時は少し遡って午前の幼稚園。
「はーい、今日は先生と家であった事をお話しましょうね〜」
『はーい!』
杏は子供たちに囲まれ立派に先生をしている……そんないつもの風景。
そんないつもの光景が今日も続くはず…………だった。
「せんせ〜、昨日のごはんはハンバーグだったんだぁ!」
「昨日は折り紙で紙風船を作れたんだよ」
「鉄棒で逆上がりが出来るようになったんだ!」
「へ〜、みんな、よかったね。……あれ、汐ちゃん? 今日は元気ないわね〜、お父さんに愛想つかした?」
「ううん。パパ、カッコイイし大好き」
「……相変わらず愛されてるわね〜朋也。それじゃどうしたのかな?」
「少し考え事してた」
「汐ちゃんは何を考えてたのかな〜?」
次の汐の言葉が出るまでは、本当にあきれるぐらいに平和……だったのだ。
「パパが『おみあい』っていうことして、ママを連れてきてくれるって言ってたから、ママってどんな人か考えてた」
「へっ?」
汐と愉快なお姉さん達 その2
「う、汐ちゃん? それ……本当?」
「うん、パパがそういってた」
「は……はは……お見合い? あれだけ美人に囲まれた環境だっていうのにお見合い?」
「せ、せんせい?」
「ふふ……上等よ朋也! かつて藤林姉妹に目もくれなかった癖に……まだ目の前に私がいるって言うのに……お見合いですって? その鈍感すぎる性根、叩きなおしてやるわ!」
「うわ〜ん、せんせいがこわい〜」
「ふふふ……朋也……覚悟しなさい」
幼稚園内に発生した巨大になるかも知れない陰謀に、朋也は当然のことながら気付く事は無かった。
そして時間は流れ、お見合い前日の土曜日。
「お邪魔します」
「お、風子か、今日は早かったな。今、チャーハン作ってるところだから、先に入って汐の相手してやってくれ」
俺は土曜日になると欠かさずやってくる風子を家の中に招きいれ、昼飯を作る事を再開した。
風子と汐の仲はいい。
俺はそれを精神年齢が近いからだと踏んでいるが、風子が怒りだすので声に出しては言わない。
「岡崎さん、ご飯はまだですかっ?」
「…ったく、本当に遠慮がないな、お前」
口では文句を言うものの、こんなやりとりももう慣れてしまって、今では心地の良いものになっている。
それに……風子と初めて会った時から、こんなやりとりが懐かしく感じられた。
ずっと昔……そう、それは渚がいて、春原がいて、杏がいて、椋がいて、智代がいて、宮沢がいて、ことみがいて、みんながいて……
そんな学園生活の思い出の中に……
居る筈のない風子の姿があったような気がして……
居る筈のない風子と何か……とても大切で……絶対に忘れてはいけなかった……
とても大切な……
約束が……あったような気がして……
「岡崎さん?」
「おわっ!?」
気が付くと目の前に居間にいるはずの風子の顔面がどアップで迫っていた。
その風子の後ろにはホカホカの湯気をたててテーブルに鎮座しているチャーハン。
そして、お腹をすかした汐。
……どうやら無意識のうちにチャーハンを作り終えて、ここまで持ってきたみたいだ。
「悪い……少し考え事をしていてな……」
「やはり風子に奥さんの影を重ねてしまったんですね……」
「いや、全然似てないからな」
「ほほひへはおふぁふぁひふぁん(そういえば岡崎さん)」
「ん? なんだ?」
もぐもぐとチャーハンを口いっぱいにほおばりながら風子は話しかけてきた。
(小動物系……だな)
「んぐんぐ……お見合いするって本当ですか?」
「なんでお前が知って……芳野さんか」
「いいえ? 町中で噂になってます。岡崎さんが年下の幼な妻を狙ってお見合いをするとかなんとか……」
「ぶっ! なんだそりゃ!?」
「岡崎さん、食べ物を噴かないで下さい。汚いです」
まぁ、田舎だし多少は噂も出回るだろうとは思っていたが風子の耳に入るぐらいだとは……
しかも微妙で合ってるようで違うし。
「それにしても幼な妻が欲しいだなんて……発情期ですか?」
「ひとを獣みたいに言うな」
「違うんですか?」
「違う。いや、お見合いするのは本当なんだが」
「やっぱりケダモノです」
「違う。ただ汐に母を…と思ってな」
「ダメです」
「は?」
「岡崎さんはお見合いをしてはダメです」
「む、何でだよ?」
「汐ちゃんのお母さんになるのは風子です」
「はぁ?」
「そうしたら毎日、汐ちゃんと遊びまくりです」
「色々言いたいことはあるが……家事しろよ、母親なんだろ」
「それは召使いの岡崎さんの仕事です」
「夫だ」
「え? 誰のですか?」
「お前のだ」
「最悪です」
「そりゃこっちのセリフだからな」
最悪だ…なんて言いながらもにこにこと汐に、風子が母親になったほうが良いですよね? と力説している風子。
なんだかんだで、こんな生活のままでも、いいような気がしてきた。
「……残念なの」
風子と朋也がそんな話をしているころ、一ノ瀬ことみは商店街の入口付近にある福引の抽選場所を悲しそうに見ていた。
その手には本日の戦利品である本が数冊と福引券が4枚。
抽選する為には券が5枚いるのだ。
もう一冊何か本を買えばもう一枚福引券がもらえるだろうが、生憎手持ちがもうない。
あと一枚だと言うのに、そのあと一枚がない。
その場から去ろうとするのだが、後ろ髪引かれまくりなのだ。
「ガラガラ、回したかったの」
……どうやら、福引の商品ではなくガラガラを回すことの方が重要だったようだ。
そんなガラガラに対する熱意が通じたのか、しょんぼりと肩を落としている彼女に声をかける救世主がいた。
「あのー」
(びくっ!?) 「……いじめる? いじめる?」
「いや、いじめないけどさ……さっきからあんた福引券を握り締めてあっち見てるけど……よかったらこれ使う?」
そう言ってことみに差し出される福引券。
「いいの?」
「いいっていいって、どうせこれ一枚じゃただのゴミ屑なんだし、あげるわよ」
「ありがとう」
そう柔らかい表情でお礼を言って、幸せそうに抽選場所に向かうことみ。
ガラガラの前にいる鐘を手にしたおじさんに券を渡して、ガラガラに手をかける。
「緊張するの……」
「二等と三等は出ちまったが、一等はまだ出てないから頑張りな」
ガラガラ……
ガラガラ……
おもむろに抽選器を回すことみ。
ちなみに彼女の目的は賞品ではなく、ガラガラを回す事だった為に、願いは成就されたといってもいい。
ただし運命は気まぐれななのか、はたまた天邪鬼だったのか、それとも彼女の邪気のない想いに抽選器が答えたのか、出てきた玉の色は金色。
「金色なの」
ガラーン、ガラーン
「……っ!」(ビクッ!)
「一等、豪華料亭のお食事券、大当たりー」
金色の玉を見た瞬間、おじさんが商店街中に響き渡るような声で叫んだ。
「いやー、お嬢ちゃん運がいいねぇ……ってお嬢ちゃん? そんな隅っこで頭かかえてどうかしたのかい?」
「……いぢめる? いぢめる?」
「がっはっは! ちょっと驚かせちまったか。ま、それはともかく……ほら、賞品だ。ペアで行けるから彼氏でも誘って行きな」
「ありがとう……」
そう言って微妙な表情で受け取ることみ。
そもそも彼女はガラガラを回したかっただけで、賞品にはこれっぽっちも興味はない。
それに彼氏と行けと言われても、彼氏と言わず、そんな気のきいた人物は彼女にはいない。
いや、一人例外がいたが、その人は結婚していたし、奥さんに先立たれたと聞いたが、心は未だその呪縛から抜け出せていないと聞く。
さてどうしたものかと思案していると、先ほどの親切な人が寄ってきた。
「ちょっと様子見てたけど、良かったじゃない一等なんて。あたしゃ今までいくら回してもポケットティッシュかインスタントラーメン以外の物が出てきたことがないからねぇ……」
「たまたまなの……」
「それじゃ、また今度、福引きがあったら今度はあたしの代わりにあんたが回してちょうだい」
そう言って去っていく女性。
その背にことみは決意したような瞳をして呼び止める。
「あ、あのっ、福引券のお姉さん」
「福引き券のお姉さんって……まぁいいわ、何か用?」
「一緒に……行く?」
「へ?」
「これ」
と言って先ほどの賞品の券を差し出す。
「え? いいの?」
「いいの……福引きのお姉さんのおかげなの」
「そう言うなら……でもその前に『福引きのお姉さん』って言うのは止めて? あたしの名前は相楽美佐枝」
「それじゃ、美佐枝さんなの」
「よしっ、それで? いつ何処に行けばいいの?」
「明日がいいの……場所は……」
「料亭ササラっていう所なの」
あとがき
どうも〜。
まだまだ、クラナドSSに慣れる事の出来ない秋明です。
杏のシーンがえらい短いですが、後でちゃんとしたシーンがあるので杏ファンの方はご安心を……
次のシーンは秋明のお気に入りキャラの智代さん。
あと、風子のシナリオは通過してるけど忘れているという設定です。
それでは、短いですが今回はこの辺で……次回のあとがきで会いましょう。