この話は完全に番外編と言うか、ありえない話です。

なので、それほど気にしないでください。

ツッコミは、なしの方向で。


















殺人貴と究極の一



















目が覚めると、そこには美しい月があった。

蒼にして銀色の光を放つ月。

己自身では輝くことが出来ず、太陽と言う光がなければ輝くことが出来ない。

しかし、それでも月は美しい。

それは、間違いない。



――アア――今日ハ――コンナニモ――月ガ――綺麗――――



見上げるその月は、紛れもなく美しかった。

果てしなく広がる白い花の群れ。

それがどのような花なのか、彼は知らないし知る必要もない。

起きた―――いや、こうやって無理やり起こされた。

起きるという行為は、彼にとってはこの上なく不愉快なものだ。

やはり起きるというのならば、自分の意思で起きてみたいものだと思う。

だが、その思い等意味のないこと。

所詮、彼は影であり悪夢の一角。

存在しない殺人鬼。

それが彼―――七夜志貴の在り方。

起こされれば、自分を起こした対象を殺すまで止まらない実行プログラムに過ぎない。

そのあり方に、七夜は別に不満に思わない。

思う必要さえない。

確かに、それらしい仕草をするものの、その行為自体に意味はない。

七夜に余計な部分はほとんど存在しない。

殺人と言う行為でさえ、七夜は何も思わない。

なぜなら、七夜はそれ自体の行為に何も見出せないのだから。

愉しいとか、悲しいとか、虚しいとか、そういった感情は何もない。

彼が愉しいと思うのは、人を殺すことではない。

人をバラすことだ。

それに、殺人鬼である七夜は殺人という行為に没頭する。

故に七夜志貴は、どのような不利な状況に陥ったとしても諦めない。

元より諦めるという機能を七夜は欠如していた。

どのような状況下でも、七夜は常に最短で最速、そして最低限の動きで殺人を実行するために考える。

それこそが『七夜』の在り方。

ましてや、それが極上の魔であるならば、尚更の事。

そうだとも、これほどの極上の魔を前にして引くことなど有り得ない。



「あ〜あ、出会っちまったか」



「まったく、無粋な輩が入り込んだものだ。汝は、あの人間ではないな」



七夜の目の前に存在する絶対者。

黄金の髪を持ち、白のドレスを着こなした、大よそ人智を超えた美しさを持つ女性。

その姿は、本当の姿ではない。

その姿は、これから持ちえる可能性の1つに過ぎない。

だが、何れにせよ、それらは言葉遊びだ。

目の前の女性がこの上なく美しい存在であることは間違いない。

彼の者の名は、朱い月のブリュンスタッド。

月の王、神祖と呼ばれる究極の一。

すなわち、アルティメット・ワン。

朱い月には無駄が存在しない。



―――無駄な考え。



―――無駄な行動。



―――無駄な仕草。



―――無駄な在り方。



―――無駄な形。



―――無駄な能力。



―――無駄な感情。



―――無駄な時間。



ありとあらゆる無駄を排除し誕生した世界の絶対者。

それこそが朱い月のブリュンスタッド。

故に、朱い月には感情がない。

なぜなら、朱い月には無駄な感情が存在しないのだから。



「そうそう立ち去れ、人間よ。我が領域を侵す権利は、汝にはない」



「あ〜、そりゃ無理な相談だ。

まぁ、それもこれもアンタをバラバラに解体した時の感触が残っているからだ。

アンタみたいな極上な魔を前にして、引くなんて有り得ない。

なぁ、そうだろ―――真祖の姫君(アルクェイド)?」



そう言いながら、七夜は愉しそうに笑う。

だが、実際は愉しくなどない。

そういう風に振舞うべきだから七夜は、そう振舞うのだ。

まるで、劇場の上に立った道化のように。



「姿形こそあの人間そのものだが、あり方は正反対と言ってよいな、汝は。

あの人間の使われない部分の塊、とでも言えばよいか」



「ああ、その通りだ。

この身は奴の使われない行動原理。

オレは、オレを起こすモノを、殺すだけのモノなんだよ」



「そして、汝を起こしたのは、この身というわけか」



「まったくもってその通りだ。

つくずく察しがいいな、アンタ」



そう言って七夜はポケットからなんでもない鉄の棒を取り出した。

それを軽く手のひらで回転させ、刃を取り出す。

七つ夜と呼ばれる、そのナイフ。

今は亡き四大退魔が一、七夜一族が秘宝。

その頑丈さは、おそらく世界においても最高だろう。

何しろ、真祖の姫君であるアルクェイドの一撃にすら易々と耐えるのだから。



「まぁ、これからオレが言うのは一言だけだ」



そう言って、七夜はクラウチングスタートにも似た体勢に入る。

ただクラウチングスタートと違うのは、七つ夜を持つ右手が腰の部分にあることだ。



「その首、オレが貰い受ける」



瞬間、七夜の姿が消えた。

いや、消えたのではない。

虚を突き、一瞬にして朱い月の懐に入り込んだのだ。

そのまま七夜は朱い月の首の頚動脈を目掛けて七つ夜を振るう。

だが、朱い月はそれを予期していたかのように軽く右の爪を振るって七夜の一撃を防いだ。

だが、防がれた程度では七夜は止まらない。

二閃、三閃と連撃で七つ夜を振るう。

だが、それすらも朱い月は苦もなく右手の爪のみで弾き飛ばした。



「ほう」



絶賛したかのようにため息を漏らすと、七夜は一度、朱い月から距離を取った。

朱い月は追撃しない。

それどころか、両手に魔力を込める。

正確には、両手の爪にだが。



「そのような、何の概念もないただのナイフで、この身を傷つけられると思っているのか?」



「違いない」



そう言いながら、七夜は再びクラウチングスタートに似た体勢に入った。

そのまま突っ込む七夜。

だが、朱い月の動体視力からは七夜の動きは完全に見えていた。

銃から発射された弾丸さえ容易に見切る朱い月の目から見れば、七夜の動きなど遅すぎる。

まるで客観的に見る赤ん坊の歩きのように。

故に、避けるのも容易。



「シュッ!」



再び七夜が七つ夜を振るった。

狙いは朱い月の体勢から見るに攻撃の基点となる右足。

だが、七つ夜の刃が朱い月の左足に当たった瞬間、七つ夜の刃が弾かれた。



「ッ!!?」



一瞬だが驚く、七夜。

同時に襲い掛かる違和感。

悪寒なのかもしれない。

それが、自分の頭上から降りかかる。

七夜は、反射的にその場から飛びのいた。

瞬間、七夜がいた場所に朱い月の左爪が突き刺さる。

ただの一撃。

そのたった一撃によって、地面が陥没した。

半径5m、深さ3mほどのクレーターが出来上がる。



「くっ―――なんて出鱈目」



思わず笑みを浮かべてしまう。

手加減したであろうに、それでもあれほどの力。

人智を超えているとは、まさにこのことだろう。



「無駄だ、あの人間が持つ魔眼を待たぬ汝では、この身を傷つけることなどかなわぬ」



勝敗は、最初から決まっていたのかもしれない。

方や、七夜の攻撃は通用せず、方や朱い月は一撃でも入れれば全てが終わる。

状況は絶望的。

状況は究極的に破滅的だ。

負けはすでに決定しているのかもしれない。

だが、それでも七夜は諦めない。

元より、諦めるなんて言うプログラムは組み込まれていない。

ましてや、その身は殺人鬼。

殺人鬼は人を殺してこそ殺人鬼なのだ。

人を殺す鬼とはよく言ったもの。

嗚呼、確かに七夜は殺人鬼である。

殺人鬼故に、殺人を犯す殺人鬼。

殺人鬼が人を殺すなんて当たり前。

人々が殺人鬼と聞いて連想するのが殺人であるように、殺人鬼は殺人を行う。

七夜は呼吸をするかの如く殺戮を行い、死を撒き散らす。

まさしく暴君の竜巻の如き被害を出すだけの力を持っているのは間違いない。

だが、七夜はそんなことはしない。

元より、そういったプログラムが存在しないためだ。

彼に出来るのは、自身を起こした対象の抹殺。

当然、その途中で邪魔になる対象を当たり前のように殺す。

ようはそれだけだ。



「悪いな、オレは諦めるなんて無粋なことはしない」



「それは勇気ではなく、ただの無謀だ。理解しろ」



「かも知れぬが、この身は殺人鬼でな」



「なるほど」



そんな意味のない言葉の掛け合い。

本当に意味がない。

七夜は、神速で朱い月の懐に入り込むと連撃の技を繰り出した。

その名は、閃鞘・八点衝。



―――斬刑に処す」



残像さえ見えるほどの連撃。

並の人間や魔であれば、一瞬にしてバラバラにされたことだろう。

だが、朱い月には通用しない。

朱い月は並の魔ではない。

最高にして最強の魔なのだ。

八点衝の全ての斬撃は、朱い月の目には見えていた。

全身に襲い掛かってきた八閃の斬撃は朱い月の両手の爪によって防がれた。

弾く、弾く、弾く。

全てを弾かれ、お返しとばかりに朱い月の爪が襲い掛かる。

すでに、七夜の視認速度を遥かに超えている。

だが、七夜はかわした。

かわしたのだ。

もちろん、七夜は朱い月の攻撃を見えていない。

ただ、一瞬だけ見えて朱い月の攻撃の予備動作から攻撃手段を予測し、避けただけだ。

それでも、神業には違いないだろうが。

とは言え、状況はやはり七夜に不利。

何しろ、朱い月は一歩たりとも動いていないのだから。



「やれやれ」



呆れたように呟きながら、七夜は朱い月から距離を取った。

そして再び、クラウチングスタートに似た体勢に入る。

さて、何にせよこのまま戦い続けるのはまずいだろう。

久しぶりに起きたため、感覚が若干だが鈍っているようだ。

身体能力そのものは、若干だが向上している。

これは七夜の表である遠野志貴の身体能力の向上に影響されているのだろう。

七夜としては好都合なことだが、こんな状況下で現れては逆に迷惑である。

先ほどまでの攻撃が朱い月に入らなかったのは、それが原因だ。

七夜自身が把握している己の身体能力との違い。

それが、本当に些細な違いであったとしても、このような一瞬が制する戦いにおいては致命的。

故に、七夜は静かに静かに、そして大きく息を吐いた。

そして、全てを無にする。

呼吸を消した。

鼓動音を消した。

気配を消した。

動くために必要な熱を消した。

表情を消した。

思考を消した。

全て、何もかも、消した。

消して消して消して、全てを消し尽くした。

そして後に残るのは無。

無には何もない。

ただ暴食するのみ。

有というあるものを暴食し、滅ぼす。

それこそが、無のあり方。

さて、慣らし運転と逝こうか。

身体能力の向上。

それゆえに、違和感を拭えない。

それが些細であったとしても、この状況下では致命的だ。

故に、この一撃で全てを修正し、感を取り戻す。

その後にやってくることを考えるだけで、七夜は若干だが笑みを浮かべた。

ただ一言だけ、



―――斬る」



瞬間、七夜が消失した。

先ほどよりも、遥かに虚を突き、完全な不意打ちを行う。

七夜一族は異能に頼らない。

ただひたすら、己の体術を鍛え上げ、極限まで追及し完成させた一族。

それこそが七夜の一族である。

だが、それでも朱い月には七夜の動きが見えていた。

朱い月は究極の一。

この世に対となる双極を持たない存在。

故に究極。

完全なる生命体。

すでに、朱い月は七夜の動きを見極めていた。

こうくればこう来るだろうと言うことを理解している。

故に、七夜の動きに合わせて朱い月は左の爪を突き出した。

その爪の先端には、恐ろしいまでの魔力の奔流が凝縮されている。

当たれば一撃。

その一撃の下に、七夜は粉砕されることだろう。

それは決定事項である。

そう、当たりさえすれば。



「はっ―――未熟」



瞬間、七夜が加速した。

一瞬だけの二段加速。

有り得ない疾走。

それ故に、朱い月は完全に虚を突かれてしまった。



「!」



脳裏に描いていた展開とは、完全に違う展開。

故に、朱い月は驚愕した。

長く存在している朱い月にとって、七夜の動きは大よそ見たことのないものだった。

全力の疾走からの、さらに加速。

そんなことを可能なのだろうか。

だが、それを七夜の体術は可能とした。

なぜなら、それこそが七夜に他ならないのだから。



「そらぁ!」



七夜は七つ夜を振るった。

七夜の体術は暗殺術。

故に、その一撃は人体急所に集中する。

狙うは、やはり人体急所の1つである頚動脈。

横に薙ぎ払われた光の軌跡。

それは朱い月の首に当たった瞬間、弾かれた。



「やはり、か」



特に落胆するでもなく七夜は左側から襲い掛かる朱い月の右の爪をかわす。

体を捻り、空中で有り得ない体勢で後方へ跳躍した。

そのまま無音で着地すると、微かにだが白い花びらが空中に舞った。



「言ったはずだ、何の概念もない唯のナイフでは、この身を傷つけることなど不可能だと」



「違いない」



そう言いながら、七夜は壊れたような笑みを浮かべる。

無表情の顔を壊し、無理やり笑わせたような笑み。



「ああ、だがアンタのおかげで、多少だが使い方が理解できた」



七夜は強く、強く、朱い月を見る。

七夜の眼が、光る灰色から光る蒼に変化した。

そうして七夜の視界には、『壊れた』世界が広がった。

埋め尽くされた点と線の世界。

ああ、それはなんて、



―――なんて、素晴らしい世界だ。



そう思わずにはいられない。

本当に、なんて素晴らしく壊れた世界。



「なぜ・・・・貴様がそれを持っている?」



朱い月が困惑したかのように声を上げた。

それはそのはず。

なぜ、その『眼』を持っている。

汝は、その『眼』を持っていないはずだ。



「答えよ、なぜその『眼』を持っている?」



「ん? ああ、なるほど。何、オレ自身も疑問だがな。

まぁ、持っているのなら利用するはずがない」



そう言いながら七夜は再びクラウチングスタートに似た体勢に入った。

慣らし運転は終わった。

違和感の消失。

さて、ではここからが本番だ。

この素晴らしい『眼』の使い方も理解できた。

まったく、奴もつくづく哀れな奴だな。

これほど素晴らしい『眼』を持っているのだから、行使しない手はないというのに。

これで、状況は五分。

いや、身体能力が下の分、七夜の方が不利なのは違いない。

だが、不利なんて状況は反転させればいいだけのこと。

反転させれば、それは不利ではなく有利となる。



「では、あっさり殺されてくれるなよ」



「驕るな、人間!」



怒気の含んだ声に反応するように、朱い月の両手に魔力がこれまで以上に収束する。

瞬間、七夜が消失した。

閃走・水月と呼ばれる加速を利用した走り。

凶蜘蛛とは違い、虚を突いて敵に一瞬にして接近する七夜の基本歩行の1つ。

されど、基本こそが奥義。

故に、効果は絶大。

朱い月は、完全に七夜を見失った。

今までにも何度か虚を突かれたが、これほど虚を突かれたことはない。

おそらく、朱い月という存在が開始し始めてから初めてのことだろう。



「どっちを見ている?」



背後から聞こえてくる声。

だが、再び何もかもが消失した。

気配から、声、心臓の鼓動音まで。

朱い月が背後に振り向くより早く、



―――隙だらけだ」



一瞬にして朱い月の頭上に現れた七夜が、愛用の七つ夜を振るった。

その声に反応して、朱い月が一瞬だけ体を右側へ逸らす。

七夜は射程距離が若干足らないのを理解すると、標的を朱い月の首から左肩へ変更した。

その左肩に存在する『線』を軽く斬り裂く。

ナイフは今までの展開が嘘のように、朱い月の左肩に食い込み斬り裂いた。

朱い月の左肩から血が噴水のように噴き出す。

それを認識して、朱い月は正真正銘、驚愕した。



―――馬鹿な



―――こんなことが有り得るものか



―――我は朱い月のブリュンスタッド



―――真祖の王にして月の王



―――そのこの身が唯のナイフによって傷つけられるだと?



―――否、否、否否否否否!!!



―――断じて有り得ん!



―――この身を唯の人間が傷つけるだと!?



―――あの秩序の飼い犬である宝石の魔法使いでさえ相打ちに持ち込んだというのに!!



―――否、あれを人間と考えてはならぬ。



―――あれは、まごうことなき、



―――死神―――



「唯の殺人貴だ」



着地すると同時に、七夜は朱い月に向かって閃鞘・八点衝をするべき腕を振るおうとする。

だが、それより遥かに早く七夜に向かってすさまじい突風が襲い掛かった。

その風圧に耐え切れず、後方へ吹き飛ぶ七夜。

そのまま倒れそうになるが、すぐに空中で体勢を整えると無音で着地した。

七夜はすぐに朱い月を睨みつける。

そこには、眼を金色に変化させた絶対者が存在していた。



「驕るなと言ったはずだぞ、人間よ!」



朱い月が、本気を出した。

そう、あれは格下の相手ではない。

自分とは別の、それでいて同格の場所に立つ存在だ。

手加減や油断など、出来ようはずがない。

下手をすれば、あの存在は宝石の魔法使い以上に危険な存在だ。

故に、朱い月は己の全ての力を使って七夜を打倒することを決定した。



「さぁ」



空想具現化(マーブル・ファンタズム)

絶対的な力。

確率操作による、世界の書き換え。

発生する確率を操作して、無理やり具現化させる荒業にして至高の能力。

これは世界の触覚である精霊にのみ許された能力。

具現化できる内容は精霊の存在規模に比例する。

そして、幸か不幸か朱い月は最大最高最強の存在規模なのである。

故に、朱い月に具現化できないものは、ほとんど存在しない。



「押し潰れよ!」



七夜の頭上に巨大な岩石が出現する。

それが、重力の法則に従って七夜に襲い掛かった。

だが、それは七夜にとってはないに等しい。

シュッ、と七夜は七つ夜を振るいながら歩く。

それだけで、七夜の頭上にある岩石は木っ端微塵に細切れにされていく。

今度は七夜の前に炎が現れ、襲い掛かった。

だが、その炎を七夜は点を突くことで殺した。

だが、その行動は朱い月には予想の範囲内。

初めて、朱い月は一歩を踏み出した。

神速さえ生ぬるい速度。

縮地さえ足元に及ばない速度。

それほどの速度で、朱い月は七夜の懐に入り込むと爪を振るった。

たとえ避けたとしても、爪から発射された魔力が七夜をズタズタにしたことだろう。

実際、七夜は朱い月の爪を避けたものの、襲い掛かる魔力はかわし切れなかった。

全身を魔力の奔流が嬲る。



「ちっ!」



忌々しげに舌打ちすると、七夜はさらに襲い掛かる魔力を切り刻み殺した。

だが、それでは終わらない。

今度は七夜が地面に引き付けられた。



「ぐっ!」



重い。

いや、実際に重いのだろう。

全身が、地面に貼り付けられるような感覚。



「汝の周辺の重力を倍にした。汝は、もはや動けぬ」



そう言って魔力が朱い月の右の爪に集約する。

それを上目で見上げながら、七夜は笑みを浮かべた。

本当に、なんて無様。



「この期に及んで、汝は笑みを浮かべるか」



「ああ、なら」



そう言って七夜は静かに地面を見た。

重力が倍加している部分の死を見える。

幸い、重力が倍加しているとは言え、動けることは動ける。

ならば、そのまま死を突けばいいだけのこと。

そして、そのことを朱い月は気づいていない。



―――そろそろ逝くか」



瞬間、七夜は重力を倍加させている部分の死の点を突き、殺した。

同時に、重力の倍加が止まる。



「!? くっ!」



忌々しげに顔を歪めると、同時に朱い月は七夜が逃げるより早く爪を振り下ろした。

だが、それより早く七夜は立ち上がって朱い月の一撃をかわす。

朱い月の爪が七夜が倒れこんでいた場所に突き刺さると、その場所の地面が陥没した。

出来上がるクレーター。

同時に、七夜は右足を軽く上げた。

そして、



―――蹴り穿つ!」



七夜は朱い月の顎を全力で蹴り上げた。

ダメージなど期待していない。

だが、顎を支点にして脳に揺さぶりをかければ、それでいい。

そして、前に重心が掛かっていた朱い月に向かっての反対方向への衝撃。

相乗作用によって、通常の倍近くの衝撃が朱い月に襲い掛かった。



「ぐっ!」



人間を模様されている体であるが故、急所なども人間に非常に似通っている。

故に脳に揺さぶりをかけられ、怯んでしまう。

そのまま後方へ着地すると、七夜は態勢を低くして朱い月を睨み付けた。

愛用の七つ夜を掲げ、空いた手を地面にし、クラウチングスタートのような体勢で。

これぞ、七夜一族が生み出した至高の業の1つ。

名は、閃鞘・迷極沙門。



―――弔毘八仙、無情に服す・・・・!」



瞬間、七夜は踏み出した。

踏み出した瞬間、まるで七夜が2人いるような錯覚を朱い月は起こした。

そして、2人の七夜が同時に七つ夜を振るう。

咄嗟に朱い月は、自分の目の前に岩石を生み出し、同時に自分は後方へ飛ぶ。

瞬間、生み出された岩石の盾は×字に切り裂かれ消滅した。



「ふっ!」



後方へ飛び、着地と同時に朱い月が両手の爪を振るう。

右から左へと言う順番。

なるで円を描いたような、血のような魔力。

襲い掛かる魔力を七夜は七つ夜で殺した。

だが、殺されるのは朱い月の予想通り。



「これで終わりにするとしよう」



そう呟くと、朱い月は右腕を静かに空へと向けた。

まるで、今から何かを信託する神のように。

静かに静かに。

瞬間、空は真っ赤に染まった。

美しかった闇色の空は、まるで血のような赤に染まる。



―――力の差を思い知れ」



瞬間、天空に1つだけ絶対的に輝いていた月が輝きを増し、静かに堕ちてくる。

少しずつ、ゆっくりと確実に。



(ああ、なんてこった)



その月に死は見えない。

いや、時間があれば見えるのだろうが、この場では月を殺すより自分が死ぬ方が遥かに早い。

だが、この状況下でも七夜は笑みを浮かべていた。

それは、なんて愉しい―――殺し愛い。

ましてや、この身は殺人鬼。

ならば、最後の最後まで殺そうとするのは当然のこと。

ましてや、術者が死ねば、堕ちてくる月が止まることだろう。

その結論に達すると、七夜は行動を起こした。

七夜は、静かに七つ夜を堕ちてくる月が存在する空へと掲げた。

それはなんて、芸術的。



―――極死」



静かに、静かに七夜は呟いた。

瞬間、下から救い上げるように朱い月に向かって七つ夜を投げる。

獲物を投げる。

それはなんて、無謀な行為。



「諦めたか、人間よ」



そう言いながら朱い月は七つ夜を右手の爪で弾き飛ばした。

だが、軽率。

朱い月は自分の首に誰かの手が添えられるのを近くした。

朱い月が上を見上げると、そこには空中で逆立ちのような体勢でいる七夜の姿があった。

なんて美しい、蒼い瞳。

そんなことを朱い月が思った瞬間、



ドシャァッ!!



朱い月の首から凄まじい量の血が噴き出した。

あの一瞬、朱い月の頭上に現れた七夜が、両手で朱い月の首に存在する線を蹂躙したのだ。

首を抉られた朱い月の首から、大量の血が出るのは当然のこと。



―――七夜」



そう呟くと、七夜は無音で着地した。

そのまま倒れた朱い月の方を見るでもなく、



「その魂、極細と散るがいい―――毒々しい輝きならば、誘蛾の役割は果たせるだろう」



そう答えると、七夜は弾き飛ばされ地面に刺さっている七つ夜を拾った。

そう、拾って、そして気づく。

空が真っ赤に染まり、今だに月が堕ちていることに。



―――あぁ、なんてこった」



七夜がどうしようもないように呟く。

瞬間、七夜の両手両足の腱が切り飛ばされた。

切り飛ばされると同時に、七夜は地面に倒れこむ。

視界に入るのは真っ赤な空と、どんどん自分の方へ堕ちてくる月。



「油断したな。あのくらいでは私を殺すことなどできぬ」



視界に入る、金色の目をした静かに佇む姫君の姿。

先ほど蹂躙した首には傷1つない。

まるで絹のように美しい肌に、清流の如き金色の髪。

それは、なんて美しい。



「オレの、負けか」



すでに両手両足は動かない。

動くのであれば、すぐさま立ち上がって殺し合いを開始するのだが。

いずれにせよ、動かないのならば殺し合いは出来ない。



「そう、汝の負けだ」



「あぁ、そうか。ならば、今夜は引くとしよう」



「二度と訪れるな」



「つれないな」



ククク、と笑みを浮かべる七夜と無表情の朱い月。

何とも異様な光景だ。

そして、七夜の目の前に迫る月。



「では、死ぬといい」



瞬間、七夜は月に押しつぶされた。

















◇ ◆ ◇


















戯れの時間は短いもの。

そう言ったのは、誰だったか。

いずれにせよ、この戯れの時間に意味はない。

そして、2人の存在にも意味はないのかもしれない。

意味のない存在。

それがこの2人。

故に、この2人の邂逅にも意味はない。























































「以上で上映は終了にございます。

お客様お忘れ物のないようお帰りください、か。

観客はいなかったが、まぁ満足出来る内容だったさ。

望まれない役者は、このまま闇に消えるとしよう」

















あとがき

まぁ、息抜き程度に創ったものです。

楽しんでいただけたのなら、幸いです。