チリン…チリン…
 鈴の音が聞こえる。
 それは、愛しさと共に言いようのない悲しみを蘇らせる。
 始まりは七年前…冷たい風の吹く寂しい丘で俺達は出会った…



『永遠の約束』



 俺は怪我をして帰ったあいつをこっそり家に連れ帰って看病をした。
 その日から俺とあいつは友達になった。
 俺はあいつにとにかく何でも話した。
 家族のこと…学校のこと…当時想いを寄せていた「真琴」という少女のこと…
 言葉なんてわかるはずもないのに、なぜかあいつは熱心に耳を傾けていてくれていたのを覚えている。
 俺はそれがうれしくてますますいろんなことを話すようになっていった。



 あいつを家に連れてきてから何週間形、あいつの怪我はすっかりよくなっていた。
 それが別れを意味することだと知っていながら僕はなかなか決心がつかなかった。
 今ではどんな奴よりもこの「狐」が一番の友達になっていたからだ。
 俺は何日も悩んだ末にあいつを山に返すことにした。
 それがあいつにとって一番いいことだと思ったからだ。
 分かれるのはつらいけれど俺はついにあいつと別れる決心をした。

 数日後、俺はあいつと始めて出会った物見の丘と呼ばれる場所に連れて行った。
 
「ほら、行けよ」

 俺の前からはなれて行こうとしないあいつに向かって言う。
 あいつはわけがわからないといった感じで、不思議そうに首を傾げて俺のことを見つめている。
 まぁ、実際わかっていなかったんだろうけど…。
 丘には絶え間なく冷たい冬の風が吹きすさんでいる。

(そろそろ寒くなってきたな…)

 いつまでもこうしていられないし、このままだと本当に風邪を引いてしまいそうだ。

「じゃあ、達者でな」

 そういってあいつに背を向けると、俺は来た道を引き返していった。
 ただ背中に刺さる視線が痛かった…。
 そして、商店街に差し掛かったところでふと思う。

(相違や、あいつに名前も付けてやってなかったな…)

 なんとなく振り返って丘のほうを見やる。
 するとそこは、降り積もっている雪に夕焼けが反射して幻想的な光景をかもし出していた。
 そんなことを思いつつ、祐一は商店街を後にした。





 そして七年の月日が流れ、俺達はまた再会した。
 七年前とは違う形で、また俺達は同じ時間を過ごした。
 その時間の中で、俺にとってあいつはかけがえのないものになっていった。
 いつの間にか俺はあいつを愛していた。
 その気持ちは真実を聞いても決して変わることはなくなかった。
 俺は本当に最期の瞬間まで「真琴」を愛し続けると心に決めていたから… 



 そして、別れの日…何の因果か俺達はまた、あの丘の上に来ていた。
 そこで俺達は二人の結婚式を挙げた。
 真琴は俺の渡したヴェールを風に飛ばされないように手で押さえている。
 参列者は名雪の作った雪だるま一人だけ。
 なんだか名雪に見られているようで気恥ずかしかった。
 そんな中、俺は永遠の祝辞を読み上げる。

『けっこんしたい…』

 そういっていた真琴の言葉を思い出す。
 俺はこれで真琴の言った最後の願いを叶えることができたと思った。
 顔を上げて真琴のほうを見ると、渡したヴェールを手で押さえながら、真琴は俺達の住んでいる商店街を眺めていた。
 ほんの一ヶ月足らずだったけど、俺達と一緒に過ごした場所。
 そして、もう二度と戻れないかもしれない場所…
 そう思うと、切なくて…悲しくて…
 俺はたまらず真琴の体を強く強く抱きしめていた。 



 そして、二人で過ごした最期の時…
 俺は真琴を後ろから抱くような形で草の上に腰掛けていた。
 その体勢のまま、真琴の手にぶら下がっている鈴を二人で鳴らす。
 チリン…チリン…
 俺達二人しかいない静かな丘に鈴の音が響いている。
 その音色はどんなものよりも悲しく感じられた。

「ほら、真琴。鈴で遊ぼうぜ?」

 俺が軽くかき鳴らしてやると、真琴も弱々しく片手をあげて鈴を鳴らす。
 チリン…チリン…

「よし、次は俺の番だな?」

 そういって俺は鈴を鳴らす。
 チリンッ…チリンッ…
 小気味のいい澄んだ音があたりに響く。

「ずっとこうして遊んでいような?」

 他には何もいらなかった。
 ただこうして、ずっと真琴といられるだけでよかった。
 ずっとずっと一緒にいたかった。
 それなのに…それだけでよかったのに…

「な、真琴。次はお前の晩だぞ? ほら、聞いてんのかよ真琴…」
「…………」

 真琴は何もこたえない。

「どうしたんだよ、真琴」
「ほら、チリンチリンって弾くんだよ」
「なぁ、何か言ってくれよ真琴…まことぉ……」

 支えていた祐一の手から真琴の腕がストンと落ちる。
 チリン…
 その腕についた鈴が地面につくと同時に悲しげな音を響かせる。

「真琴……?」

 次の瞬間、真琴の体は祐一の視界から消えていた。
 腕に付けられていたた鈴だけがポツンと草の上に落ちている。
 その時、一束の風が優しく祐一の頬をなでた。
 そして祐一は確かに聞いた。
 真琴の声…風の音にかき消されるほどの小さく儚い声…
 しかし、祐一は確かに聞いたのだ。
 そう、たった一言…

『ありがとう…』

 目の前の景色が涙でにじむ。
 祐一は次々とあふれ出る涙を抑えることができず、その場にうずくまってずっとずっと…
 それこそ一生分泣いたのではないかというくらい、ただひたすらに泣き続けていた。 




「どうしたの、祐一?」

 雑貨屋の前で不意に立ち止まった俺に名雪が不思議そうな顔を向ける。

「いや、なんでもない…」
「…また真琴のこと考えてたの?」

 心配げな表情でさらに尋ねてくる。

(こういうときだけなんでこいつは鋭いんだろうな…)

 思わず顔に苦笑を浮かべて答える。

「あぁ…ちょっとな…」
「大丈夫だよ祐一。真琴はちゃんと幸せだったよ」

 そういって名雪が無邪気な笑顔を向けてくる。

「あぁ…そうだといいな…」
 
 前に真琴に読んでやった本のことを思い出す。

『わかった。絶対に迎えに来るから。
 そのときは二人で一緒になろう。結婚しよう』
(そうだよな…ちゃんと約束したもんな…。
 きっと…きっとまた会えるよな。待ってる…ずっとずっと待ってるから…。
 そして、その時こそ本当に…)
「その時までさよなら、か…」
「………?」

 突然そんなことを呟いた俺に、再び名雪が不思議そうな顔を向ける。

「なんでもないって。
 ほら、早く晩飯の材料もって帰らないと飯が遅くなるぞ!」
「あ、待ってよ祐一〜〜」

 突然駆け出した祐一の後を、名雪が走って追いかける。

 チリン…チリン…
 祐一の手首にまかれた鈴が澄んだ音を響かせていた。


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 あとがき
はじめまして、桜井 柳と申します!
ついに念願の初投稿を果たしました。
これからも書いていきたいと思うのですが、なにぶん書くのが遅いため、結構不定期投稿に
なってしまいそうですが、それでも読んでくださると嬉しいです。
さて、今回の話はいかがだったでしょうか?
初なので、皆さんの反応が気になるところです……
それに、何気に重苦しい話でしたしね……微妙です。
感想・ご意見・ご要望お待ちしておりますので、よろしくお願いします
次回作は……何とか一ヶ月以内に出せるように頑張りたいと思います。
それでは、またお会いしましょう! ではではー♪