第10話
祐一再生計画 by 美汐
(Kanon)
第10話『冬のレボリューション』
written by シルビア  2003.9-10 (Edited 2004.2)



「やはり、ここに居たか」
ものみの丘で美汐の姿を見つけた祐一は、美汐に優しく声をかけた。
「祐一さん……ここに居たらいけませんか?」
「このままでは濡れるぞ」
丘には小雨が降っていた。
「濡れてもいいんです。放っておいてください。どうせ、私のことなんて……」
「…………」
「祐一さん、私と別れたいのなら、この場で私にそういってください。
 真琴を彼女にしたいなら、せめてその前に、私への気持ちを断ち切ってください」

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[美汐視点]

(決めたんですから……)
真琴が再び祐一さんの前に姿を現すとは思ってませんでした。
ですが、これは現実です。
祐一さんは、あれから真琴と一緒にいる機会が多くなりました。
私ともう少しいてくれても……もっと私を愛してくれても……一緒にいる時間は減りました。
私は明らかに真琴に対して嫉妬してますね。
ですが、私は真琴を憎めないのです。
真琴は純真で、祐一さんを一途に求めて、祐一さんと一緒にいることを自分の幸せのすべてと率直に思っている……いつもそんな表情をしてます。
私と祐一さんの時間を取らないで、いつも私はそう思ってます。
でも、祐一さんは……祐一さんは……私の気持ちに気がついてくれません。
私だって、真琴は大好きです。
もし、祐一さんへの恋心がなければ、大の親友となることに違いはないでしょう。
こうして、真琴に触れていると、私も幼い頃の無邪気な自分に戻れる、そんな気がします。私だけのあの子がいた時のように。
「美汐〜、本読んで〜! 真琴には難しいカンジばかりなの」
「は〜、また漫画ですか? 仕方がないですね、貸してください」
「……『俺の生涯は、お前のためにある』」
ラブものですね、ですが、ありふれたストーリーです。
「わ〜、美汐、ありがとう」
私の胸の中で一緒に漫画を覗いていた真琴が歓声を上げます。
感性が幼いですね、仕方ありません。
「本当は祐一さんに読んでもらいたかったんでは?」
「うん。でもね、美汐の腕の中も気持ちいいよ〜」
「それは良かったですね。(私が読んでるのをちゃんと聞いていたのでしょうか?)」
「ねえ、真琴、美汐の作った肉まん食べたい!」
「分かりました。いつものように作ってあげます」
そう言うと私は水瀬家の台所を借りて、真琴に肉まんをつくってあげました。
「おいしいね〜」
私が食べる間もないぐらい、むしゃむしゃとほおばる真琴の姿をみていると、ちょっぴり自分の嫉妬が恥ずかしくもなります。
「真琴、『いただきます』ぐらいはきちんと言ってから、食べるものですよ?」
私は真琴の頭を軽く叩いて、そう言います。
嫉妬したから叩いたのではないですよ。
私だって、真琴の純粋さの前には私だって、嫉妬の気持ちを出したくありません。
「お〜、うまそうだな、ひとつくれ!」
いつのまにやら背後にいた祐一さんが、真琴につくってあげたの肉まんをひとつ手に取ってはそういいました。
「あ〜、真琴の肉まん、返してよ〜!」
「これは真琴のか? 真琴の肉まんだって、どこにも書いてないぞ?」
手にした肉まんを頬張りながら、祐一さんは真琴に尋ねます。
「ここに書いてあるもん」
そういって肉まんの頂点を指す真琴。
「それは『肉』と読むんだぞ?」
そういって、肉まんにつけた刻印を指す祐一さん。
この二人は……はっきり言って漫才コンビとしか思えませんが……笑えます。
(祐一さん、いい笑顔してますね?)
それが、悔しかったのはいうまでもありません。
これでも私は祐一さんの彼女なのですから。
こんな情景が、私と祐一さん、真琴との3人の日常でした。
私の本心は、二人っきりで居たいのですが……祐一さんが幸せそうにしているなら我慢しないといけないと自分に戒めていました。

自分の恋人が目の前で他の女性に優しくしている……そんな情景を目の当たりにするのはとても辛いです。
公園で嘆きにくれていたとき、佐祐理さんと会いました。
「こんにちは、美汐さん♪」
「あ、はい、こんにちは、佐祐理さん」(暗い……)
「こんな所でどうしたんですか?それに、まるで人生が終わりかのような顔をしてますよ?」
「佐祐理さん……」
私は佐祐理さんに素直に状況を説明した。
「はぇ〜、美汐さんと祐一さんのラブラブにそんな障害があったなんて、驚きです」
「佐祐理さん、ラブラブだなんて……」
「ふふ。二人をラブラブと言わずに何をラブラブだと言うのです?
 バディ・ブリージングをしている二人は新婚夫婦そのものでしたよ?
 あれほど息のあうバディもそうそう見ませんからね。
 美汐さんが祐一さんを信用していることぐらいは、佐祐理にも分かります」
「ですが、今の私は自信が無いんです」
「美汐さん、スキューバでバディを組む相手を信用できないということがどういうことか分かりますね?命にさえ関わるのですよ。
 その点は、恋人同士でも変わりませんよ。
 自分に自信を無くして、彼氏を信用できない彼女を、殿方が心から信頼すると思いますか?」
「い、いいえ。そう、そうですよね?」
「なら、美汐さんがすべきことはもう分かりますね?」

祐一さんを支えたい、祐一さんを好きな自分の気持ちに素直になりたい、私はかつて誓ったではないですか。
今は祐一さんが私のことを想っていると信じることが大切だと。
そして、祐一さんが真琴に接して明るくなるなら、私は真琴の世話も進んでしようと。
私、やっぱり大事なことを忘れかけていたのですね。
恥ずかしいです。
「……はい」
私はそう答えると、笑顔を取り繕おうと努力した。
「次に会うときは、その笑顔が満面の微笑みであることを願ってますね。
 美汐さんは、私の弟がわりの祐一さんの大切な彼女なのですから、佐祐理も二人のこと応援しますからね」
「ありがとうございます、佐祐理さん」
美汐は今度はにっこりと笑顔を佐祐理に向ける。
私達を見守ってくれる佐祐理への、美汐の心ばかりの感謝の気持ちがその笑顔に込められていた。

12月、クリスマスが近づいたある日のこと。
「祐一さん、実は……その……」
「なんだ、美汐?」
「クリスマス・イブのの12/24、家族の元に帰らないといけなくて、一緒に過ごせないんです。それで……」
「それで?」
「今週の土曜日、イブの日の代わりにデートしませんか?」
「ああ。いいぞ」
久しぶりの二人きりのデートである。
それから、美汐は、どこに行こうか、何を着ていこうか、とはしゃぎながら時を過ごした。
(あ、そうだ。これ着ていこうっと!)
それは、この前のデートで、祐一が美汐に選んであげた服である。

土曜日、デート当日。
美汐は時間の30分前に待ち合わせの場所にいた。
かなり早起きをしては、身支度をしたり手弁当をつくったりとありきった美汐である。
それでも時間前につくあたり、美汐がどれほど楽しみにしたかが伺える。
ところが、時間をすぎても祐一が現れない。

時刻は約束した時間から、1時間以上過ぎていた。
(何か、あったのでしょうか?)
少し不安になり、美汐は携帯電話を手に取り水瀬家の番号を押した。
『はい、水瀬です』
「あ、秋子さんですか、美汐です」
『美汐さん、こんにちは。それでご要件は……祐一さんですね?』
「はい」
「困りましたね。祐一さんは今真琴の看病をしてるんですよ。昨日の夜中に真琴と祐一さんとではしゃぎ過ぎまして。祐一さんは2階にいると思いますが、呼びましょうか?」
(真琴の看病ですか……)
「それなら結構です。ちょっと電話したくなっただけです。失礼します」
そういうと美汐は携帯電話の電源を切った。
(はあ〜、これでは、祐一さんとのデートは無理ですね。仕方ありません)

美汐は苛立ちを隠せなかった。
約束の駅前を離れると、商店街の方に足を向けた。
商店街につくと、自分の買い物をしたり、ゲームセンターで一人ゲームをしたりして時間を過ごした。
(は〜、私はなにをしているんでしょうか……)
これでは、祐一さんと出会う前と変わりませんね。
出会う前といえば、ものみの丘でいつも一人で景色を見てました。
そうしながら、昔の思い出に浸る、それが一昔前の美汐の姿だった。

(ものみの丘ですか……なんとなく行ってみたくなりました。行きましょうか)
美汐はそう思うと、商店街を後にして、ものみの丘に向かった。

(ここは変わりませんね)
美汐はいつも自分がいた大木に体を預けると、足を前に組みながら景色を眺めた。
(昔は、あの子がいてくれたので、ここに来ても寂しくなかったです)
(ついこの前は、祐一さんと一緒にお話してましたね)

(嬉しいこと、悲しいこと、この丘には全ての私の気持ちがあるみたい)
その時、小雨がばらついた。
次第に雨足が強くなっていった。
(傘を持ってくれば良かったです。仕方がないですね、しばらくここで様子をみましょうか)

丘に降る雨はとても冷たく、時折り吹いた風が雨粒を美汐の体に運んでくる。
(もう、限界ですね)
(私はもう、祐一さんにとって大切な存在ではないのでしょう)
美汐は両手を体の前で交差させ、自分で自分の体を抱きしめた。
(雨……今の私の気持ちも流してくれればいいのに
 ……寂しいです。
 ……祐一さん、会いたいです。
 ……でも、祐一さんにとって、私は……)
そう思っていると背後で声がしました。
「やはり、ここに居たか」
ものみの丘で美汐の姿を見つけた祐一は、美汐に優しく声をかけた。

その声は、嬉しくも悲しくもある、私の彼氏祐一の声であった。
もうすぐ恋人同士でいられなくなるかもしれない、私の好きな人の声だった。


(つづく)


後書き



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