「ゆう〜い〜ちさん♪」
「ぬぉうっ!?」
後ろからの奇襲攻撃にもんどりうって倒れそうになる俺。
この年上のお嬢様は、意外に甘え上手だという事が最近判明したのだが、そのスキルはあははーっ♪ な笑顔と共に場所を選ばず発動しているようだ。
俺の首に手を回し、後ろから張り付いているお嬢様と張り付かれている俺の姿が周囲から『じゃれついている恋人達』と見られているか『プリティーなおんぶオバケにとり憑かれている青年』と見られているかは微妙なラインである。
何故ならおそらく今の俺の形相は、首を完全に極められてかなり凄い事になっているだろうから。
前者と後者の割合は多分3:7ぐらいだろう。
「さ、佐祐理さん、ギブギブ……」
「あははーっ、祐一さんの背中は大きいですね〜」
そう言って何が嬉しいのか、背中に顔を擦り付ける佐祐理さん。
可愛いおんぶオバケは、俺の様な庶民の言葉には応じてくれないようだ。
幸せの条件
「……佐祐理いい加減にする」
「あはっ♪」
後ろにいたらしい舞の突っ込みチョップによって、佐祐理さんは笑顔のまま俺から離れた。
少し残念なのは秘密である。
「……ゲホゲホ、佐祐理さん、今日はいきなりどうしたんです?」
「いえ、舞と商店街を歩いていたら祐一さんを見かけたので……つい」
知り合いを見かけたら、『つい』で抱きつくのですかあなたは……
少し想像してみよう……
『お祖父様〜♪』
『その声は佐祐……ぐふっ!』
ギリギリギリギリ……
『ぐぇ……さ…ゆ…』
ポキン ←何か致命的な音
『あははーっ、つい殺っちゃいました〜』
『おっ、おじいさん!? 佐祐理、これは一体……』
『あっ、お祖母様〜♪』
『佐祐理!?』
ギリギリ……ポキン
『あははーっ、また殺っちゃいました〜』
『さっ、佐祐理!? これはどういう事!?』
『あははーっ、お母様、発見ですよ〜♪』
(以下、家族全員が死ぬまでエンドレス)
…………俺は舞に命を救われたのかも知れない。
はっ!? まさか佐祐理さんの弟って、それが元で身体の調子が……なんということだ。
「はえ? 祐一さん? なんで電信柱の影に隠れてこちらの様子を窺ってるんですか?」
「……祐一はいつも何をするかわからない」
「佐祐理さん、今ならまだ間に合う! 自首をするんだ、これ以上罪を重ねないでくれ!」
俺は電信柱の影から、舞と一緒に俺の様子を窺っている佐祐理さんに説得を試みた。
周りの人は何事かと俺たちを遠巻きに見ているが、気にしてはいけない。
「ふえっ!? 佐祐理、何か悪い事しましたか?」
「どうせまた、祐一がおかしな事を考えてるだけ」
酷い言い草である。
まぁ、実際、自分でも変な想像だとは思ったが。
「……で、話が大幅に逸れたが、舞と佐祐理さんは買い物か?」
「……祐一と話すといつも話が逸れる」
「はいっ、今日はお休みですし、家でゴロゴロしていても良かったんですけど、お昼ご飯も兼ねて買い物です」
「そっか」
そう言って俺たちは三人並んで、商店街の銀杏並木を通り抜けていく。
時々吹き抜ける秋風が気持ちいい。
隣の二人も、気持ちよさそうに目を細めて、髪が風で乱れないように髪に手をあてている。
そんな何気ない二人の仕種に、思わず見とれてしまっている自分に気付く。
俺は本当にこの二人に魅かれている。
この二人といると、何気ない仕種が脳内に焼きついて何物にも代え難い思い出になっていくのがわかる。
たとえば冬、まだ二人が高校に通っていた頃の昼食の何でもないやりとり。
たとえば春、計画通り二人でアパートに引っ越して、生活用品の買出しに付いていった時の幸せそうな笑顔。
たとえば夏、アパートの前の庭に植えたヒマワリが花を咲かせた時のうれしそうな顔。
そして今この秋、さらにこの二人に魅かれている自分。
この二人は、どこまで俺を虜にすれば気が済むのだろう?
二人は、俺が二人に会うたびに緊張してドキドキしているのを気付いているのだろうか?
「はぇ? 祐一さん、顔が赤いですよ?」
「……祐一、体調管理はキチンとする」
「え? あ、いや、別に風邪じゃ……」
「……祐一が寝込んだら看病は任せて」
「あははーっ、舞は祐一さんが好きだもんね〜」
「……そんなことない」
ピシィ
伝家の宝刀の舞チョップが佐祐理さんに決まる。
このやりとりはどれだけ季節が変わっても、変わる事は無いのだろう。
「赤いと言えば……もうそろそろ紅葉狩りの季節だな」
「……そろそろじゃ無くて、真っ只中」
「祐一さん、紅葉、見たいですか?」
「え? いや、別に紅葉が赤かろうが、青かろうが、人の形に咲いていようが、俺はどうでも……」
「いけませんっ!」
「……佐祐理?」
「佐祐理さん?」
いきなり大声を出し、うつむいた佐祐理さんを、どうしたんだと見ている俺と舞。
やがて、佐祐理さんは顔を上げた。
「今から、紅葉狩りに行きましょう! 祐一さんに紅葉狩りの素晴らしさを教えて上げますよ〜」
「さっ、佐祐理さん!? しかも今から!?」
「……佐祐理」
舞っ! 佐祐理さんに何とか言ってやるんだ!
紅葉狩り自体に異論はないが、今からってのは急ぎすぎだと。
「……ナイスアイディア」
「なんでやねん!」
「舞もそう思うよね〜♪」
「……すぐに行く準備をする」
「……はぁ」
「あははーっ、これから祐一さんを、紅葉狩りマスターにしてあげますね〜♪」
そんなこんなで、今日の俺のCDを漁りに行く予定は紅葉狩りに変更されるのだった。
佐祐理さんの車に揺られる事45分、俺たちは目的地である網野山のふもとに到着した。
なんでも、前にTVで取り上げられた位の有名スポットらしい。
「ここが紅葉狩りの聖地、網野山ですよ〜」
「……あんまり大きくない」
「近くにこんな場所があったんだなぁ……」
祐ちゃんビックリである。
ちなみに、この網野山とかいう山の名前が、身体に良さそうな気がして仕方ないのは、俺だけじゃないと思った。
「じゃあ、紅葉を目指してれっつご〜です」
「……いい場所をとる」
「別にどこで見ても、紅葉は紅葉だと思うんだけどなぁ……」
俺はござを担ぎ、舞は食べ物を、佐祐理さんが飲み物を持ちながら山を登っていく。
佐祐理さんは、いつも通りにこにこと微笑みながら、周囲の景色を眺めながら登っている。
舞は、身体全体でうずうずを表現しており、何にでも興味を示す子供の様な仕種で登っている。
そして俺は、なんら周囲に興味を示すことなく、空に向かって欠伸をしながら登っている。
……なんか、ダメダメな父親と出来た母親、その子供……と言った感じだ。見た目に多大な無理があるが。
「ふぁ〜〜あ……っんぁ?」
「どうしました? 祐一さん?」
俺の声の変化を聴いて、佐祐理さんが振り返る。
舞も声こそ発しないものの、俺の方を振り返っている。
「あ、いや、欠伸をしてたら、口の中に……」
…とそこで言葉を切って口の中に入ったものをペッ、と吐き出す。
紅葉だった。
「はぇ〜、祐一さん、良かったですね〜」
……いいのか?
それとも、佐祐理さんには紅葉を食べる癖でもあるのだろうか?
「欠伸をして、口の中に紅葉が入ると、幸せになれるんですよ〜」
「……知らなかった」
「んな馬鹿な……」
いや、俺が知らないだけで、実はそういう話があるのか?
紅葉はおろか、植物のことなんて全く知らないから、真偽はわからんが。
「いま佐祐理がそう決めました♪ ……って、ふぇ? どうしたんですか祐一さん? そんなに肩を落として」
「何か、ドッ、っと疲れが……」
「あははーっ」
俺が肩を落としていると、何がおかしいのか、佐祐理さんは笑いながら歩幅を狭め、最後尾である俺の隣にまで下がって来た。
何か話でもあるのか? と思ったが、佐祐理さんは何も言わずに俺の腕をとり、少しだけ恥ずかしそうに、その腕を自らの身体で包み込んだ。
「さっ、佐祐理さん!?」
「つ、疲れてるなら、佐祐理が支えてあげますね〜」
支えてあげますね〜……と言いつつも支えるどころか、しなだれかかってきている佐祐理さん。
ただ単に誰かに抱きつきたかったらしい。
佐祐理さんは、こういう甘えん坊な所がある。
おそらく、過去の反動だろうと俺は見ているのだが。
しかし、甘えられるこちらはたまったものではない。
佐祐理さんほどの綺麗で優しい人に甘えられるのは、年頃の男子学生の脆い理性にはとてつもない衝撃を与えるのだ。
じゃあ、断れよ……と思うかもしれないが、佐祐理さんの甘えスキル(?)は伊達ではない。
ある時は論理的に攻められ、またある時には雰囲気で絡め取り、またある時は佐祐理さん自身の魅力でもって甘えてくる。
特に最後のが一番強烈だ。
あの涙目で上目使いに俺の顔を覗き込みながら、小さく『ふぇ…』と呟く仕種は反則と言える。
保護欲と愛情を足して二で割った様な感情を湧き起こさせるのである。
無論、道を踏み外しかけた事は一度や二度ではない。
しかしそういう時に限って、舞がどこからか覗いている事が多い。
舞がいなかったら、佐祐理さんから『やりましたー♪ 三ヶ月ですって祐一さん♪』などと言われてもおかしくない状況になってたかも知れない。
まぁ、舞がいても危なかった時もあるが……根性で堪えた。
俺の根性が、あと一ミクロンでも足りなかったら、二人から三ヶ月告知を聞いていた羽目になったかも知れない時もあった。
……などと、己の幸せな様で幸せでないと思ったりもするがやっぱり幸せな境遇について考えていると、じーーっとこちらを見ている舞に気付く。
「……佐祐理、ずるい」
「ずるいって……」
これがうらやましいのか?
……と言う前に、夜の校舎で鍛えられたスピードを生かして、すぐに俺の隣に来る。
しかし、片手は佐祐理さんに抱かれ、片手はござを担いでいるので、俺の手はもうない。
さて、どうする舞?
「……しかた無いから」
と言って今度は俺の背後に回る舞。
そして、おもむろに後ろから首に手を回してくる。
「また、おんぶかい……」
今日はおんぶが流行しているようだ。
ちなみに前回もそうだったのだが、今回も背中の感触が嬉しい。
が、一日にそう何回も命の危機に晒される事は避けたい。
「舞、いい子だから離してくれ」
「……佐祐理には腕を組ませてるし、おんぶもした」
おんぶはしたんじゃなくて、させられたと言うのが正しいと思うのは俺だけだろうか?
「……佐祐理にはさせたくせに」
「……」
「……佐祐理には…」
「わかった、わかった、そのままでいいって、舞と俺は相思相愛だからな〜」
びしぃ
「舞さんや、俺には冗談を言うことすら許されていないのか?」
「……そういうことはもっと別の場所で言って欲しい」
一日に二度も、プリティーなおんぶオバケにとり憑かれてる羽目に陥った俺は、空に向かって呟いた。
「おお、神よ、何故、この様な試練を……んぇ!?」
「あははーっ、祐一さんは今日で二回も紅葉が口の中に入って、だぶるハッピーですね〜♪」
「……祐一は運がいい」
神様と紅葉の事が少し嫌いになった紅葉狩りの行きしなの道だった。
「祐一さん、ここなんてどうです?」
「いいんじゃないか?」
TVで紹介されるスポットだけあって、紅葉の木が生えている周辺には結構な人がいた。
そこは広場になっていて、宴会している中年のおっちゃんの集団とか、縁側でお茶を啜っているのが似合いそうな老夫婦とか、若い親子連れ等がいた。
そして俺はというと、紅葉の事などサッパリ解らないので、場所に関しては佐祐理さんに頷くのみである。
「じゃあ祐一さん、ござをここに敷いてください」
「了解」
俺としても、今まで歩いてきて、さっさと座りたいので手早くござを展開、ござの四方に重りになるものを置いていく。
佐祐理さんと舞は、ここに来るまでに買ってきていたお弁当と飲み物をござの上に置き、ちょこんと正座している。
そして俺も二人に続き、ござの上に正座する。
「さて、それでは『第一回、紅葉狩りマスターへの道会議』を始めますよ〜」
「…………」
「佐祐理さん、本気だったんですか? それに第一回って……」
第二回、第三回があるんですか?
そんなにその、紅葉狩りマスター、とやらは奥が深いんですか?
「あははーっ、当然、第二回、第三回もありますよ〜、祐一さんと舞と佐祐理が生きてる限り無くなりません♪」
「……当然」
それは、毎年この時期になったら三人で紅葉狩りに行くということですか?
そして、紅葉狩りの度に、この会議が発足して俺は紅葉狩りマスターとやらへなる為に洗脳されるわけか……
すこし想像してみよう……
『祐一さん、B地点で紅葉狩りをしている集団を感知しました〜』
『……祐一、紅葉狩りマスターの使命を果たす』
『おう! 行ってくるぜ!』
バビューン ←空を飛ぶ音
『社長、今年も紅葉がいい色になっていますなぁ』
『まったくだな、部長』
『待て! そんな紅葉狩りの仕方ではダメだっ!』
『む? なんだね君は?』
『俺か? 俺は紅葉狩りマスターだ! 気安くマスターと呼んでくれ』
『マスター……ブランデーのロックだ』
『お客さん、飲みすぎですぜ…………って、バーのマスターじゃねぇ!』
『マスター、お部屋のお掃除、終わりました〜』
『ごくろう、次は食事を…………って、そんな特殊な人種でもねぇ! って言うかおっさん声で女メイドちっくな声をだそうとするな、気持ち悪い』
『では君は何をしに来たのかね?』
『さぁ?』
やはりろくでもない想像になった。
最初から最後まで意味不明だった。
「……あの顔はまた変なこと考えてる」
「あははーっ、祐一さんは想像力豊かですから」
しかも、ばっちりバレていた。
せめて舞くらいのポーカーフェイスがあれば……
そう思い、舞の顔をじーっ、と見る俺。
「……何?」
「きっと祐一さんは、舞の魅力にやられて告白するつもりなんですよ」
「祐一に限ってそれはない」
即答する舞。
なんか、俺が告白することが出来ないヘタレ虫のように思われてるみたいで心外だ。
ここは一つ男と言うものを見せようではないか。
「舞……俺、舞と一緒にいるときずっと思ってた事がある。舞の純粋さは罪だと……思わず何もかも捨てて守りたくなる。舞の事が好きだから……だから結婚しよう、舞」
「……祐一」
「はえー、これで棒読みじゃなければ完璧なんですけどね〜」
一瞬でバレた。
しかも言った方がダメージがでかかった。
やはり、勢いだけでものを言うべきでは無い、と思う俺なのでありました。
「佐祐理さんは、紅葉が好きなんだな」
ご飯を食べた後、三人でござに寝転がっている時に、なんとなく気になったので聞いてみる。
実際、いつもよりはしゃいでる様に思えた。
「祐一さんは紅葉、嫌いですか?」
「ん? 別に嫌いじゃないけど……俺は桜の方が好きかな?」
「ふぇ? どうしてですか?」
「んー、綺麗だったからかな……」
今の言葉に嘘は無いが実は言葉が足りない。
俺が綺麗だと思ったのは、卒業式の日に桜の木の下を二人で歩いていく、舞と佐祐理さんだ。
俺は桜が舞い散る道を、二人が顔に大きな微笑と小さな微笑を浮かべて歩いていく姿に魅入ってしまった。
あの日からだろうか……二人のことが親友としてではなく、女の子として見えるようになったのは。
「祐一さんは桜派なんですね。舞は桜と紅葉のどっちが好き?」
「……どっちも好き、でも強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「……楽しく食べられればどちらでもいい」
「桜派が一票、紅葉派も一票、花より団子派も一票……引き分けだな」
「そうですね〜」
そこで会話が止まった。
遠くから聞こえてくるおっちゃんの集団のカラオケの音だけが場を支配する。
カラオケはあまり上手くなかった。
がさごそ
目を瞑っているので見えないが、佐祐理さんが寝ている方向から何かが動く気配がする。
「ゆう〜い〜ちさん♪」
声と共に左腕に抱きつかれた。
やわらかい……なんで女の子というのはこんなにやわらかいのだろう?
「佐祐理さん、今回の理由はなんです?」
「秋と言ってもやはり、外で寝るのは寒いですよね? だから祐一さんのぽかぽかエネルギーを奪いに来ました〜♪」
確かに肌寒いような気がする。
それに外で寝ると言えば冬の事を思い出す。名雪が二時間も遅れてきた時は新聞の三面記事に載るのではないかと危惧したものだ。
「それに……」
「ん?」
「理由が無くっちゃ、抱きついちゃいけませんか?」
俺個人としては何も問題ないのだが、お子様にお見せできない事情によって色々と拙いです。
なんて思っていると右腕にも抱きつかれる。
「……寒い」
「はいはい……」
決して嫌じゃないのでなすがままにされる俺。
ここが外じゃなかったら、絶対に危ないことになっていたが。
「祐一さんはあったかいですね〜」
「……ぬくぬく」
両腕に心地よい感触を感じながら俺はそのまま眠りについた。
もう、カラオケの音は聞こえなくなっていた。
帰り道、夕日が俺たちを赤く照らす中、俺は行きと同じくござを担ぎ、舞と佐祐理さんはゴミを持ちながら山を下っていた。
結局、紅葉を見て眠っただけだったが、佐祐理さんいわく……
『それが紅葉狩りマスターへの第一歩ですよ〜』
との事、まぁ、佐祐理さんは基本的に能天気な人だから佐祐理さんらしいと言えば、佐祐理さんらしかった。
舞も舞でいつも通りのマイペースで、行きに見たはずの景色に色々と反応している。
俺も相変わらずヒマそうに欠伸をしてるが……
「そう言えば祐一さんは桜が好きなんですよね?」
「え? ああ、そんな事も言ったっけ」
厳密には違うのだが……と心の中で思う。
「実は秋にも桜は咲くんですよ、祐一さん」
「え?」
秋に桜が咲いたなんて話、聞いた事無い……そう言えば、どこぞの島では一年中桜が咲いてるとか言う話だが、きっとデマだろう。
ともかく、俺の知る限りではそんな桜は存在しない。
「確か、もう少し先に咲いてましたよ」
「ミステリーはそんなに身近にあるのか……」
トコトコと歩いていく俺たち。
少し歩いたところで佐祐理さんが声をあげた。
「ほら、これですよ祐一さん」
「……確かに似ているけど……草だな」
佐祐理さんと舞は何か内緒話をすると、それぞれ、その桜(似)の花を赤と白の二本ずつ摘んで俺に差し出した。
匂いでも嗅げというのだろうか?
「祐一さん、これはコスモスの花です」
「へー、これがコスモスか……それがなんで桜なんだ?」
「……コスモスは漢字で、秋の桜と書く」
「ほ〜、意外な豆知識を一つゲットだ」
「……国語の漢字の問題でよく見かける」
「あははーっ、祐一さん。ちゃんと勉強しないといけませんよ〜」
くっ!? こんな所で勉強ができていない事を悟られるとは……やはりこの二人、侮れない!
「そんな祐一さんに、この花をプレゼントです」
「……受け取る」
「お、おぅ……」
戸惑う俺に、花を押し付けるようにして二人が渡してくる。
戸惑ってる理由は、何故か妙に押しが強い。
別に断る理由も無いので、素直に受け取った。
「あははーっ、受け取りましたね、祐一さん♪」
「な、なんだ!? やはり罠だったのか!?」
「……『やはり』なんて失礼」
片手にござ、もう片方の手には秋桜の無抵抗な俺にチョップをする舞。
「じゃあ、罠じゃないのか?」
「あ、あははーっ、罠と言えば罠ですね〜」
「……で、どんな罠なんだ、佐祐理さん?」
「祐一さんは、秋桜の花言葉を知ってますか?」
「くっ!? 花言葉ネタかっ! きっと『社会の底辺』とか『間抜け』とか『ロリコン』とか……そんな花言葉なんだろう!?」
「はぇっ? 祐一さんはロリコンだったのですか?」
「違う……ってそうじゃないだろう」
「……祐一はロリコンじゃない、一安心」
なぜ安心なんだ?
ロリコンじゃなかったら、いつ襲い掛かられるかもわからないのに……
まぁ、舞と佐祐理さんに襲い掛かったら、舞に斬殺されるのでしたくても出来ないが……
「祐一さん……秋桜の花言葉は『善行』、特に赤い花は『少女の真心』をさすんですよ」
「真心……」
「はい♪ 佐祐理と舞の真心は祐一さん一人にしか捧げませんよ」
「祐一は幸せ者」
二人はそう言って、今回は腕ではなく身体に抱きついてきた。
いつもの甘えるような仕種とは違い、ただ腕を回して身体を寄せ合っているだけ。
……ただそれだけなのに……今までで一番ドキドキしている。
……これは遠まわしに告白でもされているのだろうか?
いや、意識しすぎ?
でも……と思い、考えを保留しておいて気になっている事を聞く。
「じゃあさ……こっちの白い花は何をさしてるんだ?」
「……知らない」
「あ、あははーっ、えーっとそれはですねぇ……」
ごにょごにょ……といいごもる佐祐理さん。舞は何も知らないようだが、佐祐理さんは知ってるみたいだ。
だが、言う決心がついたのか、俺の身体から身を離す。
少し残念なのは秘密だ。
「今言いますから、ちょっと、待っててくださいね」
そう言って佐祐理さんは近くにある紅葉の木の下に行った。
何をするのだろうか? と舞と顔を見合わせていると、紅葉の木から一枚、ヒラヒラと紅葉の葉が落ちてきた。
「えい!」
っと、倉田さんちのお嬢様はジャンプ一番、紅葉の葉を口に咥えてそのままこちらに戻ってきた。
やはり佐祐理さんには紅葉を食す習性が……などと思っていると、佐祐理さんはいつの間にかすぐ近くの正面に立っていて……
佐祐理さんの手が俺の頭を引き寄せ……
「……ん」
「……んんっ!?」
「佐祐理っ!?」
佐祐理さんにキスされた。
どさっ、とござが落ちる音がした。
佐祐理さんの舌が紅葉を俺の口の中に押し込んでくる。
紅葉が俺の口内に入ると、佐祐理さんは顔を離した。
「コスモスの白い花が意味するのは『少女の純潔』……受け取っちゃったからには幸せにしてくださいね?」
どうやら、紅葉の理由は幸せにしてください、というサインらしい。
それはともかく、俺だって佐祐理さんのことは好きだ……舞のことも好きだ、でも断られた時のことを考えると言えなかった。
今のままの三人の関係が好きだった。
壊したくなかった。
ずっと三人でいたかった。
だから言えなかったのに……
「佐祐理さんは、俺が断ったりした時の事を考えてないんだな……」
「考えてますよ……こうしたら祐一さんは受け入れてくれるだろうなって思ったんです」
「それでも、断ったりするかも知れないだろ?」
「これで断られたら、もう打つ手なしですよ。これが佐祐理の精一杯ですから……」
「佐祐理さ……ぐむぅ!?」
「…ん」
「ま、舞!?」
今度は舞にキスされた。
紅葉は入ってないようだった。きっと落ちてこないので痺れを切らしたんだろう。
しばらくして唇を離すと、舞は小さく……
「佐祐理だけずるい」
と言って、夕日以外の要因で顔を赤く染めていた。
「あははーっ、ごめんね、舞。じゃあ、今度は一緒に言おうね」
「……はちみつくまさん」
何やらまた二人で内緒話。
大体、何を言っているか想像はつくが、それでも軽く疎外感を覚えるあたり、自分の中の二人の割合の大きさがわかる。
お、作戦タイムは終わったようだ。
「祐一」
「祐一さん」
「うん?」
二人の不安を取り除くために、笑顔のつもりだが緊張してるため、笑顔でいれてるか疑問だ。
そして二人は軽く視線を合わせて、同時に言った。
『私たちとずっと一緒にいて愛してくれますか?』
その問いに、俺は答えを一つしか持ち合わせてなかった。
三人で車のところまで来る頃には、もう陽が暮れていた。
荷物を車に積み、車に乗り込む直前、俺は山の方を見て思った。
俺たちは幸せになれるのだろうか?
きっと世間からは白い目で見られるのだろう。
日本じゃ重婚は認められてないので、結婚しないまま三人でいれば変な目で見られるだろう。
俺はかまわないが、二人にそんな思いはさせたくは無い。
これでよかったのだろうか?
「なれますよ……幸せに……祐一さんさえ一緒にいてくれれば」
「……はちみつくまさん」
「……舞…佐祐理さん、なんで……」
なんでわかったんですか? と聞く前に佐祐理さんはにっこりと笑い、舞は俺と佐祐理さんくらいにしか判らないほど微かに笑って、
「大好きな祐一さんの事ですから」
「祐一のことは何でもわかる」
そう、誇らしげに言った。
「それに……祐一さんは今日だけで紅葉を三つも口に入れました……だから、とりぷるハッピーになれます♪」
「三人分の幸せがあるから大丈夫」
「そっか、そうだな……」
どうせ色々考えたところで、何も変わりゃしないんだし、案外、本当に紅葉を食ったやつは幸せになれるのかも知れない。
「前向きにいくか〜」
俺はう〜ん、と伸びをして、風に流されてきた紅葉の葉を取った。
紅葉の葉が散り、また冬になる。そして春になり、夏が訪れ、秋の季節になる。
でも、どれだけ季節が巡ろうとも紅葉を見るたびに今日の事を思い出すのだろう。
それを思えば少し紅葉も好きになれるかもな……
「ゆう〜い〜ちさん♪」
本日三度目の後ろからの襲撃。
犯人は能天気お嬢様と推察される。
俺たちの関係は少し変わったが、甘えん坊な所は変わらないようだ。
「佐祐理さん、今度はなんです?」
「あははーっ、違いますよ祐一さん。これからは私のことは佐祐理って呼び捨てにしてください」
「それは、何かちょっと恥ずかしい……ん?」
何か佐祐理さんの言葉に違和感。
……………………………あれ? 今、佐祐理さん、自分の事を『私』って…
「佐祐理さん?」
「……」
「佐祐理さ〜ん?」
「……」
呼んでも返事が無い。
顔はこっちを見てむぅ〜、と脹れているので聞こえてないと言うことは無い。
「…………」
「…………」
「佐祐理?」
「はいっ♪ なんですか祐一さん♪」
すっごく嬉しそうだ。
隣で舞は構って貰えず、不服そうにしてたが。
「今、自分の事、私って言ってましたよね?」
「ええ、何故か舞と一緒に告白したときから言える様になっていました」
「……そっか」
「でも、佐祐理は自分の事を佐祐理って言ってる方がもう板につきましたから、多分変わらないと思いますけどね」
「まぁ、呼び方に関しては……俺が佐祐理って言うんだから、当然、俺の事も祐一って呼んでもらわないと……」
「ふぇ……そんなぁ、祐一さ〜ん」
「…………」
「ゆう〜い〜ちさ〜ん」
「…………」
「ゆ・う・い・ち・さん♪」
「…………」
「ふぇ……ゆ…祐一」
「ん? 何かね? 佐祐理くん」
「ふえぇぇぇっ! 恥ずかしくて呼べないですよ〜」
ピシィ、ピシィ
二人でいちゃついてると、チョップが二つ、舞だ。
「二人ともずるい……」
「ん〜、舞は元から呼び捨てだからな〜」
「あははーっ、じゃあ舞は祐一さんのことを……そーですねー、祐ちゃんって呼んで見ましょう」
「……祐ちゃん」
「…………」
「…………」
「言った本人より、俺が痛いんだが……」
「舞は今のままが一番素敵と言うことですね〜」
「……そう」
「んな強引にキレイにまとめて……」
「それより祐一さん……実は……」
「ん?」
佐祐理さんが何やら恥ずかしそうに、もじもじしている……トイレ?
ビシ
「俺が何かしたか?」
「また馬鹿なことを考えてた」
どうやら俺は将来、浮気は出来ないらしい。する気も無いが。
一方、佐祐理さんは、す〜は〜す〜は〜、と深呼吸をしてから俺に向き直った。
「この近くに、いい温泉宿があるんですけど……その……一緒に行きませんか?」
「今から……ですか?」
「はい、今から……です」
もう陽は落ちている。そんな時間から行くとなれば泊まりだろう。
……つーかそれって…
「も、もう、覚悟は出来てますから」
「はちみつくまさん」
目の前に据え膳が二つもある。
人として……否! 漢として食さねば失礼というものだろう。
これは、ものを大事にする精神から来るものであって、決して醜い欲望ではない! ……多分。
「あははーっ、良かったです。もう予約を取っていたので無駄にならずに済みました♪」
「予約……」
「はい♪」
「……………………今日のはもしかして計画的犯行ですか?」
「『少女の純潔』を受け取ったからには、ちゃんと本当に純潔を貰っていただきますね♪」
「観念する」
舞に引きずられながら車に乗る俺。
車が発進して、来た道とは別の道に走り出す。
俺は、車の中に飾られてある赤と白の秋桜をみて、覚悟を決めることしか出来なかった。
最後のあがきで、携帯で水瀬家に連絡を取るも、秋子さんの口から聞こえてきたのは、避妊だけはして下さいね? と言う事だけだった。
車に揺られること15分、温泉宿『一撃必殺』は街から少し離れたところにひっそりとあった。
なんでもいいけど名前が致命的におかしいような気がする。
あんまり流行ってなさそうなのは、名前のせいだと思う。
ついでに言うとそんな宿の予約を取った佐祐理さんにも色々言いたいことがあったが、あえて聞かないでおくことにした。
「つ、着きましたね。祐一さん」
「……着いた」
「ああ、着いちゃったな」
そろって宿の前で顔を真っ赤に染める俺たち。
客観的に見てかなりアレな光景だと思う。
……だって、その……なぁ? ここで、ほら、色々とするわけだし?
「……そ、それじゃあ行きましょうか」
「……はちみつくまさん」
「お、おう」
「ごめんくださーい」
「はーい、倉田様ご一行ですね?」
「そうです」
「ではお部屋のほうにご案内させていただきますね」
そう言って、女将さんらしき人が部屋に案内してくれる。
外見のイメージとは裏腹に、きれいで整った和風の宿で中だけ見れば、素人目に見てもかなりいい宿だと思う。
あとは場所と名前さえキチンとすれば繁盛するだろう。
場所は仕方ないとしても名前ぐらいは変えるべきなんじゃあ?
なんてどうでもいい事を考えながら歩く。
だって、そうでもしないと頭の中が大変なことになる。
それに……露骨にそういうことを考えて身を縮こませていると、スケベだと思われるし。
いや、実際、人並みに興味はあるんだけど。
でも、今日、多分するであろう事は『そういう』ことじゃない。
言わば儀式なのだ。
白い秋桜を受け取ったと言う証明。
本当に愛してるっていう証明。
言葉だけじゃ伝えきれない想いの証。
彼女たちが俺のモノである証明。
俺が彼女たちのモノである証明。
今日という日を忘れない為の誓いの儀式。
そして……新たな関係への始まりの儀式。
だから間違っても劣情を前面に出すわけにはいかないのだ。
……前面に出さないだけで消すことが出来ないのが男の性なのだが。
なんて、微妙に真面目かつ不真面目なことを考える矛盾した行為をしていると、慣れ親しんだ背中への衝撃。
「ゆ〜いっちさん♪」
相変わらずいい感触だなぁ……などと先ほどの誓いを吹き飛ばすような感触。
倉田さんちのお嬢様の襲撃である。
「な、なんです?」
「気楽に行きましょう。どうせなるようにしかならないんですから」
「あ……」
そうだった。
俺たちはそんな先の事を見据えて行動するような関係じゃなかった。
行き当たりばったりで、それでも何とか進んでいく。
そんな関係。
今を精一杯、楽しめばいいんだ。
「……祐一」
「あっ……」
ごく自然に俺の手をとる舞。
「……いつも通りにしてればいい」
「そうだな」
手を繋いだまま進んでいく舞。
後ろに抱きついたままの佐祐理さん。
それはある意味いつもの光景だった。
これからのいつもの光景。
「でも舞。そういう割には顔が赤いぞ?」
「……そんなことない」
「そんなことあるって、なあ? 佐祐理さん」
「あははーっ、真っ赤ですよー。舞っ」
ピシィ
ピシィ
「うわっ!? 照れるなって」
「あははーっ」
「ではごゆっくりー」
「…………」
「…………」
「…………」
女将さんが用意してくれた部屋は完璧だった。
和風さを極限まで引き出した部屋で、急須、湯のみ、お茶請け、座布団、襖、窓から見える夜景、どれをとっても一級品なのだ。
あまりの凄さに俺たちが言葉を失ってしまう位に……
惜しむらくはやはり名前だろう。
これで名前がきれいな名前だったら、さぞかし繁盛していただろう。
まぁ、俺たちからしたら混んでなくて嬉しいんだが。
「……すごい」
「はえー」
「高そうな部屋だなー、この壷とか凄く高そうだし」
女将さんがいなくなると騒ぎ出す俺たち。
貧乏人丸出しである。
佐祐理さんは金持ちの家だけど庶民派だからなー。
「ゆ〜ういちさん♪ ていっ!」
「うわっ!」
色々と部屋を見て回っていると本日五度目の襲撃。
犯人はもちろん佐祐理さん。
今回は正面から。
ただ今回は今までのとは威力が違った。
明らかに俺を地面に押し倒すぐらいの力だった。
というか実際に押し倒されてる俺。
「……祐一さん」
「さ、佐祐理さん?」
目の前には佐祐理さんの髪の毛。
佐祐理さんは俺の胸に顔をうずめていた。
いきなりですか?
佐祐理さん、雰囲気無視の直球勝負ですか?
むしろ望むところ……って、そうじゃ無いだろ俺!?
なんて俺の心が葛藤を起こしていると、佐祐理さんは顔をうずめたまま、俺をまきこんで畳の上をごろごろ〜と転がる。
「あははーっ、祐一さん。畳が気持ちいいですよー」
「あ、そういうこと……確かに気持ちいいな」
「……私も仲間に入れる」
舞までくっついてごろごろに加わり、ごろごろトリオとなった俺たちは、子供みたいにただ自分の大切な人たちを見つめながら時間も忘れてごろごろと転がり続けた。
あぁ、こういうのが幸せな光景って言うんだろうな……
そうさ、俺たちは幸せになるんだ。
もっともっと、誰もが羨むくらいに幸せになるんだ。
「祐一さん?」
「ん? なんです、佐祐理さん?」
「抱きついたとき……ドキドキしましたか?」
「へっ?」
「佐祐理はドキドキしました。今でも祐一さんにくっついているだけで胸が破裂しそうなくらい……祐一さんは佐祐理じゃドキドキしませんでしたか?」
「したよ。ドキドキした。舞が来た時もドキドキした。何ていうかさ、女の子と同じ部屋にいるっていうだけでドキドキしてる。でもそれは舞と佐祐理さんだからで、二人じゃなかったらこんなにドキドキしないし、そもそもこんな状況にならない」
「……祐一」
「あははーっ、祐一さんもドキドキしてたんですね。佐祐理はこのドキドキしてる瞬間が一番幸せなんです。この時に勝る幸せは無いんです。祐一さんが傍にいることが佐祐理の幸せの条件なんです。だから……祐一さんは佐祐理と舞とずっと一緒にいるだけでいいんです。背伸びする必要なんて無いんです」
俺は無意識のうちに背伸びをしていたのだろうか?
いつ?
「実を言うと、佐祐理、さっき抱きついた時ものすごく恥ずかしかったんです。心の中で覚悟を決めちゃってました」
「か、覚悟って……」
「無理していつも通りになんてしなくていいんです。少なくとも佐祐理たち三人の時は本音だけで……ドキドキしてくれたのなら隠さないで欲しいんです」
……そうだ、佐祐理さんだって好きな人と触れ合う事は恥ずかしいんだ。
でもそれを隠さない。俺たち三人でいる時は本音でいたいから。
舞だってそうだ。
舞は口下手だけど、いつだって、三人でいる時以外だってずっと本音なんだ。
じゃあ、俺は?
俺は今まで二人に嫌われるのが怖かった。だからいつも心の中の何かを殺してきた。
それは俺が臆病だったから。
さっきだって、佐祐理さんが抱きついてきたときに、自分の欲望を心の中で打ち消した。
でも、その打ち消された欲望こそが俺の本音だったんだ。
佐祐理さんはそれに気付いていたんだ。
佐祐理さんは俺自身が否定した自分の本音を見抜いていて、それでもその本音を求めた。
結局、俺という人間は、ことここまで来ても覚悟が出来ていなかったんだ。
だから、本音を出せなかった。
「まいった。降参。二人には勝てない」
「あははーっ、祐一さんに勝っちゃいました」
「……? 何の話?」
「二人に惚れた俺の負けって話だ」
「それなら引き分けですよー」
「そう、私も佐祐理も祐一のことが好き……だから引き分け」
もう、本当にこの年上二人に勝てる気がしない。
俺が出来ないことを何でも出来てしまいそうな気がする。
「ところで祐一さん? 今の本音は何ですか〜♪」
もう俺は二人には何も隠さない。
とりあえず、今の俺の本音は……
「そうだな、一緒に風呂に入りたい。せっかく温泉に来たんだしな」
あははーっ、祐一さんも男の子ですね〜♪ などと、俺が本音をカミングアウトした後に佐祐理さんにさんざんからかわれた。
そう仕向けたのは佐祐理さんなのに……祐ちゃん、泣きそうだ。
それに大体、佐祐理さんだってノリノリじゃないか。
舞も顔を真っ赤にするだけでチョップしてこないし。
まぁ、それが二人の本音なんだろうと解釈しておくことにする。
そんなこんなで、今俺は部屋の中の内風呂に浸かっていたりする。
俺は露天風呂に行こうと言ったのだが佐祐理さんが……
『ふぇ…露天風呂はさすがに恥ずかしいです』
…との事。
別に風呂に入るだけなら露天でも何でもいいのに……
しかし逆に言えば、それは普通に風呂に入るだけでは無いですよー、と言う風にも取れる。
そもそも、たとえ混浴でも一緒に入る時点で恥ずかしい。
それに内風呂の方が狭いから余計に恥ずかしい事になりそうなんだが……
それに内風呂は言わば部屋の一部だ。
一緒に露天風呂に入るのと内風呂に入るのの差は、ホテルのロビーに一緒にいるのとホテルの部屋内に一緒にいる位の違いがあるのだ。
むぅ……色々と我慢が出来ないかもしれない。
ここは『敵を知り、己を知れば百戦危うべからず』という故事にのっとり、先の展望を予測して佐祐理さんと舞の取りそうな行動を予測、対策を練っておかねば!
……と言うわけで予測してみる。
『祐一さ〜ん♪』
『……祐一』
振り向くとそこにはタオルで身体を隠しながらこちらへ歩み寄ってくる舞と佐祐理さん。
舞はリボンを解いていていつもと雰囲気がガラリと変わっている。
『あ、佐祐理さん、舞』
『祐一さん、お風呂気持ち良いですか?』
『気持ちいいぞ』
『……じゃあもっと気持ち良くなる』
『あははーっ、祐一さん、シましょう♪』
『二人とも直球っ!?』
そういうと二人はタオルをぱさり、と落として潤んだ瞳でこちらを見てきて……
俺はそんな二人に理性が飛んで獣のように二人を……
「……って、んなわけあるかっ!」
「ふぇ? どういうわけが無いんですか?」
「いや、佐祐理さんはともかく、舞がそんなストレートに俺を誘ってくるわけが無いってこと」
「ふぇ? えっと祐一さん、一体なんの話を……」
「……佐祐理、祐一はきっとまた変なことを考えてたに決まってる。おおかた妄想」
「そうそう、こんなの予想じゃなくて、ただの妄想で……って」
あれ?
変だな?
何故か俺の隣から舞と佐祐理さんの声が聞こえるぞ?
あまつさえ妄想の感想に返事を返されてた気がするぞ?
「ふえっ!? ……あ、あははーっ、祐一さん、ほんっっとうに男の子ですねー」
「……祐一はスケベ」
おかしいな? 幻聴がまだ聞こえるぞ?
はは……幻聴だって確かめたいのに、首がガチガチに緊張して振り向けないぞ?
それでもなんとか、ギギギという擬音が聞こえてきそうな感じで首を振り向かせると……やっぱりいた。
二人ともリボンを解いて、長い髪をストレートにしていて……この状況といつもと違う雰囲気に魅せられる。
髪は女の命…ってよく言うけど、いつもそれぞれ違う子供っぽさを持ってる二人が妙に大人っぽく……そして艶っぽく感じられて、否応無く二人の仕種に女性を感じてしまう。
このまま二人を見ていると気がおかしくなりそうなので、バッ、と首を戻してあさっての方を向く。
「……?」
「あははーっ♪ 祐一さんかわいい♪」
がばっ
お嬢様の奇襲攻撃。
「うわっ!? 佐祐理さん! なんか当たってる! 何か異様に気持ちいいものが当たってるからっ!」
「あははーっ、いいじゃないですか。どうせ後でするんですし」
お嬢様は予想通りストレートだった!
つーか、舞! 見てないで助けて……
「……負けない」
ムニュ ←何かを押し当てた
「……って競うな!」
「……ったく、二人とも、もう少し恥じらいというものを……」
「……一緒に入ろうって言ったのは祐一」
「うっ……まぁ、それはそうなんだけど」
「……祐一、もう少し下もちゃんと洗って」
「もう少し下……ってお尻は自分で洗えって!」
先の何だか解らないけど、すごい気持ちの良かった拷問(別名:ぱふぱふ地獄)から瀕死の状態で開放されて(のぼせて意識を失いかけてた)俺は一度風呂から出て身体を洗おうとしたのだが、佐祐理さんが「一緒に背中の流しっこをしましょう」というので従うことにした。
だって、今の佐祐理さんに逆らったら遊ばれそうだし……
いや、逆らわなくても遊ばれてると言う説もあるけど。
で、今は佐祐理さんが俺の背中を、
俺が舞の背中を、
舞は自分の前を、
それぞれイスに座りながら洗っていたりする。
それにしても……
一度意識したせいか、どうも先程、舞に言われた下……つまりお尻に目が行ってしまう。
舞の背中はタオルで擦ってても解るくらい柔らかい。
やっぱり、肌の質ひとつとっても男と女では基本的に身体の構造が違うにちがいない。
お尻も柔らかいのかな?
なんて、非常にでんぢゃらすで魅力的な疑問がわいてくる訳で……
恥も外聞も無い言い方をすると尻に触ってみたい訳で……
天使祐一:『いや、そんな邪な感情で彼女たちに触れちゃダメだ』
悪魔祐一:『何いってやがる! もう隠し事はしないんだろう? 素直にいこうぜ?』
天使祐一:『いや、しかし…』
悪魔祐一:『それに、ここでいい子ちゃんぶって手を出さなかったら、それは彼女たちにまた嘘をつくことになるんだぜ?』
天使祐一:『そ、そうですね!』
悪魔祐一:『そうだそうだ、ここは一発お尻に触れるんだ』
天使祐一:『いや、それだけではダメです。ここは触って揉むぐらいはしないと!』
悪魔祐一:『おおぅ、ならば俺は尻だけと言わず全身を……』
天使祐一:『じゃあボクはこの場で押し倒して……』
悪魔祐一:『……』
天使祐一:『……』
悪魔祐一:『越後屋、そちも悪よのぅ』
天使祐一:『いえいえ、お代官様ほどでは……』
バカ二人:『あーはっはっは!』
……俺の中の善性はこんなにも弱いんかい!
いやしかし、お尻に触れたいのは間違いの無い事実だし……
……………………触るか。
という訳で、そーっと手を舞のきれいで瑞々しいお尻に近づけていく。
あと20cm
いけない事をしているという背徳感が劣情を加速させる。
あと10cm
緊張のあまり手が震えてきた。
あと5cm
息がしにくい。
あと4cm
自分の呼吸音すらうるさく感じる。
あと3cm
鼓動音も耳障りだ。いっそ鼓動すら止めれればいいのに。
あと2cm
あともう少し。
なのに身体中が熱に浮かされたようにあつい。
まるで自分の身体じゃないみたいだ。
あと1cm
もうどこまでが自分の身体で、自分の身体じゃないのかすら曖昧だ。
すごく時間が経った気がしたのに、手は全然進んでなかった。
でももう触れることができ……
「あははーっ、それじゃ今度は逆向きですよー、今度は佐祐理が祐一さんに洗ってもらう番です」
「え?」
佐祐理さんがそう言った瞬間、目の前の舞がこちらを向く。
俺はまだ反応できずに目の前を向いたまま舞に手を伸ばしている。
結果、舞と俺は正面で向き合うことになる。
目の前にいつもと違う舞がいる。
髪を下ろしていつもより艶っぽい舞。
顔は真っ赤に染まっており、視線は俺の身体のあちこちを射抜いている。
さっきまで自分で前を洗っていたので泡で要所要所は見えないが、それでも身体のラインはわかるし、その、むねとか、ふとももとか、もっとやばいところとかも全て泡に包まれてるわけじゃないし。
むしろ見えそうで見えないというか、なんと言うか……ちらりずむ万歳
いや、そんなことより大変困ったことがある。
この状況より困ったことなんてそうそう無いはずなんだが、残念ながらそのそうそう無い事態が今わが身に降りかかっている。
俺はさっきまで舞のお尻に触れようとしてたわけで……
つまり、手はお尻を触れれるような位置にあったわけで……
その状態で舞が振り返ったわけで……
でも俺は動けなかったわけで……
そうすると必然的に手が非常に危険なスポットに伸びてるわけで……
っていうか、手が少しでも動けば触れれそうな位置にある為に動けない。
ど、どうするっ!?
行くか?
引くか?
まさしく進退窮まっていると、舞が真っ赤な顔で何かをつぶやいた。
「……さ」
「さ?」
「……さわらないの?」
目の前には、異常なほど艶っぽい格好のあわあわ舞。
口にした言葉は「……さわらないの?」
俺の精神は愛しさのあまり、どうかしてしまったのだろうか?
それともこれが年上である舞の本当の姿なのだろうか?
今、舞のどんな仕種も舞の魅力を加速させるだけだ。
チラチラと視線を彷徨わせる姿も、
恥ずかしさで脚が震えている姿も、
呼吸する度に上下する胸も、
その甘い吐息も、
全てが俺を狂わせる。
都合が良いのか悪いのか、いま俺の手はそうなる事に適した位置にある。
少し手を伸ばせば、それが始まりのスイッチになるだろう。
きっと舞は拒まない。
受け入れてくれる。
そもそも、そういう事をしにきたのは直接言わないだけで明白だし、何も問題ないのでは?
ただそういう気になったのが、ここだったと言うだけで何も問題ないでは?
いや、あるだろ問題。
微かにしか残っていなかった理性が呆れた声でそう訴えてきているような気がした。
思わず、さわってしまいたいっ! って思いそうになるのをグッっと堪えて、
「す、すまん、舞!」
って言って慌てて後ろを振り向いて……
「……」
「……」
「……」
「……ふぇ?」
何故か背中を向けてるはずの佐祐理さんと目が合った。
しかもその姿は、お嬢様ver泡。
佐祐理さんは俺の背中を洗ってて前は洗ってなかったのでは?
いや、洗ってなかった方が邪魔な泡が無くてうれし……げふんげふん、もとい大変困る所だった。
佐祐理さんも舞と同じく泡に包まれており、その魅力的すぎる肢体を気休め程度に隠している。
祐ちゃん、その美しいむねとか、ふとももとか、そのおくのほうにのっくあうとです。
見えそうで見えないのってそそるね?
ジークちらりずむ! ジークちらりずむ!
もうこの際、自分の中に目覚めてはいけない勢力が発生しているのは置いといて、大変なことが起こってしまっているのだ。
さっきも言った気がするが、この状況以上に大変なことはそうそう無いはずなんだが、悲しいことに再び起こってしまっている。
その……手がね? こう、なんていうんですか? 舞から離れるために勢いよく引いたらさ? 後ろにいるお嬢様のとある部分をむにゅんと鷲掴み?
「ゆ、祐一さん……」
「いや、これは……」
これは……気持ちいい……ってダメだろ俺!
でも気持ちいいし、手がガチガチに緊張してて動かせないし。
佐祐理さんのちょっと困ったように恥らう姿がかわいいし。
胸が気持ちいいし。
必死に脚を閉じたりして恥ずかしがってる所もかわいいし。
胸が気持ちいいし。
両手で掴まれてない方の胸と足の付け根を隠す姿がかわいいし。
胸が気持ちいいし。
真っ赤になって「ふぇぇ……」って言う姿が最高にかわいいし。
胸が気持ちいいし。
劣情の半分くらい胸に行ってるのは男として正しき姿なのかそうでないのかは定かではでは無いが、人間的に正しき姿じゃないのはわかってる。
でも、腕が緊張で動かないし、もったいないし。
くぅ! 誰か! 今、俺が現状で出来ることを教えてくれ!
天使祐一:『揉むんだ!』
悪魔祐一:『揉めっ!』
神様祐一:『むしろ後ろの娘のも揉むんじゃ!』
魔王祐一:『むしろ二人とも美味しくいただけっ!』
俺の中の善性と悪性は暴走して大変なことになっている。
というか俺の中の全てが「揉め!」と言っている。
どうせ、腕をどけれないんだし、腕は動かないんだけど都合が良いのか悪いのか、手は動くし……
うん、これは現状打破のためだ。
揉むことによって何らかの解決策が生まれるかもしれん!
……決して邪な理由じゃないからな?
ってわけでレッツボイン! ←謎の掛け声
もみっ
「は、はえっ!? ゆ、ゆゆゆゆ祐一さん!?」
「……ごくり」
や、柔らかすぎですよ佐祐理さん!?
これは病みつきになりそうだなぁ……
さらにもみもみと揉み続けてみる俺。
もう、現状打破のことなど頭の片隅にも残ってない。
「ふぇ…、あっ、やぁん、ゆ、祐一さぁん……」
「……祐一、いいかげんに……っ!?」
舞が拗ねた様な口調で俺に後ろからチョップをしようとしたらしいのだが、語尾が変だった。
「どうした舞! って、おわっ!?」
「ふえっ!?」
思わず振り返った俺の目の前には先程と同じくあわあわ舞。
しかし、立ち上がった時に泡で足をとられたのか、バランスを崩して俺の方に倒れこんできた。
俺も舞を支えようとしたのだが、座っていたうえに足場が泡だらけだったために、支えきれず俺も後ろに倒れこんだ。
佐祐理さんも同じく俺たちに巻き込まれて倒れた。
「舞、佐祐理さん、大丈夫か?」
「……大丈夫」
「あははーっ、少し頭をゴツンってしちゃいましたけど大丈夫です」
佐祐理さんの言葉に俺は倒れた状態のまま、佐祐理さんの後頭部を確認する。
どうやら血は出てない。
だからと言って大丈夫とは言えないけど、血が出てるよりはましだった。
「ゆ、祐一さん……その、恥ずかしいです」
佐祐理さんの言葉にハッとなる。
さっきまで、俺は舞と佐祐理さんに挟まれた状態でいた。
その格好のまま、佐祐理さんの後頭部を調べようとしたら、その体勢は限られてくる。
早い話、俺は佐祐理さんに抱きついている格好だった。
しかも、二人ともタオルもどこかにいっており、正真正銘、素っ裸で正面から抱き合っていた。
意識するともうダメだった。
触れ合ってる部分に意識が集中していく。
ああ、俺の理性が狂っていく。
理性が溶ける。
背中にも舞の感触が直接感じられる。
チェスで言うとチェックメイトって言うやつだ。
この状況も、俺の理性も、どちらももう詰んでいた。
俺の理性は舞と佐祐理さんの魅力の前に敗れ去ったのだ。
でも俺には負けた後なのにごほうびがある。
あとは、一言「まいりました」と言うだけで戦いが終わり、ご褒美の時間になる。
「舞……佐祐理さん……いい?」
自分の顔が真っ赤になってるのが解かる。
でも、目の前の佐祐理さんも、隣にいる舞も顔が真っ赤だ。
それでも二人は……
「……はい」
「……うん」
と真っ赤な顔で頷いてくれた。
ありえないほどの長湯となってしまった俺たちは、風呂からあがるなりすぐに食事を取った。
運ばれてきた料理はとても豪勢で美味しそうだったが正直味がわからなかった。
風呂でのことが尾を引いていて、みな顔が真っ赤。
おまけに、佐祐理さんが甘えてきて俺の膝の上に座って「あ〜ん」なんてしだすから、さらに料理の味がわからなかった。
食事が終わると腹ごなしに温泉宿定番の卓球をした。
見所はやはり浴衣からちらりと覗く、ふとももとか、うなじとか、むなもとだろう。
俺の中で着々と「ちらりずむ党」なるものが形成されていくのだが、それはまた別のお話。
部屋に戻ると布団が敷かれていた。
おっきいふとんに枕が三つ。
対処に困る気遣いだった。
結局、心遣いは受け取ったんだが。
とりあえず今回の一件で判明したことを挙げていく。
俺と舞と佐祐理さんの三人は恋人同士になった。
舞は髪を解くと別人のように色っぽくなる……単なる印象の問題なのかもしれないが。
佐祐理さんへの認識が『年上の甘えん坊お嬢様』から『ちょっとえっちな年上の甘えん坊お嬢様』に変わった。
俺の内部で変な趣味が湧きかかっている。
二人とも夜になると手ごわくなる。舞はもともとのスタミナがあり、佐祐理さんは「あ、コツ掴みましたー」との事。
最後に……秋子さん、ごめんなさい。
俺は貴女の教えを守れませんでした。
高校を卒業したら、二児のパパになっちゃうかもしれません。
もしそうなっても、幸せにはなるんで、それで勘弁して下さい。
後日談
「ただいま〜」
「お帰り……わ、祐一、何でそんなゲッソリしてるの?」
「何でもない……名雪……何でもないから何も聞かないでくれ……」
祐一は本当に辛そうに階段を上がって行った。
なぜか祐一が『底なし……』とかブツブツと言っていたけど、どういう意味なのかな?
お母さんは祐一は北川君の家に泊まるって言ってたけど……違うのかな?
う〜、何だかあやしいよ……
ピンポーン
うにゅ? お客さん?
ガチャ、と扉を開けて外に出ると、祐一の知り合いの先輩がいた。
たまに商店街で見かけるんだけど、今日はいつもより肌のツヤが良いような気がする。
「あははーっ、祐一さんはいますか?」
「いますけど……ちょっと疲れてたみたいだから、寝ていると思います」
「……そう」
「それじゃあ、祐一さんが起きたら、これを渡しておいてください」
そう言って亜麻色の髪の先輩から渡されたのは携帯電話。
「祐一さん、忘れていったみたいなので……お願いしますね」
「はぁ……」
思わず適当に返事をしたけど、どうしてこの人たちが祐一の携帯電話を持っていたのだろう?
昨日、祐一は確かに携帯電話を持っていたはずである。
祐一が出かけた直後、携帯電話を忘れたと言って家に取りに帰ってきたのだから。
北川君に頼まれた?
北川君は一応、二人のことを知ってるらしいけど、先輩に忘れ物を届けさせるだろうか?
「あ、あのっ!」
「……なに?」
「あの……どうして祐一の携帯電話を持っていたんですか?」
「……忘れてたから届けに来た」
「どうして、祐一の忘れ物を持ってるんですか?」
「……一緒にいたから」
ピシ
空間が凍りついた。
「えっと……それはいつごろなのかな?」
思わず敬語じゃなくなってしまう私。
もう、なんとなく、げっそりしている祐一と肌のツヤが良くなってる二人の先輩を見て、全てが繋がっちゃったんだけど一応聞いてみる。
「昨日のお昼ごろ……」
「あ、何だ…お昼だったんだね……」
う〜、深読みしすぎたのかな? と安堵のため息をついたけど、甘かった。
「……から今朝まで」
その言葉を聴いた瞬間、私の足は家に入り、階段を上り祐一の部屋まで一気に駆け上がった。
『ゆういち〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!』
『うん、何だ、疲れてるんだから寝かせてくれ…』
『そんなことはどうでもいいんだよ! それより昨日、祐一の先輩と一緒にいたって言う話、本当なの!?』
『げっ! どこでそれを…』
『やっぱり本当だったんだ……私もう笑えないよ』
『セリフだけ元気ないように言いながら、椅子を振り上げるなぁ!』
『浮気は許さないんだよ!』
『浮気もくそも、お前と俺は付き合ってないだろうが!』
『酷い! 祐一に捨てられたよ』
『人聞きの悪いことを大声で言うなぁ!』
『こうなったら祐一を殺して、私も死ぬ〜!』
『変なドラマの見すぎだ!』
『覚悟するんだよ、祐一ぃ!』
『待て待て、落ち着け、OK、まずは話し合おうじゃないか名雪、だからその刃物は仕舞おうな?』
『祐一だけは許さないんだからっ!』
『うわっ! 名雪、それキャラ違うから!』
パリーン
『おわっ! 俺のCDプレーヤーがっ!?』
『祐一のバカっ! 二人同時なんて外道だよ!』
『名雪!? 何故そんなことまで!?』
『やっぱり二人同時だったんだ! この鬼畜!』
私は祐一の部屋の窓から降ってくるCDプレーヤーとガラス片、それに祐一が従兄妹と言い争う声を聞きながら隣にいる親友に疑問をぶつけた。
「……佐祐理」
「なぁに、舞?」
「宿から出る時、祐一は確かに携帯電話を持っていた」
「はぇ〜、舞は祐一さんのことよく見てるんだね〜」
「それからポケットに入れたまま取り出していなかった」
「へ〜、そうなんだ〜」
「でも、祐一と別れてから、なぜか佐祐理が持ってた」
「あははーっ」
「…………」
「…………」
「……佐祐理、ナイス」
「あははーっ、祐一さんは舞と佐祐理以外の方には渡しませんよ〜」
私は、佐祐理が親友でよかった、と心の底から安堵しつつ、これからの三人の生活について思いを巡らせた。
思い巡らせた世界は中々に楽しい世界になった。
でも佐祐理と祐一が一緒なら、私の乏しい世界観なんかよりも、もっと楽しい世界が待っているのだろう。
幸せに……なれるかな?
私は思い出にとっておいた紅葉を口の中に入れてみた。
なんとなく、幸せの味がしたような気がした。
あとがき
秋明:どうもー♪ 最後まで読んでいただきありがとうございます。作者の秋明と言います。
あゆ:うぐぅ!? ボクがアシスタントなの? えっと、アシスタントの月宮あゆです。
秋明:えーっとこの作品『幸せの条件』は以前、ここで行われた「桜コンペ」に出した『桜と紅葉が降る季節』の改訂版なんですね。
あゆ:確か、ありえない事に2位だったんだよね?
秋明:ええ、本当にありがたいことです。
あゆ:ふんだ、ボクが出てたら1位だったのに。
秋明:いや、それはありえないから。
あゆ:うぐぅ……この頃、秋明さんが冷たいよ。ボク主役のSS書いてくれないし。
秋明:まぁまぁ、今度書いてるのの中に、あゆが主役なのがあるから(SS自体がここに出るかどうかは微妙だけど)
あゆ:うぐぅ、まぁいいよ。それより、これって改訂版って言ってるけど、どの辺が改訂されたの?
秋明:タイトルと温泉宿のシーンです。
あゆ:微妙にえっちなシーンだねっ!
秋明:えちぃくないです。えちぃと思うからそう思うんです。そもそも、いちはち禁じゃないし、これ。
あゆ:でも、いちなな禁ぐらいはいってると思うんだよ。
秋明:……では今回はこの辺で、それではー♪
あゆ:うぐぅ!? 逃げちゃったよ……それじゃボクも次の作品の為に準備しておくよ。それまで、みんなバイバイ!