時をこえる思い 〜外伝〜 龍牙作

「天野姉妹の夏祭り」








 季節は夏

 先の冬に祐一は過去の清算を全て果たした。

 10年前に時を遡り、そこから8年たったこれまでの間に、祐一たちは全ての少女たちの未来を変えることができた。

 また、時を遡ったのは祐一ばかりではなく、天野美汐もまた時を遡り、彼のためにも力を尽くした。

 さて、そんな奇跡と言える体験を経験した美汐も今は平穏に夏を過ごしている。



美汐 「ぽ〜〜〜……」

夕菜 「ぽ〜〜〜……」


 
 そんな彼女だが、祖母の作ってくれた巫女服に身を包み神社の境内で箒を持って掃除をしつつ、現在少し気が抜けている。

 美汐の隣で同じくポケポケ顔をして同じ格好で佇んでいる狐色の髪をポニーテールにした少女の名は夕菜。彼女の妹である。

 美汐がかつて出会い、失ったものみの丘の狐……

 それが彼女の正体であるが、今では祐一のおかげで完全な人間として過ごす事が出来ており、

 美汐の妹として仲よく幸せに過ごしている。



美汐 (祐一さんは……お元気でお過ごしなのでしょうか……?)

夕菜 (祐一様……今頃どうなさっておいでなのでしょう……?)



 さて、彼女たちが今考えていることは、彼女たちが、尊敬し、且つ慕っている祐一のことであった。

 冬が終わり、祐一はこの街からしばらくの間離れている。

 そんな遠き地にいる祐一のことを思い、物思いにふけることがこの姉妹には時々あるのだ。

 お分かりのことと思うが、いろいろなことがあった末、完全に彼女たちは祐一に惚れている。

 そんな彼女たちにとって祐一のいないこの街の時間はこの数年で初めてではないのだが……

 やはり時々寂しさは募っている模様……



 

竜人 「気が抜けておるのう……」

美里 「仕方ないではないですか……あの子たちにとって祐一さんは特別なのですから」

竜人 「そうじゃがの……あんな様子では今度の祭りも楽しさが半減じゃろうなあ……」

美里 「……そうでございますね」



 こちらのお二人は美汐の祖父竜人(たつひと)と祖母美里(みさと)である。

 お二人ともだいぶお年を召してはいが、恐らく実年齢より若く見られるほうであろう。

 だが、ここの神社の神主である竜人は白髪に白いお髭に神職の着物姿と正に風貌はお歳にあっているにもかかわらず、

 力強さは失われておらず、そこいらの若者にはまず負けないくらい元気なお爺さんである。

 美里は実は美汐の上品さの先生でもあるため、落ち着いた感じをもっている。

 いつも着物姿であり、白髪やしわもそれほど気にならない整った顔かたちの方である。

 美汐の両親はとある理由で家にはあまりいないため、この二人がほとんど美汐の親代わりであったりする。

 彼らも祐一のことは良く知っており、美汐たちが時々物思いにふける理由が分かっているため、苦笑している。

 いつもならそれで済むのだが、今回は夏祭りか間近に迫っているため、少し違うようだ。



竜人 「祐一君と夏祭りを過ごしたことは無いわけじゃが……
    この前久しぶりに祐一君に会えたわけじゃからなあ……
    それだけに今は心にぽっかり穴が開いた感じなんじゃろうな」

美里 「……ええ、祐一さんも罪な殿方でございますね。
    夕菜さんが来てから美汐さんも祭りを姉妹で楽しく過ごすようになって……
    うれしく思っておりましただけに……せめて祭りのときくらいは心のそこから楽しんでもらいたいでございますね」

竜人 「そうじゃのう……祭りのときはわしらは忙しいから、夕菜が来るまではわしらの仕事を手伝うだけで……
    美汐は祭りを楽しむことはしなかったからのう……」
   

 
 美汐は昔から神社の仕事を手伝っていた。

 竜人たちが遊んできなさいと言っても、彼女の真面目な性格故か遊びに行こうとはしなかった。

 だが、夕菜が家族の一員となってからは変わった。

 夕菜は美汐の影響で真面目な性格だが、純粋で子どもらしい面も合わせて持っている。

 それだけに、たとえ口にしなくても祭りに参加してみたいと言うのが見た目で分かったため、

 美汐は夕菜をつれ、一緒に祭りを楽しむ側に回ってみた。

 かつて失った大切な存在……

 そんな存在と楽しいひと時を過ごせる。

 美汐は心の底から喜びつつ、祭りを楽しむようになった。

 そのことを孫がかわいいこの二人はとても喜んだわけなので、

 たとえ今の美汐の心境は理解できても祭りの時くらいは彼女に楽しんでもらいたいのだ。



美里 「……他の祐一さんを慕う子たちには悪いですけど、あの方に相談してみましょうか……?」

竜人 「美汐だけでなく夕菜のためにもなるからの……一つ頼んでみるかの」



 何やら画策しようとしている二人、祭りの準備をしながら二人は計画を進めていった。

 






 そして数日がたち、夏祭り当日









美汐 「夕菜、その三方重くないですか?」

夕菜 「うんしょ、うんしょ……ク? あ、いいえ、姉さん心配ありません、これくらい私でも持てますから」

美汐 「ふふ……それもそうですか。さて、後は……このお供え物をあそこに置くだけですね…」

夕菜 「何やら今年はいつもより簡単でございますね? もう少し手伝えることがあると思うのですが…?」

美汐 「そういえばそうですね……? (私たちが楽しむ時間をお爺様たちが増やそうとしているのでしょうか…?)」



 お供え物を載せている三方と呼ばれる小さめの台をかわいらしく両手で頑張って運んでいる妹を見て美汐は気遣っている。

 その様がなかなか微笑ましいので美汐は微笑んでいる。

 第三者から見れば美汐も含めてこの姉妹に温かいものを感じるだろうが…。

 


美汐 「よいしょ……これでいいですね。
    お爺様たちの心配りだとは思いますが、一応まだ手伝えることが無いか聞きに行きましょうか? 夕菜」

夕菜 「はい、姉さん、お祭りに出れる時間が増えるのはうれしいですが、お爺様たちのお役に立ちたいですし……」

美汐 「ふふ……そうですね。お楽しみは後にとっておくのも良いですし……」


 
 お供え物を然るべき場所に置いた二人は迷いなく仕事をしようとしている。 

 二人の発言は本心からのもの。

 こういう性格だからこそ……彼女たちの祖父も祖母も二人が大好きなのだが、真面目すぎて時々困ったりもしている。



? 「それはそれでよい心掛けだが、もう少し欲張りでも良いかと思うぞ」



 突然人ならぬ存在感を秘めた声が二人に聞こえてきた。



夕菜 「はぅ!?」

美汐 「!? ……またいきなりですね。大聖金老狐様」

金老狐 「む……驚かせて済まぬな。まあ、今日は猫の姿ではないだけ、ある意味驚かぬであろう?」

美汐 「いきなり声をかけられれば、たとえそれが猫の姿でも狐の姿でも変わりありません。
    私たちとしてはなれていますが、そもそも狐の姿でも驚くのが普通です。
    私はともかく夕菜が驚いてしまっているではありませんか」

金老狐 「む……確かに……すまぬな、夕菜」

夕菜 「は、はい。あ…ですが金老狐様、その…そんなにお気になさらないでください」

金老狐 「良い子だな…夕菜は」



 二人の前に突然現れた数十本の尾を持ち、神々しい光を放つ大きなこの狐の名は大聖金老狐(たいせいきんろうこ)。

 夕菜たちものみの丘の狐の長であり、狐たちからみれば神とも言っていい存在である。

 ちなみにぴろと言う仔猫の姿で普通は人間界に来る。

 今日は何か特別なことがあるようで、狐の姿で現れた。


 
美汐 「ところで……そのお姿できたということは遊びに来たわけではないですね?
    何かあったのですか……?」

金老狐 「いや、何かあったわけではないのだが、少々竜人たちに頼まれたことがあってな。
      力を使わねばならんのでこの姿なのだ。まあ、まずは見ているといい」


 そう言ってから目を閉じ、力を少しだけ解放して空間を歪ませる金老狐。

 彼は空間を自在に操ることが出来る。
 
 さて、誰かを転移させてくるつもりのようだ。


美汐 「いったい何を……?」

夕菜 「金老狐様……?」


 二人とも急な展開にわけが分からず、戸惑っている。

 そんな二人にはかまわず、誰かが転移してきた。

 尤も、来るとしたら彼しかいないのだが…… 



祐一 「よ! 美汐、夕菜。相変わらずよく似あってるな。その巫女装束」

美汐 「ゆ、祐一さん!?」

夕菜 「祐一様!?」

金老狐 「竜人たちから頼まれて特別に運んできたのだ」

祐一 「俺は物か!」

金老狐 「気にするな」

祐一 「なんだかいつもの俺の役を採られたみたいで悔しいな……
    しかし、急だったから少し困ったぞ」

金老狐 「我とて数日前に頼まれたばかりだ。まあ、夕菜のためになると思ったからな」

祐一 「ま……せっかくの夏休み、俺もこういう時間を取れるのはありがたいが……」



 登場早々漫才のような会話を交わす金老狐と祐一。

 美汐たちは状況についていけず、やや呆然としている。

 ただ、巫女装束姿が似合っているという言葉はそれなりに効いている様で、

 分けは分からないがとりあえず頬が赤くなっているのは御愛嬌と言った所か。




美汐 「ゆ、祐一さん、いったい何がどうなってこうなったのですか?」


 まだ美汐は混乱気味のようだ。少し発言が変である。


祐一 「ん? ああ、まあ落ち着け。どうやら竜人さんたちの計らいでな。
    この夏祭りにご招待されたんだ。ちょっと強引だったが……
    まあ、俺も美汐や夕菜には会いたかったから、うれしくはあるんだが、迷惑だったか?」

美汐・夕菜 「「とんでもありません!!! 来てくださってとてもうれしいです!!!」」


 如何にわけがわからない状況であっても二人とも祐一に会いたかったのが正直な気持ちであった。

 迷惑なわけがないのでその点は力いっぱい否定する。


祐一 「そ、そうか、そんなに喜んでもらえるとうれしいぞ。
    ……前もそうだが、寂しい思いをさせてすまんな。
    今日は存分に一緒に遊ぼうな」

美汐・夕菜 「「はい!!!」」

祐一 (ははは……こういうときは二人とも性格変わるよな……
    でもまあ、喜んでもらえてるんだから…いいか)


 

 美汐は割と前からこういう反応を時々してくれ、夕菜も祐一への恋心に目覚めてからは姉に弱冠つられる形で強く出たりする。



美汐 「は……あの……すいません。取り乱してしまいまして……」

夕菜 「はぅ……つい大声を出してしまいました……」

祐一 (こうやって恥ずかしがって赤くなる二人はやっぱりかわいいな……俺は何を考えているんだろうな……はは)


 
 そして二人とも自分の咄嗟の行動が恥ずかしくて赤くなってしまうこともしばしば……なかなか忙しい姉妹であるが…

 こう言うところもこの姉妹の魅力のひとつであろう。

 祐一もここまでの年月の間にある程度は彼女たちの気持ちを理解し始め、

 やっと精神的余裕も出てきたため真剣にことに当たるつもりではあるようだが……

 かわいいものはかわいい、今はこれでよしといったところか。




祐一 「まあ、今日は二人ともよろしく頼む。天音神社の祭りは初めてだから、色々と案内してくれると助かる」

美汐 「……は、はい。それでは少しお待ちくださいね。祐一さん、着替えてまいりますので」

祐一 「流石に巫女さんのカッコのままうろうろするのもなんだろうしな……
    俺としてはその姿は二人ともかわいくて何も問題が無いんだが、
    お前たちはそうもいかんだろうしなあ……ん?」

美汐 「そんなうれしい言葉は無いでしょう。(ポ…)」

夕菜 「そんな……私なんて……はぅぅぅ (ボ…)」


 正直ながら祐一のさりげなく言った言葉に過敏に反応してしまう姉妹。

 もじもじしつつ、しばらく顔を赤くして思考が飛んでしまっている。




金老狐 「……祐一よ。発言には気をつけるべきだと思うぞ」

祐一 「……余計なこと言ったかな……俺」

金老狐 「そなたは意味もなく時々正直だからな……」

祐一 「………」

金老狐 「とは言えそなたの先ほどのような言葉は二人ともうれしいのであろうから、いいのか悪いのか分からぬがな」

祐一 「……俺にどうしろと……?」

金老狐 「我に聞くな……ゆっくり考えよ」

祐一 「ははは……」

 
 とりあえず、今は美汐たちに話しかけても反応が無いので彼らだけで会話を交わす祐一たち。

 どちらも苦笑していた。





 しばらくしてから美汐たちは少し足早に社務所の方に向かった。




美里 「くすくす…どうやら祐一さんが来てくださったようですね」

美汐 「お婆様……こういうことなら早く言ってくださっても……」

竜人 「ほっほっほ、驚かせたかったからのう。それにその方が美汐と夕菜のかわいい姿が見れそうじゃったからのう」

美汐・夕菜 「「お爺様!!!」

美里 「まあまあ、美汐さん、夕菜さん、今は祐一さんを待たせているんですから、まずは着替えて楽しんでいらっしゃいな」

美汐 「うぅ……お婆様まで……」

美里 「ふふ……ちなみに新しい浴衣を作っておきましたよ。はい、どうぞ」

夕菜 「ク? お婆様、浴衣でしたら……たしか……前に…」


 少し小首をかしげながら、この前作ってもらったばかりの浴衣があった気がした夕菜は疑問を口にしようとした。


美里 「夕菜さん。祐一さんには一番の姿で会いたいのではありませんか?」

夕菜 「え、えと……その……はい……」

美里 「こういう日のために頑張って作っておきましたからね。きっと似合いますよ」

夕菜 「はぅぅぅ……」


 美里は夕菜の反応を楽しんでいる。

 言葉に翻弄されつつ、参ってしまい、もうかなり顔が赤くなっている夕菜であった。 
    

美里 「美汐さんも、せっかくのチャンスです。きれいだと言ってもらえると言いですね」

美汐 (お婆様には……適いません……)

竜人 (楽しいのう)


 こちらもだいぶまいっている様子。

 美里はこんなに楽しいことはないという感じで微笑んでいる。

 竜人も横で見ながら孫たちの様子を楽しそうに見ている。




 そして、社務所の奥で浴衣姿に着替えた美汐たちは出口で祖父たちに茶化されつつ祐一のところに向かった。




竜人 「のう、婆さんや、祐一君が一緒なら大丈夫とは思うが……
    あれだけ可愛いと祐一君以外の虫が寄り付きそうで少し心配なのじゃが?」

美里 「御心配には及びませんわ。もとより祐一さんなら余計な虫など簡単に蹴散らしますでしょう。
    加えて巫女衣装以上に霊的守りを施していますわ。祐一さん以外が寄り付こうものならやけどではすみませんよ」

竜人 「それなら安心じゃな。 (じゃが……婆さんや……少々張り切りすぎなような……)」


 二人が去った後、老夫婦はこんな会話をしていた。美里は涼しい顔で微笑を浮かべている。

 竜人は二人の安全のことは安心しつつ、そこまでする自分の伴侶に冷や汗をかいていた。







祐一 「ほほぅ……」

美汐 「へ、変でしょうか……?」

祐一 「いや、むしろブラボーとでも言えばいいのかという感じだぞ」

夕菜 「ブ、ブラボー…でございますか?」

祐一 「うむ、物凄くいいぞ。二人とも元からかわいいと言うのにこれはもう反則だな」



 美里はこういった和服を作る腕は確かである。

 そんな方の力作であり、大切な孫のためにあしらえた物は二人の魅力を存分に引き出すものであった。

 美汐の浴衣は彼女の清楚さと大人っぽさを引き立たせる藍を基調とした色合いであり、

 花の刺繍も落ち着かせた雰囲気を漂わせるバランスで施されている。

 夕菜の浴衣は美汐のものとは反対にやや明るいさわやかな薄い水色を基調としている。

 彼女は礼儀正しさの中にも明るさや天真爛漫さを持っている上に狐色の髪であるので、

 その全てにあうように刺繍の方はなかなか凝っており、花の柄が明るく可愛いバランスで施されている。



美汐 「そういっていただけるとうれしいです……」

夕菜 「祐一様に気に入られたようで……よかったです」


 二人ともほんのりと頬を赤くさせながら、照れたのかちょっと俯いている。


祐一 (ぐふ……これはかなり強力だ。この二人と祭りの中歩くのか……
    わが生涯に一遍の悔いなし!)



 祐一は祐一で、美汐たちのいつもとはまた違った強力な魅力の前にやられていた。

 通常の思考より少し飛んでいるかもしれない。

 しばらくの間、思考が飛んでいる三人はその場から動くことはなかった。






 さすがにしばらくすれば三人とも落ち着いたようで、祭りの出店が続く境内の階段と道を歩き始めていた。


夕菜 「そういえば……祐一様、金老狐様はどうされたのですか?」

祐一 「ああ、金老狐なら、我は邪魔をするほど野暮ではないと言って帰ったぞ」

美汐 「そうですか……気を効かせてくださったのですね」

祐一 「まあ、この人ごみの中だとあの姿は論外だし、仔猫でもちょっと危ないかもしれんしな…」

夕菜 「そうでございますね……きゃ!」

美汐 「大丈夫ですか!? 夕菜。……痛!」
 
 

 それなりに規模の大きい祭りなため、人は多いようである。二人は人にぶつかってしまったようだ。
 
 ちなみに……男でしかも何か邪な気持ちを少しでもそのぶつかった相手が持っていたとしたら……

 その人物には合掌しなければならない……実際何人かは言葉を失って苦しんでいる。

 二人ともこの時点ではまだ中学生とは言え、かなり可愛いので……やはりそういう輩はいるのだろう。



祐一 「おっとっと……これは不味いな。油断しているとはぐれちまうな……よし、二人ともつかまれ」
    (しかし……なんかぶつかった中に凄い反応した奴がいるな……?
    まあ、結構美汐たちを危険な目で見ていた奴がいたから、殴ろうかと思ってたんだが……まあ、いいか)
    
美汐 「ゆ、祐一しゃん!?」

夕菜 「ク…? あ……その……ありがとうございます。祐一様」


 祐一は少し不味いと判断したようで、二人と手を繋ぐ。

 美汐はかなり恥ずかしくて戸惑っているようだが、夕菜はうれしさが先にたっているようで赤くなるだけのようだ。


祐一 「あ〜〜…美汐、恥ずかしいのは俺も同じだ。しかし場合が場合だしな……ここは王道といこうじゃないか」

美汐 「お、王道ですか?」

祐一 「うむ、こういった状況なら、逸れないように手を繋ぐのが王道と言うものだよ。美汐くん」

美汐 「……は、はあ……まあ、王道かどうかはともかく、逸れるのはいやですから……その、よろしくお願いします」

祐一 「う、うむ。 (そうしおらしく改まれてしまうとこちらとしても困るぞ。みっしー……)」

夕菜 「ク? お二人ともどうかなされたんですか?」


 ちょこんと首を横にかしげながら、二人のなんだか困っている様子を不思議に思う夕菜。


祐一 「なんでもないぞ、夕菜」

美汐 「な、なんでもありませんよ。夕菜。
    (手を繋ぐくらいはこの子にとってはうれしさだけを感じられるんですね……もう少し私も素直な方がいいのでしょうか…?)

 
 
 夕菜の中では手を繋ぐ行為は、それほど恥ずかしがるものではないらしい。

 元狐としての天真爛漫さゆえか、弱冠美汐と基準が違うものもあるようだ。

 ちなみに外野の多くは微笑ましげにこの少年少女たちを見ている。

 ただ祐一は正に両手に花の状態。弱冠その辺りは王道ではないと共に……多少の嫉妬の目もあったりするようだ。




 そんな状況にありつつ、三人は出店を回って行く。



夕菜 「あ、金魚すくいでございますね」

祐一 「ふむ、よし、夕菜、金魚すくい王の祐ちゃんと呼ばれた俺の腕を見せてやるぞ!」

夕菜 「祐一様、すごいお名前を持っているのですね。私は少し苦手ですので教えていただけるでしょうか?」

祐一 「もちろんいいぞ」


 祐一はもちろん勢いでそう言っているだけだが……夕菜は完全に信じ込んでいる。


美汐 (夕菜……少しは疑うことも覚えさせたほうがいいいのでしょうか……?)


 弱冠純真すぎる妹の先行きを憂い気味のお姉さん。その憂い姿もなかなか絵になっている。


夕菜 「あ、破けてしまいました……クスン」

祐一 「むぅ……夕菜、いいか、ここをこうしてだな」

出店のおっちゃん 「はっはっは、可愛い嬢ちゃんだな〜〜、よし、これはサービスだ。
            お〜い兄ちゃん。ちゃんと教えてやれよ〜〜〜」

祐一 「かたじけない、いざ!」


 なかなか気の良いおっちゃんであるようで、サービスでもう一つ網をくれた。

 ちなみに祐一は王と呼ばれる程ではないだろうが、それなりの集中力と腕のようである。

 一応教えることは出来ているようだが、悪戦苦闘している。


美汐 (クスン……祐一さん、夕菜ばかりかまって……羨ましいではないですか……
    ああ、でもあの夕菜の頑張って上手くなるようにしている健気な姿を見て邪魔をするなど人として不出来ですし…
    しくしく……)


 心の中で少しやけになりつつ金魚をすくう美汐。その勢いはなかなか早い……かなりの集中力である。

 どうやら祐一以上の腕前のようだ。


出店のおっちゃん 「す、すまん綺麗なお嬢ちゃん、それ以上とられたら商売にならないんだ……その辺で……」

美汐 「綺麗だなんてそんな……ああ、でも祐一さんにそういわれたら私は……」

出店のおっちゃん 「お嬢ちゃん……そんな赤くなりながら何でそんなに取れるんだい? おいちゃん不思議だよぅ……」


 見方によってはイヤンイヤンという擬音がぴったりな状況の美汐。

 それでも次々と金魚の数は減っていく……

 気の良いおっちゃんはだんだん白くなってきている。





祐一 「どうやら……金魚すくい王の名は女王に一部名を変えて美汐に譲らねばならんらしいな……」

夕菜 「姉さん……上手なのは知っていましたが今日はまた一段と凄かったですね」

美汐 「私は何をしていたんでしょうね……」
 
 
 しばらくして正気に戻った美汐はお約束通りおっちゃんに金魚を返し、おっちゃんに喜ばれながら見送られつつ…

 その場を後にした。

 祐一はともかく、夕菜は本気で褒めているのだろうが……美汐は喜べないのだろう。

 少し複雑な表情をしている。



美汐 「恥ずかしい所を見せてしまいました……」

祐一 「いや……まあ、結構可愛かったぞ、さっきの美汐は」

美汐 「はぅぅ…」


 実際そういう気持ちは祐一はあったようでちゃっかりフォローする。

 今日は一段と自分に正直な祐一であった。

 それもこれももう少し時間がたたないとこの街に住めないため、

 こうして大切な人たちに会える時間が貴重でうれしく思っているからだろう。



 さて、こんなことはあったがこの後も祭りを楽しむ三人であった。



夕菜 「綿菓子はおいしいですね……はぐはぐ」

美汐 「祭りといえばやはりこれですね……」

祐一 (う〜む……綿菓子を少しずつ食べる二人もなかなか…………今日の俺……馬鹿?)


 夕菜は頑張ってちょっとずつ、美汐はつつましげに少しずつ、二人とも小さい口で大きめの綿菓子を食べている。

 祐一はそんな二人の様子を微笑ましく見ている。

 今日は二人の魅力を存分に感じているため、かなりきているものはあるようだが……





夕菜 「ラムネの瓶ってこうやって見ると面白いんですね」


 飲み終わったラムネの瓶を興味深げに見つめながら転がしている夕菜。


祐一 「昔からなかなか、このラムネって上手いし良いものがあるよな」

美汐 「私は最近になってこうして楽しむことを覚えました……夕菜のおかげですね」

祐一 「……よかったな。美汐」

美汐 「はい」


 共に悲惨であった未来を知るものである二人は本来ならありえなかった夕菜のこんな様子を本当にうれしそうに見ていた。

 そして、美汐が夕菜が助かってから本当に楽しい時間を過ごしていることが美汐の言葉から分かり、

 また、美汐の笑顔を過去に来てからと言うもの本当に良く見ることが出来るようになったなと感慨深げにも祐一は思っていた。






 そして夏といえば……やはりこれで締めくくるべきであろう。



祐一 「近くの河原で花火祭りも同時に開催か……至れり尽くせりだな」

美汐 「ふふ……そうですね」

夕菜 「シャリシャリ……う〜〜ん冷たいです」

美汐 「あ、ほら夕菜、溶けてしまうかもしれませんけどカキ氷は急いで食べると頭が痛くなりますから、気をつけなきゃ駄目ですよ」

祐一 (ふふ……すっかりお姉ちゃんだな、美汐………う〜ん、浴衣姿でかき氷を食べる夕菜に美汐……これもいいなあ……)


 
 花火が始まるのをかき氷を食べながら待つ三人。

 祐一は妹を気遣う美汐を見ながら、うれしく思いつつ、ちょっと馬鹿なことも考えていた。




 そんなこんなで時間はたちつつ、花火が始まった。


 なかなか腕のいい花火師の手によるもののようで実に美しかった。



夕菜 「綺麗です……」

美汐 「本当に……」

祐一 「やっぱ花火は良いなあ……」

美汐 (良い雰囲気ですね。今は……ちょっと勇気を出してしまいましょうか……? が、がんばりますよ)


 良い雰囲気の中、美汐は一大決心をして、祐一に寄り添う。


祐一 「!? み、美汐……?」

美汐 「……御嫌なら……離れます。ですが……そんなことを言われたら泣いちゃいますので……。
    (い、言えました……でも、もし祐一さんに嫌だと言われたら……そんな酷なことは無いですよ)」

祐一 「ん、んあわけないだろう……この状況で綺麗な女の子に寄り添われて嫌なやつはいないぞ。
    (それにそんな寂しげな表情をされたら……もう……なあ)」

美汐 「そうですか、綺麗だと祐一さんは思ってくださってるんですね……うれしいです。 (よかった…)」

祐一 「(こ、こっちが参ってしまうようなうれしい顔をなさリますなあ、美汐さん) 
    それに……嫌なはずないぞ、俺は美汐のこと大切に思ってるしな……」


 冷静になったら何を口走っているのかと思うであろう言葉を祐一は発している。

 だが、正直な所だろう。今はまだ、好きというには彼にとっては早いが、美汐は祐一にとってかけがえの無い大切な人だ。

 そしてずっと支えてきてくれたこの目の前の人の他に、一度は失った本当に大切に思える少女たちが祐一には多くいる。

 答えを出すにはもうすこし彼には時間を要するだろう……。

 それに彼女たちの方ももっと頑張ってアプローチする時間が欲しい所であろうから、今はそれでいいのかもしれない。


美汐 「祐一さん……ありがとうございます。私も……いえ、私は祐一さん以上の段階であなたのことを思っていますよ。
    (こ、今度こそ言えました! くす、ですが……今は好きって言ってもらえなくても良いんです。
    正々堂々と皆さんから祐一さんを頂いて見せます。ですが……今は甘えちゃいましょうか…?
    あ、そ、それにしても私なんてことを……い、今は冷静になったら負けですね……
    で、でもやっぱり恥ずかしいのとうれしいのが…はぅぅ)」
 
 
 言葉は冷静で、自分の気持ちを真摯に伝えているが、心の方はかなり混乱をきたしているようだ。

 だんだんと表情にもその混乱振りが垣間見えてきているようである。



祐一 「はは……まいったな」

夕菜 (ちょっとまた心にチクリと痛みが走ってしまった気がします……なんなんでしょうか?
    でも……姉さんの邪魔をしたいようなしたくないような……私どこか悪いのでしょうか……?)



 祐一は美汐の済んだ言葉と頬を赤めつつ、うれしそうな様子にだいぶ参っていた。

 夕菜は少し前に芽生え始めた嫉妬というものと姉を思う気持ちがごっちゃになって困っている模様。



夕菜 (よくわからないのですが……私も祐一様が好きですから……こうしたいです)


 そっと美汐の反対側から祐一に寄り添う夕菜。


祐一 「ゆ、夕菜…? (ブルータス……じゃなくて、夕菜もですか……いや〜〜周りの視線が痛いなあ……)」

夕菜 「あったかいです……祐一様」

祐一 (……まあ、いいか、卑怯かもしれんが……こんなに慕ってくれる子を邪険には出来ないしな……今は…いいよな)


 少し、これまでの経緯から夕菜には、恋愛対象的なものと合わせて親心的なものもあるのであろう。

 祐一は弱冠照れながらも、時々優しい目で夕菜の頭を優しく撫でていた。


美汐 (ある意味……一番強敵ですね……でも夕菜とは正直争いたくないのですが……どうしたらいいのでしょう……?
    ふぅ……いいです。今は何も考えずに祐一さんに甘えるといたします!)



 とりあえずは問題を先送りし開き直った美汐は思いっきり祐一に甘えた。

 二人の可愛らしい少女に寄り添われた祐一は、困ると共に、うれしくも思いつつ、

 こちらも周囲の視線のことは忘れ、少しばかり開き直って花火を見ていた。










 花火が終わって……



夕菜 「……祐一様……姉さん……楽しかったです……すぅ……」

祐一 「やれやれ寝てしまうとはな……まあ、夕菜くらい背負うのは軽いものだけど……」

美汐 「ふふ……相変わらず可愛い寝顔です。 (でも祐一さんの背中……う、うらやましいですね)」



 色々複雑な所はあるが、夕菜は祐一と美汐とともにあたたかい雰囲気の中で一緒に過ごすことが何より好きである。

 夢の中でも二人に囲まれているようでとても幸せそうな寝顔であった。

 それを見て、微笑んでいる祐一、同じく微笑みつつ、毒気は抜かれるほどの夕菜の笑顔なのだが、やはり羨ましくも思っている美汐。



 夕菜を背負いつつ、祐一は天音神社の方に向かっていく。美汐はそれに続く。


祐一 「なあ、美汐」

美汐 「何でしょうか? 祐一さん」

祐一 「こんなに楽しい時間を過ごせるなんて……本当に良かったよな」

美汐 「祐一さん……ええ。祐一さんが頑張ってくださったおかげですね」

祐一 「そういってもらえると助かるな……だが、お前のおかげでもあるがな」

美汐 「くす、そうですか……まだまだ…楽しんでいきたいです……変えられたこの時間を……
    あの……祐一さん、できるだけ早くこの街に来てくださいますか……?
    勝手なことを言っているかもしれませんが……早くこの街で祐一さんとも過ごせるようになりたいんです」

祐一 「勝手ではないぞ、美汐。俺も同じ気持ちだ。だけど……もう少し待ってくれな。
    時が来たら……思いっきり楽しもう」

美汐 「はい、待ってますね」

祐一 「ああ、楽しみだな……この街に住むことになる日が……本当に」



 時を遡ったものはもう一人いるが……この二人だからこそ成り立つ会話……



 今、このときを本当に大事に思う彼らは、感慨深げに道を歩いていく。

 
 
 こんな日々がずっと続いてくれる日が早く来てくれることを……



 願いながら……


















あとがき

龍牙 「こちらでは初めまして龍牙と申します。taiさんには前々からSSをお贈りしたいと思っていたのに……
    こんなに時間がかかっちゃいいました……taiさん、ごめんなさいです〜〜〜〜」

邪鳳女 「この馬鹿は……はあ……あ、ちなみに私はこいつの後書き専用オリキャラの女神、邪鳳女、よろしくね♪」

夕菜 「あ、あの、作者様、気を落とさずに……そして、皆様、初めてのお方は初めましてでございます。
    龍牙様の作品『時をこえる思い』に登場しております。元狐の夕菜と申します」

龍牙 「夕菜さんはいい子だなあ……さて、ちなみに題名から分かるとおり、
    この短編はHello Again...に投稿していますその私のメイン作時間逆行物の外伝です。
    時間的には現時点で最新話の34話よりも後の話です。
    一応話の流れからは外れたある程度独立した話に仕上げたつもりですが……
    やはり本編を読んだ方の方が面白く感じられる…のでしょうね」

邪鳳女 「なんで贈り物を外伝にしたわけ?」

龍牙 「taiさんに送るからには美汐さんものが良いと思ったのですが、連載は今はちと厳しいですし、
    短編にしてもどうせならば私にしか出来ない設定を活用して話を考えてみようかと思いまして、
    新たに短編を考えるより、この方が私としては面白いものが書けるかもしれないと考えたのです。
    もちろんtaiさんの許可は頂いていますが…果たして上手く出来たのかどうか…?」

夕菜 「祐一様と姉さんとの夏祭り……とても楽しかったです」

邪鳳女 「うん、夕菜ちゃんには良いことだったわね。後は読者さんに喜んでもらえたか…ね」

龍牙 「ちょっとビクビクものですが、楽しんでいただけたら幸いです」

龍牙・邪鳳女・夕菜 「「「では、taiさん(ちゃん、様) HPの開設ならびに4万までのヒットおめでとうございます。
              これからも色々と大変でしょうが頑張ってください」」」