第8話
祐一再生計画 by 美汐
(Kanon)
第8話『夏の0cm体験記』
written by シルビア  2003.9-10 (Edited 2004.2)



(珊瑚礁が綺麗ですね。魚も色鮮やかです)

美汐は海底の景色に見ほれながら、フィンをゆっくりと上下に動かしている。
彼女はダイビングをしている最中である。
彼女の側には、彼女のバディを組み一緒にもぐる祐一が泳いでいる。

春先、美汐はダイビングのサークルに入り、インストラクターの訓練をうけてPADIのオープンウォーター免許を取得した。それから、幾度か海洋ダイビングを行い、今回で5度目のダイビングであった。
祐一もダイビング免許を取得して、一緒に潜っていた。
得てしてダイビングは2人一緒に行動するもので、相手とダイビング計画から実地そしてダイビング後の時間を過ごすのが普通であり、その相手をバディと言う。
親友・恋人や夫婦、家族といった息の合う者同士でバディを組むのが一般的である。
祐一と美汐は恋人同士であったため、サークル内ではおのずと2人でバディを組むこととなった。

同じサークルには、倉田佐祐理や川澄舞も在籍しており、二人はバディとしてかなりのスキルを積んでいた。マスター・スキューバーダイバーというアマチュアの最高峰の免許も保持し、マスターダイバー/インストラクター資格も既に有していた。
二人は祐一や美汐にとってダイビングの師匠であり、4人はダイビング仲間としてよく一緒に出かける。
倉田家の別荘のある南の海洋で、4人は倉田家の保有する海洋クルーザーに乗って、ダイビングをしていた。

今日もいつものように、佐祐理&舞、祐一&美汐のペアで、潜っている。
「今日はディープ・ダイビングを行いましょう。今までは18Mまでの深さでもぐってましたが、今日は25Mにトライします」
佐祐理が提案した。
一同は、佐祐理の作ったダイビング計画に従い、ここまで順調に潜っていた。
この海はダイビングにはかなり適している方である。
気候もよく、珊瑚礁の多い海底は澄み切っていて、視界がかなり良い。
祐一達が最初に行った海は砂の海底だったので水面がにごり気味で視界も悪かった。

しかし、トラブルが突如起こった。
美汐が海流と海流の狭間に飛び込んでバランスを失ってしまった。
その時に、一方の海流に流され、岩場に体をぶつけてしまった。

(あ、まずいです。レギュレータ(*1)の調子が)
美汐はレギュレータをはずし、予備の空気源であるオクトパスに切り替えた。
レギュレータをみるとセカンド・ステージ(*2)の付近に亀裂が入っているようで、そこから空気が漏れている。
(このままだと空気の残量が厳しいですね)
美汐は、装備を確認して、深度計・残圧系を再確認し、冷静にこれからのことを計算する。

加えて、美汐は流されてしまったため、バディを組む祐一から離れてしまった。
(えーと、たしか3分以内にみつからない時はその場に浮上するんでしたね。
空気もれを考えると、あまり海底に長くはいられそうもないですね。
現在20M地点ですか。ここは、無理をせずにゆっくりと浮上しましょう)

ダイビングでは1分間に18mを超える速度で浮上するのは身体に危険を伴う可能性があるので、トラブル時の浮上は慎重にかつ無理をしない浮上方法を採らねばならない。
20M付近まで潜っているのだから、減圧のための停止時間も必要となる。

美汐はゆっくりと浮上し始めた。
(まずいですね。空気残量がレッド・ゾーンになってます)
15M付近で一時停止して、残圧計で空気残量を確認した美汐は思った。

(あ、祐一さん……こっちに来て下さい!)と美汐は合図した。
美汐は祐一の姿をみつけた。祐一も美汐の姿を確認し、美汐に近づいてきた。
(おれは大丈夫)と祐一はOKの合図をする。
(私は困ったことになりました。
 エアーが残り少ないです。
エアーをください)そう、美汐は祐一に合図する。
(了解!)
祐一と美汐は片手でそれぞれの相手をささえた。
祐一は自分の予備空気源であるオクトパスを手に取り美汐に差し出した。
美汐は自分の口からそれまで加えていたオクトパスをはずし、祐一のさしだしたオクトパスに水中で切り替えた。
(!!!?)
だが、祐一のオクトパスが正常に作動しない。
美汐は自分のオクトパスに戻しかえると、
(駄目です)合図した。
美汐は残圧計を祐一にみせた。
(落ち着いて!
 美汐、バディ・ブリージングでいくぞ?)と祐一は自分と美汐の口元を指して合図した。
(はい)美汐はOKと合図する。
バディ・ブリージングは一つのレギュレータを2回〜3回の呼吸ごとにバディと交互に渡しあって、息をつなぐことである。
祐一は呼吸をして、レギュレータを美汐に渡す。
美汐はレギュレータを受けとり、呼吸をしては、祐一に返す。
そんなやりとりをしながら、二人は互いにはぐれないように相手の体をしっかり支えながら、ゆっくりと浮上をしていく。
二人で練習はしていたが、実地で行うのはこれが初めてである。

10M付近まできたところで、祐一と美汐は、佐祐理&舞のバディと会った。佐祐理たちも祐一達の姿を見失ったため、浮上の手段をとっていた。
(落ち着いてください!今、そちらにいきます)
佐祐理達は祐一達にそう合図して、舞にも確認をとった。
佐祐理達は祐一達に近づき、手元からバックアップ空気源であるボトルを美汐に差し出した。祐一は自分のレギュレータ、美汐はバックアップ空気ボトルをそれぞれ手にし、OKと佐祐理に合図した。
佐祐理は手元のボードを取り出し、
「ふたりとも残圧計を確認させてください」
それから、
「あと2分、この深さでとどまり、再度ゆっくりと浮上します。
 まずは深呼吸をして、呼吸を整えてください。
 準備がととのったら合図してください」

それから、4人は水面まで浮上し、BCDに空気を入れた。
BCDは浮き輪のようにふくらみ、ふわふわと水面に漂う。
佐祐理と舞は、祐一たちの背後にまわった。
「大丈夫ですか、祐一さん」
「ああ、俺は大丈夫。美汐は?」
佐祐理は舞と美汐の方を向いた。
「佐祐理、美汐が気絶しているみたい。
 とりあえず、BCDの空気を入れて浮かせといた。私が美汐を介護するから、佐祐理はSOSの合図を出して!」
「わかった〜、舞。
 祐一さんも、私についてしっかりときてくださいね」
クルーザーは4人の位置から100Mほど離れたところにあった。
佐祐理は祐一とクルーザーの方へ泳ぎ、SOSの合図を発した。
クルーザーのクルーはSOSを確認すると、急ぎ、4人を回収した。
「医師に連絡をお願い。クルーザーは直ちに岸に帰還すること。また、岸に救急の用意をお願い」
佐祐理はクルーにそう伝えると、クルーはうなずいて行動した。

ここは倉田家の別荘。
「美汐は?」
「あはは〜、そんなに心配しなくても大丈夫です、祐一さん?
 美汐さんなら意識もはっきりしてますし、もう大丈夫ですよ。
 緊張して呼吸が乱れただけのようですね。
 一応検査をしましたが、問題はありません」
「良かった」
「それよりも、祐一さん、美汐さんがお待ちかねですよ。
 早く行ってあげないと。
 あ、それと祐一さん、佐祐理と舞は久瀬さんの別荘に招待されているんです。
 しばらく出かけてきますね」
佐祐理は祐一にそう言うと、颯爽とその場を立ち去った。
去り際に、一言残して。
「バディ・ブリージング、お似合いでしたね?」

祐一は部屋のドアをあけて、中に入った。
美汐はベッドで横になっていたが、祐一の姿をみかけ半身をおこした。
「具合はどうだ?」
「ええ、大丈夫です。心配かけました」
「それにしても、あの状況でよく冷静で居られたな?」
「落ち着かないと危険ですからね。でも、どきどきしてたんですよ。……祐一さん、ありがとう」
「気にするな。あれはバディの努めというやつだ。今思えば、恥ずかしいがな」

「手……貸してください」
美汐は真剣な表情を浮かべて、そう言った。
「祐一さんの手、暖かいです。それと……」
美汐は祐一の手を引き、祐一の体を引き寄せる。
「祐一さんと一緒のレギュレータで呼吸するのは、少し恥ずかしかったです」
そう言うと、美汐は祐一の唇を奪った。
それから唇を離し、祐一の手をさらにひきよせた。
祐一は美汐の体の上に引き寄せられ、美汐の体を覆った。
「祐一さん、私にもっと寄り添ってください。……その〜、0cmまで」
「美汐……」
「私の初めての相手は祐一さん以外には考えられません。……祐一さん、優しくしてくださいね」

そのまま二人は抱き合った。
二人は、ただ好きという言葉を繰り返し、互いの体を求めあった。
「私の体、綺麗ですか?」
「ああ、とても綺麗だ。
 綺麗な顔立ちや胸、細い腰、すらっとした足、どれも素敵だ」
「祐一さんは胸が広くて、肩ががっちりしてるんですね」
「俺な、美汐とこういう風に抱き合うのを何度も夢にみたぞ」
「祐一さんったら、もう〜。(ポッ)でも、わたし……もです。(ポッポッ)」

「美汐……」
「祐一さん……。私の中に……きてください」
そういう美汐は目にほんのりと涙を浮かべていた。

そして二人は0cmでふれ合う中でピークを迎えた。
ベッドの上には、そっと美汐の髪をなでる祐一と、肩枕をしてもらいながら祐一の胸の上に横たわる美汐の姿があった。
「祐一さん……この涙は……」
美汐の涙に気がついた祐一は指を美汐の口の前に立てて、優しく言った。
「なにも言うな……分かってるよ。
 うれし涙なんだろ?
 ……愛してる、美汐。俺も嬉しかったよ」
こくりといわんばかりに美汐は祐一の胸に顔を埋めた。
その頭をなでながら、胸で甘えさせる祐一だった。
「あの〜、祐一さん。時々”祐一”って呼んでいいですか?」
やっとたどり着いた祐一さんとの0cmの関係----美汐はその余韻に浸っていた。








(つづく)


後書き



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