第6話
祐一再生計画 by
美汐
(Kanon) |
第6話『ささやかな悩み』
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written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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AM8:00
「あの〜祐一さん、起きて下さい」
祐一の部屋で美汐は祐一の体を何度か揺さぶっていた。
「うーん、もうちょっと寝かせてくれ〜」
そういって、祐一は揺り起こそうとする美汐の手を引き寄せた。
その反動で美汐は祐一の横に引き倒されてしまった。
「ゆ、祐一さん、ちょっと……それは……」
どさっと音がして、ベッドの軋む音がした。
「うん?……って、あれ?」
祐一は薄目を開けて、それからビクッと両目を見開いた。
「み、み、美汐……」
と言うか否や体を起こした。
だが、手は美汐を掴んだままである、美汐は再び祐一の体に引き寄せられた。
「お、おはよう……ございます、祐一さん」
「あ、おはよう、美汐……さん」
ふたりはしばらくぼ〜っとしていたが……
「あの〜、この体勢、とても恥ずかしいのですが……」
「!!!????」
祐一は美汐から手を離した。
それでも、二人はまだベッドの上ではある。
「このままでも心地はいいのですが……そろそろ起きませんか?」
「あ、ああ」
祐一は姿勢を直し、ベッドに腰掛けた。
美汐に背中を向けながら、祐一は美汐に尋ねた。
「昨日……俺は美汐を介抱するために家に連れてきたよな?何で二人してここに居るんだ?」
「私がお酒を飲み過ぎて、祐一さんに優しく介抱していただいたのです。それがどうかしましたか?」
「あの……その……俺、変なことしてないよな?」
「昨晩の事をお忘れですね?祐一さん、意地悪です」
「いや、俺もその……昨日は飲み過ぎたかも……」
「私もです。昨日は門限も守らないどころか、無断で外泊してしまいました。私、いけない娘になってしまいました」
「いや、その、なんて言うか?」
「もう良いです、過ぎたことですから」
美汐はそう言うと姿勢を直し起きあがった。
それから、部屋の扉の方に歩きながら……
「ともかく、祐一さん、昨日は介抱して下さってありがとうございますね。
……それと、祐一さんの思い浮かべたようなことはありませんから、ご心配なく。(それはそれで残念なのですが……)」
美汐は顔だけ振り向いて、祐一にそう応えた。
それを聞いてホッと胸をなで下ろす祐一。
「早く下に降りてきてください。朝食の用意ができてますから一緒にたべませんか?」
("もうお嫁にいけません"と言われたらどうしようかと思ったよ)
それでも"いい感触だったな〜"と思うあたり、祐一もやはり男である。
AM8:30
祐一は美汐と一緒に朝食をすませた。
「祐一さん、今日は暇ですか?
北武動物公園のチケットが2枚あるんです。よかったら私と一緒に行きませんか?」
美汐は佐祐理からもらっていた2枚の招待チケットを祐一にみせて言った。
「用事はないから暇だぞ?ふーん、北武動物公園か〜。確か最近できた遊園地と動物園が併設されているところだっけ?」
「今は春休みシーズンなので、少し混んでいると思いますけど……」
「今日は暇だし、行くとするか」
「はい。それでは、私も一度家にもどって準備しますね。10:00頃に駅前で待ち合わせましょう」
そういうと、美汐は祐一のコーヒーの代わりを淹れた。
AM11:00
遊園地の敷地内にあるベンチの上。
「気分はいかがです?」
「ああ、大分よくなった」
視線の合った祐一と美汐の顔はそれぞれが真っ赤である。
ベンチの上で、横になっている祐一は美汐に膝枕されているからである。
美汐は膝上10cmぐらいのミニスカート姿・膝下ストッキングなので、膝は生の肌なのだ。白のブラウスにうっすらを昼光が差し込み、ほんのりと胸の輪郭が透ける、それが目の前にある。本人が透けると思っていない表情であるあたり、なお誘惑的なのだ。
何とも男の目に痛い光景である、思わずよだれがこぼれそうだ。
美汐に意地悪しようと企らみジェット・コースターを数回も乗りまわしたあげくがこの祐一の様なのである。北武動物公園には4種類のものがあるが、子どもでも乗れるわりかし初心者向けのものから、地上7階ぐらいの高低差のあるものまで、大小様々なものがある。高所恐怖症のくせにいたずらを目論むとは祐一の無謀さにあきれるのだが、男たるもの変にプライドがあり多少の苦手なら我慢しようともするものだ。
「無理しなくても、他にも乗り物はたくさんありますよ?」
「いや、そのな、なんというか、男のメンツとでもいうか……」
「はい、はい♪でも、今は休んでくださいね」
今の姿の方がよっぽど沽券に関わると思うのだが、祐一は気持ちよさに勝てなかったようだ。
(すらりとして、それでいて柔らかい……気持ちいいな、この膝)
「そんな……恥ずかしいじゃないですか?」
「もしかして、声にでてたか?」
「しっかりと……」(ポッ)
AM13:00
遊園地の敷地内の広場
「祐一さん、実は、ここで人と待ち合わせしたんです。もうすぐ来るかと。あ、来ましたね」
そう言うと、見汐は祐一の背後を指さした。
「こんにちは、お二人さん。仲がいいですね?」
「……祐一、美汐、久しぶり。祐一、でれでれしてる」
佐祐理と舞である。
「佐祐理と舞はこの遊園地のレストラン『祐理シーズ』でバイトしてるんです」
「……私も、料理の修業のため、佐祐理と一緒にバイト」
「ここのチケット、佐祐理さんから頂いたんです。
せっかくですから、お礼がわりに佐祐理さん達を昼食でもとお誘いしたわけです」
美汐はそういうと、手に持っていたランチボックスを開いた。
「佐祐理さん達も料理の達人ですから、口にあうか自信がないのですが。さあ、どうぞ、召し上がって下さい」
「(ぱくっ)、美味しいです。美汐さん、料理上手なんですね」
「……むみゃむみゃ、ほひひい(=美味しい)。……美汐の弁当、嫌いじゃない」
「ありがとうございます。佐祐理さんにほめられるなんてとても嬉しいです。祐一さん、味加減はこれでよかったですか?」
「おー、グッド・ジョブだ。だけど、美汐、俺の好みをしってたか?」
「それは……その……秋子さんに教わりました」
「あはは〜、それならこの味は納得です。佐祐理だって秋子さんに料理の腕は到底かないませんからね」
「そうだな、秋子さんはもはや達人の域だし。(もうたべる機会もなかなかないだろうけど、佐祐理さんの弁当もなかなか良かったな)」
(祐一さん!)
美汐は祐一の尻をつねった。祐一はまたもや声を出していたからである。
和やかに時が過ぎていった。
「ごちそうさまです。そろそろ、佐祐理達は仕事に戻りますね」
「……ごゆっくり、お二人さん」
そう言うと、佐祐理と舞は早々とバイトに戻っていった。
「ごちそうさん、美汐。うまかったぞ」
「お粗末さまでした。(本当は"あーん"とかしてみたかったんですが……)」
美汐はちょっと口惜しげに応えた。
[美汐 回想] 数日前の話。
(佐祐理さん、舞さん……ありがとうございます)
私は正直、この二人を相手に祐一さんの取り合いをする自信はあまりありませんでした。
数日前、夕方の商店街にてみしおはさゆりと舞に声をかけられた。
「みしおさん、祐一さんとデートしてませんでした?」
「私、祐一さんのこと、今でも好きです。
でも、佐祐理さんも舞さんも同じく祐一さんの事、好きなんですよね?」
「美汐さん、佐祐理は祐一さんの事好きですよ。
でも、それは年下の弟として祐一さんを気に入っているという気持です。
美汐さん、こんどこそ自分の気持ちに正直にならないとね。
佐祐理も応援してあげますから」
「美汐……祐一の恋人になるのを遠慮しちゃ駄目。
自分の気持ちに素直にならないと駄目。
祐一は私の戦友だけど、恋人じゃない」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ、このチケット、美汐さんにあげますね」
佐祐理はそう言うとチケットを2枚、美汐に手渡した。
昼食をすませると、それから二人は動物園の方に行った。
……ちなみに美汐の所望した観覧車には乗っていない。祐一が尻込みしたからだ。
祐一はライオンとホワイト・タイガーがお気に入りだった。
狐とリス、うさぎ、パンダが美汐のお気に入りだった。
動物の趣味は全く合わない二人だったが、動物を見つめる互いの表情に見とれていた。(祐一さんって、りりしい動物が好みなんですね。ライオンを見るあの視線、とてもイイです)
(美汐って、優しいよな。こういうのって慈愛っていうんだろうな。すっかりうさぎになつかれてるし)
18:30 寄り道
「なあ、美汐? 今日は、急いで帰る必要はないよな?」
「はい。まだ十分に時間はあるかと」
「なら、ビリヤードでもやりにいかないか?」
「いいですけど、私、ビリヤードはやったことないですよ?」
「教えてやるよ。これでもハスラー祐ちゃんと友達にはいわれていたんだぞ?」
「ひょっとして、映画『ハスラー2』をみて感化されたとか、いいませんね?」
「ははは〜。まあ、そこそこ腕に自信はあると思うぞ」
ロマ○ス通りにある「ビリヤード・ロ○」という店に入り、祐一は受付をすませ、玉の入ったケースを受け取った。
「この店にはビリヤード台のある個室(☆作者注1)があるんだ。
ちょっと値段は高めだが、他人をきにしない分気軽にプレーできるぞ。
だから、初めての美汐でも気にしないでドジできるというわけだ」
「気を遣ってくれて嬉しいんですが、さりげなく酷いこと言ってません?」
(☆作者注1)
個室のビリヤード部屋というのは某ビリヤード場に実在します。
結構便利なので私はよく使っています。
ビリヤードは台の間が狭いため、後の人に迷惑をかけがちなので、マナーをよく知らない初心者をに教える時は、こういう個室でのプレーは有る意味で気軽でいいです。
ここの場合、値段は200円増し/時間ですが、余計に払ってでもOKOKなわけです。
「とにかく入ろう。キューは俺が選んでやるよ」
二人は個室ビリヤードの部屋へ入り、祐一はその後で自分のキューと美汐のキューを選定した。
それから、祐一は簡単につきかたを説明し、実演した。
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・右手だけでキューを持ち、垂らした状態でバランスの取れる中心から根本の方に10-20cmぐらい後にぞらして握る。この時きき手の手首を曲げず、指の腹にのせる感じで持つといい。
・キューをぶら下げている状態から、付く玉から距離をおいて、その手の下に右足がくるようにし、そのあとで、右足をキューの方に45度ぐらいで開く。
・左手は中指の第2間接のところに 親指の先をつけ、キューの先から30cmぐらいのところにあてて、人差し指で輪をつくる感じで被せる。その後で、その手を先の細い方に伸ばすと、玉を突くスタイルになる。
この時に、左足も前斜めに伸ばすとポジションを取りやすい。女性の場合はスカートの時とかは足を開きにくいので、右足の近くに添えるのでもいい。
・この時に、あごをキューの上に並行におくようにし、同時に、右膝がキューの上にくるように気を付ける。
・狙いの玉にまっすぐに当てる時は、基本的に、玉の両側を合わせるように狙うといい。
・台に並行になるようにし、右膝を支点として振り子のようにキューを前後にふる。力加減ではなく、キューの重さや振るときのスピードでつく強さの強弱を調整する感じだ。
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「そう、そんな感じだ。(美汐、なかなか色っぽいぞ。今日のミニスカートはビリヤードをやるときにはもってこいだな)」
「あ、やりました。うまく突けてます」
「うまいぞ。その調子だ。あと玉をポケットに入れる時の狙い方だが……」
それから祐一は、角度のある玉のポケットへの入れ方やクッションを利用した狙い方などを美汐に教えた。
この程度教えるとだいたい遊ぶぐらいはできるようになる。
それにしても美汐は筋がいいらしい。
30分もすると、ブレイク・ショットも難なくこなし、そこそこナイン・ボールを楽しめるぐらいにはなっていた。美汐は頭を使うゲームはわりかし得意なようだ。
「美汐も強いな。張り合いをもたせるということで、何か賭けるか?」
「いいですよ。負けた方が相手の言うことを何か聞くということで」
調子に乗った美汐は、強気に応じた。
多分、普段の美汐なら応じないだろうが、なにげに飲んだビールの勢いを借りて、負けん気の強い彼女の側面がつい出てしまった。
大和撫子、一度、口にしたならいさぎわるいことはしない。
「じゃ、全部で7ゲーム。勝敗差の分だけ相手の言うことを聞くということで」
「ふふふ、どうなっても知りませんよ?」
さてさて、二人の賭けビリヤードが始まった。
普通、初心者がいきなり勝つのはやはり難しい。
しかし、ビギナーズラックとマナーを知らないが故の無意識の行動が、祐一から勝利を奪った。1〜8の玉を落としても、9を落とせなければ意味がない……それがナイン・ボールのルールなのだ。
だいたい、ゲーム以外の事ばかり考える男が実力を発揮できようもない。
前から、(お、美汐のブラウスの胸元、切れ込みがたまらんぞ……あのきりっとしめた口元もいいな〜)
後から、(おしりをつんと後に突き出す後姿がなんともはや……)
右から、(真剣な表情がまた、たまらん……細い腕と肩もまたなんともはや)
左から、(髪、綺麗だな。うなじもいい感じ……)
結果、美汐の5勝2敗で、美汐の大勝利(3勝差)である。
「やべ〜、9を落とし損ねた、しかも、ファールしているし」「頂きま〜す♪」
「あら、ブレークショットで9が入っちゃいましたね」「嘘!!」
「あれ、なにげに9も落ちてますね?」
「白玉、3と9がポケットに一直線に並んでますね、では一緒に落としてしまいましょう。せーのと……やった〜♪ ブイ♪」
「今度ばかりは俺の勝ちだな♪」「そうですね。これでは私は入れられませんね。え〜い私も女です。ここは度胸一番……必殺技「適当」。……あれ、うまく入っちゃいました♪」「何故、ジャンプする!?」
(うそ……負けた)
「やりましたです。賭けは私の勝ちですね」
「わかった、約束は約束だからな。美汐……お手柔らかに頼むぞ?」
「では3つの願い事をしますね?……そうですね〜、何をお願いするとしましょうか……何でもいいのですよね?……えーと……」
そういうと、美汐はいたずらな微笑みを浮かべて
「最初のお願いを言います。では、準備しますから、とりあえず目を閉じてじっとしてくださいね」
祐一は美汐に言われた通り、目を閉じた。
……チュッ
祐一は口元に柔らかな感触を感じた。
相手はさっきまで自分がイイとばかり、ジーッとみつめていた相手なのだ。
「最初のお願いは、"祐一さんにキスさせてください"です」
美汐は一度唇を離してから、口にした。そして再び祐一に口づけをする。
ちなみにここはいちおう個室である。
多少のことなら周りに気づかれないそうもない、美汐も大胆なものである。
「さっき、なにげに私の口元を見つめていましたでしょ?嫌でしたか?」
なるほど、祐一の視線の先を気にした彼女が、祐一の気持ちを読めない訳がない。
だが、目の前の女性を意識した彼女から与えられた大胆さの前に、祐一はNOという態度を取りようがない。後の美汐の願いをあまり意識することなく、簡単にOKするだけだった。ただでさえ、こういうお願いは得てして内容を考えず、OKと即答してしまいがちなのだ、それほど美汐は魅力のある女性なのだ。
「祐一さん、私、2年も貴方とデートできることを楽しみにしていたんです。
昨日、今日のように二人で居られるなんて、それだけで夢をみているみたいです。
私、今、とても嬉しいんです。
これ……私のファースト・キスです。
上手にキスできませんが、気持ちだけでも受け取ってください」
「ありがとな、心地よかったよ」
美汐は考える…… 春休みはまだある。
(私は、明日は何を口実に、祐一さんに会えばいいのでしょうか?)
そこで、美汐は2つ目のお願いを決めた。
「わがままですけど、もう少し夢をみてもいいですか?
そこで、2つ目のお願いです。
"明日デートをしてください。
そして、祐一さんの好みで、祐一さんのセンスで、私の服を選んで下さい。" 」
「デート?
それに、美汐の服を選ぶのか? それはそれで面白い話だな。
ま、言われなくても俺からデートに誘うつもりではいたがな」
「え〜、それじゃこの願いは……却下というのは駄目ですか?
私から誘ったみたいで、少し恥ずかしいです」
「却下はしないぞ。さしあたり、賭けの願い事を一つ減らしておきたいからな。
そのかわり、美汐に似合う服を真剣にえらんであげるから、それでいいだろ?」
「はい。ちょっと残念ですけど……」
美汐は口惜しそうにいいながらも、話を続けた。
「じゃ、3つ目のお願いは保留します。とっておきの事に使うことにしますね。
ただ、祐一さん? 必ずかなえていただきますよ?」
「ははは……わかった。約束する。ただし、俺にできることだけだぞ」
「かなえてもらえないのでは元も子もありませんから、無理はいいません。
(クスッ、祐一さん、そんな約束をしてしまっていいんですか?私は嬉しいですが)」
(恋人とまでいかなくても、一歩前進でしょうか?明日もデートできますし)
(つづく)