「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい、行ってらっしゃい」
俺は汐を早苗さんに預けることにした。
さすがに知り合いとはいえ、一応お見合いに子供を連れて行くわけにはいかない。
本当ならおっさんと早苗さんにはお見合いの事を言っとくべきなのだが……
どうせ、不発で終わるだろうし、街でも(かなり不本意な)噂になってるくらいの事だ。
二人が知らないはずない。
「おみやげ、お願いしますね〜」
「……本当に知らない……のか?」
ちょっと不安になってきたけど、もう12時までにあまり時間がないので、あまりごたごたもしてられない。
笑顔で手を振る早苗さんを見ながら、何故か一抹の不安を感じずにはいられなかった。
汐と愉快なお姉さん達 その5
「あっきー、今日はなにするのー?」
「そうだな、今日はガキどもいないし、たまには店番でもするか」
「はーい」
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五分後
「かーっ、ぜんぜん客がこねぇじゃねーか。ヒマだぞ」
「あっきー、さなえさんはー?」
「いつも通りに奥で妖しいパンをこさえてる。近づかない方が身のためだ」
「ふーん」
会話が途切れる。
店の奥からは時折、『えいっ!』とか『きゃっ!』とか謎の奇声とか爆発音など、パン作りに関係のない音が響いてくる。
しかし二人ともなれたもので、平然としている。
「そういや、今日はどうしたんだ。小僧と一緒にでかけないのか」
「パパ、今日は『おみあい』なんだって、だからついて来ちゃダメだっていってた」
「お見合いだぁー? 気でも狂ったか?」
「パパが『ママ……欲しいか』っていって、それにうんってこたえたら、パパおみあいするって」
「…………あいつ」
この時すでに秋生は悟ってしまった。
朋也が渚を愛していて、今でもまだそれを引きずっているのは見ていればわかる。
朋也はすでに自分の幸せを諦めている……とまではいかないものの、他の事より優先させるべき事柄ではなくなっている。
今、朋也を動かしているのは汐だ。
汐の幸せだけが朋也を動かしている。
そのために他の全てをかなぐり捨てていると言っても過言ではない。
今はまだそんな事態になっていないが、もし汐の為に他の全てを諦めなければならないとしたら、朋也はためらいなく全てを捨てるだろう。
迷走状態。
朋也は今、渚の死と、汐を守る事に目をとられ、目の前にある幸せに気がついていない。
渚の遺影と汐を腕の中に収めて、周りにあるもの全てを拒絶しているとも言える。
今回の見合いも朋也にとっては、『汐の母を探す』為であって、決して『生涯の伴侶』を探すためではないのだ。
早い話、汐をまっすぐに育てることが出来るなら、誰でもいいのだ。
たとえそのせいで朋也自身がどうなろうとも。
もとより幸せになろうなんて朋也自身、これっぽっちも考えていない。
朋也の幸せというのは、渚と汐と三人で暮らすことに他ならないのだと思っているから。
渚でないなら誰だって大差ない、汐さえ正しく育ててくれるのならそれでいい。
結局の所、岡崎朋也という人間は渚の死から立ち直ったような振る舞いをしているが、汐がいるから立ち直らなくてはいけなかっただけで、心の底では立ち直っておらず……むしろ、立ち直った振る舞いのシワ寄せが心に跳ね返ってくる。
言うなれば壊れかけの写真立て。
ボロボロのふちには渚の遺影。
倒れないように支えているのは汐。
「…………バカがっ、あいつ人生棒に振る気か」
「あっきー、どうしたの?」
「汐、ちょっと早苗呼んで来い。今日は店はお休みにして出かける」
「えー、いまのさなえさんに近づきたくない。あっきーが行ってよ」
「ちっ、相変わらず護身に長けてるな。まぁ、古河パンの劇薬指定種を製作中の早苗は危険……」
カラン…
「まさかっ!」
秋生が振り向いた先にはお盆にパン(?)を乗せていた涙ぐむ早苗。
足元にはお盆とパン(らしき何か)が転がっている。
「私のパンは……」
「まて、早苗…」
「劇薬指定種だったんですねーーっ!」
後ろを向いてダダダーっと走り去っていった。
「くっ、早苗……汐、俺の背中に乗れ!」
「わかった」
「俺も劇薬だぁーーっ!」
秋生も汐をおぶって、落ちてるパンを口につめ、何だかわからない事を言いながら走り出した。
古河パンは今日も平和だった。
「……料亭ササラって、ここか。むちゃくちゃ高そうだな」
俺は和風の入口を前に固まっていた。
俺的には『ここどこ?』って感じだ。
贅沢とは縁深いところは俺には縁遠いのだ。
まぁ、服装は一応ましなのを着てきたから何とか浮かずにすみそうだ。
だって一応お見合いだし、いいもの着とかないと何より智代が…
『朋也、お前は私の事を女として見てないんだな? だからそんな格好でくるんだな?』
『いや、まて誤解…』
『さよなら、朋也』
ドガガガガガガガガガガ、バキッ!
YOU ARE DIE!
……ってな事になりそうだし。
お見合いで蹴り殺されました……なんて三面記事に載るのは嫌だ。
とにかく、俺は意を決して店の中に足を踏み入れる。
「ごめんくださーい」
ガラガラと扉を開けて中に入ると、中から着物を着た小柄な女性が出てきた。
亜麻色っぽい髪に一本ぴょこんと髪の毛が立っているのが特徴的だった。
その店員らしき女性はふかぶかとお辞儀をして出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、料亭ササラにようこそ」
と店員が言った。
どうにもその『いらっしゃいませ』の言葉に妙な懐かしさを感じるんだが……
俺が首をひねっていると、店員が顔をあげて……俺と目が合った。
この髪、藍色っぽい瞳、この独特の癒しっぽい雰囲気、先程の言葉の懐かしさ……まさか……
「あ……もしかして朋也さんですか? お久しぶりですね」
「み、宮沢!? どうりで『いらっしゃいませ』の言葉が懐かしかったわけだ……というかなんでこんな所に…」
「なんでと言われましても、ここ私の実家ですから」
すごく初耳だった。
宮沢とこんなところで再会するとは……
「朋也さんと会えるなんて……おまじないした甲斐がありました」
「おまじない……まだやってるのか?」
「はい、久しぶりに朋也さんもしてみますか?」
そう言って袖から『とっておきのおまじない百科』を取り出す宮沢。
なんでもいいけど、それって学校の資料室にあったやつなんじゃあ……返さなくていいのか?
「うーん、じゃあお願いできるか?」
「どんなのがいいですか?」
「そうだな、お見合い相手とうまくいくおまじない……なーんてあるわけ……」
「お見合い、お見合い……102ページですね。ありましたよ」
「あるのかっ!?」
とことん、都合のいい本だな……
おまけに悪魔に魂を売ったような効果は高校のときに思い知ったし……
「お見合い相手を惚れさせるおまじない、なんてどうですか?」
しかも効能がクリーンヒットに都合がいいし。
智代に悪い気がするが……所詮おまじないだ。
おまじないをしたら犯罪になるわけで無し、汐の為にもここは少しでも可能性を上げておくべきだ。
俺がうなずくのを見ると、宮沢は何処からともなくバットとボール、それにスプーンを持ってきた。
「野球でもするのか?」
「いえ、さすがにそれは……えっと、まず心の中で『ぴんぷるぱんぷるろりぽっぷん、まじかるまじかるるんららー』と唱えてください」
「なんだそのどこかのエセ魔女っ娘が唱えてそうな呪文は……」
「そんなこと言われましても、本にそう書いてるだけですから……」
あはは…と苦笑いする宮沢に言われるとおり、心の中で呪文を唱える。
「唱えたぞ」
「はい、それでは次にこのバットを額に当てて50回回って下さい」
「スイカ割りか?」
とりあえず、50回回ってみた。
「最後にスプーンにボールを乗せて、お見合い相手のところまで行ってください」
「最後は運動会か?」
フラフラになりながらスプーンにボールを乗せて廊下を進んでいく。
「ところで、智代……お見合い相手の部屋はどこだ?」
「朋也さん、お見合いなんですか?」
「そうだ、まぁ、多分むりだろうがな」
「えっと、確か『朱の間』だったはずです」
「そうか、サンキュ、宮沢」
俺は頭を下げてスプーンを持ったままフラフラと『朱の間』をめざした。
「頑張って……いえ、頑張らないでくださいねー」
後ろから宮沢の理解しがたい声援らしきものを受けながら……
あとがき
お見合い当日になり、とりあえず出てないキャラを出してみた5話でした。
どうも、作者の秋明です。
今回は古河一族と宮沢のお話。
宮沢は迷いましたが、料亭ササラの店員というオリジナル設定にしました。
あと、朋也は渚とくっつきましたが、他のキャラのルートもそこそこ通過している設定です(汗
古河さんちもようやく発進して(?)ようやく汐の出番も増えそう(予定)です。
さて、次の話は、多分ことみと美佐枝さんのお話になりそうです。
杏と智代、春原はもう少しあとになりそう……
風子は……どこで出そうかまだ迷ってます。
……出来ればお見合いの話は10話までに終わらせたいなー(絶望的ですが)
それでは次の話で会いましょう。