夜、暗い部屋の中に俺と渚の愛の結晶である汐の寝息だけが響いていた。

 娘のだんご大家族ぬいぐるみを抱きしめて寝ているのを見ていると、今は亡き妻の渚を思い出す。

 渚もよくだんご抱いて眠っていたよな……


 俺は音を立てないように身を起こし、すぐ手に届くぐらいに近くに置いていた渚と俺との写真立てをとる。

 そこにはいつもの笑顔をしている渚と数年前の俺……

 一番幸せだった時の俺と渚がその中にあった。


 「渚……渚ぁ……」


 自然と涙が出てくる。

 あぁ、俺はこんなに涙もろかったんだな……

 これ以上泣かない為に瞳を閉じる。

 するとあの幸せな日々が蘇ってくる。

 たまらずに目を開けたら、余計に涙が出ていた。


 「……ぁ」

 「……汐?」


 汐が何かを言っている。

 もう俺には汐しか残されていない。

 だから、汐の為ならば何だってしよう。

 汐の願いは何だって叶えてやろう。


 「……ぁ…」

 「何だ、汐?」


 俺は小声で優しく汐に囁いて、あるかどうか解らない寝言の返事を待った。

 いつもおとなしくて、わがままなんて言わない素直な汐……そんな汐の心からの願い。

 俺はそれが何であろうが叶えるつもりだった。


 「………まぁ」

 「ん? もっと大きな声で……」

 「ママ……会い…たい……一緒に遊んで…欲しい」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

 渚……やっぱりお前がいないと、ダメなんだ。

 お前が……母親がいないとダメなんだ。

 でも俺は、汐の願いならば何だって叶えてやると誓ったんだ。

 だから……少しだけ、浮気するの……許してくれよな?


 写真の中の渚は微笑んだままだった。

















 汐と愉快なお姉さん達     その1















 「汐」

 「なぁに、パパ?」


 家から幼稚園に行く時、俺が汐の名前を呼ぶと脚にペタっとくっ付く汐。

 可愛すぎるぅ! ……って親バカなのだろうか?

 まぁ、少なくとも嫁の実家のパン屋ほどでは無い事は確かだが……

 いや、今はそんな事より先に聞く事がある。


 「汐……ママ……欲しいか?」

 「うん」

 (即答!? やはり汐は母の愛に飢えていたのか!)

 「パパは……ママ、欲しくないの?」

 「うん? パパも欲しいぞ〜」


 ……とりあえず、汐が母に飢えてる事はわかった。

 それはそうとして……どうしよう。

 ここ数年……渚との感傷に浸っていて、女なんかに目もくれなかったし、渚が生きてる時は渚一筋だったし……

 俺って女っけ0%なんだよな……

 俺が渚以外の女の子に近かった時って……学生時代まで遡らないといないよな……

 とりあえず考えてみよう。


 杏……確か汐の幼稚園の先生だよな。

 椋……勝平と結婚してる。

 ことみ……今、何してんだろ? やっぱり本の虫なのか?

 智代……そう言えばあいつも今何してんだろ?

 公子さん……だめだ、芳野さんに殺される。

 風子……結構、頻繁に遊びに来てる。昔、何か約束したような気がするが気のせいだろう。

 宮沢……あいつの性格はあまり変わって無さそうだけど、周囲の環境も変わって無さそうで怖いな……

 美佐枝さん……相変わらず寮母してる。



 まともに連絡が取れそうで、微かにでも可能性がありそうなのが、杏と風子と宮沢と美佐枝さんだけか……

 この4人をさらにつっこんで考えると……


 杏……幼稚園の先生をしているから汐を任せても(多分)問題ないだろう。

 風子……汐と一緒に遊んでそうだ…と言うかいつも一緒に遊んでるし…しかし緊急の際に頼り無さそうだ。

 宮沢……居場所は何となく見等ついてる。しかし汐が不良になりそうで怖い。

 美佐枝さん……この人が一番安全っぽいけど何となく幸薄そうだしな……それに誰か待ち続けてるらしいし。


 杏or風子?

 ……なんて不自由な選択肢だ。

 しかし、愛しき娘の為だ。何としても汐に母親を……って普通にお見合いですればいいじゃないか。

 この前、親方に「もう一度、身を固めたらどうだ?」って見合いの話を持ちかけられたし……写真は見る前にゴミ箱に放り込んでしまったが……


 「よぉし、汐。パパはお見合いをして、ママを連れてきてやるからな!」

 「本当? パパ!」

 「おう、任せとけ汐!」


 俺は汐を幼稚園に送って、仕事場に行った。

















 「親方っ!」

 「ん? 朝っぱらから気合が入ってるな岡崎。何かあったか?」


 事務所の扉を開け放ち、開口一番、親方に詰め寄りながら俺は言った。


 「以前言ってたお見合いの話……まだ大丈夫ですかっ?」

 「お、おう……そうか! 岡崎もとうとう決心がついたか! ではさっそく先方に連絡しておこうか」

 「お願いします!」


 「岡崎……」

 「芳野さん……」

 「岡崎、お前もついに気付いたようだな……人は誰もがひとりきりでは生きていけないということを……誰かが誰かを支えて生きていく……」

 「仕事、遅れるっすよ?」


 長くなりそうだったので芳野さんを置いて出て行く事にした。

 しかし、車の中で散々聞かされる羽目になったのであまり意味が無かったけど。















 仕事から事務所に帰ってきたら、親方が見合い相手の写真を持ってきた。

 相手は俺より一つ年下らしい。

 美人さんだと親方が太鼓判を押すので、その場で芳野さんたちと共に見てみる事にした。

 写真に写ってる女性は確かに美人だった。

 少し白がかった銀髪のロングヘアーに蒼い瞳、顔立ちも整っていてスタイルもいい。

 ……しかし、な〜んか、どこかで見た事あるような……どこだったっけ?

 そう、あれは高校時代……春原と一緒に色々つるんで……って、おい、まさかっ!


 「智代ぉ!?」

 「ん? 岡崎、知り合いだったのか?」

 「いや、知り合いっつーか、なんつーか」


 開いた口が塞がらなかった。

 あいつはお見合いとかするキャラじゃ無かったからなぁ……

 時間の流れを感じる。

 ……と言うか相手が智代じゃ、お見合いは失敗だろう。

 俺の学生時代を知ってるし、渚と同棲していた頃の事も知ってるはずだし……

 ごめんな汐……パパ、ダメだったよ。


 「日時は次の日曜日の正午、場所は料亭ササラと言う所だ。岡崎、遅れたりするんじゃないぞー」


 親方はそれだけ言って、事務所から出て行った。

 石化している俺を置き去りにしたまま……












 あとがき


 はい、作者の秋明です。

 何となくで書き始めたクラSSです。

 見事にバッドエンドコースに入っちゃってる朋也くんのお話なんですが、基本的にギャグなんでご理解を……

 あと、ネタバレとかがあるんで、そちらもご理解の程を……

 割とのんびり更新する予定なんで、速度は期待しないで下さい。(←いきなりサボリ発言)

 5話くらいまでは、続き物になりそうですが、それ以降は短編連作っぽくなる予定です。

 それでは、今回はこの辺で……それではまた次のあとがきで会いましょう。