昼休みの生徒会会議室は大抵生徒会長の弘近 久瀬と、書記の御桜 八重の二人しかいない。よっぽどの緊急事態があれば他の生徒会役員が飛んでくる事もあるが、この様な何もない日は静かなものである。今月に入ってからは特に校内に問題は起こっていないので、彼らは基本的にただの学生と変わらない毎日を過ごしていた。

 昼間の生徒会会議室は、彼にとって掛け替えのない場所であった。食堂であり、気兼ねなく雑談に耽る事の出来る場所であり、只の一生徒に戻れる場所である。悪役の仮面も、八重と二人の時は必要ない。

 この場は久瀬にとって数少ない憩いの場である筈なのだが、何故だか彼の表情は優れない。

「どうだ、今日の出汁巻き玉子は自信作なんだぜ」

「いつも通り、美味しいですよ」

 初見の人間は驚くかも知れないが伝法な口調の方が書記の八重で、丁寧な口調の方が久瀬である。

「ほら、こっちの唐揚げも食べてみろよ。揚げ方少し変えてみたんだ」

 八重は口調からガサツなイメージが付いて回り、しかも腕っ節もかなりのものなので男らしい印象を受ける者が殆どであるが、彼女の本質は実際にはその一面だけでは語れない。久瀬と自分の弁当を毎日作っているのは彼女であり、身だしなみに関してもかなりうるさい所があるのだ。生徒会の仕事が続いて身だしなみが疎かになりがちな久瀬を正している風景は、実は頻繁に見られたりする。

「八重、お願いですからゆったりと食べさせて下さい。僕としては八重のお弁当を味わって食べたいものですから」

「わ、悪ぃ」

 横から口を挟み続ける八重にうんざりと久瀬は苦言を呈した。彼女もまた人間なので完璧とはいかない様で、多少せっかちな所が玉に瑕だろうか。

 八重は今、久瀬の表情が気になって仕方がないのだ。美味しいと言いながらも、彼女には彼の食べっぷりがちっともその様に見えなかったのだから。いつもと少し違う、そう感じるのは二人が十年以上の腐れ縁を続けているからだろう。普段なら何となく嬉しそうな雰囲気を伴って、彼の口の端が僅かに綻ぶのが確認出来る。

 ここの所の彼が八重には辛そうに見えた。自分が心を込めて作った弁当を美味しいと言ってくれるのは、確かに嬉しい。だが彼女には久瀬が無理にそう応えている様に見えるのだ。こんな時、彼は決まって何か悩み事を抱えている。

 一人で抱え込もうとするのは久瀬の悪い癖である。近しい人間や大切な人間に迷惑を掛けまいとして、自分だけで懸案を解決しようとする。先月まで続いていた、川澄 舞騒動が典型であろう。結局あの時彼は自分を悪役にする事で落とし所を作り、何とか事態を収拾したのだ。大切なものの為に自ら泥を被ろうという姿勢は立派なものだが、やはり八重としては哀しかった。特に先月、彼は殆ど彼女に頼る事をしなかったのだ。大抵の事は彼独力で解決させてしまうので彼は人を頼らない、頼ってはいけないとすら思っている節があった。そんな彼の姿勢を、八重はやはりここ心苦しく思ってしまう。

 それが久瀬にとって「自分がいらない存在である」と宣言された様で、無力な自分が露呈された様で、堪らなく嫌だった。八重はもっと彼に必要とされたいと思う、頼りにされたいと思うのだ。だから彼女は今月に入ってからお弁当を特に気合いを入れて作っていたし、いつもより彼の動向が気になってしまう。だがそんな己の気合いの入り方が、当の彼には迷惑な様にも見える。

 不安が募るばかりである。

「なぁ久瀬、悩みがあるんだったら俺が乗るぜ?」

 疎外を受けている様で、八重は酷く落ち着かない。彼女にとって久瀬は隣にいる事が当然な存在であった。彼が上の空だと、腹の奥の違和感が消えないのだ。

「どうでしょう、これは僕だけの問題ですから」

 それは久瀬なりの気遣いである事は間違いなかろう。それでも改めて彼の口から自分が部外者扱いされた事に、八重はショックを受けた。そんな本心を、自分を頼らない久瀬への怒りに強引に変えて腰に手を据えて彼女は身を乗り出した。

「あのな、俺と久瀬の関係はその程度だったのかよ」

 昔、家柄上何かと目の敵にされやすかった(考え無しの様で、親や担任の言動から彼らの同級生はそんな雰囲気を感じ取っていたらしい)久瀬を庇っていた頃の癖が未だに抜けないらしく、事あるごとに八重はお姉さんを気取る。クラスメイトや後輩から姉御肌だと言われる由縁は、そんな所から来ているのだ。

「俺と久瀬は、その……親友だろ。俺には、困った事があったら何でも話せよ」

 一瞬言い淀んだのはやはり男勝りを性分だと規定している八重もまた女の子だからである訳で。余談になるが、彼女の将来の夢は「お嫁さん」と非常に女の子らしいものである。恥ずかしくて彼女はまだこの事を誰にも言っていない。望む相手は、言うべくもなかろう。

「何だか、八重にはいつも助けられてばかりですね」

 羞恥心の許すぎりぎりの勇気を振り絞った八重に、久瀬の表情が和らぐ。そんな彼に、彼女は益々取り乱した。

「ばっ……、お、俺はまだ何にもやってねーよっ。さあ飯食い終わって話せよ、早くしねーと昼休み終わっちまうぜ」

 頬を真っ赤にして、彼女は自分の分の弁当の残りを胃に収めていく。微笑ましい光景ではあるが、本人はそれを感じる余裕はない。手先は器用だが心の方までは器用さが期待出来ないのが、御桜 八重と言う人物なのだ。気恥ずかしさからわざとガサツに振る舞う、そうなったのは果たしていつからだったろうか。

「八重はせっかちですね、まだ時間はありますよ」

「うるせぇ」

 苦し紛れに八重が幾ら憎まれ口を叩いても久瀬にとってはいつもの事である、その程度の事で態度を変えはしない。

「僕の悩んでいた事は、僕が本当に生徒会長と言う役職に相応しいかどうか、です」

 深刻そうに言う久瀬を見て、八重は馬鹿ではないかと思ってしまった。彼女の目から見た彼は、十分すぎる程にその役職を全うしていたからだ。贔屓目を差し引いて考えたとしても、やはり彼以上に生徒会会長に相応しい人材がいるとは彼女には思えなかった。私欲からだとしても、一生徒の権利を可能な限り守ろうとする姿勢は生徒会会長の鏡である。効率と能率で決めようとする冷たい人間とは一線を画する彼のやり方が、彼女は好きだった。

「ンなもん、俺から見れば久瀬は充分立派な生徒会長だよ。それでも文句を言う奴がいるなら、全校生徒の世論を味方に付けりゃ良いのさ」

 要するに八重は、久瀬が他の人間から悪く言われるのが我慢ならないのである。先月からまた騒ぎ出した反生徒会の人間が、久瀬を槍玉に挙げる者達が彼女はとにかく気に入らないのだ。

「世論、ですか」

「そう。生徒会で色々な相談事、厄介事を引き受けて解決していけば自然と久瀬の印象も良くなると思うぜ。それでもぐだぐだ言う奴がいるなら、そン時は俺が直接ぶっ潰してやるよ」

「生徒会役員である八重が物理的に敵対勢力を殲滅したら、評価は地に落ちる様な気がしますが」

「う、うるせーな」

 冷静な久瀬の突っ込みに、八重はそっぽを向いた。彼の言葉が気に障った訳ではなくて、思わず出てしまった本音が恥ずかしかったからなのだが、そんな事を懇切丁寧に説明する義理は彼女にはない。そもそも頭脳戦で彼とやり合って勝てた試しがないので、彼女は反論する気など起きないのだ。

「いやしかし……確かに、信頼は地道に回復していくしかありませんね。元々信頼なんてあったのかどうかは別として」

 八重の楽観的態度から、本当に生徒会悩み相談室が結成されたのである。




生徒会悩み相談室
Me262Tan




「どうぞ」

 ドアのノックに対して、八重が応える(誰が相手でも彼女は口調も声色も変えないので、声だけ聞くとまるで声変わりのまだ来ていない男の子の様であった)。一瞬の間を置いて、生徒会会議室のドアが開かれた。元気の無さそうな女生徒である。リボンの色からして、彼女は一年生であろう。後ろ手にドアを閉め、彼女は一歩前に出る。

 会議室中央に久瀬、その横に八重が座っている。背後から夕日が差しているので、無意味に厳かな雰囲気を作り出しているが流石にそこまで彼が意図したものではない。

「好きな場所に掛けて下さい」

「あ、はい」

 荘厳な雰囲気に気圧されて暫し呆然と佇む一年生に対し、生徒会長の仮面を付けた久瀬が着席を促す。そんな彼を凛々しいと八重は思うのだが、他生徒からの意見を聞くとそうでもないらしい。神経質だとか、偉そうだとか、そんな評価ばかり耳に付く。だから彼女はこの機会を使って、彼の対外イメージを変えてやるつもりでいた。彼女の気合いも良い意味で高揚している。

 着席した事を確認し、久瀬は自己紹介(彼は学校の有名人なので名前を知られていない事はないだろうが、念の為)をした。

「僕は生徒会長の弘近 久瀬、こちらは生徒会書記の御桜 八重です」

 頭を下げる二人に対して、釣られて一年生の方もそれに倣う。

「投書した天野 美汐です、よろしくお願いします」

 また彼女――天野は頭を垂れた。その様が幼い頃躾られた時に教えられたお辞儀の仕方と同じだったので、久瀬は軽い驚きを覚えた。家柄上良くも悪くも厳しく躾られた為に染み付いてしまった上品なお辞儀の仕方など、自分以外やらないものだと思っていたのだ。

「では天野さん、この投書には『友達を作るにはどうしたら良いのか』とありますが」

「……はい」

 少しだけ天野のトーンが落ちる。やはり辛い事なのだろう、と久瀬は思う。彼も性格上友人が少ない方だが、彼の場合は身近に八重の様な理解者がいたからこれまでやって来られたのだ。政敵なら腐る程いるが、友人となると天野の事を笑えない久瀬であった。

 八重の方はと言うと、さっぱりした性格が男女問わず受けるらしく友人はとても多い。

 彼女はどう言った経緯で投書に至ったのかを語り出した。誰と話していようと、自分と他人の間にある違和感と疎外感が終始抜けなかった事。自分の意識が作り出した妄想なのか、他人の悪意を感じて気分が悪くなってしまう事。それで野生の動物と戯れる様になっていった事、益々他人が寄りつかなくなっていった事。

「これは僕の経験ですが、友達と言うものに対して何を求めているか。また友達が何を求めているのかが問題です」

 あ、と天野には何か思う所があったのか小さく声を漏らした。そこは久瀬の知るべくもない所である、彼は話を続けた。

「何を求めるのか、で相互に合致しない事には友達になる事は出来ません。天野さんの話を聞く限り、上手くいかない事は何もかも他人のせいにしている様に聞こえますね」

 それは久瀬が冷血だとか、尊大だとか言われる原因である。余りに直接的すぎるから、余りに本質のみを抽出して語るから他人の神経を逆撫でするのだ。良薬口に苦しと言う言葉があるが、彼の言はまさにそれである。オブラートに包まずに、鋭利な言葉の刃を相手に突きつけるから彼は人に遠ざけられるのだ。

幾ら正しくとも、それは反発を呼んでしまう。

幾ら正しくとも、それが聞き入れられる事はない。

「久瀬、俺にも話させろ」

「良いでしょう」

久瀬はあっさりと主導権を八重に譲り渡す。


何と悲しい事か、何と苦しい事か。そんな場面を数え切れない程見てきたから、八重は可能な限り久瀬の言に対する衝撃吸収材として働いてきたのだ。彼の尻拭いと言われれば首肯せざるを得ない、だが逆に久瀬に救われた事もまた数限りないので彼女はそれで良いと思っている。

 当の天野は野蛮そうな口調の八重に内心怖じ気づいているのが、彼女の目からでも確認出来た。ただし彼女は久瀬とは別の意味で容赦ない。相方の彼にとっては、信頼はしてもやはり心配が尽きない。

「なぁ天野、お前にとってダチって何なんだ?」

 久瀬とは別の意味で直接的なその問い掛けに対して少しの間を置き、天野は応える。声に震えはない。ビクついていても自分の主張をきちんと伝えられる彼女は、芯の強い人間なのかも知れないと八重は思った。

「損得勘定を抜きにして共に同じ何かを成す事が出来る存在です」

「模範的な回答だな」

「す、すみません」

「別に謝るこたァねーさ。ただ何となく、優等生なんだなと思ってよ」

 身を乗り出したまま、八重は久瀬に対して手を差し出した。そんな彼女に、彼は最早当然と言わんばかりに鞄から出したココアシガレットの一本を載せる。そうして貰った一本を彼女は銜えると、より一層不良っぽさが増した。似合ってはいる。似合ってはいるがとても生徒会役員と言う優等生のイメージと、目の前の彼女が繋がらない。天野が目を白黒していると、八重は破顔した。

「心配すんな、本物じゃねーよ。これはココアシガレット、駄菓子だぜ」

 元々ココアシガレットは八重の好物だったのだが、彼女がいつも美味しそうに食べている光景を見ていて、久瀬も食べる様になったのだ。不良を気取っていそうで実は駄菓子と言うのは、結構笑える所ではある。

「久瀬も言ったけどな、詰まる所ダチに対して何を望むのかが最大の焦点である訳よ」

歯で挟むココアシガレットを上下させながら、八重は続ける。

「浅く付き合いたいんだったらそれでも良いさ、そうすればてめェの弱点は見えにくいしな。深く付き合うのも良いさ、ただしそれだけ深く傷付く事も覚悟しなきゃならんけどな」

 天野と話さない方、今は久瀬の方が今回の相談の結果をまとめるべくメモを作っている。公的な資料として今後の生徒会活動の一助として活用出来たら幸いな事だ、と思っているのだ。自分の生徒会長としての信頼もそうだが、生徒会自体の信頼も生徒会を引き継ぐ後輩達の為に上げておきたいのである。悪役になったり厳しすぎる正論で相手を追い詰めたりと他人から見てマイナスに映る事が多いものの、何だかんだ言って他人に優しい久瀬であった。

「ただしな、てめェに悪意があろうがなかろうが拒絶される時はされるンだよ。お前は害虫と話し合って決着を付けようなどと思わねーだろ? 人間、降り掛かる火の粉は払うもンさ。天野が幾ら『友達が欲しいから』と言って他人と近付いた所で、降り掛かろうとする火の粉だと思われる可能性なんて絶対になくならんぜ」

「なら」

 悲壮感を眼下に溜めて、天野が反論する。

「なら、どうすれば良いのですかっ!」

「知らねーよ、ンなもんあるんだったら俺が知りたいぜ」

 八重本人の唾液で先が鋭利になってきたココアシガレットを彼女は一気に咥内へ放り込み、噛み砕く。彼女の口から響く咀嚼音が、天野の耳にはやけに大きく聞こえた。

「自分以外の生き物と触れ合う時、どうしたって危険が生まれるんだ。他人との衝突を避ける術なんて知ってたら、俺の人生今頃薔薇色だぜ?」

 八重はちらりと横目で久瀬の顔を盗み見る。彼は丁度ノートに八重と天野のやりとりをまとめており、幸い彼女の視線に気が付いていない。お互いに思考を知る術がないから、今この瞬間に彼女は恥をかかずに済んだのだ。そしてお互いに思考を知る術がないから、久世との関係が腐れ縁のまま続いているのだ。お互いの良い所も悪い所も、こんなに近しい二人ですら半分も気が付いていない。それを良いと取るか悪いと取るかは、それこそ十人十色であろう。

「大切なのは慣れる事なんだよ、正しい解法なんてないぜ」

「そう、ですか……」

 天野は気落ちした表情で、辛うじて声を絞り出した。当然であろう、相談しに来たのに「解決方法などない」と言われたも同然なのだから。だが久瀬や八重の言い分が分からぬ程に彼女は子供でもない。二人の言い分は間違いなく正論なのだと、天野は痛感する。それ故に、反撃の糸口もなければ逃げ場もない。と言う事は、傷付けられる事を嫌う彼女にはやはり孤独を噛み締めるしか道がないのか。

「と言う訳だから、俺と久瀬で慣れてみねーか。友達作り」

「……え」

 突飛な発言に、天野は二・三度目を瞬かせた。彼女にとって八重の発言は全くの予想外であったから、彼女の意識に入っていかない。意味を理解するのにたっぷり数秒を要した。

「久瀬も良いだろ?」

「構いませんよ」

「えっ、ええっ!」

 久瀬の方はこうなるのではないかと予想していたのだろう、返事に全く淀みがない。本人の意思とは無関係に、勝手に話が進行していく。天野にとっては青天の霹靂、いや降り掛かる火の粉と同義であろう。

「ダチになるんだったら、名字で呼ぶなんて堅苦しい真似はしたくねーな。なァ、みっしー」

「みっしー……」

 突然珍妙な愛称で呼ばれてしまったが、天野に不思議と嫌悪感はない。彼女はこの突発的で強引に事を押し進める八重に戸惑いがある。だが同時に胸の奥から湧き出すくすぐったい様な、暖かい様な感覚は何であろうと彼女は自問する。久しく縁のなかった感覚の到来に彼女の身体は、心は歓喜に沸き返った。

 だがそれでも、やはりこれだけは言わねばなるまいと心に決めた。

「八重さん、親しき仲にも礼儀ありと言います。私の事はもう少し普通に呼んでくれないでしょうか」

「ンだよ、美汐は変な所がおばさん臭いんだな」

「物腰が上品だと言って下さい」

 そうやって言い合った後、天野――いや美汐と八重はどちらともなく笑顔になった。久瀬も、彼女ら程ではないにしろ微笑みを浮かべている。

「まァ、何だ。これからよろしくな、美汐」

「ええ、お手柔らかにお願いしますね、八重さんも。久瀬さんも」

「昼休みや放課後、僕と八重は大体生徒会会議室にいます。いつでも来て下さい、美汐さん」

 穏やかに言う久瀬は、冷血な生徒会長と言う風聞から著しく懸け離れたものであった。友達がいない事で悩んでいた自分を今更馬鹿らしく思いながら、美汐は生徒会会議室を後にした。来た時同様、ドアを閉める音は控え目である。

「良い娘だな、美汐ってさ」

「そうですね」

「ところで、久瀬はどのくらい書き込んでんだ。見せろ」

「良いですよ」

 今し方まで書いていたノートを八重の正面に滑らせる(長い机なので、机の間の段差がないのだ)。字の大きさを鑑みて、結構な分量になっていた事に彼女は感嘆の声を上げた。因みに彼女が書いた前半は彼女以外には解読は難しい文字で構成されている。要するに彼女は悪筆なのだ。まあ、それはともかくとして。

「うわ、細かく書いたなオイ」

「記憶を頼りにもっと詳細にする予定ですから、期待して待ってて下さい」

「や、やめろよ恥ずかしい」

「八重が格好良い事言ってましたからね……少しくらい誇張しても罰は当たらないでしょう」

「てめェ……、まさか本気じゃねーだろうな」

「どうでしょうね」

 沸点の低い八重が久瀬に食って掛かるが、柳に風である。結構な時間話し込んでいたのか、日が地平の彼方へと沈みつつあった。下校の合図が掛かるまで、もう幾らもあるまい。それまでの一時を、彼らは彼らなりに楽しんでいた。