家庭科実習室掃除で空になったゴミ箱を定位置に置きにドアを開いた時、特別教室掃除班の仲間の姿は影も形もなかった。それはありふれた風景で、彼女にとっては既に日常と呼べる程に普遍的な事象でしかない。それでも彼女は己の内部で作業の区切りをつける為に、いつも溜息を吐く事にしている。
溜息を吐くといっても、彼女自身同級生達に対して何か期待していた訳ではない。彼女は自らが集団の中の異邦人である事を自覚しており、また彼らも彼女の事をその様に扱っている故の当然の結果でしかないのだ。同級生達と彼女間には埋め難い溝が出来ており、彼我の距離はある意味他人同士のそれよりも広い。溝を作ったのは他でもない彼女自身、そして溝を埋める為に使われるべき一年は空費してしまって終わりに近い。
先日生徒会に相談に行った彼女だったが、その程度の事で十数年の蓄積が変わる筈もなく。
「足が重いです」
誰にともなく独白し、彼女はもう一度溜息を吐いた。教師の許可を得て使わせて貰った実習室の冷蔵庫を開け、中身を取り出す。ひんやりとした冷気に護られていた物は、昨夜彼女の作った料理である。いや料理と呼ぶのかどうかは実の所怪しい。網篭の様なバスケット二つに納まっているのは、ただの俵型おにぎりなのだから。これを料理と呼ぶのならば、キャベツ一玉を水洗いして四分の一サイズにぶつ切りした物も「野菜サラダ」という料理だと強弁出来るのではないか。そんな無駄な思い付きが彼女の思考を占拠する。
「……冷気が漏れてしまいますね」
冷蔵庫を開けっ放しで思案に暮れていた事を思い出し、もう一つ彼女が作ってきた物を取り出して冷蔵庫の戸を閉める。魔法瓶、中は紅茶だ。本当は俵型おにぎりに合う様にあったかい番茶を持っていきたかったのだが、幾ら魔法瓶でも半日も放置していたらぬるくなってしまうだろう事を思っての妥協案である。最近増えてきたジャスミンの香りのする紅茶で少し癖があるのが心配の種だが、彼女としては美味しく淹れられた自信がある一品である。
自分の鞄におにぎりがぎっしり詰まったバスケットが二つ、同じく満タンの魔法瓶一つ。えらく重装備になった事が彼女の心配を増加させていた。勿論この無茶な量の食べ物を彼女一人で食べる訳ではない、故に心配になるのだ。
――食べてくれるのでしょうか。
今回の企画は先日生徒会を通して(一方的に)友達宣言をした生徒会会計、御桜 八重の発案である。八重が彼女の事を紹介した上で親交のある空手部員に食べさせるから、大量に作ってこいという話だ。
何度も顔を合わせた訳ではなかったが八重が裏表のない性格である事は、彼女にも分かった。言い換えれば単純だという事なのだが、何も悪意を持って自分に吹っ掛けてきたのでない。人見知りを直したいと生徒会室のドアを叩いた手前、手っ取り早く解決しようとする八重を悪く言う権利は彼女にはないだろう。直線的で、直情的で、せっかちそうな印象を受けるが、八重は悪い人間ではないのだ。
「むしろ私の方が悪い人ですよね」
鞄に下がっている自分の名札に視線を合わせる。
天野 美汐、それが彼女の名前である。彼女にとって己とは理由で他人を寄せ付けなかった罪人であり、自分の都合で災厄を振り撒いた張本人である。異物たろうと生きてきた事に今更嫌気が差し、他者に手を差し伸べるとは何と情けない事だろう。何と節操のない事だろう。
華奢な双肩に掛かる重さは負債の証か。
美汐の脳裏に八重との約束を破ってしまおうかという考えが過ぎるが、彼女は首を振って誘惑を霧散させる。もう一つ溜息を吐いて、前に進む以上は退路がない事を彼女は自らに言い聞かせた。空手部が練習している場所は家庭科実習室から見て五分と掛からない。気が重いが、行かない訳にはいくまい。
家庭科実習室の鍵を閉めいざ行かんと第一歩を踏み締めた美汐だが、足取りはただ一歩で止まってしまう。
「……実習室の鍵、返さないといけませんね」
鍵の返却場所は目的地とは逆の方向にある。往復すると、プラス五分遅れる事になる。仕方がない事と取るのか、五分得したと見るかは彼女次第だが。
再び歩き出した美汐の足取りから推察するに、後者と見るべきだろう。
「何の解決にもなっていませんが、今の内に決意を固めましょう」
十分の間に何度目になるのか、また溜息が美汐の唇から漏れた。
相談者一人目・アフターケア編
Me262Tan
三の距離を刹那の内に零にする、稲妻に例えられる瞬発力は御桜 八重最大最強の武器である。男子部員が反応する前にがら空きの脇腹に堅く握り込んだ拳を突き刺し、彼女は相手の身体に衝撃の全てを込めた。結果彼の身体は吹き飛ばずに膝から折れ曲がり、畳の上に突っ伏する。遅れて起こる野太い歓声ではなく耳が痛くなる程の静寂と、苦悶の悲鳴。
「勝者、八重」
審判役を買って出た空手部部長が八重の手を取り、彼女の勝利を伝えた。練習試合に勝利した彼女はと言うと、呼吸一つすら乱していない。そもそも練習試合が始まってから十秒、いや五秒と経っていないのだ。彼女の戦闘法は彼女の好きな言葉通り一撃必殺、先手必勝である。彼女は女性にしては随分と強いとはいえ、実際には男子空手部員程に強くはない。それどころか体力、攻撃力、防御力と瞬発力以外全て劣っているのが現状である。持久戦をやれば彼女に勝ち目はない、故に八重は試合開始と同時に決着を付ける様にしているのだ。
それ以外にも相手のタイミングを外す術を会得していたり、無拍子の攻撃を心掛けていたりとやっているがあくまで補助でしかない。全ては防御も間に合わない程の高速で、相手の急所に一撃する為に特化した戦術なのだ。打撃を当てる部位をもっと致命的な場所に移せば素手で殺人すら可能らしいが、当然彼女にはその気はない。
「塚、次をさっさと頼むぜ」
最近は生徒会業務が忙しくて、久しく身体を動かしていなかったので八重はストレス解消も兼ねて次々に部員を倒していくつもりらしい。ちなみに塚というのは現部長の事で、本名を高須磨 塚也という。彼女は生徒会に入る前は空手部員だった事、塚也とは今も同級生である事もあって今も交友関係が続いているのだ。彼女が部員時代(女子部員は八重しかいなかったので、女子空手部が発足しなかったのだ)から八重に挑んでは瞬殺されているので、マゾなのではという不名誉な噂まである。最近は落ち着いた様だが。
「次、八重に挑戦する奴はいるか」
塚也が部員に声を掛けるも、沈黙しか流れない。八重が久々に練習場所に来た当初は、彼女の事を知らない一年生部員がスケベ心から挙手が数多く上がったり、以前彼女に倒された二年生部員がリベンジに挙手したりといたのだ。だが瞬殺が一人、二人、三人と続いた今、彼女の実力を他の部員も悟ってしまったのだろう。贄となる部員がいなくなってしまった。三年生の腕自慢がいればまだ空気も違うだろうに、生憎と卒業式を目前に控えたこの時期に顔を出す三年生もいない。
「仕方ない、俺がやるよ」
審判役をやっていた塚也が沈黙の中挙手し、八重に対峙した。審判役は一年生に変わって貰っている。
「いいのかよ、塚。お前、一応部長だろ」
八重は暗に無様な倒れ方していいのかよ、と言っているのだ。大した自信だが、先の三戦を目の当たりにしてはあながち大風呂敷とも言えまい。それ程彼女の勝ち方は観客に鮮烈な印象を与えていた。塚也にしても彼女と腐る程手合わせしてきた仲である、彼女の実力は百も承知だ。
「一応じゃなくても俺は部長だ、部員に良い所見せないとならないんだよ。それにお前が生徒会に行ってから、俺は大会で準優勝してる。来年の大会の目標は勿論、優勝だ」
その発言に八重は感嘆の声を漏らした。別に彼女は塚也の事を信じていない訳でも、彼を見くびっていた訳でもない。それどころか彼女は部員時代から彼を羨ましいと思っていたのだ。自分の持っていない物を全て持っている人間だ、と。彼女が幾ら望んでも得られない攻撃力も、防御力も、体力も、身長も彼女が欲しかった物である。
それ以上に大切なものを見付けられなかったら、八重は今も塚也に憧れを抱いているに違いない。
「いいぜ、やろう」
にっ、と八重は不敵に笑い距離を取る。今彼女にとって塚也は羨望の対象ではなく、良き好敵手だ。一つの目標に向かって走り続ける者は何と美しいものだろうか。
――まるでお前みたいだな、久瀬。
八重はそこで思考を打ち切る為に深呼吸をし、斜に構えて軽く拳を握り込む。最初の一歩を全力で踏み出せる様に、彼女は気持ちを高揚させていく。
対する塚也は最も基本的な迎撃の型を取っている。速力重視の、やや我流に崩してある八重とは対照的と言える。両者共に負けるつもりはない、腹の奥に砂を塗り込む様なざらついた緊張が高揚した内面を更に鋭く研ぎ澄ましている。空気を介して伝播した独特の焦燥が、観客となった他の空手部員すら巻き込む。
一瞬の永遠が、永遠の一瞬が時を今か今かと切り刻む。
「それでは、始め」
審判役の男子の合図と同時に八重が身を低くして疾った。予備動作のない摺り足の様な短距離機動に、彼女と手を合わせた三人は彼女がいきなり大きくなった様に映っただろう。そして眼前の異常事態を正しく情報処理する前に、彼女に一撃で打ち倒されていったのだ。
だがそんな事は今まで腐る程八重と手合わせをしてきた塚也とて百も承知、彼女に機動力勝負をしても無駄な事は分かっている。彼は目に映る現象に取り合わずにただ腰を落として一撃に備える。
「――っ!」
防御に回した塚也の腕が痺れる、委細構わず八重が拳を叩き付けたのだ。だが痛みを感じたのは彼だけではない、八重もまた顔を歪めて距離を取った。どう頑張っても八重は女性で、塚也は男性なのだ。骨格からして塚也の方が頑丈に出来ているのは事実なのだ、鍛えているとは言え男性よりもどうしたって華奢な拳を筋肉で武装された腕に何度も叩き付けていれば、彼を倒す前に八重の拳が壊れる。
だが持ち前の瞬発力を生かして接近戦となっても八重の不利は変わりない。その場から生み出される攻撃力では、ただの不良学生ならばいざ知らず塚也を打倒するには不足なのである。かといってハイキックなどの大技を繰り出せば幾ら八重でも予備動作なしとはいかない、防御されるか避けられるかされて逆に隙になるだろう。そして塚也の攻撃がまともに八重に入ったならば、彼女は一撃で沈む事だろう。
このカードは典型的な軽戦機対重戦機の戦いなのだ。よって彼女の勝ち方は必然的に判定狙いになるが、そんなもので喜ぶ八重ではない。
「ってーな、塚も亀になるこたァないだろうによ」
意味などないだろうに、八重は叩き付けた拳に息を吹きかけて冷却している。彼女はまだまだ余裕がありそうに見えるが、こと戦闘に関して塚也は彼女の発言を信用しない様にしている。不意打ちに近い攻撃が多い彼女の戦い方からして、これも油断を誘う手段の一種である可能性もない訳ではないのだから。
「俺もただで八重にぼこぼこ殴られていた訳じゃないんだよ、対処法の一つも考えるさ」
「そうかい」と八重が答え、両者はどちらともなく再び構える。再び彼女が突撃しようとする気配を察知し周囲が緊張を高めた時、他の部員からの声で緊張は崩壊した。
「部長、何か女の子が訪ねてきてますけど」
そう言った部員の後ろに付いてくるのは八重の見知った顔の――
「そういや俺、みっしー呼んでたっなぁ。悪ぃ、すっかり忘れてたわ」
自分で言ってゲラゲラ笑う八重に、美汐は些かむっとした表情になった。そもそも有無を言わせぬ強引さで美汐を誘ったのは他ならぬ彼女なのだ、無責任にも程があろう。
「忘れないで下さい」
「いやいや悪ぃ悪ぃ、俺って単純馬鹿なんだよな。頭脳労働は普段から俺の仕事じゃねぇし、余り多くの事考えられないんだ」
この程度の事も頭脳労働の範疇なんですか、と食って掛かりたい所を美汐はぐっと堪えて腹の奥に呑み込む。彼女にも悪気があった訳ではないらしい事が何となく分かるから。悪気がない代わりなのか、反省も微塵も感じられないのが難点と言えば難点である。
「八重の知り合いか?」
塚也が話に入ってくる。一応空手部の責任者として放ってはおけないのだろう。害にならない事位は承知しているだろうが、念の為である。
「おう、最近ダチになった」
「天野 美汐です」
ぺこりとお辞儀しての極めて簡潔な自己紹介に、周囲から感嘆の声が上がった。女子空手部もない男子空手部の面々は他部との交流など皆無に等しい。普段の授業を抜かせば、美汐の様な如何にも女の子然とした女子と顔を合わせる事などない。彼らが一番顔をよく合わせる異性と言えば、用務員のおばさんか学食のおばさんが精々である。八重の様な口調が乱暴で色気もない女子と言えど、同年代の異性というだけでここでは破格なのだ。
美汐のここでの希少価値など、推して知るべしなのである。
「……なんでしょう」
当の美汐はそんな周囲の反応に若干引き気味になる。自分が場違いな異空間に来てしまった様な、居心地の悪さを感じる。普段目立たない彼女はこれ程自分に視線が集まる様な経験などした事はない。
「みっしーが少しの間空手部の手伝いをしたい、って話だよ」
「本当か、八重」
何なんですかその話は、と美汐が八重に食って掛かる前に塚也が彼女以上の素早さと意気込みを以て口を挟む。彼の声が多少上擦っていたり顔が若干嬉しそうなのは彼の演技である、そう思いたい美汐がいた。勿論彼女は八重からそんな話は一言も聞いていない、完全に寝耳に水な話である。すぐに話を引き裂いてでも八重に抗議したいが、自称物腰が上品である所の彼女はそんな失礼な真似は出来なかった。
「ああ、だけどみっしーはこの通り奥手な女の子でよ。俺が取り持ったんだ」
「成る程」
いや納得しないで下さい、と言う美汐の心の抗議は塚也に当然届いていない。練習場のそこかしこから「マネージャー……」とか、「奥手の……」とか彼女にとって不穏な単語が聞き取れる。故に額に冷や汗が浮いていないか、と彼女は気にしなければならなかった。
「だけどみっしーはそれだけだと悪いって、差入れまで作ってきた様だぜ」
美汐の荷物に視線が集中する。水筒の入った鞄におにぎりが最大積載されたバスケットが二つ、言われてみればこの上もなく不自然な荷物である。だが彼女が苦労して作ってきた物が八重の差し金である、などと言う真実を知る者はこの場には八重と美汐本人しかいない。彼女がここに来いと言わなければ空手部の練習場所が何処にあるかなんて美汐はずっと知らないままだったし、彼女が食料を作ってこいと言わなければこれまた大荷物にもならなかっただろう。
――もしかして私、嵌められました?
もしかしなくとも八重の罠に嵌っている事は美汐が一番良く分かっているが、敢えて自問自答しなければ自我が保てそうにない。
「みっしー、こいつらの気力充填の為にバスケットの中身見せてやれ」
何処までも強引な八重に美汐は早々に観念する。確かに過程はどうあれ空手部の為に差入れを作って来たのは事実なのだ、彼女はバスケットの一つを手に取り蓋を開け、周囲に晒す。
するとどうだろうか、『おおおおおっ』という全ての空手部員(+八重)の感嘆が唱和した地鳴りの様な音が練習場を揺るがした。加えて美汐を見る眼球が人数の二倍分本人に降り注ぐ。余りの圧力にバスケットを持つ彼女の顔が引き攣るが、仕方のない事だろう。これでは美汐の様に人付き合いが苦手でなくとも普通に恐い。
だがそれと同じ位美汐は嬉しいと感じていた。自分の作った物で喜んで貰えると、差入れを作ってきた甲斐もあるというものだ。
「一口サイズの俵型か、食い物作りには人となりが出るんだな。みっしーはえらく可愛いもん作って来たじゃねーか、俺が作ったのはこんな感じだよ」
感心しきりだった八重は家から持ってきたお重の蓋を取る、すると中には最も一般的な形の三角おにぎりがぎっしり詰まっていた。一つ一つラップで包んである所が、八重の細かな気配りを窺わせる。こっちにも感嘆の声が上がるが、美汐の衝撃直後だとやはり今一インパクトが薄いらしい。
女の子二人の作ってきた差入れに釘付けになっている(いつもこういう食料供給は当番制で、作るのは当然部員の男子なのだ)空手部員の目を覚まさせる為に、部長の塚也が手を叩いて自分に注目を戻す。その内に八重と美汐は自分の作った差入れを定位置に戻した。
「さあ、差入れを食うのは練習の後だ。サボってたら当たらんからな」
塚也の言葉の直後、美汐は周囲の温度が上がった様な錯覚を受けた。何というか先程は部員全員の士気が違うというか。
「あの、天野……さんからも何か言ってやって下さい」
まだ言い慣れないのだろう、塚也が若干視線を逸らしながら美汐に言う。部長としては部員の士気向上に役立てば何でも良いと考えているのか。それとも八重が言った「美汐が空手部を手伝いたい」というデマを真に受けての事だろうか。どちらにしろ、ここで拒否するのも失礼な気がして彼女は勇気を振り絞った。
「あの……怪我したりしないで下さいね」
控え目な声量(美汐にとっては精一杯だったのだが)で彼女は当たり障りのない事を言う。これが彼女の限界だったが、彼らには充分だった様である。再び彼らの心は一つになった。
『オスッ!』
意図せず唱和されると、聞く方としては結構恐いものがある。彼女が彼らに対して退いていると、八重が隣に座って話し掛けて来た。
「結構良いもんだろ、人に頼られるっていう気分はさ」
「そうですね」
美汐が首肯する。嵌められたとは言っても、悪い気分ではない。むしろ何だか心地良いのだ、こんな気分は久しぶりの様な気がする。
「自分の居場所なんてもんはさ、無理矢理にでも作ってやったら良いんだよ。俺だって生徒会に入ったのは殆どごり押しなんだぜ」
「久瀬さんが引き上げてくれたんだと思ってましたけど」
「あいつはそう言う所は駄目だよ、正々堂々やれって一点張りだったぜ。手前はあらゆる手段を尽くして生徒一人を護ろうとしていた癖によ」
自嘲気味になる八重に、美汐は掛ける言葉を持たない。余りにも有名になった川澄 舞騒動の事を指しているのだろうが、真相は彼女の知る所ではないからだ。市議会議員の娘である倉田 佐祐裡が卒業までの間生徒会に在籍するという条件で生徒会も反生徒会も教師連中も口を噤んでしまったので、事件は有耶無耶になってしまっていた。市議が直接圧力を掛けたという噂もあったが、定かではない。何があったのかを知る術も権利も、部外者の美汐にはないのだ。
「ま、済んだ事は良いか。おーい塚、俺も練習に参加するぜ」
そう言って、八重は空手部の輪に加わっていった。
「居場所は自分で作るもの、ですか」
その通り、それは当然すぎる自明の理である。だが一番難しい事でもある、自分にも出来るかどうかは分からない。しかしやってみなければ結果は出来ない。
「……皆さん、冷えた紅茶も用意してますから存分に汗を流して下さいね」
少し大きな声で空手部の面々に声を掛けるが、その度に一斉に振り向かれるのはやはり恐い。しかしこれもいずれ慣れるものだろうか。空手部のマネージャーにはならないかもしれない、それでもこんな風に他人と関わっていこうと密かに決意を固める美汐であった。
ども、暗い・黒い・重いの三拍子を柱に小説モドキを書き進める似非物書きのMe屋っス。
本来ならもっと戦闘描写を書き加える筈だったのですが、「幾ら何でも趣旨から懸け離れすぎだろ」と私自身も思ったのでその辺は省略しました。塚也の様な行動に出る者の為に八重も一つ技を持っていたのですが、結局出さず仕舞いでした。今回の話の核は「美汐が明るく振る舞う」でしたからね。心残りはこのシリーズの主人公である久瀬が今回登場しなかった事でしょうか。orz
一応、私の設定におけるキャラクター別の戦術を載せておきます。
川澄 舞
速力重視の一撃必殺、という最も単純な戦闘方法です。言ってしまえば助走を付けて斬り掛かるだけなのですが、実行するには相手が相手だけにかなり度胸がいる事でしょう。魔物の攻撃をカウンターで喰らえば、男性より体重の軽い舞は恐らく一撃で昏倒してしまうでしょうね。それどころか、下手すると二度と目覚めない可能性だってあったでしょう。そう考えると、彼女が三年間魔物と戦い続けられたのは魔物の方の配慮か、或いは彼女はとても運が良かったと言わざるを得ません。斬撃の前に身体を捻る事で攻撃力を増加させています。
彼女は原作中でも、最初使っていた日本刀から西洋剣に切り替えています。推測になりますが、日本刀と西洋剣の使い方の違いが彼女に得物を切り替えさせたのでしょう。日本刀は刃筋を相手に合わせなければ上手く斬れないのに対し、西洋剣は重さと勢いに任せて叩き斬る事が可能です。不可視の相手に対して刃筋を合わせるのが困難だと判断した故の選択なのでしょうね。日本刀でも叩き斬る事は出来なくはない(薩摩次元流の剣客は戊申戦争時、相手を防御ごと叩き斬ったそうです。直撃したら人間の身体が文字通り両断されてしまうんだとか)でしょうが、魔物を倒し切る前に日本刀の刃が曲がってしまう事でしょう。
弘近 久瀬
正統的で一般的な剣術という、面白味も何もない戦闘方法を彼は選択しています。敵の攻撃に合わせて剣を振るうだけなので、書く事もないですね。流派とかは考えてないので、あまり深く突っ込まないでくれると助かります。
舞の様な速力重視の相手に対しては男性である事、もっと言えばリーチの差を生かして剣を振るいます。速力重視になると、どうしても勢いをそのまま攻撃力に転化する必要性から、真正面からの突撃以外に攻撃手段を持たなくなります。故に大雑把でも剣を振るわれれば近付けなくなるのです(久瀬の一撃が威力不足でも、速力重視の相手は自分から当たりに行く事になるのでダメージが酷い事になる)。得物を振るうタイミングが早すぎたり遅すぎたりと、目測を誤れば負けが確定してしまう事が弱点でしょうか。
なお私の作成した設定では、彼は学校の敷地内に下りてきた野犬を持ち前の剣術で叩き伏せようとして舞に止められてます。
御桜 八重
こちらも速力重視タイプの戦闘方法ですね。舞と違う所は八重の相手が専ら人間である為に戦術が磨かれている点と、素手である点です。今作中塚也の防御の前に不利を曝け出した彼女でしたが、後書き冒頭で書いた通りそういう状況に陥った場合の対処法も彼女は会得しています。何なのかは此処では書きません、今後ネタとして使うかも知れませんので。
高須磨 塚也
彼の戦術を正統的、と言いたい所ですけど彼は正当から大きく外れます。彼の本当の戦法はカウンター攻撃なので、実は空手家と言えるのかさえ怪しい所です。それに彼の言う「大会」も空手大会ではありません。彼個人で参加しているパーリ・トゥード(急所攻撃、武器攻撃以外何でもあり)の大会です。空手部の顧問からはあまり良い顔はされていませんが、学校の宣伝になると言う事で黙認状態ですね。本当はLeafの某青髪少女の様に総合格闘技同好会でも作れば良いのですが、人が集まらないので空手部にいる模様。空手を冒涜している様な部長ですが、面倒見が良かったり異性の空気が薄い空手部に女の子(八重)と差入れを運んでくる人間でもあるので、部員達からは人気があります。
相沢 祐一
このシリーズでは全く出番のない元祖主人公。私の場合、彼の設定が一番変わっていますね。戦術は木刀を振り回す、ではなく飛び道具主体です。飛び道具と呼べる物ならボウガンからエアガンまで幅広く使いこなしますが、一番得意なのはダーツの様です。数メートル離れた場所から割り箸を放って、段ボールに突き刺せるぐらいの実力はあるでしょう。ただし接近戦では上記四人の誰よりも弱いです、別に接近戦の訓練なんてしていないでしょうし。制服の袖に金属製のダーツを常に仕込んでいる辺り、かなりの危険人物と言えます。
魔物との最終決戦当時の武装は手にボウガン、制服の両袖に金属ダーツ、胸の内ポケットに予備のダーツ、腰に改造拳銃(エアガンの違法改造。威力重視すぎて一発撃ったら反動に耐え切れずに壊れる)とサバイバルナイフ。白昼堂々この武装で出歩いたら、絶対に銃刀法違反で逮捕される出で立ちですね。ボウガンは鞄に入れて持ち運んだんでしょう。