第11話(最終話)
祐一再生計画 by 美汐
(Kanon)
第11話(最終話)『再生』
written by シルビア  2003.9-10 (Edited 2004.2)



----前話より----
丘には小雨が降っていた。
「濡れてもいいんです。放っておいてください。どうせ、私のことなんて……」
「…………」
「祐一さん、私と別れたいのなら、この場で私にそういってください。
 真琴を彼女にしたいなら、せめてその前に、私への気持ちを断ち切ってください」

「やっぱり、そうか。
 美汐は俺が真琴をどう思っているか、勘違いしたな?」
「真琴はかつて祐一さんが求婚した相手ですよね」
「そうだな、たしかに求婚したな」
祐一は笑いを浮かべた。
「思うに、美汐って、ままごととかした事ないらしいな」
「確かにあまりしたことないですけど……」
「なら、聞こう。
 小さな女の子が『あたし、将来祐一さんのお嫁さんになるの』と言っても美汐はまにうけるのか?」
「普通ならとても真剣な冗談になりますね」
「そう、家族愛とか友情とか、そういうものに近いな。恋愛感情ではないだろ?」
「……って、まさか?」
「俺は真琴に『結婚しようか』といった。
 だが、それは家族として真琴を愛して、その真琴が結婚に憧れていたから、その疑似体験の相手をしたまでのことさ。
 発熱してどんどん人間らしさを失う真琴の姿をみて、女の子が憧れる結婚への憧れというものをかなえてあげたいということだった。
 真琴は恋愛感情で俺に結婚したいとは思っていないさ。結婚すると男女が一緒に過ごすことができる、そういうぬくもりに憧れただけだ。
 俺は真琴に『結婚しようか』といったのはずっと一緒にいようという家族愛からだ。誤解するな」
「祐一さん、今も真琴に対しては……」
「家族としてしかみていない。真琴も同じだ」
美汐の言葉を祐一が遮るように言った。
「俺は真琴がいなくなった時、家族としてもっとしてあげることができたんじゃないかって、それを後悔していた。真琴に意地悪ばかりしてたから、尚更か。
 それとだな、もし恋をしていたにしても、淡い恋さ、もう終わっているだろうな」

「私、祐一さんの事、分かって無かったんですね。やはり恋人として失格です」
「本当にそう思ってるのか、 美汐?(雨の中、やんわり濡れている美汐が言うと、悲壮感もなおさらだが……)」
「ええ」
「じゃあ、聞くぞ。
 俺が何故、こんな話を美汐にしたと思う?
 美汐以外にこんな話ができると思うか?
 俺は……美汐を失いたくなかったんだよ。
 美汐に笑顔でいて欲しかったんだよ。
 そんなお前が恋人失格なら、俺も彼氏として失格だな」
「祐一さん……」
「美汐、こんな時ぐらい、さん付けはしなくていいぞ」
「祐一……やはり、恥ずかしいですね」
「いいじゃないか、"俺の彼女"なんだから。一足早いクリスマス・プレゼントだが、今、渡した方がよさそうだな。ほら、開けてみな」
祐一はそう言うと、ポケットから小箱らしき包みを取り出し、美汐に差し出す。
美汐は箱を受け取ると、中を見た。
「シルバーリング……これを私に?」
「他に誰にあげると言うんだ? ほら、俺の手もみてみろよ」
そういう祐一は箱の中身と同じ指輪をはめている。
「美汐……これでも、彼氏失格かな?」(ポッ)
「いいえ……最高の彼氏だと……思います」(ポッポッポッポッ)
美汐の目に涙が浮かんだ。
「ごめんなさい、祐一さん。
 私、いけない女でしたね。
 祐一さんの事、最後まで信じてあげられなくて」
「いや、俺がいけないのさ。
 それとな、秋子さん、言ってたぜ。
 『女性の魅力は男性が引き出してあげるものですよ。それが男性の包容力です』
 ってな。美汐の今までの事も、ついこの前、秋子さんから聞いたよ。
 美汐だって、俺と同じ妖狐との別れを経験していたのに、それでもこんな俺のこと、2年以上も見守ってくれてたじゃないか。
 そんな気持ちにすら気がつかない俺がいけないのさ。
 美汐、今までありがとな」

「それとな、美汐」
「はい」
「真琴が居なかった間、妖狐の世界にいたんだが、そこで美汐の元に現れた妖狐と出会ったんだと。それで、美汐に伝えてほしいとの伝言を受け取ったそうだ」
「そうですか、あの子は何と?」
「"ボクと友達になってくれてありがとう。ボクは美汐のこと最後まで友達だと信じて疑わなかった、きっと美汐が信じてくれたからだと思う。美汐、幸せになってね。"だと。美汐の想い、きちんと伝わっていたんだろうな」
「う、ううう……」
「これで、美汐もしっかりとお別れできるな?」
「は……い」
「美汐が人を心から信じれなくなってしまっては、あの子も浮かばれないぞ?」
「分かってます。でも、やっと肩の荷が下りた気分です」
「やはり気にしていたか……無理はないがな。俺に夢中になっていた間は忘れられたみたいだったがな」
「祐一さん……もう!」
「ははは、光栄だね。彼氏冥利につきるというものだ」
そして彼は真剣な表情を浮かべて、言葉をつないだ。
「美汐、俺もな、お前の笑顔を取り戻してあげたかった。
俺の事を考えてくれるのも嬉しいが、俺にアタックしているお前がいつも元気に笑うのがもっと嬉しかったんだよ。
今だから言うが……俺だって高校の頃から美汐の事ずっと気にしてたんだぞ。
こうしてお前と一緒に笑っていられるなんて、あの頃からすれば夢のようだよ」

(ならば……)
落ち着きを取り戻した美汐は、すこし意地悪そうな微笑みを浮かべた。
「祐一さん、保留していた賭けのお願い、今言っていいですか?」
「ああ、いいぞ」
「"私と結婚するまで、祐一さんはいつもその指輪を付けてください。"
「うぐぅ、今頃になって言うか?」
「その指輪を見るたび、今ここでの事を思い出しますから。
 祐一さんを信じたいと思う私の今の気持ち、思いだしますから。
そして明るく元気な自分でいられるように努力しますから。
 ……駄目ですか?」
「……約束は約束だからな。……わかったよ」
「約束を破ったら、その時はエンゲージ・リングを頂きますからね」

その約束はしばらく守られていたが、美汐達の大学卒業間際、突如約束は破られた。

「美汐、司法試験、合格おめでとう」
「祐一も、司法試験、合格おめでとう」
大学4年の時、ふたりは揃って司法試験に合格した。
どちらかというと美汐の方が試験に合格する可能性がたかかった。
一緒に司法修習生になりたいという美汐の願いから、祐一は猛特訓をさせられた。
「美汐、今まで勉強教えてくれてありがとな」
「祐一が、ありがとうって素直に言う時って、何かあるんですよね?
 それに、祐一さん、今日はシルバーリングをつけてませんね?(むっむっむっ!)」
"相変わらずチェックの厳しい女だ"と思ったが、祐一は"今日は、美汐のペースにははまらないぞ"という決意をこめた表情をした。
「お見通しか、さすが美汐だ。
 だが、これなら文句はあるまい?
 美汐がお待ちかねのプレゼントだ」

祐一はいきなり美汐の手を取っては、その指に婚約指輪をはめた。
「ふむ、サイズは合うようだな」
(え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)(ポッポッポッポッポッポッポッポッポッ)

「弁護士になってからと思ったんだが、なにせ、美汐は魅力的だからな。
 司法修習生になってからも油断できん。
 だから、とっとと今のうちに予約するぞ」
「そんないきなりなんて……酷いです」
「『結婚しよう、美汐』 それで、返事をまだ聞いてないが?」
「……『はい』……喜んで……祐一。
 でも、祐一、酷いわよ?
 私が祐一ただ一人を好きなのは、祐一が一番知っているでしょう?」
「それはだな、俺が美汐をいい女に育てたいからだ。
 美汐が最高の女性になるのは25才ぐらいだって、秋子さん言ってたぞ。
 なら、今から予約しておけば、その成長課程も見られる特典がつく。
 男として、こんないい時期を見逃すのは勿体ない。
 ぜひ側でみていたい、納得したか?」
「私に今より魅力的な女性になれと言われているようなものですよ。
 そんな酷な事ないと思いません、祐一♪」
「ふっ、俺が意地悪だってこと、忘れたか?」
「(それは、祐一さんが意地悪なのは今に始まったことじゃないですけど……
そんな祐一さんに惚れてしまった私がいけないんですけど……)
いいですよ〜だ♪ そのかわり見てなさい!祐一のこと驚かしてあげるから♪」
美汐は祐一の唇を自分のそれに重ねて、それから言葉を繋いだ。
「ありがとう、祐一。愛してる」

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エピローグ
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それから3年後。
司法修習生を終えた二人は弁護士となり、相沢法律事務所を設立して独立開業した。
新人の弁護士ながらも、奇跡的な逆転勝訴を重ねる二人は一躍業界の寵児となった。
祐一は刑事事件、美汐は民事事件を専門とする弁護士となった。
もって生まれた意地悪な性格が幸いしてか、祐一は刑事弁護士として数々の冤罪の被疑者を救う英雄となった。
限りなく慈愛に富む美汐はというと、性犯罪の被害者救護や人権問題や孤児救済といったジャンルで法的側面から多くの人の心を救う弁護士として親しまれた。

そして、美汐が25才の時になった年、二人は結婚した。

…………・(美汐さんの祐一再生計画もこれで完了ですね。一時はどうなるかと思いました)
互いに悲しい経験をした二人が心を癒し合って、手を取り合って未来を意識する。
そんな二人の将来に幸あらんことを。(by 秋子)

秋子は祐一と美汐の二人の恋愛をまとめたスクラップ・ブックの最後にそう記した。
そのメッセージの前のページには、2枚の写真があった。
ひとつは幸せそうな二人の結婚写真であり、もう一つは二人の魅力に惹かれ二人の結婚を心から祝福してくれた友人・先輩達と並んでいる二人の写真である。
寄せ書きに……
わーい、綺麗な義姉さんができたんだよ〜 (by 名雪)
祐一〜!美汐を泣かせたら承知しないんだから〜 (by 真琴)
祐一君の天使は美汐だよ〜、大事にしてあげないとね。 (by あゆ)
あはは〜、まるで佐祐理に妹ができたみたいですね〜。(by 佐祐理)
戦友の結婚を心から祝福する。(by 舞)
美汐さん、とても綺麗です。お幸せに。 (by 香里)
女同士の友情、結婚しても変わりません。(by 栞)
相沢とぼけ合っても、笑って見逃してくれ。(by 潤)
祐一さんと一緒にまた水瀬家に遊びにきてください。(by 秋子)

……そして、物語は未来へ続く。

「あ・な・た♪起きてください(はーと)」
「うーん、もう少し寝かせてくれ」
「駄目ですよ。起きてくれないなら……」
美汐はニコッと微笑むと、祐一の唇に自分のそれを重ねる。
(チュッ〜〜〜〜〜〜〜〜ふう)
「分かった、分かった、起きるよ〜……朝からディープキスされちゃたまらん」
「あなたがいけないんですよ♪フライパンで叩かれるよりはマシだと思って下さい」
そそくさと祐一に背を向け、部屋を出る美汐。
(普通、"行ってらっしゃい"とキスされるものじゃないのか?)
いつもそう疑問に思いつつも、すっかりこの様子に慣れてしまっている祐一だった。

「美汐、行くぞ」
「あ〜、あなた、少し待ってください」
靴がうまく履けず、美汐が懇願した。
「それでは、行きましょうか」
二人は一緒に玄関を出て隣の駅にある自分達の事務所に出勤する。
いつも二人で通勤するのがこの夫婦の習わしだった。
「あなた、今日も法廷?」
「ああ、地裁で法廷が3つ、それから少年院で少年と面会する」
「でも、今日だけは早く帰ってきて下さいね。私は先に帰って美味しいモノを準備しておきますから」
「分かっている。今日は"結婚記念日"だもんな。愛してるぞ、美汐」
祐一は満面の笑顔を美汐に向けて言った。
「ふふ、もう1年になるんですね。私、幸せです」
こんな二人だから、路上で抱き合う二人に向けられる視線にも気がつかない。
この時間に出勤するサラリーマン達にはめずらしくもない光景とさえなっている。

(あなた♪ 気がついてます?
 時が経っても、私はあなたに恋する"永遠の25才"のままですよ)
結婚記念日を迎えた美汐はそう思ったが口にはしなかった。
そう、ウェディングドレスを着て結婚の誓いをたてた時の気持ちを忘れていない、美汐は今でもそんな妻なのである。
祐一の満面の笑顔を見る度、この笑顔を守っていきたいと思うのだった。

そんな美汐にいつも明るさと優しさをくれる目の前のこの男がいる限り、そんな関係は変わらない。



(つづく)


後書き



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