第4話
祐一再生計画 by
美汐
(Kanon) |
第4話『私を美汐と呼んでください』
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written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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春休み、といっても高校3年生と浪人生には春休みは無いのだがそれはさておいて、美汐の高校の卒業式も終えた後のある日のこと。
AM8:30
「おはようございます。相沢先輩」
「うー、むにゃむにゃ。え……天野?」
「朝はおはようですよ。まだ寝ぼけてますか?」
「いや、もう大丈夫だ。おはよう天野、ってあれ?」
「先輩、酷いですよ。今日は私と一日つき合ってくれるって言ったじゃありませんか?」
「ああ、そういえばそうだったな。確か大学の入学式に着ていく服を選ぶんだったっけ」
(相沢先輩、部屋にいきなり女性がいても平然としているのは、何故でしょうね?
普段から女性陣に囲まれて生活しているから不思議ではないんですが)
美汐と祐一はまだ恋人同士というわけでもない。
美汐は祐一の口から"約束"の言葉を取り付ければ、デートしてもらえると考えた。
服を買うのは半ば美汐が祐一をデートに誘う口実なのだが、当の鈍感な祐一はいつものごとく気が付かない。
(デートして欲しいといっても、了解してくれませんからね、相沢先輩は……)
結局、いじけ半分で上目使いですねる美汐の演技に、交渉負けした祐一が美汐の買い物につき合う約束をさせられた。
だが、祐一は約束した以上は守るという、変に律儀なところがあったりもする。
……けなげなようだが、祐一の周りをとりまく少女達は皆その約束を得ることさえ、苦労するのであって、美汐も例外ではなかった。
「そうです。やっと思い出して下さいましたね。
では、朝食の準備ができているので、着替えて降りてきて下さい」
「それはそうと、"先輩"ってのはもうやめたんじゃないのか?」
「なんとなくそう呼んでみたくなったんですよ。そのうちにそう呼べなくなりますし」
「複雑な心境だな……」
そりゃそうだろう、祐一が浪人したから美汐と同じ学年になったのだから。
「分かりました。では、早くリビングに下りてきてください、”相沢さん”。あ、そうそう、今日は少しフォーマルな格好でお願いしますね」
「ああ、わかった。(何故フォーマル?)」
(それにしても、天野はなぜ朝早くから家にいるんだ?)
AM9:00
祐一は着替えをすましてすこし遅めの朝食をとった。
「相沢さん、私、少しここで準備しますので、駅のベンチで10:30で再度待ち合わせにしませんか?」
「祐一さん、ちょっと美汐さんをお借りしますね?」
「うん? よくわからんが……まあいいか。10:30に駅だな。じゃ、先に商店街で自分の買い物でもしてるよ」
祐一は疑問ありげな顔つきで返事をした。
祐一にもその応えが後にわかるのだが……
(恋愛教訓その2『恋人との距離を制する者は恋人の心を制圧する』、秋子さんはそういってましたが、どうでしょうか)
10:30 駅のベンチ。
(美汐、遅いな〜、何してんだろう、全く)
時間より少し早めにきたものの、祐一は美汐の姿を見つけられなかった。
10:40 駅のベンチ。
(美汐、遅刻か〜、仕方ない、もう少し待つか)
祐一は腕時計を眺めて、つぶやいた。
「相沢さん、私は遅刻してませんよ? 20分前からここに居るのに気が付いてくれないんですね?(クスッ)」
1つとなりのベンチのレディが祐一に声をかけた。
「それに、そんな事声に出すなんて、恥ずかしいです」
「あ、あ、あまの……その姿……」
呆然自失の祐一はただ、そう言ってフリーズした。
「似合いませんか?」
「いや……イイ!」
「ふふ。嬉しいです。
では、いきましょうか、相沢さん」
「ああ」
「でも、気が付いてくれないで私を放置した罰は与えないといけませんね。
……では、今日一日だけでも、"美汐"と私のことを呼んで下さい、"祐一さん"」
「ああ……分かった天野、じゃなかった"美汐"」
「祐一さん、朝言ったことちゃんと聞いてくれたんですね。そのフォーマルな格好、とても似合ってますよ」
「美汐のその格好なら、俺もフォーマルな服装で正解だな。ジーンズでは浮いてしまうしな」
美汐は祐一の側によって腕を組んだ。
ぴったり寄り添うというよりは、軽く誘導するような感じだ。
「では、祐一さん、買い物に出かけましょう?(やりました。腕組みゲットです)」
だが、美汐は腕を組んでいることを祐一に意識させないように、さりげなく話を振った。
「ああ、行こうか。(あれ、美汐っていつもこんな感じだったっけ?)」
それから二人はしばらく腕を軽く組みながら歩いた。
デパートの婦人服売り場。
祐一の方の服を買い終えて、今度は美汐の方の服を選定していた。
「祐一さん、もう少し待っていてくださいね」
着替え中、時々、試着室の中から美汐が外に待っている祐一に声をかけていた。
「お待たせしました。祐一さん、これはどうですか?」
美汐はちょっぴり笑顔を浮かべている。
言葉と裏腹に、美汐は体をすこし前屈みにしたり、腕を後に回したりしている。
まるで、モデルのような立ち振る舞いである。かれこれもう6着ぐらい試着しているが、その都度、美汐は祐一に自分の姿をポーズ付きで見せつけていた。祐一も嫌そうでなく、それなりに楽しんでいたようだ。
「ああ、似合うぞ。今まででこれが一番だな。(思ったより、美汐ってプロポーション良くないか?)」
「では、これに決定しますね。祐一さん、着替え終わるまで、少し待っていてください」
「わかった。……(なにげに着替え時を待つ方がかえってどきどきするな)」
「お待たせしました」
にっこりと微笑んで、美汐は祐一に声をかける。
なにげに背後から回って、祐一の腕を組んでいた。
「……ああ。じゃ、会計を済ませるか。(なんで、俺どきどきしてるんだ?)」
PM3:00
それから二人はデパートの8階にあるレストランで一緒に遅めの昼食をとった。
祐一はピザとコーヒー、美汐はシチューとサラダをそれぞれオーダーし、それを食べ終えた。
「俺はコーヒーの代わりを頼むが、美汐も何かデザートでも頼むか?」
「ええ、では、ミルフィーユ・ケーキとダージリン・ティーでお願いします」
祐一はフロア係を呼び、注文した。
まもなく、注文したものがテーブルに運ばれてきた。
美汐はすこしうれしそうにデザートを食べていた。
「美汐って、さすがに物腰が上品だと自分でいうだけのことあるな。ケーキを綺麗に切り分けて食べてるよな。俺にはできそうもない」
祐一にしてはめずらしい台詞をいったものだ。
だが、事実、美汐の食べ方はとても上手で、今日の美汐の雰囲気にとてもマッチしている。窓辺の席だったから、夕暮れが忍び寄る前のサイド光が美汐の横顔をほんのり照らしていてなかなか綺麗な光景なのだ。
そんな雰囲気に祐一はつい、釣られてのかもしれない。
「普通です。恥ずかしいですから、食べる所をあまりじろじろ見ないで下さいね」
美汐は恥ずかしそうな声で言った。
「俺が悪かった」
やけに素直な祐一。
(祐一さん、やけに素直ですね。照れているみたいですね。じゃ、もう一息……)
「祐一さん?」
「何だ?」
「この後、もう1件いきたい店があるんです。一緒にいきませんか?」
「ああ、いいぞ」
PM6:00
「美汐、お前、普段からこういう場所に来てるのか?」
祐一は不可思議そうな顔をして美汐に聞いた。
「私も2回目です。クラスメートがバイトしてるんで来たことあるんです。あの子がそうです」
そういうと、美汐はカウンター越しにいる女の子に声をかけた。
「あら、美汐じゃない。それにお隣は相沢先輩じゃないですか。……美汐の彼氏?」
「いえ、その、……まだ恋人ではないです。(でしたら嬉しいのですが)」
「そ、そうだな」
「それにしても、今日の美汐は決めてるじゃない。イメージチェンジしたの?」
「そうですか?ありがとうございます」
「ふふ。とにかく楽しんでいってね。本当は未成年に酒を出すのはいけないんだけど、今日は目をつぶってあげるわ。ところで注文は?」
「俺は、ガルフ・ストリームを頼む」
「私はフェアリーでお願います」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
二人が来たのは、英国風の作りのバーである。
長めのカウンターとその前の座席、4人ボックスが2つある店である。
ふたりはカウンター席に並んで腰掛けていた。
ちなみに、フェアリーはラムベースのカクテルで、ミントとライチの香りさわやかさを味わえるものであるが、"可愛いらしいけどいたずら好きな妖精"のようなこのカクテルは今の美汐の心境そのものといっていい。
また、ガルフ・ストリームとは"メキシコ湾流"のことをさし、南の美しい海の色を表現したカクテルで、甘さがくどくなくさらっとしているから祐一の好みに合う。どちらかといえば男性向きだが。
「フェアリーか、美汐らしいな」
「ラムの甘さとライチの香りが好きなんです。(それに今日は、これを飲みたい気分なんですよ、祐一さん)」
「俺の場合、甘すぎるカクテルはやはり駄目でな。これぐらいがちょうどいい」
「綺麗な青緑色をしてますね。私も少し味見していいですか?」
そういうと、美汐は姿勢はまっすぐで足を伸ばし、少し体をひねり横向きな姿勢をとった。
……ちなみに、この姿勢は女性のラインを横にいる男性に魅せるにはうってつけの姿勢であることはいうまでもない。(ある評論家によれば、体のラインが横からみた時にS字になるのがポイントらしい)
そして、祐一のグラスにそっと口づけするように、味見をした。
気が付くかどうかぐらいのキスマークがグラスに付いている。
その美汐の様子に驚いた祐一は横を向いて美汐を見つめた。
祐一の視線は美汐の体のラインに見とれていた。
「美味しいですね、これ。祐一さんも、私の頼んだフェアリーを味見しますか?」
「あ、ああ」
祐一はあわてて視線を美汐の顔にむけて返事した。
美汐は、自分の口付けていた箇所をそっと祐一の方にむけて、グラスを差し出した。
(いたずら好きの妖精からの口づけ、受け取ってくれますか、祐一さん?)
「なあ、美汐、この後、時間大丈夫か?」
「はい。門限なら大丈夫ですよ」
「今度は俺の知っている店に一緒にいかないか?」
(つづく)