短縮授業というやつだ。

 午前中の4時間で本日の授業はすべて終わり。

 部活動も生徒会活動も休止を求められ、生徒は半ば強制的に学校を追い出される。

 なので、そのどちらの団体にも属していないわりに毎日毎日下校時刻がとても遅い彼――衛宮士郎――とて、今日は早めに帰宅するはず。

 高校生としても魔術師としても群を抜いて優秀な遠坂凛が、大きな買い物袋片手に帰宅したのはそう読んでのことだった。

 この場合、帰る先は相棒の待つ自宅ではなく、本命以外にも色々と付属のくっ付いていそうな衛宮家である。

 たまには何か、振舞ってあげようじゃないか、と。

 珍しくそんなことを考えていたのだ。

 しかしある程度気心が知れているとはいえ、今は聖杯戦争の真っ只中。

 仮にも敵方の本拠地で料理をしてきたなどと言えばまた相棒に叱られるだろう。

 口が達者で皮肉と嫌味に使う語彙がえらく豊富な赤い弓兵。

 それが彼女のパートナー。

 アーチャーのクラスでありながらランサー相手に五分の勝負。

 若干押されてはいたもの、接近戦で槍兵相手に引けを取らない変り種。

 まあ、サーヴァントに茶坊主の真似事をさせるマスターも、変わっているといえば変わっているのだが。

 「一々口煩いのだって、案外拗ねてるだけかもね」

 これがまた、意外に可愛いやつなのだ。

 残り物でお土産でもこしらえてあげようか、などといささか平和ボケをしていたらしい。

 士郎の家の玄関まで来たとき。

 正確にはそこに立って憤怒の形相を必死にこらえているセイバーから諸々の事情を聞かされたとき。

 彼女は一瞬、自分の耳を疑った。










 「シロウはキャスターの元へ行きました」






















































せいぎのみかた
―前編―












 「まったく信じられません! 今回ばかりは流石の私もほとほと愛想が尽きました!」

 もはや怒りを隠そうともしない士郎のサーヴァントを尻目に、凛は思わず頭を抱えた。

 セイバーの手にはお箸。

 逆の手にはお茶碗。

 物凄い勢いで凛の手料理を片付けていく。

 もう馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれなかった。

 「じゃあ、何、士郎はキャスターに頼まれてノコノコついていったってわけ?」

 「はい。おかげで私は昼食抜きになるところでした」

 まったくこれだからシロウは、だの。

 帰ってきたら一言言っておかないと、だの。

 文句を垂れながらも両手と口は止まらない。

 しかしむしろ凛としてはセイバーの方にこそ一言言ってやりたかった。

 とりあえずこいつら、聖杯戦争を舐めきってるとしか思えない。

 朝はライダーのマスター、間桐桜と朝食を作り。

 昼はアーチャーのマスター、遠坂凛と井戸端会議。

 夜にいたってはバーサーカーのマスターと同じ釜の飯を食う始末。

 挙句、キャスターに請われて洗濯機を直しにわざわざ赴くセイバーのマスターは衛宮士郎くらいのもの。

 正義の味方が悪の魔法使いの手助けをしてもいいものなのか。

 凛にはサッパリわからなかった。

 「リン? 体調が優れないようでしたら私が代わりに食べ――」

 「食うわよ! 飲むわよ! 食べるわよ! さも心配してますみたいな顔で箸伸ばさないのっ!」

 ガーっと叫び出す凛に、むっと眉をひそめるセイバー。

 ここは幻滅するところだろう。

 アーチャーを引き当てたのはある意味正解だったかもしれない。

 多分今現在一番真面目に聖杯戦争してるのは彼だろう。

 というか正直彼だけだ。

 何せアサシンがチャイムを鳴らしてわざわざ玄関から入ってくるような体たらく。

 用件はと問えばエアコンが壊れたとのこと。

 マスターが高齢であるから体調に差し支える。至急直してはくれまいか、と。

 罠に誘うにしては面白すぎる口上だ。

 そりゃ大変だと何の疑いもなく工具を探し出す馬鹿さえいなければ、凛は髑髏の仮面を素手で殴りつけていたことだろう。

 ただそのときは赤毛の家主にグリズリー級のベアナックルを喰らわせるのが優先しただけのこと。

 お前ら聖杯いらねーんならさっさと帰れよと叫びたくなるのも無理はない。

 「なあ、セイバーに嬢ちゃん。坊主、どこ行ったか知らねーか?」

 いつからいたのか。

 さも当然といった様子で牛乳パック片手に顔を出した青い槍兵も、邂逅当初はあれだけ派手な闘いをしたというのに。

 もう何が何だかサッパリわからない。

 とりあえず結界が作動した様子はなかったから、恐らくは凛より先に来ていたのだろう。

 よく見れば寝癖がついている。

 魔力の有り余ってるサーヴァントが昼寝をするだろうか?

 しかも敵陣で。

 その図太さに呆れ返る。

 「何よ? 今寝起き? 随分優雅な身分じゃない?」

 「ああ、悪ぃ、悪ぃ。次はちゃんと嬢ちゃんも誘うから」

 「はぁ!? 何意味のわからないこと言って――」

 「いや、そんなことより何か飯作ってくれねぇかな? もう腹減っちまって」

 コノヤロウ。

 思わず懐の宝石に手が伸びかけたが、理性と打算で押さえ込む。

 生半可な魔術が効く相手じゃないし、そもそも宝石勿体無いし。

 しかし魔術はダメでも兵糧攻めは効くはずだ。

 「嫌よ」

 ランサーの頼みを切って捨てる。

 こちとら士郎ほどお人好しじゃないのだ。

 凛は食卓に残っていた最後のおかずをこれ見よがしに口に含む。

 しかし食べた記憶もないのにおかずが激減していたのはまあ、白々しく視線を逸らして出来もしない口笛を吹くセイバーの仕業と見て間違いないだろう。

 頼むよ、騎士王。

 「何だ何だ二人して食い散らかした挙句俺の分はなしか? 冷てーなぁ、おい」

 「食い散らかしたのはセイバーだけよ」

 「リン、撤回と訂正を。私も食い散らかしてなどいない」

 「……そうね。ごめんなさい、謝るわ」

 綺麗に食べてくれたものね。

 頼んでもいない、わたしの分まで。

 「ったく、仕方ねーな。坊主が帰ってくるまで待つか」

 1リットル入りの牛乳パックを空にしたランサーがゴミ箱にそれを叩き込む。

 というか、人が買ってきたばかりの食料品に勝手に手を付けるのは止めてもらいたい。

 もっともコレに限ってはランサーだけじゃなく、セイバー、タイガーにも当てはまるのだが。

 そこでふと思い出した。

 「ねぇ、セイバー。藤村先生はまだ来てないの?」

 「ええ、それにイリヤスフィールもまだのようです」

 「何かあったのかしら……」

 嫌な予感が頭をよぎる。

 例えばそう、誰か他のマスターがこちらに接触する際の人質として――。





 「この時間って本当いいテレビねーよな」

 「何を言う。時代劇があるではないですか」

 「極東の島国の歴史に興味はねーよ」

 「剣を持つ者にとっては時代も国境も、性別さえ無意味です。ランサー、貴方にはわかりませんか?」

 「サッパリわからん。強い奴は好きだが、弱い奴は嫌いだね」

 わたしはアンタらが一番嫌いよ。

 凛は心の中で呟いた。

 ごめんなさい、お父さま。

 今代の聖杯戦争は妙な生き物で溢れかえってます。

 とてもじゃありませんが、勝てる気がしません。

 怖いんです。

 だってこの面子の頂点に立つということは即ちキング・オブ・バカの称号を受け取る気がして……。

 ごめんなさい、弱い娘を許してください。





 今は亡き父に祈る凛は前回の聖杯戦争に思いを馳せていた。

 聞く所によると、マスターもサーヴァントも強者揃いだったらしい4回目。

 しかしそれは当然だろう。

 何せ父が、遠坂凛の父親が敗れたのだ。

 また、前回参加者の生き残り、言峰綺礼は凛の兄弟子でもある。

 その強さは――悔しいことだが――凛本人も認めていた。

 一対一ではまず勝てないだろう。

 魔術でも体術でも後手に回るのは間違いない。

 そしてセイバーと共にそれら強豪を押しのけ、聖杯を一度は手中に収めたものの、

 最後はその中身に気付いて聖杯を壊すなどという一見暴挙としか思えない行動を起こしたのが、衛宮士郎の養父である衛宮切嗣その人だった。

 しかし。

 しかしだ――。

 「しかし遅ぇな、坊主。どこで道草食ってやがる」

 その前回優勝者の息子は今回の優勝候補どころか最下位筆頭。

 あまつさえ敵サーヴァントから昼飯を集られるようなマスターだ。

 何ていうか、ダメだこりゃ。

 多分、一番殺しやすいマスターは誰ですかと訊けば、マスター7人のうち本人を除く6人中5人は彼の名を言うだろう。

 この時点で約一名、バトルロイヤルに恋愛感情を持ち込んだマスターがいるけどそれはこの際放っておく。

 でもとりあえず、これはあくまでも仮定の話。

 だって、例えば、そう。

 バーサーカーのマスター、イリヤはきっと、衛宮士郎を殺せない。

 殺すか殺されるかの関係でいるにはいささか親しくなりすぎた。

 そしてそれは凛本人にも当てはまる。

 相手が救いようの無い悪党だったら何の躊躇いもなく命じるだろう。

 アーチャーはそれに応じて敵を討つ。

 聖杯戦争では当然のことだ。

 でも彼女は知っている。

 衛宮士郎が、誰も彼もを助けるために、どれだけ多くの血を流したか。

 何せ自分のサーヴァントさえも庇い立てする馬鹿な男だ。

 どう贔屓目に見ても、一番最初に死ぬのは彼だろう。

 では、ここで一つ問題提起。

 一番戦いたくないマスターは?

 そう質問したときに、誰の名前が出てくるだろうか。

 バーサーカーを従える、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 キャスターとアサシンを動かせる葛木宗一郎。

 身内同士での信頼関係がガタガタとはいえ、ランサーと前アーチャーのマスター、言峰綺礼も脅威だろう。

 けれど、と。

 凛は思う。

 一番戦いたくないマスターと言うなら――とりあえず恋愛感情は抜きにしてほしいが――それはきっと。

 最優のサーヴァント、セイバーの主。

 冬木市に住む"せいぎのみかた"。

 衛宮士郎その人ではないだろうか――。





 「言い忘れていました。シロウならキャスターのところですよ、ランサー」

 「なにぃ!? ってことは当分帰ってこないのかよ!?」










 たとえそれが、便利屋だからだとしても――。























































 あとがき


 便利屋シロウ。

 あっちこっちのマスターやサーヴァントと知り合いです。仲良しです。

 しかも結構気に入られてたり。

 ちなみにキャスターが冷蔵庫直せないのは仕様です。

 何ていうか彼女、大味で大規模な魔術ばっかり得意で、細々したのは苦手っぽいイメージありません?

 しかも現代機器の構造に詳しいとは思えませんし。

 とりあえず後編へ続きます。

 しかしK9999はやっぱりシリアスよりもほのぼの向きですねぇ。

 いや、ほのぼの書かせてもイマイチなのは知ってるから。知ってるからっ!