちよ岡崎。はやく口開けてあげなさい」
だったら、その笑みを止めてくれ(ピー)歳の寮母。
しかたなく口を開けて里芋の煮付けを食べる。
一度食べてしまったら、一つも二つも一緒で後は恥ずかしくなかった。
……諦観の境地に入っただけとも言うが。
「ところで岡崎、あんたことみちゃんと知り合いだったのね」
「それはこっちのセリフですよ美佐枝さん。そっちこそ、いつことみと知り合ったんです?」
「んー、まぁ成り行きってやつよ。それにしても岡崎も隅に置けないわよ、いつの間に、こーんな良い娘に手を出してたのよ」
「人聞きの悪い……手なんか出してない」
「手を出してもらってないの……残念なの」
残念なのか?
「その割には、名前で呼び合ってるじゃない。好きあってるんじゃないの?」
「違います」
「あら即答。いくら何でも即答は酷いんじゃない?」
「朋也くん、ひどいの」
うるうると、ことみの瞳がゆがむ。
泣きたいのはこっちだ。どうしろと言うのだこの状況。
「いや、ほら、ことみだって俺なんか別に好きって訳じゃないだろ?」
「朋也くんは好きなの」
「やーっぱり、伊達に寮母やってるわけじゃないんだから。この手の事はよく相談に来られるからわかるのよ」
「…………すっかりオバサンっぽく…」
「何か言った岡崎?」
「なんでもないです」
生きる為にはそう言うしか無かった。
下手したらドロップキックで頚骨骨折で死んでいただろう。
「でも岡崎はことみちゃんのこと嫌いなのねー、ああ、可愛そうなことみちゃん」
「いや、ちょっと待っ……」
と言いかけたところで、袖をくいくいと引かれる。
その先には控えめに袖を掴んで上目遣いの瞳を滲ませる寸前のことみ。
か、可愛い……
「朋也くんは……嫌い?」
「いや、そんなこと無い」
「じゃあ、好き?」
何でそーなるですか?
世界には好きか嫌いかしか無いんですか?
「う…まぁ、どちらかと言えば好きだ」
「よかったの、朋也くんとことみちゃんは相思相愛なの」
「ちょっと待てーーーっ! 飛んだ!? 今、明らかにLikeからLoveに飛んだ!?」
「嫌い……?」
「う、その眼は……ず、ずるいぞことみ!」
「……?」
「あぁっ! こーゆーとこだけボケやがって! ……ってそこっ! ニヤニヤしないでくれ!」
「いいじゃないの岡崎。あたしから見たら冗談抜きにお似合いよ」
「ああもう、そもそも俺はここにお見合いしに来たんだぞ?」
「朋也くん酷いの……」
「岡崎、あんた鬼?」
「なんでそうなるっ!?」
「仕方ないわねぇ……こうなったら実力行使よ、岡崎をお見合い相手がいなくなるまで、ここから出さない様に取り押さえておくのよ」
「了解なの」
お、横暴だ!
……とか思いつつ、のしかかって来ることみの身体が気持ち良くて……下手な力ずくよりも強力な拘束だ。
おまけに美佐枝さんまでいるし……本気で出れないかも知れん。
どうしたもんか……
あとがき
以上、汐と愉快なお姉さん達 その6 でした。
今回は再び登場のことみ&美佐枝さんペアのお話。
異色の組み合わせなんで書くのに少し苦労しました。
あと何気にアダルト朋也の美佐枝さんと会ったときの口調が想像しずらくて苦労。
今回の朋也は、すごろくっぽく言うと、『美佐枝さんにはめられる:一回休み』のマスに止まったみたいな感じ。
……と言うわけで次回は朋也くんお休みです(笑
で、次回は……智代か風子のお話になりそうです。
どっちかは……まぁ、秋明の気の向くまま……ということで。
それでは次回のあとがきで会いましょう。