第9話
祐一再生計画 by 美汐
(Kanon)
第9話『秋風が運ぶレボリューション』
written by シルビア  2003.9-10 (Edited 2004.2)



大学のキャンパス。
美汐はそわそわと恋人を待っていた。

「おまたせ、美汐」
「祐一さん、お疲れさま。試験どうでした?」
「美汐のおかげでなんとかなったよ。たぶん、単位もとれそうだ」
「それは、あれだけ寝ていたらノートもろくすっぽ取ってませんでしょうから。
 それでいて、私のノートを丸ごとコピーして一夜ずけなんて、ずるいですけど」
「いや〜、美汐と同じ講義で助かった」
「当然、甘いモノのひとつやふたつ、奢ってくれますね?」
「無論だ。さて……秋といえば、焼き芋だな」
「焼き芋ですか?」
「それも、たき火での焼きたての焼き芋を味わうのだよ。
 なんなら、今だけのサービスで、俺の愛情も込めて焼いてやるぞ」
「何だか、面白そうですね」
「じゃ、買い物するか。そうだな、ものみの丘に行くか?」

ものみの丘。

「たき火だ、たき火だ、うれしいな〜♪あたろうか、あたろうか♪」
祐一は火加減をみながら、枯れ木を火にくべていた。
「そろそろいい頃かな。どれどれ……ふーふー……うん、OK」
そう言うと、祐一は美汐に声かけた。
「おーい、出来たぞ〜。早くこないとたべちゃうぞ〜♪」
「ゆういちさん〜〜〜、一人だけで先に食べるなんて、人として不出来ですよ〜だ」
丘にある小川で手を洗っていた美汐は返事した。

「お芋、とても美味しいです!」
「そりゃそうだろ、なんたってたき火でのできたて焼き芋だ」
「祐一さんの愛情のスパイスが利いて、なんとも不思議な味を醸している?
 ですか?」
「その通りだ。ただ、秋子さんのジャムには負けるがな」
「まったくもう、なんという例えですか。秋子さんに告げ口しましょうか?」
「それは勘弁してくれ」
「でしたら……キスしてくれるなら、告げ口しません」
いたずらな
「うぐぅ」

祐一は美汐に口づけした。
最近、この手でよく美汐にはめられる、祐一はそう感じてはいた。
とりわけ、美汐と体験してからは、エスカレートする一方である。
しかし、年頃の男の子たるや、据え膳食わねばなんとやら……結局、祐一はノリノリでつき合ってしまう。
それでも、人前で露骨にラブラブしないあたり、美汐は分別がしっかりしていた。

「祐一さん、私が祐一さんをはめるだなんて、そんな酷な事ないでしょう?」
「口にでてたか?」
「はい、しっかりと。でも分別があると言ってくれて嬉しいです。
 でも、今は他の人はいませんからね?」
そういうと、美汐は祐一の口を自分の唇でふさいだ。
今度は少し長めの恋人キッス、俗にいうディープキスであった。

唇を離した美汐は急に恥ずかしくなって、祐一から離れた。
立ち上がり、祐一に背をむけては数歩先に歩いた。
「いい風です。とても気持ちがいいです」
美汐は、両手を大きく広げて伸ばし、深呼吸して後そう言った。
上半身だけ振り返り、祐一の方をみては、
「祐一さん、丘の中を散歩しませんか?」
笑顔を満面に浮かべて美汐は言った。

(美汐も変わったな。昔ここで美汐といた時は悲しいやら無表情だったのにな)
(祐一さんも変わりましたね。春先にここにいた時、真琴とのことで泣いていたような感じもしたのですが)
二人は互いの事をそう感じていた。
もちろん、二人とも口には出さず、思っていただけだが。
「いいぞ、じゃ、火をきちんと消しておかないと。
 残った芋は名雪たちへのおみやげにしようかな」
祐一は、そう言うと火を消して、芋を買い物した時の袋に詰め戻した。

そして、祐一と美汐は二人で丘を散歩した。
秋の気配のする森は、冬や春とは違う趣があって、二人は丘の情景を堪能していた。

しかし、二人の表情と雰囲気は突然の出来事に、一変した。
(あれは……)
(え、あの姿は……)
二人の視線の先に、丘の木の根本で木にもたれかかるようにして眠っている少女がいた。
その少女には二人とも見覚えがある。
奇跡の少女、狐娘こと沢渡真琴である。
(なぜ、今になって……)
少女が再び姿を現したことに躊躇する美汐。
しばらく躊躇しつつも、少女に駆け寄って様子を見る祐一。
「真琴? 真琴!」
美汐も祐一の様子を見て真琴に近づいた。
「うーん……」
「真琴!」
「うーん、あれ、祐一〜?それに、美汐?」
「気がついたのですね、真琴」
「覚えてるのか?俺たちの事、名雪や秋子さんとのこと」
「うーん、祐一〜、ぼんやりだけと少しだけ覚えているよ」
「体の方は大丈夫か?」
「うん、でも、腹へった〜〜〜〜〜」
ぐぅーという音が真琴の腹から聞こえる。
「はは、なんて音させてんだ、真琴。とにかくこれを食べろ」
祐一はそういうと、さっき袋につめた焼き芋を取り出して真琴にさしだした。
「これ、芋?」
「ああ、焼き芋だ。そういえば、真琴はあまり食べたことなかったな」
「うん、初めて見た。とにかく食べるね。いただきまーす。(ぱくっ)」
「うまいか?」
祐一はうれしそうな表情を浮かべて真琴に尋ねた。
「うん、美味しい」
真琴は静かに微笑んで、こたえた。
二人のやりとりをみていた美汐は、嬉しいやら驚きやら困惑やらわからない表情を浮かべていた。
(祐一さんの満面の笑顔、久しぶりにみた気がしますね)
(まさか、真琴が再び戻ってくるとはおもいませんでした)
(真琴が戻ってきたということは、私と祐一さんの関係はこれから一体……)
「祐一さん、とりあえず真琴を水瀬家につれていきませんか?」
「そうしようか。真琴、水瀬家に帰るぞ」
「水瀬家?」
真琴はきょとんとして答えた。その口にはまだ、焼き芋が残っている。
「うん?真琴わからないか? 秋子さん達のいる家だよ。お前も世話になっていたじゃないか?」
「祐一〜、わかんない。秋子さんと名雪さんの事は覚えているけど」
「私、天野美汐の事は、覚えていますか?」
「うん、少しだけ一緒にいたよね、覚えている」
美汐は少し嬉しそうな顔をして、
「まこと。とにかく水瀬家に一度いきませんか、私も一緒にいきますから」
こんな時の美汐の顔はすこし無表情な感じもするものの、穏やかな口調と優しい仕草で誰にでも親しまれる、ちょっと昔の雰囲気のする美汐であった。
「ああ、そうするか。じゃ、美汐も真琴も行くぞ!」

「ただいま、秋子さん」
「お帰りなさい」
「秋子さん、実は……」
真琴を連れた祐一と美汐の姿を玄関で迎えた秋子は複雑な心境だった。
秋子にしてみれば、涙で行ってらっしゃいと送った真琴が再び姿を見せたのだから。
そして、秋子は美汐を応援していたし、その側の祐一はというといつになく元気な感じが伺える。

「了承」
祐一の話を聞き、再び真琴が水瀬家に住むことを祐一が申し出た。
秋子は美汐の表情を伺い、少し間があったものの了承した。

水瀬家の夕食の光景にふたたび真琴の姿が加わった。
ただ、真琴はいくつかの記憶をなくしていて、かつて発熱してからのいくつかの出来事は覚えていなかった。
それでも、水瀬家から授かった人のぬくもりは本能的に覚えているかのようだった。
初めて会う人のようなよそよそしさはなく、ずっと暮らした家族のような感覚で、美汐は水瀬家の家族と話す。美汐に対してもそれは同じだった。
夕食後、皿洗いを手伝っていた美汐に秋子は声をかけた。
「美汐さん、あとで私の部屋にいらしてください」
「はい」
美汐にしてみても、今のところ秋子さん以外に自分の気持ちを相談できる相手はいない。自分から声をかけるつもりでいたが、秋子さんに先手を打たれた格好となった。

秋子の部屋。
美汐は押さえつけていた気持ちを秋子にぶつけた。
「秋子さん、私、いやな女です。
 祐一さんが元気になってくれたこと、とても嬉しいです。
 でも、真琴の姿をみた時に、私は真琴に激しく嫉妬しました。
 私が変わろうとしたのは……その、祐一さんを愛してしまったからです。
 でも、祐一さんが心から幸せになるのは、私ではなく真琴とではないのかと。
 私はどうすべきか、祐一さんが何を考えているのか、分からないんです」
「やはり、そうですか。
 確かに祐一さんが元気な気持ちになれるのは、真琴が戻ったからでしょうね。
 でも、祐一さんと真琴の間のことよりも、私は美汐さんと祐一さんの間の気持ちのことがむしろ心配ですね」
「どうしてですか?」
「美汐さんは恋愛教訓の話をわすれていませんか?
 『信頼なきところにコミュニケーションは成立しない』ということを。
 自分に自信をなくしたり、相手を信用しなくなったりしてはいけません。
 そうする限り、結果がどのようになっても、自分の恋愛を後悔しません。
 今のあなたの様子だと、きっと後悔することになります。
 何が大切か、何を信じなければいけないか、あなたが自分で答えを探してください。私は保護者として祐一さんや真琴を見ていきますが、あなたと祐一さんとの恋愛はあなた方当事者同士で解決する以外はないのです」
厳しいと思う、そんな口調ながらも美汐の事を真剣に考えてる秋子さんはきっぱりと言い切った。
助言は自分の恋愛経験もふまえてのことだろうことも言葉の端に感じる。
「すいません、秋子さん。私、大事なこと、忘れていましたね」
美汐は秋子さんの洞察力の前にたじたじになりつつも、これが大人なのだと実感した。
そして、美汐は笑顔を取り戻すべく気持ちを整えて、そして、笑った。
「私、祐一さんのこと好きです。その気持ちまで忘れてしまうところでした。どんな結果になっても、祐一さんのこと信じていきますね」
「ふふ。今は辛いと思いますけど、結果はきっとついてきてくれますよ。(ふふふ、やはり笑顔が大人っぽくなりましたね、この娘は)」
今の祐一を間近に見ている存在、その秋子さんは美汐に思わせぶりに言った。
その様子を理解するには、まだ美汐は人生経験が不足していたが。

人の暖かさに触れ、情熱の限り人を好きになり、一緒になる願いはかなった。
しかし、好事魔多し、幸せな時にほどそれを遮る不幸せというものも出現しやすくなる。
幸せな時にほど、その幸せに没頭するあまり、忍び寄る不幸の存在には気がつかないものでもあろう。
秋の風は、美汐の心に、油断して忘れた何かを運んできたようだ。
祐一と真琴が再び出会い人生を重ねる、そんな運命の回帰の中で、美汐は再び自分の存在を振り返る必要に迫られる。


(つづく)


後書き



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